[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第四十三話 忘れえぬ日々 ⅩⅩⅩⅠ

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 個人戦、開始直後。

「お相手いただき、ありがとうございました!」

 式礼台の正面直線上、二つの陣のちょうど真ん中辺り。
 馬首を南方へ向けて佇むアーシュマーとトルードの前で、二十歳前後だと思われる金髪碧眼の青年が、愛馬に跨がったまま折り目正しく頭を下げた。

 高く大きく弾むような元気一杯な声に、団体戦終了の合図が響く直前まで彼と鬼気迫る睨み合いを続けていたアーシュマーが、意表を突かれたような顔をして、きょとんと目を瞬く。

「え、と……あ、はい。ありがとうございます……?」

 鹿毛色の馬に乗っている青年は、斬り込み役のオーリィードとルナエラを阻止しようとして仲間に進路を塞がれ、仕方なく『後着惨敗組』の陣を西へ走っていった、元『後着惨敗組』の騎馬だ。
 西へ走っていった後、彼は再び南から回り込む形でこの場へ戻ってきて、振り返ったアーシュマーとトルードに行く手を遮られていたのだが。

「近衛騎士団にも一目置かれているアーシュマー卿と同じ日に受験できて、その……、うまく言えませんが! 光栄ですっ!」

 興奮した様子で跳ね上げた顔、キラキラと輝く大きな両目には、隠す気がまるで無いアーシュマーへの敬意と憧憬が満ち溢れていた。
 犬の毛並みに似た髪色のせいもあってか、頭と腰の辺りにぴこぴこと動く三角形の愛らしい耳と、羽根飾りのようにふさふさな尻尾の幻まで見える。

「アーシュマー卿に及ぶべくもありませんが、同じ日、同じ会場グラウンドに立った騎士として、卿の恥にならぬよう精一杯競わせていただきます! どうか、よろしくお願いいたします!」

 王国軍所属の騎士や兵士達からすると、難民から騎士候補の上等兵として王城に属し、実力のみで宮廷騎士団の隊長へ駆け上がったアーシュマーは、『実力さえあれば誰でも出世できる』という、夢と希望の象徴らしい。
 近衛騎士団の覚えめでたい上に人当たりの良さもあって、こうした視線を向けられること自体は、アーシュマーにとって日常茶飯事だ。
 しかし、ここまで露骨な好意をぶつけられたのは久しぶりだった。

 他人との距離感に遠慮と加減を知らない、新人特有の懐っこさ。
 アーシュマーは、何度味わっても慣れないくすぐったさと、胸を突き刺す鋭い痛みに目蓋を伏せ。
 しばし考える仕草を見せた後、青年に柔らかく微笑んだ。

「こちらこそ……よろしくお願いします。王国軍所属第六騎士団、王城二階客室警護担当ハルモニア隊副隊長フィルネスト卿」
「! 自分を、ご存知で!?」
「名実を持つ方は大体記憶しています。私も、負けてはいられませんから」
「……~~っ、っっ!」

 青年、フィルネストの耳と頬が、見る間に赤く染まっていく。
 潤んだ目と塞がらない唇は、尊敬する相手に覚えられていた喜びからか。
 直情的で素直な反応にアーシュマーは笑みを深め、軍式の礼を執る。

「お互い、悔いを残さぬように頑張りましょう」
「はいっ! 全力で! 頑張ります!!」

 フィルネストも礼を執り、二人同時に腕を下げてから、「失礼します!」と言ってアーシュマーの脇をすり抜け『後着惨敗組』の木柵へ走っていく。

 そっと息を吐いたアーシュマーは、トルードの正面を北へ向け、放された馬達を追って我先にと南下してくる受験者達を横目に、『先着三十位組』と『後着惨敗組』の木柵を見比べた。



 少し前、オーリィードとルナエラが『後着惨敗組』の陣へ斬り込んだ時。

 仲間に進路を阻まれて仕方なく『先着三十位組』の陣を東へ走っていった『後着惨敗組』の騎馬は、その先で木柵の東端を押さえていた『十三番』と八人を追い払い、木柵の北側を通って式礼台の東側へ戻り、また陣を東へと駆け抜けて、木柵の北側を東側から塞いでいた。

 直接追い回されたり危害を加えられたりといったことは無かったものの、接近してくる馬に驚いて二度も足を止められた『先着三十位組』の九人と、ルナエラに続いて東から北上した後、『十三番』の指示により馬達の後方で守りを固めていた八人は、結果として『後着惨敗組』の攻め手十人に馬への接触を許してしまった。

 一度でも馬に張り付いた者は、『馬を傷付けてはならない』と定められたルールの存在によって、馬から引き離すのが極めて難しくなっている。
 無理矢理引き離そうとして、万が一馬に攻撃の類いが当たったりしたら、馬が暴れだす可能性もあるからだ。
 式礼台の東側から順に放たれていく馬を見ていたアーシュマーは、即座に防衛役の九人を全員、ロープが外されていなかった馬達の後方へと走らせ、西から東へ横一列で並ばせた。

 人間が馬の真後ろに立つのは危険な行為だが、馬を後退させながら人間に近付けるのも、馬を驚かせ、暴れさせかねない危険な行為。
 馬からロープを外したとしても、出口が塞がれていては放ちようがない。

 馬の前方に回り込んでいた『後着惨敗組』の攻め手五人は、慌てて木柵の東端へ移動して九人の妨害を避け。
 馬の後方から東端に向かい走っていった『後着惨敗組』の攻め手五人は、『十三番』と八人に妨害されながらも木柵の北側を目指し。
 式礼台の西側で木柵の北側に蓋をした『先着三十位組』の五人をなんとか退かそうとしていた『後着惨敗組』の防衛役十人は、馬の出口を塞ぐ九人を退かす為に、『先着三十位組』の陣へ走っていった。



 そうして団体戦によって放された馬は、両団体の合計で二十頭になった。

 『先着三十位組』の木柵では、東から騎馬の三頭を含めた五頭分、西から四頭分、合わせて九頭分の空間が開かれ。
 騎馬競走五位の馬が繋がれていた場所には、『先着三十位組』の陣を東へ駆け抜けた、元『後着惨敗組』の騎馬が。
 その東隣には『十三番』の愛馬が繋がれようとしている。

 『後着惨敗組』の木柵では、西から騎馬の三頭分、東寄りの中央付近から八頭分、合わせて十一頭分の空間が開かれ。
 騎馬競走最下位の愛馬が繋がれていた場所には『四十九番』が入り直し。
 『後着惨敗組』で十五番目に繋がれている馬の東隣には、フィルネストとその愛馬が向かっていた。

 当然と言えば当然の成り行きを眺めていたアーシュマーが、眉間に深めのシワを刻みながらポツリと呟く。

「これは……やはり『後着惨敗組』の構成員に加点は難しいかな……」

 肩越しに南へ振り返れば、早くも小さな点になりつつある受験者達の姿。
 遥か先で馬に迫ろうとしている影は、元『先着三十位組』の構成員。
 まだ近い場所に居る影は、おそらく元『後着惨敗組』の構成員だろう。

 足の遅さが一因で『後着惨敗組』へ振り分けられた彼らに、二十頭程度の馬を、元『先着三十位組』の構成員二十七人より先に捕まえるのは難しい。
 仮に運良く捕まえられたとしても、繋がれている馬のほうから空いているほうへ順に埋めていけば良いだけで比較的楽な『先着三十位組』の木柵は、『先着三十位組』に属した受験者達が早々に埋めていく。

 残された『後着惨敗組』の木柵は歯抜け状態で、個人戦が終盤に近付けば近付くほど、二体並んだ馬の後方から、自分の相棒ではない、勝手を知らぬ馬を詰め込む形になるせいで、難易度は急上昇。
 馬と馬に挟まれるのを嫌がる個体も居る為、これにはちょっとしたコツと集中力が必要で、場合によっては複数人での合同作業が求められる。

 今この状況で、それだけ繊細な仕事を冷静にこなせる受験者が居るとは、到底思えなかった。

 正直なところ、『後着惨敗組』に属していた受験者達には、団体戦序盤で減点させてしまった分だけでも取り返して欲しかったのだけど。
 こればかりはどうしようもない。

 実技試験は実力勝負。

 、自ら険しい道を選んでしまった。
 それが、彼らの実力だ。



 アーシュマーは正面に向き直り、式礼台の前でオーリィードと合流した。
 馬首を南に向けているルナエラの東隣で、トルードも反転。
 式礼台を背負い、二頭並んで南の果てを望む。

「今度は逃げなかったんだな、アーシュマー」
「……何のお話でしょうか?」
「白々しい。ま、良いけどな。今はそれどころじゃないし、見逃してやる。今のところはな」
「…………」

 すみれ色の目にジトーッと睨まれている気配。
 アーシュマーの心臓が、尋常ではない早さと強さで鐘を打ち、手綱を握る両手にも額にも、冷たい汗がにじみ出る。
 それらを笑顔で受け流し、アーシュマーはトルードから飛び降りた。
 次いで、オーリィードもルナエラから飛び降りる。

「『後着惨敗組』のほうは預かる。そっちをどうするかは、お前に任せた」
「はい。任されました」
「んじゃ行くか。真ん中から西のヤツを頼むぞ、ルナエラ」
「正面から東のほうをお願いしますね、トルード」

 オーリィードとアーシュマーは、それぞれ愛馬の首をしっかりと撫でて、同時に手を離した。
 そして。

「ルナエラ」
「トルード」

「「let-touarraスタート!」」

 やはり同時に、愛馬の横腹を平手で打った。

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