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第三部
第十七章 山の恵み、こぼる 其の一
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少し時がさかのぼる。
「貸しなさい。」
まだ十三の静が、名主の屋敷で両腕に水を下げていると、元服したばかりの嘉衛門が近寄ってきた。
「あたし、力持ちですから。」
静がにっこりすると、
「二度目でしょう。」
そう呟いて、嘉衛門は静の手から手桶をとった。
静は初めてだった。
同じ年頃や年上の娘が水を運んでいると、どこからか男子がやって来て助けてくれるのを見たが、自分の身には起こらなかった。
しかも「二度目」と見ていてくれた。
それだけで、静の心はポッと温かくなった。
その日から、静の目が嘉衛門を追い始めたのである。
◇◇
名主は美津の祖父で、平山藤五と言った。だが、代々の名主ではなく、元々は宮大工も務める大工の棟梁の家系であった。
戦乱の世は、主君を失い、禄を失う者や戦いの中で田畑を失う者を溢れさせた。また、武家を支えていた鍛冶屋などの職人たちも多く仕事を失った。
藤五の父は、そういう者達を進んで庇護した。
家康が入城し、江戸が整えられていく中、人手が少しでも欲しかったのである。
「戦が始まれば戦に駆けつける」という血気盛んな男どもをまとめるのは、まだ若かったが藤五の役目であった。
自身も腕のよい大工であった藤五は、庇護した者に大工仕事を手伝わせ、器用な者はそのまま大工に、力自慢の者は人足にと振り分けた。技術を持っている者は、なるだけ生かせるように手配した。
次第に藤五の父を頂点に、一つの組が出来上がっていった。それに地主が目をつけ、娘を藤五の嫁にやった。地主の力を得て、藤五はさらに多くのものを庇護し、作業場なども作らせ、あちこちの仕事に振り分けていった。
こうして藤五は一大職人集団を率いる棟梁となったのである。
藤五が抱える人数は増えていったが、なかなか大きな普請を得られなかった。そんなとき栄嘉一家が流れてきたのである。
栄嘉は正確さにこだわるあまり大工に向かず、また、力自慢というほどでもなかった。
ただ、藤五が書状を前に唸っていたときに、内容を分かりやすく説いてきかせ、藤五の意向を代筆した書状を作ったところ、普請仕事が一つ取れた。
藤五はことのほか喜び、それ以来、栄嘉を交渉役として側に置いた。
栄嘉は仕官口も探していたが、とりあえず働けるのはありがたかった。
藤五はそれまでにも、これと思った武士を何人か交渉場所に伴っている。が、気位が高かったり、短気であったりで散々な目に遭っていた。
その点、栄嘉は腰が低くて人当たりもよく、なにより人に分かりやすく伝える力に優れていた。
「神尾の。俺が金を出すからよ、若衆や子供に読み書きを教えてくれねぇか。」
自身、読み書きが苦手であった藤五は、その人柄を買い、子供たちに読み書きを教えるようにも頼んだ。
静たちはそうして栄嘉から、一通りの読み書きを教えてもらっていた。
そして、静は十三、嘉衛門は元服した十四で名主の家を手伝い始めていた。
◇◇
嘉衛門を追い始めた静の心に、九つの頃の思い出が甦る。
歩き回るのが嬉しくて仕方ない小さな美津を連れて裏山近くで遊んでいると、山桃の木が実をつけているのを見つけた。小柄な静が、やっとやっと腕を伸ばし、小豆色がかった深紅の実をなんとか三つ取った。一つを口に含んで甘さを確認すると、美津の口に一ついれた。
にっこりとおいしそうに口を動かした美津が、「もっと」とせがむ。
静がもう一つ、美津の鳥の子のように開いた口に入れてやる。
美津は満面に笑みを浮かべて、口を動かした。
そしてまた「もっと」とせがんだのである。
「もうおしまい。」
「いや、もっと。」
「届かないの。」
「いや、いや、もっと。」
つやつやした尼そぎの頭を大きく振ったかと思うと、美津はそのまま火がついたように泣き出してしまった。
「いやぁー、もっとー、もっとー、もっとちょうだいーー」
激しい泣き声が辺りに響く。静は山桃の木を見上げたが、自分の手が届きそうな所は、まだ熟れていなかったり、せいぜい鮮やかな赤で、あまり甘味はなさそうである。
「ちょっと待って。」
美津を抱き寄せ、トントンとなだめると、静は小枝を探した。細長い枝を持って飛び上がって落とそうとしてみたが叶わない。
しゃくりあげながら静をじっと見ていた美津が、また泣き出した。
静の目にも涙が滲んでくる。
途方にくれていると足音がして、まだ太吉と呼ばれていた嘉衛門が小さな弟を連れて現れた。
「小丸、じっとしておれ。」
弟に命令した太吉はするすると木に登り、実を取り始めた。
兄の言いつけを守って、きちんと立ったままの小丸がいじらしく、また、しゃくりあげている美津の機嫌を取るために、静は袂からお手玉を出した。
ひーふーみーよーいつむぅななや
一かけ二かけて三かけて
四かけて五かけて橋を架け
橋の欄干 手を腰に
はーるか向こうを眺めれば
よちよち歩きの美っちゃんが
お水とおにぎり手に持って
美っちゃん美っちゃん どこ行くの
「おやま!」
涙まみれのまま、にこにこと笑った美津が、大きな声で元気に言った。小丸も面白そうに、静の手の上で跳びはねるお手玉を見ている。
静は「美っちゃん」を「小丸どん」に変えて歌ってやった。
そのきれいな歌声を聞きながら、太吉はよく熟れていそうな実を採るのに集中する。
お手玉を追って少し上向き加減の静の瞳には、懸命に手を伸ばす太吉が映っていた。
静が二人の相手をしている間に、太吉は手拭いにたっぷり実を取ると、こぼれないよう結び、大事そうに抱えて降りて来た。
赤い汁のにじんだ手拭いを太吉が開くと、美津も小丸も、静さえ歓声を上げた。
太吉は、せがむ美津と小丸の小さな手に幾粒かずつ乗せてやると、「手を出して」と言う。
静が嬉しそうにそっと片手を出すと、太吉は「両手」と言った。改めて差し出した静の両手に、太吉は得意気に溢れんばかりの山桃を入れた。
「足りるか?」
「うん。ありがとうございます。」
美津が、静の手のこんもりした山桃から一つ取り、小首をかしげ、かわいい顔でにっこりと笑った。
「ありがとうごじゃいます。」
兄の手拭いの中の山桃をねだる小丸の手に、太吉はもう二つ、実を乗せてやると、小さな弟の頭を撫でた。
「あとは母上と姉上へのみやげじゃ。帰って食べよう。」
そういうと膝の上でテキパキと手拭いを包み、立ち上がった。
静も立ち上がり、もう一度礼を言った。
「うちへの土産ができた。私こそ礼をいう。」
太吉は静に軽く頭を下げ、小丸の手を引いて立ち去った。
名が嘉衛門に変わったとはいえ、太吉の変わらない優しさを思い出すと、まだ大人になりきらない静の心がポッと温まった。
静は名主の家を手伝っていたが、家仕事より、美津の相手の方が重要な仕事であった。
静が手伝いに上がった頃、美津は七つ。
白い肌にぱっちりとした黒い瞳。真っ黒でまっすぐな髪。子供たちの中でも先が楽しみな、かわいい少女になっていた。
「姉妹なのに似てないねぇ。」
仲のよさに、静と美津はよく姉妹に間違われ、その度に決まり文句のように言われた。
静は慣れていた。自分の器量も解っていたし、美津と同い年の妹も器量良しで、親戚の口からもよく聞かされた言葉だった。
だからといって、平気だったわけではない。
(なんで私は器量が悪いんだろう。)
周りの人から無条件で愛される美津や妹を見ながら、静は小さな心を痛めていた。
「女は愛嬌ぞ、静。」
そんな娘の思いを知ってか知らずか、父は自分に似た静を大層可愛がった。
「お前の心根は誰よりきれいだ。頭もいい。だから笑ってろ。おとっつぁんは静の笑い顔が二番目に好きだ。」
「一番じゃないの?」
「すまねぇ。一番はおっかさんだ。」
父は片手を立てて娘に謝る。
「なーんだ。うふふふふ。」
静が満足そうに顔をほころばせる。
「そうだ。笑ってろい。」
父は静が笑うと、自分もくしゃくしゃの笑顔を見せた。
「静が一番」になるときもあった。そんなとき、静が「おっかさんが一番じゃないの?」と切り返すと、父はとても嬉しそうな顔をして、
「そうだ! おっかさんが一番! 静は賢けぇなぁ。」
と笑った。
静はそう言って、カラカラ笑う父が大好きだったから、同じように、いつもにこにこと笑っていた。
それでも嘉衛門が他の娘と言葉を交わすと、胸がキュンと締め付けられる。かといって、自分で話しかける勇気もない。
嘉衛門は栄嘉に着いて事務方の仕事を手伝っているし、静は美津の世話の方が多かったから、顔を会わせることさえなかった。
大きな普請の後や祭りのあとは、無礼講の宴が催される。
このときばかりは、静も他の女子衆と一緒に支度にてんてこ舞いし、宴に身を連ねた。
宴が進む頃、何人かの男女の姿が消えていく。それが大人になることだと、いつしか静は気づいていた。
嘉衛門の姿がいつ消えるか。静は宴がある度、進む度にいつも胸を痛めていた。
涼やかな顔立ちの嘉衛門は、元服したときから年上の娘たちにちょっかいを出されていた。しかし嘉衛門は、はにかんで笑っているだけだった。
十七、八の見事な若者になっても、
「弟が待っているから、私は失礼させていただきます。」
と、女たちの手をかいくぐり、逃げるように立ち上がった。そんな嘉衛門を娘たちは残念そうな声で送り、男たちは茶化す。
帰っていく嘉衛門を見て、年頃になった静はホッとしながら片付けにかかっていた。
「貸しなさい。」
まだ十三の静が、名主の屋敷で両腕に水を下げていると、元服したばかりの嘉衛門が近寄ってきた。
「あたし、力持ちですから。」
静がにっこりすると、
「二度目でしょう。」
そう呟いて、嘉衛門は静の手から手桶をとった。
静は初めてだった。
同じ年頃や年上の娘が水を運んでいると、どこからか男子がやって来て助けてくれるのを見たが、自分の身には起こらなかった。
しかも「二度目」と見ていてくれた。
それだけで、静の心はポッと温かくなった。
その日から、静の目が嘉衛門を追い始めたのである。
◇◇
名主は美津の祖父で、平山藤五と言った。だが、代々の名主ではなく、元々は宮大工も務める大工の棟梁の家系であった。
戦乱の世は、主君を失い、禄を失う者や戦いの中で田畑を失う者を溢れさせた。また、武家を支えていた鍛冶屋などの職人たちも多く仕事を失った。
藤五の父は、そういう者達を進んで庇護した。
家康が入城し、江戸が整えられていく中、人手が少しでも欲しかったのである。
「戦が始まれば戦に駆けつける」という血気盛んな男どもをまとめるのは、まだ若かったが藤五の役目であった。
自身も腕のよい大工であった藤五は、庇護した者に大工仕事を手伝わせ、器用な者はそのまま大工に、力自慢の者は人足にと振り分けた。技術を持っている者は、なるだけ生かせるように手配した。
次第に藤五の父を頂点に、一つの組が出来上がっていった。それに地主が目をつけ、娘を藤五の嫁にやった。地主の力を得て、藤五はさらに多くのものを庇護し、作業場なども作らせ、あちこちの仕事に振り分けていった。
こうして藤五は一大職人集団を率いる棟梁となったのである。
藤五が抱える人数は増えていったが、なかなか大きな普請を得られなかった。そんなとき栄嘉一家が流れてきたのである。
栄嘉は正確さにこだわるあまり大工に向かず、また、力自慢というほどでもなかった。
ただ、藤五が書状を前に唸っていたときに、内容を分かりやすく説いてきかせ、藤五の意向を代筆した書状を作ったところ、普請仕事が一つ取れた。
藤五はことのほか喜び、それ以来、栄嘉を交渉役として側に置いた。
栄嘉は仕官口も探していたが、とりあえず働けるのはありがたかった。
藤五はそれまでにも、これと思った武士を何人か交渉場所に伴っている。が、気位が高かったり、短気であったりで散々な目に遭っていた。
その点、栄嘉は腰が低くて人当たりもよく、なにより人に分かりやすく伝える力に優れていた。
「神尾の。俺が金を出すからよ、若衆や子供に読み書きを教えてくれねぇか。」
自身、読み書きが苦手であった藤五は、その人柄を買い、子供たちに読み書きを教えるようにも頼んだ。
静たちはそうして栄嘉から、一通りの読み書きを教えてもらっていた。
そして、静は十三、嘉衛門は元服した十四で名主の家を手伝い始めていた。
◇◇
嘉衛門を追い始めた静の心に、九つの頃の思い出が甦る。
歩き回るのが嬉しくて仕方ない小さな美津を連れて裏山近くで遊んでいると、山桃の木が実をつけているのを見つけた。小柄な静が、やっとやっと腕を伸ばし、小豆色がかった深紅の実をなんとか三つ取った。一つを口に含んで甘さを確認すると、美津の口に一ついれた。
にっこりとおいしそうに口を動かした美津が、「もっと」とせがむ。
静がもう一つ、美津の鳥の子のように開いた口に入れてやる。
美津は満面に笑みを浮かべて、口を動かした。
そしてまた「もっと」とせがんだのである。
「もうおしまい。」
「いや、もっと。」
「届かないの。」
「いや、いや、もっと。」
つやつやした尼そぎの頭を大きく振ったかと思うと、美津はそのまま火がついたように泣き出してしまった。
「いやぁー、もっとー、もっとー、もっとちょうだいーー」
激しい泣き声が辺りに響く。静は山桃の木を見上げたが、自分の手が届きそうな所は、まだ熟れていなかったり、せいぜい鮮やかな赤で、あまり甘味はなさそうである。
「ちょっと待って。」
美津を抱き寄せ、トントンとなだめると、静は小枝を探した。細長い枝を持って飛び上がって落とそうとしてみたが叶わない。
しゃくりあげながら静をじっと見ていた美津が、また泣き出した。
静の目にも涙が滲んでくる。
途方にくれていると足音がして、まだ太吉と呼ばれていた嘉衛門が小さな弟を連れて現れた。
「小丸、じっとしておれ。」
弟に命令した太吉はするすると木に登り、実を取り始めた。
兄の言いつけを守って、きちんと立ったままの小丸がいじらしく、また、しゃくりあげている美津の機嫌を取るために、静は袂からお手玉を出した。
ひーふーみーよーいつむぅななや
一かけ二かけて三かけて
四かけて五かけて橋を架け
橋の欄干 手を腰に
はーるか向こうを眺めれば
よちよち歩きの美っちゃんが
お水とおにぎり手に持って
美っちゃん美っちゃん どこ行くの
「おやま!」
涙まみれのまま、にこにこと笑った美津が、大きな声で元気に言った。小丸も面白そうに、静の手の上で跳びはねるお手玉を見ている。
静は「美っちゃん」を「小丸どん」に変えて歌ってやった。
そのきれいな歌声を聞きながら、太吉はよく熟れていそうな実を採るのに集中する。
お手玉を追って少し上向き加減の静の瞳には、懸命に手を伸ばす太吉が映っていた。
静が二人の相手をしている間に、太吉は手拭いにたっぷり実を取ると、こぼれないよう結び、大事そうに抱えて降りて来た。
赤い汁のにじんだ手拭いを太吉が開くと、美津も小丸も、静さえ歓声を上げた。
太吉は、せがむ美津と小丸の小さな手に幾粒かずつ乗せてやると、「手を出して」と言う。
静が嬉しそうにそっと片手を出すと、太吉は「両手」と言った。改めて差し出した静の両手に、太吉は得意気に溢れんばかりの山桃を入れた。
「足りるか?」
「うん。ありがとうございます。」
美津が、静の手のこんもりした山桃から一つ取り、小首をかしげ、かわいい顔でにっこりと笑った。
「ありがとうごじゃいます。」
兄の手拭いの中の山桃をねだる小丸の手に、太吉はもう二つ、実を乗せてやると、小さな弟の頭を撫でた。
「あとは母上と姉上へのみやげじゃ。帰って食べよう。」
そういうと膝の上でテキパキと手拭いを包み、立ち上がった。
静も立ち上がり、もう一度礼を言った。
「うちへの土産ができた。私こそ礼をいう。」
太吉は静に軽く頭を下げ、小丸の手を引いて立ち去った。
名が嘉衛門に変わったとはいえ、太吉の変わらない優しさを思い出すと、まだ大人になりきらない静の心がポッと温まった。
静は名主の家を手伝っていたが、家仕事より、美津の相手の方が重要な仕事であった。
静が手伝いに上がった頃、美津は七つ。
白い肌にぱっちりとした黒い瞳。真っ黒でまっすぐな髪。子供たちの中でも先が楽しみな、かわいい少女になっていた。
「姉妹なのに似てないねぇ。」
仲のよさに、静と美津はよく姉妹に間違われ、その度に決まり文句のように言われた。
静は慣れていた。自分の器量も解っていたし、美津と同い年の妹も器量良しで、親戚の口からもよく聞かされた言葉だった。
だからといって、平気だったわけではない。
(なんで私は器量が悪いんだろう。)
周りの人から無条件で愛される美津や妹を見ながら、静は小さな心を痛めていた。
「女は愛嬌ぞ、静。」
そんな娘の思いを知ってか知らずか、父は自分に似た静を大層可愛がった。
「お前の心根は誰よりきれいだ。頭もいい。だから笑ってろ。おとっつぁんは静の笑い顔が二番目に好きだ。」
「一番じゃないの?」
「すまねぇ。一番はおっかさんだ。」
父は片手を立てて娘に謝る。
「なーんだ。うふふふふ。」
静が満足そうに顔をほころばせる。
「そうだ。笑ってろい。」
父は静が笑うと、自分もくしゃくしゃの笑顔を見せた。
「静が一番」になるときもあった。そんなとき、静が「おっかさんが一番じゃないの?」と切り返すと、父はとても嬉しそうな顔をして、
「そうだ! おっかさんが一番! 静は賢けぇなぁ。」
と笑った。
静はそう言って、カラカラ笑う父が大好きだったから、同じように、いつもにこにこと笑っていた。
それでも嘉衛門が他の娘と言葉を交わすと、胸がキュンと締め付けられる。かといって、自分で話しかける勇気もない。
嘉衛門は栄嘉に着いて事務方の仕事を手伝っているし、静は美津の世話の方が多かったから、顔を会わせることさえなかった。
大きな普請の後や祭りのあとは、無礼講の宴が催される。
このときばかりは、静も他の女子衆と一緒に支度にてんてこ舞いし、宴に身を連ねた。
宴が進む頃、何人かの男女の姿が消えていく。それが大人になることだと、いつしか静は気づいていた。
嘉衛門の姿がいつ消えるか。静は宴がある度、進む度にいつも胸を痛めていた。
涼やかな顔立ちの嘉衛門は、元服したときから年上の娘たちにちょっかいを出されていた。しかし嘉衛門は、はにかんで笑っているだけだった。
十七、八の見事な若者になっても、
「弟が待っているから、私は失礼させていただきます。」
と、女たちの手をかいくぐり、逃げるように立ち上がった。そんな嘉衛門を娘たちは残念そうな声で送り、男たちは茶化す。
帰っていく嘉衛門を見て、年頃になった静はホッとしながら片付けにかかっていた。
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