上 下
19 / 27

わが嫁はニブイらしい~秀忠

しおりを挟む
 美しかった、江。
 いつもはかわいいと思っていたけれど、美しかった。
 あの着物を着た江にみんなが釘付けになっていた。太閤殿下さえ。
 ほんとうに、改めて礼を言う。

「殿下によきご縁をいただき、改めて感謝申し上げます」
 (私の妻です。不埒なお考えなどなさいますな)

 好色な殿下に向かって、私は一瞬、殺気を放っていたかもしれぬ。

 さだ姫に会いたかろうと、江と別れて近習きんじゅうへの挨拶に行く。
 特に必要はないのだが……。というと、また利勝に叱られるか。まぁ、話ながら相手を探るのも仕事役目じゃ。
 まだ平々凡々とした小倅と思われておるゆえの。


 あちこちに挨拶をしている間に日が傾いてきた。
 そろそろ帰るか。

 奥にいる江を呼んでもらおうと中庭まで来たら、小さな姫が駆け寄ってきた。走り回っていたのか、上気した頬で愛らしい。
 追いかけて来たのは

 ……江

 打ち掛けを汚さないよう、しっかり持ち上げて、動きにくそうだ。すまないことをした。
 近寄ってきた淀の方様に、ひざまづいて礼をすると、江の声が聞こえた。

「完姫、そろそろおいとまいたします」
「はい。おばうえ」

 えっ、今、「おばうえ」と言うたか?
 江は娘に「おばうえ」と呼ばれているのか? 「ははうえ」ではなく?
 私のせいか。徳川に嫁いできたからか。
 着飾らせて見せびらかそうなどと思った己が嫌になる。
 動きやすいように帯を揃えてやればよかった。

 完姫の手を取り、頭を撫でた江が振り向く。
「あなたさま、お待たせいたしました」

 微笑んでいるのか。「叔母上」と言われたのに。
 胸が痛む。早く連れて帰ろう。
 江の手をギュッと掴み、スタスタと歩く。
 宮城野と利勝が慌てて着いてきた。


 江の微笑んだ顔が頭から離れぬ。
 哀しいであろうに、寂しいであろうに、切ないであろうに、それでも微笑むのか。江は。
 慰める手だてはないのか。
 由良に「微笑んで差し上げられませ」と言われたが、それが出来れば苦労はせぬ。
 私は六つも年下で、江は利勝と同い年。利勝が弟を見るように、きっと江も私を弟のように見ていることだろう。
 だから、余計に強がってしまう。
 由良や利勝にはバレているようだが、江は疑わぬ。きっと、いけすかない男だと思われているのだ。
 それなのに急に笑えるか。
 それにしても、餅が旨い。昨年の出来は上々じゃな。今年も上手く育つよう気を配らねば。


 なんだ? 寝所が寒いな。
 江がくしゃみをしているではないか。早く床に入っていればいいのに。風邪をひいたらどうするんだ。
 私が寝たら、江も飛び込むように床に入った。

 震えている。
 冷えたんだろう……。

 気を落ち着けて……。

 江の隣へ潜り込み、己の布団を江の上にかける。
 これで少し暖かくなればいいが。
 正月から風邪をひかれては、気になりすぎて、仕事が手につかぬ。

「秀忠さま」
 と、江が呼ぶが、知らん顔をする。初夜の衝撃は大きかった。翌日には「『あなたさま』と呼ぶよう」と由良に伝え、由良から宮城野に伝わっている。
 直接言うと「何故なにゆえ」と訊かれる。それが怖かった。

「あなたさま」と呼び直した江が礼を述べる。
 礼など言わずともよい。私は、私のために江を着飾らせたのだ。完姫と遊びにくそうだったではないか。

「徳川のためです」
「はい……」

 申し訳なさに江の顔を見られず、私は天井を睨んでいる。
 
「貴女は『叔母上』と呼ばれているのですか」
「……」
「かわいい姫でしたね」
「豊臣に置いてきましたから」

 あ、まずい。鼻声になっている。
 私が一目惚れしたときの、北政所さまを慰めていたときの声。
 健気で、情が深くて、優しくて……。
 きっと、今もあの時のように涙を浮かべているはず。
 
「そうですか。泣くと余計に冷えますよ。おやすみなさい」

 私は江に背を向けた。
 背を向けざるを得なかった。
 躯中の血が、下半身に集まってきている。
 まずい。まずい。
 とりあえず、寝たふりをして、江を早く休ませねば。

 明日は、利勝に稽古をつけてもらわねばならぬ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...