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第十一話:朝日の未来と夕陽の気持ち
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朝日さんと蓮樹先生と出かけてから一週間が経った。
俺の家に着いたときも、まだ朝日さんは眠っていた。だから別れは済ませていないのだが、朝日さんから今日に至るまで連絡は来ていない。
帰宅後に俺からお礼のメールを送っても良かったのかもしれないが、蓮樹先生に言われたことを意識すると恥ずかしくなってしまって出来なかった。そうこうしているうちにタイミングを逃してしまい、今日に至るわけだ。
夏休みには入ったものの、俺には友達がいない。もちろん学校に行けばたまに世間話をする相手はいるが、わざわざ休日にまで連絡を取るような相手はいない。故に夏休みにやることは宿題くらいしかなく、その宿題も一週間もあれば終わってしまう。
「……暇だ」
ベッドの上で横になっていた俺は絶望交じりに呟いた。都会であれば街に繰り出せばどんな人間でも暇を潰すことは出来るだろう。しかしここはドがつくほどの田舎だ。遊びと言えば川で水浴びか虫取り。時々家事や家業の手伝いをするくらいだ。
虫取りなんかは小学生までしか楽しめない遊び。既にアダルトである俺には楽しめない。それに家事や家業の手伝いは個人的には遊びだと思っていない。田舎の人たちは労働を快楽へと変えるための英才教育として家業の手伝いを行わせているが、俺は洗脳には強いタイプだ。破滅への一途をたどり続ける日本では働いたら負けということは十分に理解しているので、家事や家業の手伝いなんかは絶対にしない。
とはいえ、社会のために身を粉にして働かないとなると、必然的にやることがない。
「……暇だっちゅーの」
俺は今日何度目かわからないため息をついた。するとため息に反応したのか、枕元でスマホがぶるると鳴った。
俺はスマホのスリープモードを解除し、通知を確認する。
「……え? これは!?」
今の通知はメールが届いたことを知らせる物だったのだが、メールの差出人欄を見て俺は驚いた。今メールを送ってきたのは朝日さんだったのだ。
先週遊びに行ったときのお礼のメールにしては遅い。では、メールの内容は一体何なんだろうか? 遊びの誘いだったら嬉しいのだが、内容が全く想像も出来ないので、メールを開くことに対する不安もある。
俺は起き上がると期待と不安を胸に抱えたままメールを開いた。
内容は『もったいないので蓮樹にもらった映画のチケットを消費したいです。せっかくなので一緒に見に行くのはどうでしょうか? 断る場合はメールで返事を、見に行く場合は日時を決めたいので電話がほしいです』というものだった。
朝日さんと遊びに行けるということで、俺のテンションは一気に上がる。俺は立ち上がり、天に向かってガッツポーズをした。
普段だったらぴょんぴょんと跳び回り、近くのコンビニまでダッシュで何かを買いに行ったはずだ。俺は完全には喜びきれていなかった。
俺が喜びきれていなかったのは、蓮樹先生から映画のチケットをもらったことをすっかり忘れていたからだ。理由は単純。なんだか蓮樹先生の言葉を反芻するたびに、腹が立つからだ。だからもう思い出したくもないし、考えたくもないと思った。
そう考えた俺は蓮樹先生に関する全ての記憶に対して蓋をしていたのだが、今この瞬間蓋を開けてしまったのだ。
今朝日さんと出かけられることを喜んでしまったことで、今まで閉じ込めていたはずの蓮樹先生の言葉が頭を駆け巡る。
『どうした? 朝日の寝顔から目が離せないか? 朝日のこと好きなのか? 一目惚れか? きゃー! 若いっていいなあ!』
俺は何故この言葉に腹を立てたのか。自分に訊ねると、理性が答えをくれる。
俺が蓮樹先生の言葉に腹を立てたのは図星だったからだ。恥ずかしかったからだ。
しかし即座に本能が否定する。いいや、こんな出会ってすぐ恋に落ちるなんてことはあり得ない。恋と勘違いしているだけだ。
俺の中には相反する二人の俺が住んでいる。どちらの俺を頼るかは二人の俺が住んでいる器としての俺が決めることだ。では、どちらの俺の言葉が正しいのか。俺は自分に問いかけた。
数分考えると、俺はうんと頷いた。
「結論でないし、考えるのダルい!」
俺はとりあえず朝日さんと出かける約束を取り付けるために電話をかけた。
『もしもし? 一緒に行くんだ? じゃあ、いつにする?』
朝日さんはスリーコール目で電話に出ると、機械のように抑揚のない話し方でそう言った。
「あ、えーと……いつでもいいよ? 本当に毎日暇すぎて、もう宿題終わっちゃったから。いつでも大丈夫だよ」
『え? じゃあ明日の2時集合でいい?』
「オッケー! じゃあ昼食は食べてから集合?」
『いいや、2時。14時じゃなくて』
「ごめん、健康優良児だから出来ないわ。昼夜逆転していない」
『冗談だ。やっている時間的に10時には駅に集合していたいな。22時じゃなくて10時ね』
「オッケー」
俺が返事をすると、朝日さんは別れの言葉も言わずに電話を切った。
朝日さんは俺にどう思われるかを気にせずに行動しているように思えて、心がずうんと重くなる。同時に脈なしの三文字が頭をよぎる。ああ、これは自覚したらダメなやつだ。俺の過去が否定されてしまう。
「二文字は三文字だし、三文字も三文字だ」
俺は大声で支離滅裂の文章を読み上げている間に、脈なしの三文字を心の奥底にしまう。しかしその日は眠りに落ちる瞬間まで、朝日さんのことが頭から離れなかった。
翌日、俺は駅の構内にあるベンチに腰をかけて朝日さんを待つ。
この街は田舎とは言っても、村というレベルまで過疎化が進んでいるわけではない。当然駅はあるし、無人駅というわけでもない。
辺りをぐるりと見回すが、誰一人として姿が見えない。平日だから当然といえば当然なのだが、それでも夏休みの真っ只中だ。いくら子どもが少ないとはいえ、数人くらいの子どもは見かけてもいいはずなのだが。まあ、これが田舎ということだろうか。
ぬぼーっとして待つこと数分、俺は腕時計を確認した。時計は集合時間である10時を指している。
朝日さんは遅刻かなと思うと同時、肩をポンと叩かれる。振り返ると朝日さんが立っていた。
体育で着る半袖とショートパンツの体操着に学校指定のクソダサ青ジャージを羽織っている。ジャージだけでもダサいはずなのだが、ジャージと体操着に名字の刺繍が入っているせいか、世界レベルのデザイナーが狙っても難しいほどのダサさを醸し出している。
一応リュックも背負っており、機能性重視の超快活少女向けコーデと言えなくもないが、やはりダサいものはダサい。
「……その服装ダサくね?」
俺が正直に伝えると、朝日さんはムッとしてズビシと俺を指さした。
「いいかい? こういうときの定番と言えば『お、時間ピッタリだね!』『お待たせ、待った?』「ううん、今北産業』だ!」
「色々と言いたいことあるけど……ジャージも体操服もダサいでしょ。だから言っちゃうのは仕方ない。朝日さんは好んで着てるけどね」
「なんか一般生徒連中からは不評みたいだからな、このジャージ。私は好きなんだけどなあ……でも、名字入ってるから恥ずかしいは恥ずかしいぞ?」
じゃあ、何故着てきたのかと俺は視線で問いかける。すると朝日さんはドヤ顔でむふんと息を吐いた。
「人と話したくないからな! スクリーンに入場するとき、話しかけられたら面倒だろう? ほら、学生証の提示が必要とか。現役JKが学校指定のジャージ着てたら、何も提示しなくても入れると思ってな」
「いや、逆に怪しいから提示を求められるんじゃないかな? 夏休みだから学校帰りではないだろうし、そもそも朝日さんの細さだと『部活帰りです!』って主張も認められないだろうし」
「はっはっは! 何を言っているんだ君は」
朝日さんはわざとらしく笑ってみせると腕を組み、くわっと目を見開いた。
「私は夏休みに入ってから毎日運動をしている! こうやって外出もしているから、体力は登校拒否前に匹敵する」
「いや、そうなってくると昔から不健康そうだったのでは?」
「まあ、皆勤賞だった小学生の時ですら普段は引きこもり気味だったからな。自分でもヤバいなとは思ってるよ。今はまだ若いから問題ないが、将来が普通に心配だ。もっと筋肉と脂肪をつけないとな」
朝日さんはジャージ越しに二の腕をむにむにと揉む。俺はなんだか男が見てはいけないようなものを見ているように思えてきて、視線を落とした。
視線を落とすと、朝日さんの棒のように細い足が目に入る。確かに健康状態を心配するほど細いのだが、小麦色に焼かれた肌はむしろ健康さと活発さを感じる。
「まあ、心配しすぎる必要はないんじゃない?」
朝日さんは俺をじーと見つめ、納得したように頷いた。
「うん、なるほどね。メンタルよわよわは捉えようによってはあらゆることに敏感、過敏だからな」
朝日さんは軽い足取りで歩き出した。
「さあ、早く切符買って映画館へ行くぞ!」
俺は元気に動き回る朝日さんを見て、胸の辺りが温かくなるのを感じる。
この前公園に行ったときはあんなにバテていたのに、この暑さの中普通に動き回れる程度には体力が戻ってきている。健康そうで何よりだ。
「もう買ってるよ」
俺は揶揄うような笑顔を作り、朝日さんの後を追った。
朝日さんは操作に苦戦しながらも切符を購入すると、すいすいと駅の中を進んで行った。俺は朝日さんの数歩後ろを歩く。改札を通り、ホームに降り、止まっていた電車に乗り込む。
車内はクロスシートとなっていた。あまり人の目を気にしなくても良いかもしれない。とは言っても、この車両に俺たち以外の乗客の姿は見えない。異世界行きの列車と疑うレベルだ。
まあ、人の熱気で暑くならないのは幸いだ。
電車の中は冷房は利いているものの出力不足故か、はたまた設定故か、生温い風しか感じられなかった。都会の電車はちゃんと涼しいのかなとか考えていると、朝日さんは車両の一番前、窓側の席に座った。俺は朝日さんの隣の席に座る。
すると朝日さんは俺に顔を向け、ニカっと笑った。
「ね? 言ったとおりでしょ?」
「え? 何が?」
俺が訊ねると同時、車内に男のボソボソとしたアナウンスが聞こえると、ぷしゅうと音を立てながら扉が閉まった。
「ほら、ぴったりだ」
「流石」
「タイトは美醜な美学だからな」
うぃーんとモーター音を立てると、電車が動き出した。レールを走る音が車内に響き渡る。ワンダーパーク・ランドのコースターとは大違いで、結構大きな音だ。
普段の大きさの声だとかき消されてしまいそうで、花火みたいだなと思う。花火はもっと大きい音だけど……そうか、花火か。朝日さんと行きたいなあ。
俺が自分の世界に入り込んでいると、朝日さんがくいくいと服の袖を引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「なあ、蓮樹がくれたこのチケットの映画だが、本当に面白いのか? 原作はあれだったが」
「どうなんだろうね? 予告も見てないし、あらすじも読んでないからわからないや」
「そうなのか……」
朝日さんは外の景色を眺めながら、悲しげにそう呟いた。
「映画のタイトルは『一歩、幸せの行く先』だ。原作は小説。ネタバレはしないが、予告編からもわかる内容を教えるよ。主人公は中学校を不登校になった女の子。ある日女の子の下に同じクラスの男の子が訊ねてくる。男の子は平日は毎日通い続け、次第に女の子と仲良くなり、二人は恋に落ちる。そして女の子は不登校を克服し、男の子と一緒に登校するという話だ。確か実話を基にした漫画か、エッセイを基に小説にしたんだったか」
朝日さんは不快そうに顔を引きつらせて笑った。
「気色悪いよな。話も、蓮樹も。いや、蓮樹の場合は趣味が悪いだな。陰湿の冠を戴くに相応しい快楽主義者っぷりだ」
「めちゃくちゃ言うじゃん」
「だってそうだろう? 主人公は私と少し境遇が似ている。だから、蓮樹は最初からこの映画のチケットを私たちに渡すつもりで買ったんだよ。友達からもらったなんて真っ赤な嘘だ。蓮樹が毎月支払ってる光熱費よりも遥かに赤い」
朝日さんは蓮樹先生をディスると「うへー」と言いながら舌を出す。
「学校に行くことは素晴らしいことで、友達がいるのも素晴らしいことで、頑張ることは素晴らしいことで。だから君も頑張って学校に行きましょうとでも言いたいんだろうな、この映画は。気色悪い。学校に行くことが常に正解とは限らない。中学生だったら保健室登校が最善かもしれないし、高校だったら転校が最善かもしれない。通信制の高校に行くのもいいかもしれない。だから、一概に登校が正義とは言い切れないのだよ。綺麗事だけで食べていこうとしてる、この手の奴らが書いた感動ポルノは気色悪い。そして、それを似たような境遇の私に見せようとする蓮樹は趣味が悪い」
朝日さんは早口でまくし立てると、深いため息をついた。
「大していい映画じゃないだろ」
朝日さんはやさぐれた少女のように目を細めると、窓の外の景色を眺めながら再びため息をついた。
そんな朝日さんだが、実際は何を思っているのだろうか。さっきのまくし立て具合といい、朝日さんが言ったことは本当なのだろう。だからこの映画の内容を気色悪いと思っているのは本当なんだろう。そして、朝日さんが言ったこと全てが本当なのだとしたら、登校だけが正しい選択ではないと思っていることも嘘偽りのない本音なんだろう。
朝日さんは自分が周囲に溶け込めないことを気にしていた。それは彼女自身が変わり者だからどうしても浮いてしまうという、精神的な問題でもあるし、白髪が目立つから物理的に浮いてしまうかもしれないという外見的な問題でもある。
もちろん、髪を染めてしまえば外見的な問題は解決できる。しかし性格のせいで浮いてしまうという根本的な部分は解決できない。そんな彼女が選びそうな選択肢はどれだろうか。
朝日さんは夏休みに入ってから運動をしているみたいだし、もう十分頑張っている。だからこれ以上頑張る必要はないだろう。すると必然的に周りから浮かないように頑張らなければならない登校という選択肢はないだろう。朝日さん自身が登校が最善とは限らないと言っているあたり、本人もその選択をする可能性は今のところ低いのだろう。
では他の高校に転校する可能性はあるのだろうか? これもない。理由は先ほどの登校と同じ。浮かないように努力する必要があるからだ。よって朝日さんが選びそうなのは一つしかない。
そしてその選択は俺にとって寂しいものだ。せっかく朝日さんと仲良くなれた。こんなにも面白い性格の人と仲良くなれた。それなのに、もう学校で会うことはない。もちろん、今までのようにプライベートな時間に遊ぶことは出来るのだろう。でも朝日さんと学校に通えるなら、毎日が楽しくなりそうなのだ。だから、そんなあり得たかもしれない未来が消えてしまうのは寂しい。
俺は朝日さんの肩をおでんのようにツンツンと叩く。朝日さんは振り返ると、こてと首を傾げた。
「何?」
「朝日さんはさ、通信制に行くの?」
俺の問いに朝日さんは目を見開くと、再び視線を窓の外へと移した。
「……なんで?」
朝日さんは動揺しているのか、裏返った声でそう訊ねた。多分にこれは図星だ。朝日さんは普段、抑揚のないトーンで淡々と話す。それがどんなにシリアスな話であっても、おちゃらけた内容であっても。そんな朝日さんが、ここまで声に動揺を滲ませたのは初めてだ。
俺は自分の予想が当たっていることに気を落とし、ため息をついた。
「裁判ゲームと探偵漫画で鍛えた俺の推理力をあまり舐めないでもらいたい」
「ぺろぺろ」
「あ、可愛い」
「そうかい? そうだな。私は可愛いんだ。そんな可愛い私は通信制だな」
通信制という言葉に、俺の体は思わずびくりと反応する。朝日さんはにまーっと俺を揶揄うような笑顔を作った。
「寂しいかい? 私と学校行けなくなって」
「いやあ? 別に朝日さんと学校行ったことないじゃん。夏休み初日のあれはノーカンだし」
「つれないなあ」
「でも、寂しいね。学校で仲が良い友達と話せるのって、すごい楽しそうだと思ったから」
朝日さんは視線で疑問を伝えてくる。仲が良い友達という部分に引っかかっているみたいだ。
「俺、学校に行けば話す人はいるよ。相手が話しかけてきたり、用事があるときだけ、ね? でもこんな風に休日に出かける友達なんていないんだよ。今回もワンダーランドのときも先生主導だけど、一緒に公園行ったし、学校にも行ったしね」
朝日さんは噛み締めるように「友達か」と繰り返し呟いた。
「そうか、そうか。つまり君はそんなやつなんだな」
「なんだろう……なんか悪い意味のような気がする」
「いいや、褒めてるんだぞ? やっぱり君はぼっちで私の仲間なんだなって」
「ぼっちは褒め言葉ではありません」
「えー? 嬉しいだろ? 私の仲間なんて」
「どんだけ自分に自信があるんだ……」
「自信はないけど確信はあるからね」
朝日さんは俺の肩にポンと手を当て、顔を近づけてきた。常に湯船に浸かっているような暑さが日本の夏で、多分に多量に汗をかく季節だ。にも拘わらず、微かな石鹸の匂いが鼻孔をくすぐり、頭がクラクラとする。
「……ん、恥ずかしいんだけど」
「ふーん」
朝日さんは素知らぬ顔でしばらく俺の顔をまじまじと見つめると、満足したのか手をぱっと離し、距離を取った。
「いやあ、なるほどね。わかったよ。私は過敏で敏感な少女だからね。やはり、さっきの自信は確信に変わったよ。やっぱり私はわかった」
「何がわかったの?」
俺が訊ねると、朝日さんは恥ずかしそうにぷいとそっぽを向いた。
「私から言うのは野暮ってもんだ。それに私は私で思考の整理をしたいからな。あまり私を煩わせないでくれ。今わかったことと学校のこと。脳みそのキャパはオーバーしそうだ。そろそろ外部メモリとしてカニミソでも取り付けるか迷うぞ」
「カニミソは脳みそじゃないでしょ……」
俺がツッコミを入れると、朝日さんは何かを思いついたのか、ポンと手を叩いた。
「今わかったこと。これは案外面白いと感じているかもしれないな。これは自信がある。確信まではいかないが」
「そうかい。俺にはもう何がなんだかわからないよ。朝日さんは言葉が足りなすぎるから」
「うーん、そうだなあ」
朝日さんは腕を組み、うーんと唸った。そしてうんと頷くと破顔した。
「私は煩ってるよ。そして君はこれから患うよ」
「俺も煩うの!? 折角宿題終わったのに……なんか面倒なことになりそう」
朝日さんはふふふと笑い声を漏らすと、意識を窓の外の景色に戻した。朝日さんはもう自分の世界に入り込んでいるようで、あまり話しかけない方が良さそうだ。一人が好きみたいだし。
俺はカバンからイヤホンを取り出し、耳につける。そしてスマホを操作すると音楽を聴き始めた。
ジャカジャカと騒がしい邦ロックを聴きながら、さっきの朝日さんの言葉を脳内に流す。
そんな可愛い私は通信制だ。どうにも口調が軽く、その後俺を揶揄うような素振りを見せたから、本心を話したようには思えない。はぐらしているようにしか思えない。
だから、結局のところ、朝日さんが通信制の高校に行くのかわからない。
今更そんなことを思っても手遅れで、次に訊ける機会を待つしかない。
俺は車両から伝わる振動を全身に受けながら、意識を音楽の方へと向けた。
俺の家に着いたときも、まだ朝日さんは眠っていた。だから別れは済ませていないのだが、朝日さんから今日に至るまで連絡は来ていない。
帰宅後に俺からお礼のメールを送っても良かったのかもしれないが、蓮樹先生に言われたことを意識すると恥ずかしくなってしまって出来なかった。そうこうしているうちにタイミングを逃してしまい、今日に至るわけだ。
夏休みには入ったものの、俺には友達がいない。もちろん学校に行けばたまに世間話をする相手はいるが、わざわざ休日にまで連絡を取るような相手はいない。故に夏休みにやることは宿題くらいしかなく、その宿題も一週間もあれば終わってしまう。
「……暇だ」
ベッドの上で横になっていた俺は絶望交じりに呟いた。都会であれば街に繰り出せばどんな人間でも暇を潰すことは出来るだろう。しかしここはドがつくほどの田舎だ。遊びと言えば川で水浴びか虫取り。時々家事や家業の手伝いをするくらいだ。
虫取りなんかは小学生までしか楽しめない遊び。既にアダルトである俺には楽しめない。それに家事や家業の手伝いは個人的には遊びだと思っていない。田舎の人たちは労働を快楽へと変えるための英才教育として家業の手伝いを行わせているが、俺は洗脳には強いタイプだ。破滅への一途をたどり続ける日本では働いたら負けということは十分に理解しているので、家事や家業の手伝いなんかは絶対にしない。
とはいえ、社会のために身を粉にして働かないとなると、必然的にやることがない。
「……暇だっちゅーの」
俺は今日何度目かわからないため息をついた。するとため息に反応したのか、枕元でスマホがぶるると鳴った。
俺はスマホのスリープモードを解除し、通知を確認する。
「……え? これは!?」
今の通知はメールが届いたことを知らせる物だったのだが、メールの差出人欄を見て俺は驚いた。今メールを送ってきたのは朝日さんだったのだ。
先週遊びに行ったときのお礼のメールにしては遅い。では、メールの内容は一体何なんだろうか? 遊びの誘いだったら嬉しいのだが、内容が全く想像も出来ないので、メールを開くことに対する不安もある。
俺は起き上がると期待と不安を胸に抱えたままメールを開いた。
内容は『もったいないので蓮樹にもらった映画のチケットを消費したいです。せっかくなので一緒に見に行くのはどうでしょうか? 断る場合はメールで返事を、見に行く場合は日時を決めたいので電話がほしいです』というものだった。
朝日さんと遊びに行けるということで、俺のテンションは一気に上がる。俺は立ち上がり、天に向かってガッツポーズをした。
普段だったらぴょんぴょんと跳び回り、近くのコンビニまでダッシュで何かを買いに行ったはずだ。俺は完全には喜びきれていなかった。
俺が喜びきれていなかったのは、蓮樹先生から映画のチケットをもらったことをすっかり忘れていたからだ。理由は単純。なんだか蓮樹先生の言葉を反芻するたびに、腹が立つからだ。だからもう思い出したくもないし、考えたくもないと思った。
そう考えた俺は蓮樹先生に関する全ての記憶に対して蓋をしていたのだが、今この瞬間蓋を開けてしまったのだ。
今朝日さんと出かけられることを喜んでしまったことで、今まで閉じ込めていたはずの蓮樹先生の言葉が頭を駆け巡る。
『どうした? 朝日の寝顔から目が離せないか? 朝日のこと好きなのか? 一目惚れか? きゃー! 若いっていいなあ!』
俺は何故この言葉に腹を立てたのか。自分に訊ねると、理性が答えをくれる。
俺が蓮樹先生の言葉に腹を立てたのは図星だったからだ。恥ずかしかったからだ。
しかし即座に本能が否定する。いいや、こんな出会ってすぐ恋に落ちるなんてことはあり得ない。恋と勘違いしているだけだ。
俺の中には相反する二人の俺が住んでいる。どちらの俺を頼るかは二人の俺が住んでいる器としての俺が決めることだ。では、どちらの俺の言葉が正しいのか。俺は自分に問いかけた。
数分考えると、俺はうんと頷いた。
「結論でないし、考えるのダルい!」
俺はとりあえず朝日さんと出かける約束を取り付けるために電話をかけた。
『もしもし? 一緒に行くんだ? じゃあ、いつにする?』
朝日さんはスリーコール目で電話に出ると、機械のように抑揚のない話し方でそう言った。
「あ、えーと……いつでもいいよ? 本当に毎日暇すぎて、もう宿題終わっちゃったから。いつでも大丈夫だよ」
『え? じゃあ明日の2時集合でいい?』
「オッケー! じゃあ昼食は食べてから集合?」
『いいや、2時。14時じゃなくて』
「ごめん、健康優良児だから出来ないわ。昼夜逆転していない」
『冗談だ。やっている時間的に10時には駅に集合していたいな。22時じゃなくて10時ね』
「オッケー」
俺が返事をすると、朝日さんは別れの言葉も言わずに電話を切った。
朝日さんは俺にどう思われるかを気にせずに行動しているように思えて、心がずうんと重くなる。同時に脈なしの三文字が頭をよぎる。ああ、これは自覚したらダメなやつだ。俺の過去が否定されてしまう。
「二文字は三文字だし、三文字も三文字だ」
俺は大声で支離滅裂の文章を読み上げている間に、脈なしの三文字を心の奥底にしまう。しかしその日は眠りに落ちる瞬間まで、朝日さんのことが頭から離れなかった。
翌日、俺は駅の構内にあるベンチに腰をかけて朝日さんを待つ。
この街は田舎とは言っても、村というレベルまで過疎化が進んでいるわけではない。当然駅はあるし、無人駅というわけでもない。
辺りをぐるりと見回すが、誰一人として姿が見えない。平日だから当然といえば当然なのだが、それでも夏休みの真っ只中だ。いくら子どもが少ないとはいえ、数人くらいの子どもは見かけてもいいはずなのだが。まあ、これが田舎ということだろうか。
ぬぼーっとして待つこと数分、俺は腕時計を確認した。時計は集合時間である10時を指している。
朝日さんは遅刻かなと思うと同時、肩をポンと叩かれる。振り返ると朝日さんが立っていた。
体育で着る半袖とショートパンツの体操着に学校指定のクソダサ青ジャージを羽織っている。ジャージだけでもダサいはずなのだが、ジャージと体操着に名字の刺繍が入っているせいか、世界レベルのデザイナーが狙っても難しいほどのダサさを醸し出している。
一応リュックも背負っており、機能性重視の超快活少女向けコーデと言えなくもないが、やはりダサいものはダサい。
「……その服装ダサくね?」
俺が正直に伝えると、朝日さんはムッとしてズビシと俺を指さした。
「いいかい? こういうときの定番と言えば『お、時間ピッタリだね!』『お待たせ、待った?』「ううん、今北産業』だ!」
「色々と言いたいことあるけど……ジャージも体操服もダサいでしょ。だから言っちゃうのは仕方ない。朝日さんは好んで着てるけどね」
「なんか一般生徒連中からは不評みたいだからな、このジャージ。私は好きなんだけどなあ……でも、名字入ってるから恥ずかしいは恥ずかしいぞ?」
じゃあ、何故着てきたのかと俺は視線で問いかける。すると朝日さんはドヤ顔でむふんと息を吐いた。
「人と話したくないからな! スクリーンに入場するとき、話しかけられたら面倒だろう? ほら、学生証の提示が必要とか。現役JKが学校指定のジャージ着てたら、何も提示しなくても入れると思ってな」
「いや、逆に怪しいから提示を求められるんじゃないかな? 夏休みだから学校帰りではないだろうし、そもそも朝日さんの細さだと『部活帰りです!』って主張も認められないだろうし」
「はっはっは! 何を言っているんだ君は」
朝日さんはわざとらしく笑ってみせると腕を組み、くわっと目を見開いた。
「私は夏休みに入ってから毎日運動をしている! こうやって外出もしているから、体力は登校拒否前に匹敵する」
「いや、そうなってくると昔から不健康そうだったのでは?」
「まあ、皆勤賞だった小学生の時ですら普段は引きこもり気味だったからな。自分でもヤバいなとは思ってるよ。今はまだ若いから問題ないが、将来が普通に心配だ。もっと筋肉と脂肪をつけないとな」
朝日さんはジャージ越しに二の腕をむにむにと揉む。俺はなんだか男が見てはいけないようなものを見ているように思えてきて、視線を落とした。
視線を落とすと、朝日さんの棒のように細い足が目に入る。確かに健康状態を心配するほど細いのだが、小麦色に焼かれた肌はむしろ健康さと活発さを感じる。
「まあ、心配しすぎる必要はないんじゃない?」
朝日さんは俺をじーと見つめ、納得したように頷いた。
「うん、なるほどね。メンタルよわよわは捉えようによってはあらゆることに敏感、過敏だからな」
朝日さんは軽い足取りで歩き出した。
「さあ、早く切符買って映画館へ行くぞ!」
俺は元気に動き回る朝日さんを見て、胸の辺りが温かくなるのを感じる。
この前公園に行ったときはあんなにバテていたのに、この暑さの中普通に動き回れる程度には体力が戻ってきている。健康そうで何よりだ。
「もう買ってるよ」
俺は揶揄うような笑顔を作り、朝日さんの後を追った。
朝日さんは操作に苦戦しながらも切符を購入すると、すいすいと駅の中を進んで行った。俺は朝日さんの数歩後ろを歩く。改札を通り、ホームに降り、止まっていた電車に乗り込む。
車内はクロスシートとなっていた。あまり人の目を気にしなくても良いかもしれない。とは言っても、この車両に俺たち以外の乗客の姿は見えない。異世界行きの列車と疑うレベルだ。
まあ、人の熱気で暑くならないのは幸いだ。
電車の中は冷房は利いているものの出力不足故か、はたまた設定故か、生温い風しか感じられなかった。都会の電車はちゃんと涼しいのかなとか考えていると、朝日さんは車両の一番前、窓側の席に座った。俺は朝日さんの隣の席に座る。
すると朝日さんは俺に顔を向け、ニカっと笑った。
「ね? 言ったとおりでしょ?」
「え? 何が?」
俺が訊ねると同時、車内に男のボソボソとしたアナウンスが聞こえると、ぷしゅうと音を立てながら扉が閉まった。
「ほら、ぴったりだ」
「流石」
「タイトは美醜な美学だからな」
うぃーんとモーター音を立てると、電車が動き出した。レールを走る音が車内に響き渡る。ワンダーパーク・ランドのコースターとは大違いで、結構大きな音だ。
普段の大きさの声だとかき消されてしまいそうで、花火みたいだなと思う。花火はもっと大きい音だけど……そうか、花火か。朝日さんと行きたいなあ。
俺が自分の世界に入り込んでいると、朝日さんがくいくいと服の袖を引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「なあ、蓮樹がくれたこのチケットの映画だが、本当に面白いのか? 原作はあれだったが」
「どうなんだろうね? 予告も見てないし、あらすじも読んでないからわからないや」
「そうなのか……」
朝日さんは外の景色を眺めながら、悲しげにそう呟いた。
「映画のタイトルは『一歩、幸せの行く先』だ。原作は小説。ネタバレはしないが、予告編からもわかる内容を教えるよ。主人公は中学校を不登校になった女の子。ある日女の子の下に同じクラスの男の子が訊ねてくる。男の子は平日は毎日通い続け、次第に女の子と仲良くなり、二人は恋に落ちる。そして女の子は不登校を克服し、男の子と一緒に登校するという話だ。確か実話を基にした漫画か、エッセイを基に小説にしたんだったか」
朝日さんは不快そうに顔を引きつらせて笑った。
「気色悪いよな。話も、蓮樹も。いや、蓮樹の場合は趣味が悪いだな。陰湿の冠を戴くに相応しい快楽主義者っぷりだ」
「めちゃくちゃ言うじゃん」
「だってそうだろう? 主人公は私と少し境遇が似ている。だから、蓮樹は最初からこの映画のチケットを私たちに渡すつもりで買ったんだよ。友達からもらったなんて真っ赤な嘘だ。蓮樹が毎月支払ってる光熱費よりも遥かに赤い」
朝日さんは蓮樹先生をディスると「うへー」と言いながら舌を出す。
「学校に行くことは素晴らしいことで、友達がいるのも素晴らしいことで、頑張ることは素晴らしいことで。だから君も頑張って学校に行きましょうとでも言いたいんだろうな、この映画は。気色悪い。学校に行くことが常に正解とは限らない。中学生だったら保健室登校が最善かもしれないし、高校だったら転校が最善かもしれない。通信制の高校に行くのもいいかもしれない。だから、一概に登校が正義とは言い切れないのだよ。綺麗事だけで食べていこうとしてる、この手の奴らが書いた感動ポルノは気色悪い。そして、それを似たような境遇の私に見せようとする蓮樹は趣味が悪い」
朝日さんは早口でまくし立てると、深いため息をついた。
「大していい映画じゃないだろ」
朝日さんはやさぐれた少女のように目を細めると、窓の外の景色を眺めながら再びため息をついた。
そんな朝日さんだが、実際は何を思っているのだろうか。さっきのまくし立て具合といい、朝日さんが言ったことは本当なのだろう。だからこの映画の内容を気色悪いと思っているのは本当なんだろう。そして、朝日さんが言ったこと全てが本当なのだとしたら、登校だけが正しい選択ではないと思っていることも嘘偽りのない本音なんだろう。
朝日さんは自分が周囲に溶け込めないことを気にしていた。それは彼女自身が変わり者だからどうしても浮いてしまうという、精神的な問題でもあるし、白髪が目立つから物理的に浮いてしまうかもしれないという外見的な問題でもある。
もちろん、髪を染めてしまえば外見的な問題は解決できる。しかし性格のせいで浮いてしまうという根本的な部分は解決できない。そんな彼女が選びそうな選択肢はどれだろうか。
朝日さんは夏休みに入ってから運動をしているみたいだし、もう十分頑張っている。だからこれ以上頑張る必要はないだろう。すると必然的に周りから浮かないように頑張らなければならない登校という選択肢はないだろう。朝日さん自身が登校が最善とは限らないと言っているあたり、本人もその選択をする可能性は今のところ低いのだろう。
では他の高校に転校する可能性はあるのだろうか? これもない。理由は先ほどの登校と同じ。浮かないように努力する必要があるからだ。よって朝日さんが選びそうなのは一つしかない。
そしてその選択は俺にとって寂しいものだ。せっかく朝日さんと仲良くなれた。こんなにも面白い性格の人と仲良くなれた。それなのに、もう学校で会うことはない。もちろん、今までのようにプライベートな時間に遊ぶことは出来るのだろう。でも朝日さんと学校に通えるなら、毎日が楽しくなりそうなのだ。だから、そんなあり得たかもしれない未来が消えてしまうのは寂しい。
俺は朝日さんの肩をおでんのようにツンツンと叩く。朝日さんは振り返ると、こてと首を傾げた。
「何?」
「朝日さんはさ、通信制に行くの?」
俺の問いに朝日さんは目を見開くと、再び視線を窓の外へと移した。
「……なんで?」
朝日さんは動揺しているのか、裏返った声でそう訊ねた。多分にこれは図星だ。朝日さんは普段、抑揚のないトーンで淡々と話す。それがどんなにシリアスな話であっても、おちゃらけた内容であっても。そんな朝日さんが、ここまで声に動揺を滲ませたのは初めてだ。
俺は自分の予想が当たっていることに気を落とし、ため息をついた。
「裁判ゲームと探偵漫画で鍛えた俺の推理力をあまり舐めないでもらいたい」
「ぺろぺろ」
「あ、可愛い」
「そうかい? そうだな。私は可愛いんだ。そんな可愛い私は通信制だな」
通信制という言葉に、俺の体は思わずびくりと反応する。朝日さんはにまーっと俺を揶揄うような笑顔を作った。
「寂しいかい? 私と学校行けなくなって」
「いやあ? 別に朝日さんと学校行ったことないじゃん。夏休み初日のあれはノーカンだし」
「つれないなあ」
「でも、寂しいね。学校で仲が良い友達と話せるのって、すごい楽しそうだと思ったから」
朝日さんは視線で疑問を伝えてくる。仲が良い友達という部分に引っかかっているみたいだ。
「俺、学校に行けば話す人はいるよ。相手が話しかけてきたり、用事があるときだけ、ね? でもこんな風に休日に出かける友達なんていないんだよ。今回もワンダーランドのときも先生主導だけど、一緒に公園行ったし、学校にも行ったしね」
朝日さんは噛み締めるように「友達か」と繰り返し呟いた。
「そうか、そうか。つまり君はそんなやつなんだな」
「なんだろう……なんか悪い意味のような気がする」
「いいや、褒めてるんだぞ? やっぱり君はぼっちで私の仲間なんだなって」
「ぼっちは褒め言葉ではありません」
「えー? 嬉しいだろ? 私の仲間なんて」
「どんだけ自分に自信があるんだ……」
「自信はないけど確信はあるからね」
朝日さんは俺の肩にポンと手を当て、顔を近づけてきた。常に湯船に浸かっているような暑さが日本の夏で、多分に多量に汗をかく季節だ。にも拘わらず、微かな石鹸の匂いが鼻孔をくすぐり、頭がクラクラとする。
「……ん、恥ずかしいんだけど」
「ふーん」
朝日さんは素知らぬ顔でしばらく俺の顔をまじまじと見つめると、満足したのか手をぱっと離し、距離を取った。
「いやあ、なるほどね。わかったよ。私は過敏で敏感な少女だからね。やはり、さっきの自信は確信に変わったよ。やっぱり私はわかった」
「何がわかったの?」
俺が訊ねると、朝日さんは恥ずかしそうにぷいとそっぽを向いた。
「私から言うのは野暮ってもんだ。それに私は私で思考の整理をしたいからな。あまり私を煩わせないでくれ。今わかったことと学校のこと。脳みそのキャパはオーバーしそうだ。そろそろ外部メモリとしてカニミソでも取り付けるか迷うぞ」
「カニミソは脳みそじゃないでしょ……」
俺がツッコミを入れると、朝日さんは何かを思いついたのか、ポンと手を叩いた。
「今わかったこと。これは案外面白いと感じているかもしれないな。これは自信がある。確信まではいかないが」
「そうかい。俺にはもう何がなんだかわからないよ。朝日さんは言葉が足りなすぎるから」
「うーん、そうだなあ」
朝日さんは腕を組み、うーんと唸った。そしてうんと頷くと破顔した。
「私は煩ってるよ。そして君はこれから患うよ」
「俺も煩うの!? 折角宿題終わったのに……なんか面倒なことになりそう」
朝日さんはふふふと笑い声を漏らすと、意識を窓の外の景色に戻した。朝日さんはもう自分の世界に入り込んでいるようで、あまり話しかけない方が良さそうだ。一人が好きみたいだし。
俺はカバンからイヤホンを取り出し、耳につける。そしてスマホを操作すると音楽を聴き始めた。
ジャカジャカと騒がしい邦ロックを聴きながら、さっきの朝日さんの言葉を脳内に流す。
そんな可愛い私は通信制だ。どうにも口調が軽く、その後俺を揶揄うような素振りを見せたから、本心を話したようには思えない。はぐらしているようにしか思えない。
だから、結局のところ、朝日さんが通信制の高校に行くのかわからない。
今更そんなことを思っても手遅れで、次に訊ける機会を待つしかない。
俺は車両から伝わる振動を全身に受けながら、意識を音楽の方へと向けた。
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