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第四部

第二十四章 雫、大流となる 其の五 (R18)

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「酒をくれぬか。」 
 静が入ってくる気配に秀忠は言った。 
「はい。お待ちくださりませ。」 
 入ってきたばかりの静は、そのまま一旦辞した。 
 再び酒膳を持ち、するすると静がやってくる。 
 秀忠は少し胸元をはだけ、自室の縁側に座していた。

 静がその前に酒膳を置くと、秀忠はゆっくりと盃を手に取った。 
 静のえくぼが浮かんだ手が、盃に酒を注ぐ。 
 秀忠の端正な手が盃を口に運んだ。 
 黙って酒を呑む秀忠の横で、静はえくぼを浮かべ、ゆったりと控えていた。 
「よい月じゃな。」 
 秀忠が空を見上げてぽつりという。 
「はい…」 
 返事をした静は、いくらか切なかった。 
 (あの日と同じ月…) 
 十三夜の月は、子を宿した日と同じ月であった。そして、子を水にして泣いたときの月であった。今宵も月はさやかな光を届けている。 

「そなたも飲め。」 
「いえ。」 
 秀忠の勧めに静は目を伏せ、恥ずかしそうに小さく首を振る。 
 そういえば、江と違って酒が弱かったと秀忠は思い出した。 
「一杯だけじゃ。」 
「はい。では、いただきまする。」 
 もう一度盃を差し出した秀忠の手から、静のはにかんだ手が盃を受けとる。 
 秀忠が、盃に半分ほど酒を注いだ。 
 静がゆっくり口に運ぶ。 
「おいしゅうございます。」 
「そうか。」 
 幸せそうににっこり微笑んだ静の顔に、ほんのり赤みがさしている。 
 静がゆっくりと飲み干した盃で、秀忠は再び酒を飲み始めた。 

 木の葉を揺らして、さわさわと風が渡る。 
「よい風じゃ。そなたは兄弟はおるのか。」 
「はい。弟と妹が。」 
 静は、つい実の兄弟を口にした。 
「ほう。かわいいか。」 
「かわいいというか、気にかかりまする。」 
「そうか。そうやもしれぬな。」 
 将軍ひでただ忠吉ただよしを思いだし、ゆっくりと盃を口に運ぶ。 
「はい。」 
 返事をした静は、穏やかに微笑んであとを続ける。 
「ほかにも何人かいましたが、みな幼いうちに死にましたゆえ。」 
「そうか。」 
 秀忠がグッと盃をあおった。 
「此度も多く死んでおるようじゃ。私はなにもできぬ。」 
 悔しそうな秀忠の声が、将軍の声となっていた。 
「上様が思うてくださるだけで、下々の者は嬉しゅうございます。」 
 静はえくぼを浮かべて、秀忠を安心させるように微笑む。 
「そうか?しかし、なにもできぬ。」 
 将軍は、なおも悔しそうに眉間に皺を寄せた。 
「父が言うておりました。『おてんとうさまからもらった運命さだめだ』と」 
「運命のぅ…」 
 市姫や忠吉が秀忠の頭に浮かぶ。 
「はい。でも、『いつまでも雨は続かない。おてんとさまはちゃんと帳尻を合わせてくださる。悪いことばかりじゃない』とも。」 
 微笑んだまま、静は穏やかに語った。 
「そうであればよいが……」 
 月を見上げた将軍の、憂いはまだ晴れずにいる。 
「上様がお心を砕いておられるのですから、きっとようなりまする。」 
 静はえくぼを深めてにっこりと微笑み、力強く、きっぱりと言い切った。 
「そうか。」 
 秀忠が、フッと笑う。 
「そなたは、大姥おおばに似てきたの。」 
 おかしそうに侍女を見つめると、秀忠は「ふふっ」と笑った。 
まことにございますか?」 
 静がえくぼを深め、一段と高い声を出す。 
「嬉しいのか。」 
「はい! 嬉しゅうございまする。」 
 弾んだ声と、満面の笑みが、心の底からの喜びを物語った。 
「そうか。」 
 秀忠の心がふわっと柔らかくなる。同時に、大きなあくびが思わず出た。 
「はわぁーむ。い月じゃが今宵は眠る。明日考えよう。」 
「はい。」 
 秀忠がグッと伸びをしながらいくらか明るい声でいい、静もにっこりと笑う。 
 静は秀忠に先立ち、閨に灯を持って入った。 
 あとから入ってきた秀忠がゴロリと横になる。薄い夜具を着せかけ、秀忠が眠るまでと静は団扇うちわで風を送った。 
 足の方から風にのって、外では気づかなかった江のかそけき香りが、秀忠にはっきり届く。 
 静は一重の着物の下に、昨年、大姥局から下げ渡された麻の一重帷子ひとえかたびらを着ていた。 
 江から大姥局に匂袋と共に下賜かしされていたものである。 
 静は大好きな大姥局だんなさまから下された物をたいそう大事にしていた。

 江の香りが秀忠に、先程の惑いを思い出させる。江がわからなくなっていたことを。 
 そしてそれは、知らずと秀忠を大きな孤独のふちへと落とした。 

 秀忠は手を伸ばし、自分の膝辺りに座っている静の手を引いた。 
「上様?」 
「あなたさまじゃ。」 
 そう言って秀忠は静をさらに引き寄せる。 
「…あなたさま……」 
 秀忠に抱き寄せられた静が、思いを込めて呼んだ。 
「そうじゃ。」 
 秀忠が耳元で満足そうにささやいた。 
 静のからだにゾクリと風が走る。 
 (私は御台様…) 
 横を向き、目をつぶって静は自分に言い聞かせた。 
 秀忠が横たわった江の香りを吸い込み、体を起こす。 
 (御台様、お許しくださいませ。) 
 同時に、静が江に心の中で手を合わせた。 

 秀忠は静の着物の胸元を開くと、江の匂いがする薄い帷子かたびらの上から口をつけた。濡れた布は、静の柔らかな丘の頂上をくっきりと浮かび上がらせる。 
「あぁ、あなたさま、そのような…」 
 布を通した熱い動きはもどかしいが、シャリシャリとする布にこすられ、軆の芯が熱くなっていく。 
 ぴったりと張り付いた布が、花開きそうにぷっくりと立ち上がったつぼみの形となった。 
 カリッと秀忠がそれを噛み、麻布がサリッとれる。 
「あーっ!あなたさま、おやめくださりませ!」 
 豊かな髪の下、甘やかな吐息をもらしながら、強く願う言い方は、江そのものであった。 

「ふ……よろこんでおろう?」 
 秀忠は、すでにしっとりとした脚の間に手を伸ばし、そこの小さな実もクリッと摘まんだ。 
「ああっん! あぁ……あなたさまは……悪う…ござりまする…」 
 荒く甘い息を吐きながらのねるような言葉も江そのものである。 
 甘えるような静の気配は、前にも増して江であった。 
「ごぅ…」 
 秀忠が思わず口にする。 
「…あなたさま」 
 その度に、必ず静は想いを込めて返した。 
 想いのこもった「あなたさま」を繰り返しながら、いつもより艶めいた吐息を秀忠の耳に届けた。 

「あぁっ……あなたさま……もう…もう…お慈悲をくださいませ……」 
 腰をくねらせ、色めいた江の声が悩ましく切なく己を求める。 
 たっぷりと溢れた蜜壺から指を離し、秀忠は静の脚を抱え込むと、猛々しいからだを打ち込んだ。 

「あぅっ!うっ…あぁん、あぁ……あなたさま…もっと…もっと…」 
 江の悩ましい声が秀忠をねだる。 
「…ごう…」 
 江の声に秀忠はただ躯を打ちつけた。がっしりと女の軆をとらえ、男の本能のままに。 

「あぁ……あなたさま……あなたさま…はっ…あぁん…あなたさま…はぅん…あっ、あっ、あぁっ…あなたさま…」 
 あだめいた江の声がさらに秀忠を求める。求めながら、高みに上ろうとしている。 
 柔らかく締め付けられた秀忠も、次第に早く繰り返し、唸り声の中に江を呼んだ。 
「あぁ…あなたさまっ……あぅん…あなたさまっ」 
「ぐぅ…ごぅ…ごう…江っ……!」 
 秀忠の動きが止まり、静の軆の中に十分に気を放った。 


*** 
【忠吉】松平忠吉。秀忠同母弟 
【かそけき】かすかな
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