夏の抑揚

木緒竜胆

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第十六話:朝日が昇る一日

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 学校に行く練習。この言葉通り、朝日さんは翌日も朝8時に迎えに来た。練習通りに合流し、練習通りに歩く。しかしやはり練習は本番とは違う。
 登校するまでに何人もの同じ学校に通う生徒とすれ違ったが、白髪が珍しいのか、みんなしてじとじとと嫌な視線を朝日さんに向けていた。
 そして校門まで来ると生徒の量はピークに達する。辺りの何十もの視線を朝日さんは浴びることになる。しかし朝日さんは全く気にしていないのか、いつもの抑揚のないトーンで、冗談か本気かわかりづらい、それでいて少しお茶目なことを話し続けていた。
 朝日さんは視線を全身に浴びながらも、意に介さず、教室までの道を進んでいく。今日は俺の案内を必要としていないので、練習の成果は出ているのだろう。俺は心の中で「頑張れ」と応援しながら、朝日さんの後ろを歩く。
 朝日さんは教室の前に着くと、何回か深呼吸をして教室の後ろのドアを開けた。ドアが開かれると同時にクラス中の視線がドアの方へと向けられるのは当然のことだ。しかし、ドアの方に注目が集まるのは一瞬で、普通は皆すぐに各々がやっていた作業に戻る。
 だが、今回に至っては違った。
 不登校になった黒髪で大人しいクラスメイト。それがこの学園唯一のジャージ姿で、それでいて髪を初雪のような純白に染めてやってきたのだ。好奇か奇異か。性質は不明だが、確かに今この瞬間、朝日さんはクラス中の視線を奪っていた。
 周りからは「あれ誰?」とか「髪白っ!」とかいう声が聞こえる。しかし朝日さんは気にも留めず、教壇へと上り、座席表に目をやった。
「おい、夕陽くん。私は一番窓側じゃないか」
「まあ、そうだろうね。逃げやすいし」
「君はデリカシーがないなあ」
 朝日さんは嘲笑するかのように肩をすくめると、自分の席へと着いた。俺も朝日さんの隣の席に着いた。
 朝日さんの隣にいるからこそ俺でもわかる。朝日さんは常に好奇と奇異の視線に晒されていて、いつも何かを言われている。確かにこれはキツい。彼女は元々周囲から浮いていたが、白髪になったのは最近のことだ。とは言え、最近とは言っても何ヶ月か前のことだろう。
 何ヶ月もこの視線に耐え抜いてきた。それがどれ辛いことか。
 俺の手は無意識のうちに、朝日さんの手をぎゅうと握っていた。朝日さんはふふっと微笑むとぎゅうと握り返してきた。
 最初は冷たかった手も今はぽかぽかと温かく、むしろ気温もあってか暑苦しく感じるようになってきた。
 夏休みが終わってもなおじりじりと主張し続ける暑さを切り裂くように、教室の前の方のドアが開かれた。
「席に着け」
 蓮樹先生は教室に入るなり、朝日さんに目を向け破顔した。
「いやあ、今日は気分がいいからな。挨拶はいいから、さっさとホームルームを終わらせよう。起立気をつけ礼お願いします着席起立気をつけ礼ありがとうございました。後は出欠とって解散だ。連絡事項はない」
「端折るなよ。私は普通を楽しみたいんだ」
 朝日さんはクラス中の注目を浴びながらも、いつものように憎まれ口を叩いた。これも昨日練習したとおりだ。朝日さんは浮くことを気にしてきた。周りの目を気にしていた。でも今は周りの目を気にせず、いつも通り、気ままに振る舞えている。その朝日さんの成長に、心がぽかぽかと温かくなる。朝日さんには嬉しい気持ちにさせてもらってばかりだな。
「昨日も言ったが、ここは絶対王政だ。私が好きにやらせてもらう。じゃあ、まず夕陽旅路」
「え? ……あ、はい!」
 蓮樹先生は逆から出席番号順に名前を読み上げていき、出席を取っていく。そして朝日さん以外の出席を取ったところで、目尻から涙をぽろぽろとこぼしながら笑った。
「朝日コモリ」
「はい。ありがとう」
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