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第五話:束の間の日常
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帰宅後、俺は朝日さんに何と声を掛ければ良かったのかひたすら悩んだ。それこそ数時間だ。ベッドの上で横になり、冷房を全身に浴びながら朝日さんのことについて考え続ける。
すると、着信を受けた電話が震えた。俺は発信者の名前を確認せず、電話に出た。
『もしもし?』
スマホから聞こえてきた声を認識し、心臓がバクンと跳ね、脳がかあと熱くなった。
「朝日さん!? どうしたの!?」
俺は体を起こし、ベッドに腰掛ける。
『何度もすまないね。しかも電話で』
「いや、別にいいよ」
『ありがとう。メールは苦手だからなあ……こちらの方が楽なんだ。それで本題なんだが、明日暇か?』
「あ、うん」
『そうか、それは良かった。昼に学校で蓮樹が職員室まで来たって言っただろう? ほら、副担任の話が終わるちょっと前だ。その時に、お誘いを受けたんだ。どうだい? 三人で出かけないか?』
朝日さんの話を聞いた瞬間、ある言葉が頭に浮かぶ。デート。もちろん二人きりではないが、蓮樹先生は女性だ。つまりこれはハーレムデートというやつでは?
俺は今まで、女子と関わる機会は少なかった。本来ならデートでも何でもないんだろうが、女性慣れしていないうぶな思春期男子からすれば、どうしてもデートの三文字が頭をよぎってしまう。
「……行く」
俺は舞い上がっているのを悟られないよう、努めて平静を装った。
『わかったよ。じゃあ明日の朝8時くらいにね、先生が車で迎えに来るからよろしく! それじゃあ、おやすみ』
朝日さんは俺の返事を待つことなく、言い終えた瞬間に電話を切った。ちょっと変わっていて、朝日さんらしいなと思っていると、ふつふつと嬉しさがこみ上げてきた。
学校に行けば話す相手はいるが、友達と言うほどでもなく、休日に遊ぶなんてことはない。
だから誰かと遊ぶなんてのは久しぶりで、テンションが上がってしまう。
これはなかなか寝れないかもな。そんなことを思いながらも俺は何とか気持ちを落ち着け、眠りについた。
朝日コモリという人間は自身のことを変わっている、即ち変人であると評した。個人的には彼女と関わっていて、取り立てて言うほど変わっているとは思わなかった。
しかしそれでも、彼女の言動の節々には変わっていると感じる部分があるわけで、今日どこに行くか伝えられていなかったというのもそうだ。
昨日は女の人二人とハーレムデートということでテンションが上がっていたのだが、今日はどこで何をするかもわからないので、とりあえず動ける服装にするしかない。
陽キャだったらオシャレで動ける服を持っているんだろうが、俺は今まで彼女がいたことがない陰キャだ。つまり俺が動ける服装イコールジャージなのだ。
折角ならオシャレな格好でデートしてみたいとも思っていたのだが、非常に残念である。
流石に学校指定の体育着ではダサいので、隣町のスポーツショップで買った半袖とハーフパンツのジャージを着ているわけだが、やはりダサさが拭いきれない。
本来なら朝日さんにどこに行くか聞くべきなのだろうが、昨日は生憎と舞い上がっていたせいでメールを送るという発想が頭に浮かばなかった。今日聞いても、どうせすぐわかるんだからあまり意味はないし。
まあ、何が言いたいかと言うと、とにかく不満が溢れてくるのだ。
そんな不満を漏らし続けること十数分。時計が8時ジャストを告げたところでインターホンが鳴った。
玄関のドアを開けると、俺と同じく半袖にハーフパンツという格好の朝日さんが立っていた。
「およ? 考えることは一緒だね。それじゃあ、行こうか。君は助手席ね」
朝日さんは背を向けて歩き出す。俺は家の中にいる親に向かって「行ってきまーす!」と挨拶し、朝日さんを追った。
外に出ると、一台の白の軽自動車が停まっていた。俺は先ほど朝日さんに言われた通りに助手席に乗り込む。
運転席にはアロハシャツとハーフパンツという、こちらも動きやすい服装をしている蓮樹先生が座っていた。
「おはよう、夕陽」
「おはようございます……えーと? お願いします?」
「ああ、お願いされた。じゃあ、車を出すからシートベルトをしてくれ」
俺は蓮樹先生に促され、シートベルトを締める。蓮樹先生は俺と後部座席に座っている朝日さんのシートベルトの着用を確認すると、車を発進させた。
「今からどこに行くんですか?」
どれだけ進んでも代わり映えしない景色を眺めながら、俺は口を開いた。
「なんだ。朝日から聞いてなかったのか? そんな暑さ対策バッチリで、動ける服装をしてるもんだから、てっきり聞いてるもんだと思ってたよ」
「いや、何も聞いてないんですけど……」
俺は振り返り、朝日さんをギロリと睨みつける。すると朝日さんはぷいとそっぽを向いた。
「だって、訊いてこなかったんだもん」
「普通伝えるだろ……」
「普通じゃないから浮いてるんだよ。あと、普通は訊くものだと私思うんだ」
朝日さんの指摘に俺は言葉に詰まる。確かに、普通はどこに行くのか訊ねるべきだ。だが、俺はデートについて考えてばかりで、訊ねることを失念していた。自分のことを棚に上げてる人間に、自身の失念を責められる謂れはないだろう。
「ごめんなさい」
俺が謝罪すると、朝日さんは勝ち誇ったかのように笑った。そんな朝日さんが妙に子どもっぽく思えて、自然と口元が緩む。
俺は朝日さんに見られないように前に向き直る。
「それで? どこに向かってるんですか?」
俺が訊ねると、蓮樹先生はニヤリと笑った。
「県内ナンバーワンのテーマパークだ」
「県内ナンバーワン!? マジですか!?」
県内ナンバーワンという言葉に俺のテンションは自然と上がる。すると朝日さんはケタケタと笑い始めた。
「何がおかしいの? 県内ナンバーワンだよ? 県内ナンバーワン! 普通テンション上がるでしょ!」
「いやいや。うちの県のテーマパークってなんか思いつく?」
朝日さんにそう言われ、俺は県内のテーマパークを思い浮かべる。
日本でも有数のジェットコースターが強みのテーマパークや最近話題のスペインを味わえるテーマパークなど、近くには面白いテーマパークはたくさんある。しかし、浮かんでくるテーマパークはどれも他県のものだった。
「……うちにテーマパークってなくね?」
俺が首をかしげると、蓮樹先生は悪戯っぽく笑った。
「ワンダーパーク・ランドだよ」
「ワンダーパーク……なんか聞いたことある響きだ」
「なんだ夕陽くん。言ったことないのか?」
「朝日さんは行ったことあるの?」
「ない、だがどんな場所かは知っている。これも愛国心だな。この売国奴め!」
いや、県内ナンバーワンのテーマパークを知らないなんて、我ながら地元愛が足りないとは思うけど。でも、それだけで売国奴呼ばわりするのは腹が立つ。
「知らねえよ。そんなマイナーなテーマパーク」
「なっ! 貴様! 我らがワンダーパークを馬鹿にしたのか!?」
「いや、蓮樹先生まで……。大体、みんな愛国心だの地元愛だの言ってますけどね。どこで生まれたかだけの違いでしょ。大したことないですよ」
俺が毒を吐くと、蓮樹先生は遠い目をして笑った。
「愛がなくても生きていけるこの時代に、私は、愛を大事にしたいのです」
「なんか結婚みたいなこと言い出したよ」
「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」
「ちょっと悲壮感漂わせるのやめて!?」
「まあ、実際婚期逃してるな」
蓮樹先生は乾いた笑いをこぼし、次第に車内の空気が重くなっていく。そんな空気を切り裂くように、朝日さんは明るい声色で話し始めた。
「いや、実際ね。ワンダーパークは人気バラエティ番組でも特集されたんだよ?」
「そうなの!? 凄いね!」
俺も朝日さんに続いて、努めて声色を明るくする。
「まあ、実際は過疎ってるテーマパークを紹介しようって感じだったんだけどね」
「おい県内一! 過疎ってるのかよ!」
「悲しいかな。うちの県にはテーマパークがないからね。元々特別なオンリーワンなのにナンバーワンにもなっちゃうんだよ」
「日本語の妙だな」
二人で大げさに明るく話していると、車内の空気も明るくなってきた。
「二人とも元気だな」
「元はと言えばあなたのせいですけどね」
俺はジロリと蓮樹先生に目を向ける。すると蓮樹先生は話を逸らかの如く、口笛を吹き始めた。
「いやあ? 自虐と落ち込みは淑女の嗜みだからな。特に行き遅れた淑女の落ち込みは大事だぞ? ほら、男が励ましに来てくれるかもしれないだろ? なんなら、落ち込んでるときに寄ってきた男は逃がさないし」
蓮樹先生はうつろな目をしながら、ぎゅうと強くハンドルを握り込んだ。
漁とは違うんだから。もっと気楽に相手を探せよ。その必死さがもう俺は怖いよ。
俺が恐怖を感じてぶるぶると震えていると、蓮樹先生は「ハハハ」とわざとらしく笑った。
「まあ、2時間程度のドライブだ。楽しくやろうじゃないか」
俺は県内ナンバーワンのテーマパークがしょぼそうなことに落胆しながら、車に揺られた。
「なあ、朝ご飯って食べたか?」
出発してから2時間ほど経ったところで、蓮樹先生は問いを投げた。
「私は食べていないなあ。朝は食欲がないんだ」
「だから体力が落ちるんだ。朝食の効果は証明されている」
「いや、俺も食べてないですけど」
「おのれ現代人。まあ、かく言う私も食べていないのだがね」
そう言って蓮樹先生は苦笑した。
「朝昼ご飯としゃれ込もうじゃないか」
「ブランチか、良いじゃないか」
「ぶらんち? なんだそれは。ハイカラだな」
蓮樹先生は「ぽえぽえ」と言いながら小首をかしげた。
あんたそこまで大昔に生まれたわけじゃないだろ。あと、そこまであざとくしていい年齢でもないだろ。
俺がそんな失礼なことを考えていると、蓮樹先生は凍える程に冷たい息を吐いた。
「何か失礼なことを考えてそうだな」
「蓮樹先生は、休日も俺たち生徒のために時間を使ってくれる最高の先生です。俺、蓮樹先生と出会えて良かった!」
俺がひとしきり弁護の言葉を並べると、蓮樹先生は納得したのかうんと頷いた。どうやら危機は去ったようだ。というか、なんで考えてることがわかるんだよ。これがメンタリズムですされるの普通に怖いから。
「それじゃあ、どこで食べようか? ファミレス、コンビニ、地域のお店……色々あるぞ? 出来ればワンダーランドの途中にあるお店だとありがたいんだが」
蓮樹先生が訊ねると、後部座席からはうんうんと唸る声が聞こえてきた。
「えー、どれもいいよ……決められない。うどんと蕎麦以外なら、正直何でもいい。あいつらは嫌いだ。後は二人に頼んだよ」
「うどんと蕎麦が嫌いとか、人のこと言えないぞ? この売国奴め!」
「うっ! 私に刺さる! これが因果応報、乃至自業自得。時々ブーメランというやつか」
「まあ、冗談は置いておいて……私も何でもいいから、夕陽に決めてもらおうか」
蓮樹先生は軽い口調でそう言った。しかし俺に任されても困る。俺は大抵のものは美味いと感じる超がつくほどの貧乏舌だ。だから食に興味なんてない。だから正直俺もどこでもいいのだが、二人には不評なのに、俺だけは美味しいって言いながら食べてるのは流石に気まずい。
俺は二人の食の好みを知らない。ならば、偏ったジャンルの食べ物ではなく、多くのジャンルの食べ物があるお店の方が安パイだろう。さて、では俺が導き出した結論は!
「コンビニでどうですか?」
「日和ったな! 夕陽旅路!」
「夕陽くん……それはないと思う。失敗したくない感じがにじみ出てるよ」
女性陣二人は、俺のことをボロクソにこき下ろし始めた。
「いや、決めてもらっといてその態度はないでしょ!? 君たちはあれですか? 進路を他の人に決めてもらっといて、思ったような人生を送れなかったら、本当はこの進路はダメだと思ってたとか言うんですか?」
「おお、夕陽がキレた」
「大体ねえ! 決断ってかなりのパワーを使うんですよ!? それを人にやらせといて、後から文句言うのは違うでしょ!」
俺が思っていることを言い終えると、後部座席の朝日さんはおーと言いながらぱちぱちと拍手した。
「まあ、冗談だ。そうカリカリするな」
「……ベーコン食べたくなること言わないでくださいよ。多分コンビニにないですよ? うちの県、田舎だから品揃え悪いし」
そんなことを言っていると、朝日さんはふと拍手をやめた。振り返ると、朝日さんは首をかしげていた。
「私、嘘と冗談は言えないたちだよ?」
「朝日さん、ぷかぷかしてるね」
すると、着信を受けた電話が震えた。俺は発信者の名前を確認せず、電話に出た。
『もしもし?』
スマホから聞こえてきた声を認識し、心臓がバクンと跳ね、脳がかあと熱くなった。
「朝日さん!? どうしたの!?」
俺は体を起こし、ベッドに腰掛ける。
『何度もすまないね。しかも電話で』
「いや、別にいいよ」
『ありがとう。メールは苦手だからなあ……こちらの方が楽なんだ。それで本題なんだが、明日暇か?』
「あ、うん」
『そうか、それは良かった。昼に学校で蓮樹が職員室まで来たって言っただろう? ほら、副担任の話が終わるちょっと前だ。その時に、お誘いを受けたんだ。どうだい? 三人で出かけないか?』
朝日さんの話を聞いた瞬間、ある言葉が頭に浮かぶ。デート。もちろん二人きりではないが、蓮樹先生は女性だ。つまりこれはハーレムデートというやつでは?
俺は今まで、女子と関わる機会は少なかった。本来ならデートでも何でもないんだろうが、女性慣れしていないうぶな思春期男子からすれば、どうしてもデートの三文字が頭をよぎってしまう。
「……行く」
俺は舞い上がっているのを悟られないよう、努めて平静を装った。
『わかったよ。じゃあ明日の朝8時くらいにね、先生が車で迎えに来るからよろしく! それじゃあ、おやすみ』
朝日さんは俺の返事を待つことなく、言い終えた瞬間に電話を切った。ちょっと変わっていて、朝日さんらしいなと思っていると、ふつふつと嬉しさがこみ上げてきた。
学校に行けば話す相手はいるが、友達と言うほどでもなく、休日に遊ぶなんてことはない。
だから誰かと遊ぶなんてのは久しぶりで、テンションが上がってしまう。
これはなかなか寝れないかもな。そんなことを思いながらも俺は何とか気持ちを落ち着け、眠りについた。
朝日コモリという人間は自身のことを変わっている、即ち変人であると評した。個人的には彼女と関わっていて、取り立てて言うほど変わっているとは思わなかった。
しかしそれでも、彼女の言動の節々には変わっていると感じる部分があるわけで、今日どこに行くか伝えられていなかったというのもそうだ。
昨日は女の人二人とハーレムデートということでテンションが上がっていたのだが、今日はどこで何をするかもわからないので、とりあえず動ける服装にするしかない。
陽キャだったらオシャレで動ける服を持っているんだろうが、俺は今まで彼女がいたことがない陰キャだ。つまり俺が動ける服装イコールジャージなのだ。
折角ならオシャレな格好でデートしてみたいとも思っていたのだが、非常に残念である。
流石に学校指定の体育着ではダサいので、隣町のスポーツショップで買った半袖とハーフパンツのジャージを着ているわけだが、やはりダサさが拭いきれない。
本来なら朝日さんにどこに行くか聞くべきなのだろうが、昨日は生憎と舞い上がっていたせいでメールを送るという発想が頭に浮かばなかった。今日聞いても、どうせすぐわかるんだからあまり意味はないし。
まあ、何が言いたいかと言うと、とにかく不満が溢れてくるのだ。
そんな不満を漏らし続けること十数分。時計が8時ジャストを告げたところでインターホンが鳴った。
玄関のドアを開けると、俺と同じく半袖にハーフパンツという格好の朝日さんが立っていた。
「およ? 考えることは一緒だね。それじゃあ、行こうか。君は助手席ね」
朝日さんは背を向けて歩き出す。俺は家の中にいる親に向かって「行ってきまーす!」と挨拶し、朝日さんを追った。
外に出ると、一台の白の軽自動車が停まっていた。俺は先ほど朝日さんに言われた通りに助手席に乗り込む。
運転席にはアロハシャツとハーフパンツという、こちらも動きやすい服装をしている蓮樹先生が座っていた。
「おはよう、夕陽」
「おはようございます……えーと? お願いします?」
「ああ、お願いされた。じゃあ、車を出すからシートベルトをしてくれ」
俺は蓮樹先生に促され、シートベルトを締める。蓮樹先生は俺と後部座席に座っている朝日さんのシートベルトの着用を確認すると、車を発進させた。
「今からどこに行くんですか?」
どれだけ進んでも代わり映えしない景色を眺めながら、俺は口を開いた。
「なんだ。朝日から聞いてなかったのか? そんな暑さ対策バッチリで、動ける服装をしてるもんだから、てっきり聞いてるもんだと思ってたよ」
「いや、何も聞いてないんですけど……」
俺は振り返り、朝日さんをギロリと睨みつける。すると朝日さんはぷいとそっぽを向いた。
「だって、訊いてこなかったんだもん」
「普通伝えるだろ……」
「普通じゃないから浮いてるんだよ。あと、普通は訊くものだと私思うんだ」
朝日さんの指摘に俺は言葉に詰まる。確かに、普通はどこに行くのか訊ねるべきだ。だが、俺はデートについて考えてばかりで、訊ねることを失念していた。自分のことを棚に上げてる人間に、自身の失念を責められる謂れはないだろう。
「ごめんなさい」
俺が謝罪すると、朝日さんは勝ち誇ったかのように笑った。そんな朝日さんが妙に子どもっぽく思えて、自然と口元が緩む。
俺は朝日さんに見られないように前に向き直る。
「それで? どこに向かってるんですか?」
俺が訊ねると、蓮樹先生はニヤリと笑った。
「県内ナンバーワンのテーマパークだ」
「県内ナンバーワン!? マジですか!?」
県内ナンバーワンという言葉に俺のテンションは自然と上がる。すると朝日さんはケタケタと笑い始めた。
「何がおかしいの? 県内ナンバーワンだよ? 県内ナンバーワン! 普通テンション上がるでしょ!」
「いやいや。うちの県のテーマパークってなんか思いつく?」
朝日さんにそう言われ、俺は県内のテーマパークを思い浮かべる。
日本でも有数のジェットコースターが強みのテーマパークや最近話題のスペインを味わえるテーマパークなど、近くには面白いテーマパークはたくさんある。しかし、浮かんでくるテーマパークはどれも他県のものだった。
「……うちにテーマパークってなくね?」
俺が首をかしげると、蓮樹先生は悪戯っぽく笑った。
「ワンダーパーク・ランドだよ」
「ワンダーパーク……なんか聞いたことある響きだ」
「なんだ夕陽くん。言ったことないのか?」
「朝日さんは行ったことあるの?」
「ない、だがどんな場所かは知っている。これも愛国心だな。この売国奴め!」
いや、県内ナンバーワンのテーマパークを知らないなんて、我ながら地元愛が足りないとは思うけど。でも、それだけで売国奴呼ばわりするのは腹が立つ。
「知らねえよ。そんなマイナーなテーマパーク」
「なっ! 貴様! 我らがワンダーパークを馬鹿にしたのか!?」
「いや、蓮樹先生まで……。大体、みんな愛国心だの地元愛だの言ってますけどね。どこで生まれたかだけの違いでしょ。大したことないですよ」
俺が毒を吐くと、蓮樹先生は遠い目をして笑った。
「愛がなくても生きていけるこの時代に、私は、愛を大事にしたいのです」
「なんか結婚みたいなこと言い出したよ」
「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」
「ちょっと悲壮感漂わせるのやめて!?」
「まあ、実際婚期逃してるな」
蓮樹先生は乾いた笑いをこぼし、次第に車内の空気が重くなっていく。そんな空気を切り裂くように、朝日さんは明るい声色で話し始めた。
「いや、実際ね。ワンダーパークは人気バラエティ番組でも特集されたんだよ?」
「そうなの!? 凄いね!」
俺も朝日さんに続いて、努めて声色を明るくする。
「まあ、実際は過疎ってるテーマパークを紹介しようって感じだったんだけどね」
「おい県内一! 過疎ってるのかよ!」
「悲しいかな。うちの県にはテーマパークがないからね。元々特別なオンリーワンなのにナンバーワンにもなっちゃうんだよ」
「日本語の妙だな」
二人で大げさに明るく話していると、車内の空気も明るくなってきた。
「二人とも元気だな」
「元はと言えばあなたのせいですけどね」
俺はジロリと蓮樹先生に目を向ける。すると蓮樹先生は話を逸らかの如く、口笛を吹き始めた。
「いやあ? 自虐と落ち込みは淑女の嗜みだからな。特に行き遅れた淑女の落ち込みは大事だぞ? ほら、男が励ましに来てくれるかもしれないだろ? なんなら、落ち込んでるときに寄ってきた男は逃がさないし」
蓮樹先生はうつろな目をしながら、ぎゅうと強くハンドルを握り込んだ。
漁とは違うんだから。もっと気楽に相手を探せよ。その必死さがもう俺は怖いよ。
俺が恐怖を感じてぶるぶると震えていると、蓮樹先生は「ハハハ」とわざとらしく笑った。
「まあ、2時間程度のドライブだ。楽しくやろうじゃないか」
俺は県内ナンバーワンのテーマパークがしょぼそうなことに落胆しながら、車に揺られた。
「なあ、朝ご飯って食べたか?」
出発してから2時間ほど経ったところで、蓮樹先生は問いを投げた。
「私は食べていないなあ。朝は食欲がないんだ」
「だから体力が落ちるんだ。朝食の効果は証明されている」
「いや、俺も食べてないですけど」
「おのれ現代人。まあ、かく言う私も食べていないのだがね」
そう言って蓮樹先生は苦笑した。
「朝昼ご飯としゃれ込もうじゃないか」
「ブランチか、良いじゃないか」
「ぶらんち? なんだそれは。ハイカラだな」
蓮樹先生は「ぽえぽえ」と言いながら小首をかしげた。
あんたそこまで大昔に生まれたわけじゃないだろ。あと、そこまであざとくしていい年齢でもないだろ。
俺がそんな失礼なことを考えていると、蓮樹先生は凍える程に冷たい息を吐いた。
「何か失礼なことを考えてそうだな」
「蓮樹先生は、休日も俺たち生徒のために時間を使ってくれる最高の先生です。俺、蓮樹先生と出会えて良かった!」
俺がひとしきり弁護の言葉を並べると、蓮樹先生は納得したのかうんと頷いた。どうやら危機は去ったようだ。というか、なんで考えてることがわかるんだよ。これがメンタリズムですされるの普通に怖いから。
「それじゃあ、どこで食べようか? ファミレス、コンビニ、地域のお店……色々あるぞ? 出来ればワンダーランドの途中にあるお店だとありがたいんだが」
蓮樹先生が訊ねると、後部座席からはうんうんと唸る声が聞こえてきた。
「えー、どれもいいよ……決められない。うどんと蕎麦以外なら、正直何でもいい。あいつらは嫌いだ。後は二人に頼んだよ」
「うどんと蕎麦が嫌いとか、人のこと言えないぞ? この売国奴め!」
「うっ! 私に刺さる! これが因果応報、乃至自業自得。時々ブーメランというやつか」
「まあ、冗談は置いておいて……私も何でもいいから、夕陽に決めてもらおうか」
蓮樹先生は軽い口調でそう言った。しかし俺に任されても困る。俺は大抵のものは美味いと感じる超がつくほどの貧乏舌だ。だから食に興味なんてない。だから正直俺もどこでもいいのだが、二人には不評なのに、俺だけは美味しいって言いながら食べてるのは流石に気まずい。
俺は二人の食の好みを知らない。ならば、偏ったジャンルの食べ物ではなく、多くのジャンルの食べ物があるお店の方が安パイだろう。さて、では俺が導き出した結論は!
「コンビニでどうですか?」
「日和ったな! 夕陽旅路!」
「夕陽くん……それはないと思う。失敗したくない感じがにじみ出てるよ」
女性陣二人は、俺のことをボロクソにこき下ろし始めた。
「いや、決めてもらっといてその態度はないでしょ!? 君たちはあれですか? 進路を他の人に決めてもらっといて、思ったような人生を送れなかったら、本当はこの進路はダメだと思ってたとか言うんですか?」
「おお、夕陽がキレた」
「大体ねえ! 決断ってかなりのパワーを使うんですよ!? それを人にやらせといて、後から文句言うのは違うでしょ!」
俺が思っていることを言い終えると、後部座席の朝日さんはおーと言いながらぱちぱちと拍手した。
「まあ、冗談だ。そうカリカリするな」
「……ベーコン食べたくなること言わないでくださいよ。多分コンビニにないですよ? うちの県、田舎だから品揃え悪いし」
そんなことを言っていると、朝日さんはふと拍手をやめた。振り返ると、朝日さんは首をかしげていた。
「私、嘘と冗談は言えないたちだよ?」
「朝日さん、ぷかぷかしてるね」
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