王太子は頑張れない!

tsuyu

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閑話 ふたつの蒼

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「――――のことを宜しくね?」











 10歳も年下のこの王子様と出逢ったのは、まだ彼が5歳の頃。
成人後、母の故郷へ留学に行く直前だった。

 髪は淡い水色で、後から白縹色しろはなだいろという名前の色だと知り、透き通るような儚いこの王子にはぴったりな色だと思った。
 王石のラピスラズリのような濃い瑠璃色のようで、サファイアの蒼く透け煌めく色にも見える瞳。
父や異母兄に、将来この方に仕えるのだと聞き、『国宝』を護る役目に就ける幸せを喜んだ。


 ノルディア王国の隣国モントルー公国から、更に西南に位置するエルドラージ王国。
馬車で2週間、馬を走らせれば10日ほど離れたその国は、農業と海産物に恵まれた肥沃な土地と、砂漠とオアシスが点在する大国。

 先々代の王が艶福家で子が多く、数年前まで内乱が後を絶たず繰り返されていた。
その内乱を治め、王位を継承した今の国王は、母の年の離れた異母兄だ。

 異母兄の母君は先代の第三妃で、側室だった祖母とは仲の良い従姉妹だったそうだ。
祖母は母が幼少の頃に流行病で亡くなり、母は第二妃に育てられたそうで、王位を争う内乱が激化する前に、異母兄が遠縁であるノルディア王国のジェイド伯爵家に保護を求め母を預けた。

 ジェイド伯爵は先妻を亡くしたばかりで、当時9歳だった異母兄は母親を失い塞ぎ込んでいたらしい。
16歳で一人母国から離れた土地で寂しかった母は、伯爵と異母兄と共に過ごすうち、年の近い異母兄と姉弟のように仲良くなった。

 喪が明けた頃、父が母を後妻に迎え、私が生まれた。
生まれたばかりの私を、異母兄は可愛がり、両親が飽きれるほど面倒を見てくれていたそうだ。
一人っ子だった異母兄はずっと兄弟が欲しくて嬉しかったのだと、私に教えてくれた。


 だが、幸せ一杯だったジェイド伯爵家が再び哀しみに襲われる。

 5歳になった私と母が、エルドラージ国王を継承した義伯父の即位五周年の式典に参加する為、向かうはずだったが、私が高熱で参加出来なくなり、警護をつけ母だけが母国に帰国する事になった。

 その途中、事故で亡くなった。

 ノルディアからエルドラージに向かうには、陸路か、モントルー公国のからエルドラージへ船で向かう方法がある。日程調整の為に、早く着く海路を利用して向かったが、船が沈没し還らぬ人となった。
 伯爵家からもエルドラージからも捜索隊は出たが、乗船していた者は誰も見つからず、母を護衛していた伯爵家の家人も見つからないまま、捜索は打ち切られた。

 私は勿論、父も成人し騎士団に入った兄も哀しみ、泣き暮れた。特に二人の妻に先立たれた父の憔悴は酷く、兄が父の代わりに家を仕切り、騎士団の仕事の合間に私の教育を施してくれた。

 尊敬してやまない兄が結婚し甥が生まれたあと、父は兄に家督を相続し、王都ではなく伯爵領の別荘で気ままに暮らしている。
 騎士の寄宿学校に通い、休みは伯爵家に戻り、兄夫妻と甥と過ごす生活に慣れ、同期の気の合う友人と適度に遊ぶ。



 そんな充実しているはずの生活の中で時折、無性に物悲しくなる事があり、よく王都の森へ馬を走らせた。
ノルディア王国には湖が点在しており、景観の良い名所がある。
留学を数日後に控えたその日も、いつも行くお気に入りの場所に愛馬を走らせていた。

 湖の対岸には小さな古城があり、桟橋に普段は繋がっている船がないことに気付く。
気になって湖岸に沿って近付くと、古城の中に繋がる水路が見えてくる。
いつもは遠くから見ていたので、こんな風になっていたのか、と好奇心が湧く。

 馬を木に繋ぎ、水路横の通路に足を踏み入れる。
何か膜の様な物に触れた気がしたが、その時は不思議と結界だろう、と妙に冷静なようで警戒心を忘れたようにそのまま歩みを進めた。

 どれ程歩いたのか。
数分だった気もするし、何十分だったかもしれない。時間の感覚が狂い、空を見上げても、青空が見えるだけで雲がない。
視線を戻したら、急に開けた場所に出た。

 そこはドームのようになっており、古城は一部崩壊していて、蔦植物や苔が白い柱や壁に自生している事から、長い年月このまま放置されているようだった。

 奥には祭壇があり、上から幾筋もの小さい滝が流れ、棚田のようになっている水路に流れていく。
壁の穴から光が射し込み、神聖で幻想的な空間に溜め息が零れた。

 祭壇に近付くと、巨大な水晶の原石が祀られている。



「えっ?」



 水晶に右手で触れると、淡い光に包まれた小さな女の子が現れた。
淡いピンク色の輝く髪が揺らめき、水晶の中で漂っているように見えた。
閉じられた瞳の色が見てみたい、この子を護らなければ、と何故か急にそんな思考に囚われた。



「フォレスト」



 突然名前を呼ばれ、ビクッと肩が跳ねる。
視線を巡らせると、先程までは無かった壁に扉の形をした穴ができており、先日初めて拝謁した第二王子が驚いた顔で立っていた。

「殿下!」
「何で君がここに? 何処から入ったの?」
「えっ?」
「ここは結界があるから入れないはずなんだけど…あぁ、そっか。この子が呼んだんだね」

 怪訝な顔で警戒していたブルーラピスが、何か思い当たったのか納得し、近付いて来る。

「あの、殿下。ここは…」

 恐る恐る訊ねると、ニッコリと笑顔を向けられる。

「ここはこの子の眠る場所。管理者しか入れないんだけど、君は招かれたようだ。ボクの騎士にしたかったのに、この子が君を気に入っちゃったみたい。仕方ないなぁ」
「え? ど、どういう事でしょう?」
「言葉通りだよ」

 ブルーラピスが右手を水晶に手を宛てて目を瞑る。

「あっ」
「殿下?」

 目を開け、少女と私を交互に見た後、むぅ、と口を尖らせる。

「ボクの――――なのに」
「殿下?」
「絶対邪魔してやる! 覚悟してね?」
「え?」

 ボソッと呟かれた言葉は全て聞き取れなかったが、前後の言葉で理解する。一体どういう事だろう?

「ううん。何でもないよ。ここの事は秘密だよ? 10年…いや、9年かな? その時が来たら、フォレスト、君の力を借りるから強くなって帰って来てね」
「はい」
「そろそろ戻った方が良いよ。またね」
「あっ!」

 ブルーラピスが私の指輪を触ると、蒼と碧の光の洪水で目が開けていられなくなり、きつく閉じる。

光が収まり目を開くと、古城の湖岸で愛馬が大人しく待っていた。



「殿下?」



 さっきまで一緒にいたブルーラピスを探すが、周りには誰もいない。
水路の入口を見ると、あったはずの入口が無くなっていた。
白い壁と蔦と苔が、元から入口など無かったと言っているようで。
さっきまでの事は白昼夢だったかのように…

 ただ、太陽が傾き始めており、数時間は経っている事がわかった。
暫くぼーっとしていたが、そろそろ戻らねば家に着く頃には陽が沈んでしまう。

 もう一度古城を振り返り見ると、ブルーラピスが手を振っている姿が一瞬見えたような気がして。



 夢じゃないよ、と言われたような気がした。




    ◆   ◆   ◆




 5年後、帰国し家に帰った次の日。
登城し再会した第二王子は、儚さを残しながらも10歳の美少年へと成長し、笑顔で帰国を喜んで下さった。

「お帰りフォレスト! エルドラージはどうだった? 後でゆっくり話を聞かせて欲しいな」

 本宮の謁見室で誘われて、左宮のブルーラピスのプライベートスペース、色とりどりの花が咲く庭に招かれ、お茶を頂く。

「エルドラージ国王陛下には善くしていただき、とても充実した日々をおくることができました」
「そう、良い経験が出来たようですね。戻ってばかりで申し訳ないんだけど、明後日から第二騎士団に配属が決まったから宜しくね」
「第二…かしこまりました。喜んで拝命致します!」
「ボクも午後から騎士団で訓練しているから、宜しくね!」
「はい!」

 線の細い殿下がどんな剣を振るうのか楽しみで、浮かれていた事は認めよう。

 2日後、第二騎士団に配属され、実力を見てから分隊を決めると、団長から通達があった。
午後から騎士団の演練場に殿下がいらっしゃるので、その時に、ということらしい。

「殿下、本日も宜しくお願い申し上げます」
「うん。じゃあ早速、ジェイド卿のテストをしようか」
「はっ!第六分隊長マルクト・シュゼル、フォレスト・ジェイド、両者前へ。得意な物を使用するように」
「「はい!」」

 第六分隊長は長剣を、私は双剣を構え合図を待つ。

「始め!」

 間合いを一気に詰め、右で長剣を押し返し、深く沈み左を分隊長の首元で寸止めする。

「やめ!勝者、ジェイド卿!」

 剣を納め、礼をし固まっている分隊長に握手を求めると、周りがざわつく。

「嘘だろ」
「マルクト分隊長が一瞬で?!」

「やるな」
「ありがとうございます」
「流石、フランク殿の弟君だな」
「兄をご存知なのですか?」
「ああ、寄宿学校で世話になった」
「そうでしたか」

 シュゼル家と言えば、王都に店を構える大店の商会だが、商隊を護衛する傭兵が屈強な事でも有名だ。
ノルディアの近衛隊は貴族しか所属出来ないが、騎士団は実力主義で市民の中から実技試験と筆記試験で合格した者が、近衛と騎士団の見習い達が学ぶ寄宿学校で共に学ぶ。

 その後、選抜試験に合格した者が騎士団へ、不合格の者でも街の警邏隊や傭兵、領主の私兵隊に就く事も珍しくない。騎士団で分隊長を任されるということは、かなりの実力者でエリートという事だ。


「次、第五分隊長シャール・ルビナス」
「はっ!」
「お願い致します」

 その後も続けて第四分隊長ライル・ブルナー、第三分隊長ジーン・トルニア、第二分隊長ルナ・ナイトレイと試合をし勝ち進む。

 途中からざわめきは歓声に変わり、古参達からは今度勝負しろと囃される。

「次、第一分隊長キリル・クイート」
「え~、もういいじゃないですか。ジェイド卿の強さはもう分かったでしょ?」
「キリル、お前という奴は!」
「団長が相手してどの隊にするか、決めた方が良いと思いますけど?」
「キリル!」
「いいよ、リアム。キリルの言う事も一理ある。許可しよう」
「殿下!…かしこまりました」

 おー!団長と!と周りが盛り上がる中、一人焦る。
普段、隊を決めるのは二通りあり、一つは毎年新人が配属される時に行われる総当たり戦で実力を見て決まる。

 もう一つは分隊長と対戦し、負けた時点でその分隊に所属となる。
分隊にはそれぞれ役割があり、参謀・諜報・先遣隊・討伐隊とわかれ、腕前も考慮されているが、第一分隊と言えば参謀、知力と武力を兼ね備えたスペシャリスト。
平均的な武器の扱いと、特化した力を問われる部隊だ。

 その分隊全てを従えるのが騎士団長で、分隊長全員に勝った者が王族より拝命される。
他の騎士団長たちは長くても10年で入れ替わる事が多い中、第二騎士団長のリアム・ナイトレイと言えば、15年以上その席を譲らず勝ち続ける猛者である。

「嘘だろ。何でこんな事に…」

 騎士団長とに一対一など、もっと先の事だと思っていたので、本音がこぼれる。

「何処からでもかかってきていいぞ。遠慮するな」

 リアムの言葉に覚悟を決め、むしろ初日から騎士団長に相手をしてもらえるのだと頭を切り替える。

 剣に薄く魔力を流し、接近戦に持ち込む。
軽く弾かれ、その反動を利用して後ろに回りこもうとするが、私の反応に合わせて動く団長の後ろに回り切れず、横から二打撃入れるも流される。

 こちらが全力で踏み込んでいるのに、団長は軽く流しているだけのように見える。
これではジリ貧になって体力が尽きるだけだ。
ヤワな鍛え方はしていないが、馬に乗れず帰宅出来なくなるのは避けたい。

 頭の中でシュミレーションしながらも、攻撃の手は止めず地面を蹴る時に風魔法を込めて左に踏み込む。
下から上昇する風と砂ぼこりで、目を一瞬でも閉じてくれれば!瞬く一瞬の隙を伺い、攻撃を繰り返す。



今だ!!



 振り切った剣から疾風の見えない刃が放たれ、そのまま突っ込み右で切り込む。
キーン!!と刃が交わり力負けし、弾き飛ばされる。
素早く起き上がろうとし、首の横に突き刺さる刃に動きを止める。

「中々やるな。ここまで撃ち込んで来た奴は久し振りだ」

 手を差し出され、躊躇いがちに握ると引っ張り起こされる。

「ありがとうございます」


「凄いね!リアムが手古摺るなんて、何年ぶりだろ?」

 目をキラキラさせて興奮する王子を従者が肩を抑える。

「殿下、少し落ち着いてください」
「グイード」
「殿下、如何なされますか?私は零番隊の復活を彼に任せても良いと思うんですけど~」
「こら、キリル」
「いいと思うよ、リアム。フォレストの実力なら大丈夫だと思うよ」
「しかし…」
「それに最近、侯爵としても忙しくしているようだし、フォレストに任せちゃったらいいと思うよ?」

 盛り上がる王子達に声を掛けて良いものか、迷いつつも疑問を口にする。

「あの、零番隊とは?」
「零番隊は騎士団長を補佐する隊でね。昔あったんだけど騎士が減ったから解散したんだ。解散してからは第一分隊や第二分隊が団長を補佐してたんだけど、やっぱり畑違いだからね。第二騎士団も規模が大きくなってきたし、復活させるには丁度いいと思うんだよ」

 第一分隊長のキリルが、ね?ルナ?と諜報を得意とする第二分隊長に意見を求める。

「そうですね。私達はその方が助かります。伯父上の補佐は大変ですし」
「おい、ルナ!それが本音か!」

 不機嫌な顔で睨む団長に、第二分隊長は我関せずと言う様に無視している。

「じゃあ、うちと第二分隊から優秀な子をまわして、取り敢えずジェイド卿と三人で。後は慣れてきたら増やしていけばいいと思うんだけど、どうでしょう?殿下」
「許可しよう」
「「ありがとうございます」」
「ということで、フォレスト・ジェイド。君を第二騎士団零番隊に任命する。リアムの補佐、宜しくね!」
「…かしこまりました」

 何だか無理難題を押し付けられたような気がするが、第二騎士団に温かく迎え入れられたので良かったのかも知れない。


 そんな風に思ったのも束の間、翌日からの事務処理の多さを目の当たりにし「早まったかも」と早くも後悔したが、簡単には投げ出せない。
折角殿下がくださったチャンス!と奮起し書類を片付ける。

 第一分隊からは騎士より文官が似合いそうなドルトン・セルゲイが。
商家の出で計算や情報収集が得意で今までも団長の書類仕事を手伝っていたらしい。

 第二分隊からは、今年成人したリーナ・アイリオ。
彼女はアイリオ子爵令嬢で、寡黙だが社交界と近衛、各騎士団から流れて来る噂や情報精査の正確さを買われているようだ。

 頭の回転が早い二人との仕事はやりやすく、年も近いのですぐに打ち解ける事もできた。





 毎日のように騎士団に訪れるブルーラピスと、書類仕事の合間に剣の訓練をしたり、ボードゲームをしたり。
戦術の講義では私よりも熱心に、攻略の難しい作戦を立てていく。 

 今日も剣の稽古の後、ブルーラピスの部屋のテラスで涼みながらボードゲームで戦術の訓練という名の遊び相手になっていた。

「殿下、貴方本当に11歳ですか?」
「どう見ても11歳でしょ?」と笑いながら、チェックメイト、とボードゲームで勝利宣言をする。

「ねぇ、フォレスト」
「何ですか?」

 帰国し一年が過ぎた頃には、公式の場以外では砕けた口調で話す仲になっていた。

「騎士団にも慣れて来ただろうし、あと三人部下を増やして。次の春に、君には副団長になって欲しいんだよ」
「次の春って、一年無いぞ? それに騎士団では、俺はまだ新人だってこと忘れてないか?」
「国内に居なかっただけで21歳は新人じゃないよ。何の為に分隊長たちや、リアムと真っ向勝負させて零番隊任せたと思ってんの?」
「?! あ、あれは途中入隊だったからじゃなかったのか?」

 唖然と言葉を返すと、ブルーラピスはニコニコと口元に弧を描く。

「実力を見たかったのは本当だよ? 分隊長達も本気で戦ったし。まぁ、キリルはボクの思惑を正確に読み取って進言してくれたけど、あれもどっちかっていうと本業に専念したかったから便乗しただけだよねぇ~」
「なっ…!」
「ま、そう言う訳で頑張ってね? じゃないとボクの大切な妹を任せられないし」
「…近衛、もしくは第四騎士団へ転属という事ですか?」
「ん~、そうじゃないよ」
 
 敬語になったのは、ブルーラピスの声のトーンが下がったせいだ。
現在、ブルーラピスの同母の姉君スピニア王女は第三騎士団が、妹君フィニア王女は第四騎士団が護衛を担当しているのだが、そうじゃないという事は、サフィニア王妃が四人目を懐妊したという事なのだろうか?

「君には早く地盤を固めておいて欲しいんだよ。この後の予定は?」
「夜に父と兄夫婦との会食までは、特に何も」
「じゃ、ちょっと一緒に来て」
「何処に行くんだ?」
「ナイショ!」

 手を引かれ、一度ブルーラピスの部屋に入る。

「グイード、ちょっと本宮に行ってくる」
「お戻りはいつ頃に?」
「午後の6の鐘ぐらいかな」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 侍従長に本宮に行くと告げるブルーラピスの後ろを歩き、本宮の通路を進む。
何度も曲がり、普段通らない通路を進み、地下へと降りる。

「殿下、ここは立ち入り禁止区域では?」
「陛下から許可を貰ってるから大丈夫だよ。ここからは静かにね」

 ブルーラピスが、とある部屋に入ると書棚と簡素な机と椅子が置かれていた。
地下にあるせいか、少しひんやりしている。
書棚の本を数冊取り出し、右手を突っ込んだと思ったら、静かに書棚が横にずれ、細い通路が現れる。

「なっ?!」

 ブルーラピスが振り返り、口元に人差し指を立てる。

「ついて来て。ちょっと暗いから足元に気を付けてね」

 無言で頷き、恐る恐る入ると、淡い光に照らされた通路で、奥へ奥へと続いているようだった。



「ブルーラピス様、この光は…」
「ブルーノかブルーでいいよ。ボクもどうなっているか知らないんだよね。指輪をつけていると、通る付近だけ淡く光るから、精霊の力か何かだと思うんだけど」

 通路は大人が立って歩ける程度、幅は体格の良い大人が二人分程だろうか。

「ボクから離れると空間に取り残されちゃうから、気を付けてね」
「えっ?」
「どうやらここは、時間の流れが違うみたいで、ボクが管理者の指輪を持っていないと通れないみたいなんだ。持っていないと、さっき入った入口も開かないんだよ。王城にはそう言う場所が幾つかあるから、また今度教えてあげるね」
「…殿下、」
「ブルーでいいよ」
「ブルー、あの、何故私に機密情報をそんなにあっさりと教えてくださるんです?」

 不思議に思い訊ねた。今なら何でも答えてもらえる気がして。

「君が、あの子に選ばれたから」

 前を向いているので顔は見えないが、ふふっとわらっている事がわかる。

「あの子?」
「君は逢った事があるでしょ?6年前に」
「…6年前って、あ、あの離宮の?」
「そうだよ。あそこは『初代国王の妹姫』の離宮。『桜湖宮おうこきゅう』って言うんだ。ああ、着いたよ」



「えっ?」

 急に拓けた場所に出たと思ったら、外からの陽の光が射し込む、古城のあの不思議な空間だった。

「何で…」
「時間の流れが違うって言ったでしょ?」

 王宮からあの離宮までは、馬を走らせても鐘一つ分、一時間程かかるのに数分で着くなど…。
ブルーラピスの言う通り精霊の力や、魔力が働いているとしか考えられない。

「フォレスト、こっちに来て」

 呆然としている私を呼び寄せるブルーラピスは、あの大きな水晶に手で触れたまま、こちらを見ていた。
ふらふらと近付くと、そこには以前見た少女が少し成長した姿で眠っていた。

「ブルー、この方は…」

「――――。ボクの秘密の妹だよ」



 愛おしそうに優しく微笑むブルーラピスから、この後、衝撃の話を聞き、久し振りの家族の団欒なのにうわの空で、父や兄夫婦に心配をかける事になった。
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