[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第五十一話 忘れえぬ日々 ⅩⅩⅩⅨ

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 槍を跳ね上げられた騎馬は、うめき声を上げて左手側へ旋回。
 少しだけオーリィード達と同じ方向へ進んだ後、規模を縮小しながら今もなお混戦が続いている擬似闘技場の中央へと折り返していった。

 オーリィードの兜の中、より近くに大きく聴こえる蹄の音が一頭分離れ、一頭分が付かず離れずの距離に留まる。

「……はあーー……」
「……今のはもう、絶対、見張ってたんだよな。この変質者め」

 オーリィードは、落馬への緊張で詰まりかけた息を腹の底から吐き出し。
 不覚にも感じてしまった安堵、もしかしたら助けてくれるかも知れないと期待していた己の不甲斐なさを誤魔化そうとして、左手側から聞こえてきたわざとらしく大きなため息に悪態をつく。

 ため息の主は反論もせず、きっぱりした口調で「そうですね」と答えた。

「無茶なことばかりする人には、監視員が必要でしょう?」
「監視員?」

 くたびれた顔を声がするほうへ向ければ、ルナエラの肩上に横たわらせた槍の先、コロネルの先に、栗毛色の見知った馬が居る。
 その馬がルナエラよりほんの少し前に脚を出した一瞬、槍を抱え持つ右の二の腕に『白』のハンカチーフを巻き付けた甲冑姿の騎士が見えた。

 他の馬との並走を嫌うルナエラが速度を上げても、の牡馬はルナエラの首辺りから後ろ半身の間に鼻先を合わせたまま。
 ルナエラと同じ速度で、同じ方向へ走っていく。

「…………なるほど? 偏執狂じゃなくて、監視員だったのか。どうりで、私の死角はいごに隠れていたわけだ」
「配置は試験官の指示によるもので、私の意思ではありませんが。おかげで楽にはなりましたね。貴女の意図を汲んで『白』の三列目を動かすことも、こうして貴女の無茶をいさめることも」
「……ん? 私は諌められているのか? 今、お前に?」
「はい。貴女が率先して囮になろうとするから、貴女と同じく『白』である私も、『白』の数を減らさない為に、こうせざるを得ませんでした」
「いや、それはお前が勝っ…………、いや……そうか」
「はい」
「確かに、そうだな」
「はい」

 騎馬戦の場合は、同じ色のハンカチーフを身体に結び付けた者同士でも、奪い取った色違いのハンカチーフの数を竸い合う関係上、単純な『味方』や『仲間』とは形容しがたく。
 『四十九番』のように、すれ違いざまの一瞬手助けすることはあっても、こんな風に長々と付き添ったりはしない。
 付き添う理由があるとすれば、それは自分の持ち色が減点に傾いた時か、一方が倒した敵対者から獲物色違いのハンカチーフを横取りしようとしている時だ。

 しかし、『赤』の新規参戦を妨害できた分、現状は『白』の優勢。
 オーリィードが離脱しても簡単には覆らないだろうし、敵対者を倒す力もかわす力も無い今のオーリィードからは横取りできるハンカチーフも無い。

 要するにこの騎士は、単騎で動けば獲れる筈の色違いのハンカチーフを、庇わなくても良いオーリィードを庇っているせいで、ことごとく逃していた。

 真意はともかく自身の不利益を承知で盾になってくれている相手に対し、『それはお前が勝手にしてることだろう』と言い返すのは抵抗がある。
 簡単には覆らないと言っても、オーリィードが離脱すればその分『白』が減点に近付くのも事実で、彼にと怒られれば、オーリィードには反論の余地すら無かった。

 それより何より。

 走行中の騒音に負けない大声でくだらない会話をしている間にも、騎士はオーリィードに襲いかかる槍の軌道を逸らしたり、叩き上げたりしている。

 軍馬の推進力が乗った凄まじい破壊力の長槍を、ほぼ間を置かずに連続で払いのけ使いこなす、人間離れした剛腕と剛脚、体幹と体力が憎たらしい。
 そこいらの騎士なら一度ぶつけ合っただけでも取り落としたりするのに、取り落とすどころか、言葉を交わしながら平然とガツガツ打っていくとか、正気の沙汰じゃない。化け物か。

 この男、実は世界中の『憎たらしい』を掻き集めて人間の形に作られた、憎たらしいの化身なんじゃないかと思えてくる。
 憎たらしすぎて、足を引っ張ってしまった申し訳なさや、力及ばない自分自身への口惜しさから唇を引き結ぶよりまず、男の頭を張り倒してやりたい衝撃に駆られ、槍を強く握り締めた。

 とはいえ。
 武器庫でボルケーノがオーリィードに突き付けた言葉には、不本意ながら真実が含まれているわけで。
 非常に不本意だけど、真実は真実なわけで。

「…………どこかの監視員が、働き詰めで忙しそうだから」
「え?」

 オーリィードは苦虫を味わいながら、不承不承、正直な気持ちを告げる。

「たまには、ちゃんと労ってやる」
「え」

 騎士の槍身がブレた。

「いつもありがとう。毎回、すごく助かってる」
「あ……。……あ~~……、はい。どういたしまして」

 が、一瞬で立て直す。

 それに気付かなかったオーリィードは前を向き、少しだけ回復した右腕で槍の持ち手を脇に抱え込み、構え直した。
 そのタイミングで、試験官の声が耳を衝く。


「二分経過! 残り一分! 残り一分!」


「残り一分、か」
「いけそうですか?」
「ん……」

 東の陣の三列目が並んでいた辺りを北へ走る二騎。
 背後には二騎を追いかける『赤』の騎馬が列を成し。
 擬似闘技場の中央付近では『白』の騎馬達が、二騎の前方に回り込もうと駆け込む『赤』の騎馬を波状攻撃で沈め、ハンカチーフを奪い取っていた。

 どうやら二騎が会話している間に、『赤』のハンカチーフを奪える対象は背後の数騎だけになってしまったらしい。

「……よし。問題ない! 行くぞ、アーシュマー!」
「はい」

 式礼台の前まで来たオーリィードとアーシュマーは、横並びになったまま絶妙な手綱さばきで真南へと方向転換。
 『白』の騎馬が走り回っている中央へ、同時に突入する。

 そんな二騎を追いかけていた『赤』の騎馬達も慌てて馬首をひるがえし、中央付近まで駆け寄ったところで、『白』の騎馬数騎に目の前を横切られ、速度を落とした。
 
 列が詰まり、一団となった『赤』の騎馬、全六騎。
 その瞬間を狙い中央から西へ飛び出したオーリィードと、東へ飛び出したアーシュマーが、一団の側面を左右同時に強襲。
 それぞれ一騎ずつ落馬させ、甲冑の重さに逆らって起き上がろうともがく受験者の腕から、コロネルを巧みに操って『赤』のハンカチーフを奪った。

 残る『白』の騎馬も一団を囲い込んで走路を断ち、身動きできなくなった『赤』の騎馬達を次々と槍で突いて落馬させ、ハンカチーフを奪っていく。

 そして。


「『赤』のハンカチーフ、全失を確認! 騎馬戦、終了!」


 騎馬戦の終わりを告げる試験官の声と角笛が、高らかに鳴り響いた。


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