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臨時放送、明日の犠牲者

第六話:束の間、それは日常であった

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 コツンコツンとリノリウムの床を叩く音が辺りに響き渡る。
 月華先輩が進行方向を懐中電灯で照らしているが、そこに見えるのは生という存在を一切感じない廊下だけで、この学校はとっくの昔に廃校になったのではないかとも思える。
 人がいないからか、時々交わす言葉と二人の足音が妙に大きく聞こえる。
 他に聞こえる音はなく、明かりも月華先輩が持つ懐中電灯と二人分のスマートフォンのライトだけだ。
 月華先輩曰く「今日は警備員もいない」らしい。
 個人的には防犯の意識が低すぎないかと問いたくなるが、月華先輩はいつになく真剣な表情でこう言った。
「母が言うにはね。悪意を持ってうちの学校に忍び込むような勇者は、神様に愛されてしまう。だから大丈夫らしいよ」と。
 確か、神に愛された人は長生きできないという話をどこかで聞いたことがある。実際、神に愛されたことが原因で余命宣告を受けたという話があったはずだ。それに、神に愛されたんじゃないかと言いたくなるほど優れた存在は、早くに亡くなっているという印象もある。
 だが防犯をオカルト任せというのは、絶対に大丈夫じゃないと言いたい。まあ、神様に愛されてしまったら大変だから言わないけどね。
 視聴覚室に向かっている途中、ふと先輩が歩くペースを落として俺の隣に並んできた。
「そういえばなんだが、さっきの中年男性の話だが、君はピンときていない様子だった。もしかして、あの話に心当たりはなかったのかい?」
 月華先輩は小首を傾げた。
「まあ、ないですけど……もしかしてですけど、ああ言う話あるんですか!? 本当に先輩ってオカルトな話好きですよね……」
「まあ、日常に退屈してるからね。刺激を感じるために非日常を求めるのさ。それにオカルトにはロマンがたっぷりだからね! ほら、男の子も好きでしょ? ロマンとか」
「ロマン装備で戦場に行くやつがいますかね?」
「それは私さ! ロマンはある種の快感さ。私はロマンを認識するだけで絶頂する」
「下ネタやめてください」
「私の小さなお胸」
「上半身だから上ネタとか、そんなのないですから。というかあなたにお胸はないでしょ」
 月華先輩はわざとらしく手を叩いて笑うと、さらに歩くスピードを緩めた。
「まあ、さっきの中年男性の話だが、同じような体験をしたという人が結構いるんだ。それも何年も前からだ。ネット上では、中年男性のことをと呼んでいる」
 時空のおっさん、その言葉を聞いて思ったのは一つだけ。圧倒的にダサい。時空という厨二病の残滓漂う言葉と、おっさんという可愛らしさと蔑みを感じる言葉が合わさることにより絶妙なダサさを構成している。
「ダサ……いや、ダサいですね! ダサいですよ!」
 あまりのダサさに、思わず本音が漏れてしまった。何なら強い意志を持って言い直したし。
 俺の言葉を聞いた月華先輩は苦笑すると、ため息をついた。
「やっぱりダサいと思うよね。私もそう思うよ。彼は並行世界の番人とか言われてるんだけど、それも含めてダサいよね」
 月華先輩は「たはは」と言いながら、困ったように頬を掻いている。
 あ、マズいわ。ちょっと雰囲気悪くなったわ。どうして俺って気の利いた一言も言えないんだろうな。そんなんだからモテないんだゾ! 待って、今の可愛くなかった? これからは可愛い系男子を目指しちゃおうかな。
 そんなことを考えつつ、俺たちは視聴覚室へと黙々と向かった。
 やっぱ許せねーよ! 時空のおっさん!!

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