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結
第二十六話 忘れえぬ日々 ⅩⅣ
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食堂の注文口には、十人ほどの行列が出来ていた。
男女の優劣もなく、当たり前のように先着順で並んでいる彼らの制服は、そのすべてが王城勤めを表す物だ。
既に埋まっているテーブル席も同様で、どうやら宮殿に勤める者の中ではオーリィードとアーシュマーが一番乗りだったらしい。
「そういえばお前、今日は私と一緒に食べるつもりじゃなかったんだよな。話のついでに食事も、って感じの言い回しだったし」
「できれば毎日でもご一緒させていただきたいところですが」
「ってことは、やっぱり今朝の時点では一緒に食べるつもりなかったのか。なら、出仕前に注文してあるんじゃないのか? 前に言ってたよな。大抵は食堂の料理人に頼んでおいた料理を、宮殿勤めのメイドにアーシュマー隊の控え室まで運んでもらって、そこで食べてるって」
「はい。今朝も料理自体は出仕前に頼んでおいたのですが、宮殿内で食べる気にはなれなかったので、運び入れのほうはお願いしなかったんです」
「そうか。じゃ、お前は厨房で受け取りだな。私は注文してくるから……」
「一緒に食べていただけないのですか? 私一人では絶対に食べ切れないと思うんですが」
注文の列の最後尾に並ぼうとするオーリィードの後ろで、アーシュマーが首を傾げる。
動きを止めたオーリィードが、物凄く不審なものを見る顔で振り返った。
「……ちょっと待て。『一緒に』ってまさか、お前が頼んでおいた料理を、私と二人で分けて食べるって意味か?」
「お伝えしたと思いますが。『ご一緒させていただければ助かります』と」
「言葉がおかしい! それじゃ、また私がおごられる形になるだろうが! てか、私と一緒に注文した時は一人分なのに、出仕前に注文しておくと必ず一人分以上が用意されてるとか、前提がおかしいだろ! どうなってんだ、ここの料理人は!?」
「さあ? やはり、人徳でしょうか」
「ただの贔屓としか思えないんだが!? しかも、そうなると判ってて宮殿に運んでもらわなかったとか、私が来なかったらどうするつもりだったんだ」
「考えてませんでした」
「おおーい!」
「料理人のご厚意を無駄にせずに済みそうで、とてもありがたいです」
「分け合いは決定事項か!? まったく……いくらだ?」
懐から財布を取り出すオーリィードに、アーシュマーは「頂けません」と首を振る。
「私の話にお付き合いいただくのですから、正当報酬ということで」
「ダメだ! 二人で分けて食べるつもりなら、代金は半分払う!」
「律儀ですね」
「当然のことだッ!」
苦笑うアーシュマーから注文していた料理を聞き出したオーリィードが、代金のきっちり半分をアーシュマーに押し付け、注文口の行列に並んだ。
「オーリィード?」
「欲しい物があるんだよ。お前は、受け取ったら出入り口で待っててくれ。私的な話があるんなら、人が少ない所で食べるほうが良いだろう?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「ん」
軽く頭を下げたアーシュマーが、注文口の先にある中央カウンターの横、厨房へと繋がる扉の奥に入っていく。
そこには、アーシュマーの他にも何人かの男女が出入りしていた。
入ってすぐにバスケットを持って出ていくメイド。
料理人とは違う制服にエプロンを掛けながら入っていく男性。
メモらしき紙片を睨みつつ出てきたと思ったら、数分後に駆け戻ってくる忙しない政務部の女性。
彼らは、自分用や同僚用の食事を作ったり、職場への運搬を頼まれている人間だろう。
食堂のメニューに無い料理を食べたくて自作する人間は案外多く、厨房や道具の貸し出しに『使ったら綺麗にして返す』以外の決まり事は無い。
その代わり食材は自分で手に入れるか、料理人や城内の生産者から割高で買い取るかの二択になっているが。
「待たせたな。行くか」
「はい」
注文した後、厨房で品物入りのバスケットを受け取ったオーリィードが、出入り口の脇でバスケットを手に持って立つアーシュマーに駆け寄り、二人並んで歩き出す。
「どこが良いかな。陽当たりが良くて人が少ない所っていうと、果樹園か。でも、あっちは死角が多いからな」
「水堀の外周にあるベンチはいかがですか。あの辺りは見晴らしが良いので盗み聞きされにくいですし、隊員の皆さんに食堂へ来ると言い残した手前、あまり遠くへは行きたくないでしょう?」
「そりゃ何かあった時にすぐ連絡が取れないんじゃ私も困るし、できる限り遠くには行きたくないが、よりによって水辺かよ。大丈夫なのか?」
「何か不都合でも?」
「……いや。お前がそこで良いんなら、私は構わない。その代わり、早めに切り上げよう。アラン達が何かしでかしてそうで心配だし」
「責任者の一端ともなると大変ですね、お互いに」
「お前のところはまだ良いじゃないか。全員が最初からお前を買って、自ら下に付いてくれてたんだろ? シュバイツァー隊の連中はどいつもこいつも手間ばっかり掛けさせてくれるもんだから、厄介で仕方ないぞ」
「でも、新隊結成の辞令が下った時から、気に入ってはいたんですよね? 皆さんのこと」
「まあな。メンバー全員が真面目で向上心もあるし、何より人一倍やる気が溢れてる。空回り気味なのが難点だが、そういう人間は嫌いじゃない」
食堂の敷地の前、宮殿から下ってきた道を横切り、正面に見える石造りの橋を右目に少し北へ上って、城を囲う水堀の外周へ。
道沿いに点々と植えられているナナカマドの間で三人掛けの木製ベンチに座ると、城の西方側面を鏡写しにした巨大な水溜まりと、侵入防止用の柵が視界を占める。
北西方面から見た一部分だけで町の一つや二つは余裕で飲み込めそうな、あまりに大きすぎる水堀は、宮殿より大きな城を遠くに浮かべ、吹き抜ける強風や魚を狙う鳥達に、水面をゆらゆらと揺らされていた。
「少なくとも、私の不正を疑うくらい自分達の職務に誇りを持ってるだけ、私が知ってる地方の兵士達よりはずっとマシだな」
「地方の兵士達は、真面目ではなかったのですか?」
「全ッ然! 『やる気』の『や』も無かった!」
ベンチの右端に陣取り、中央にバスケットを置いて左端にアーシュマーを無理矢理座らせたオーリィードが、アーシュマーのバスケットからカップとオニオンスープ入りのボトルを取り出し、熱々のスープをカップに注いで、アーシュマーに手渡す。
次いで自分の分もカップに注ぎ、落とさないよう両手で抱えて一口含む。
形が無くなるまでじっくり煮込まれたオニオンスープは、ハーブの香りがオニオン独特の臭みを消して自然な甘みを引き立て、スパイスのツンとした辛みが、空っぽの胃を刺激しながら身体の内側をじんわり温めてくれた。
ヤケドしないようにちびちびと口に含んで舌に馴染ませては、鼻を抜ける香りを楽しみ、喉に流れる旨みを味わう。
カップの中身が半分減ったところで「ほう……」と息を吐けば、指先まで巡る熱が、ささくれかけた気持ちを解していく。
「地方の連中はさ、自分から動こうとしないんだ。自分に影響が無い限り、放っておけば良いっていう……事勿れ主義? な奴ばっかり。だから、何に対しても後手後手。それで被害を無駄に拡大させて、結局「なんで自分が」とかぶつくさ言いながら、渋々後始末してんだよ。バカバカしいだろ?」
「……事勿れ、主義……」
オーリィードから受け取ったスープをじぃっと見ていたアーシュマーが、顔を上げて眉をひそめる。
「そ。ちょっと考えれば解りそうな事でも、なんだかんだと理由を探しては言い訳して後回しにして、別の誰かがなんとかするまで知らん顔のクセに、良い結果は自分の手柄で、悪い結果は周りの怠慢。そんなのが兵士を束ねる上官にも居るんだぞ? 信じられるか?」
「……いえ」
「だろ? しかもだ。普段の連中は詰め所から出ようともしないで、ずっと何かの話で盛り上がってた。その時間で自主訓練するなり、問題解決の為に捜査するなり、色々できたのにな」
「何かの話?」
「キャラクターやら世界観がどうとか言ってた気はするけど、詳しい内容は知らない。私は興味無かったし、詰め所に居る時間のほうが短かったから。……って、どうした?」
「少し、頭痛が」
カップを左手に持つアーシュマーが、うつむいた自身の額を右手で覆う。
「やっぱりお前、風邪引いて」
「違います」
「けど、」
「ウェラント王国に来た頃を思い出そうとすると、いつもこうなんです」
「え?」
座面にカップを置いてアーシュマーの肩に手を伸ばしたオーリィードが、触れる寸前で指先を止める。
「ご存知の通り、私はベルゼーラ王国からの難民です。その私がウェラント王国の兵士と一度も会っていないわけがないのですが……何故か、ぼんやりした印象しか残ってなくて。思い出そうとするたびに、頭が痛むんです」
「ウェラント王国に来た頃の記憶が曖昧ってことか?」
「はい。軍に入ってからの記憶は、はっきりしているのですが。それまで、自分がどうやって過ごしていたか……、っ」
アーシュマーの背中が丸くなり、震えた。
苦痛に耐えるような姿を見て、オーリィードが宿舎に帰るかと尋ねるが、アーシュマーは顔を上げて「いいえ」と答える。
「私的な話があると言ったでしょう? それが、これなんです。貴女に……お尋きしてみたいことがあって」
「ウェラント王国に関する話か?」
「もっと小さなことです。ただ、気軽にお尋きして良いかどうか」
「別に、尋かれて困る事なんか無いぞ。知らない事には答えられないが」
「……では、一つだけ……」
空を見上げて深呼吸したアーシュマーが、カップを両手に持ってスープを飲み、ほう、と息を吐く。
少し赤みが差した頬は、それでもまだ血色が良いとは言えない。
スープの表面が、アーシュマーの震えに合わせて揺れている。
伸ばしていた手を引っ込めたオーリィードが、振り向いたアーシュマーの青い目を見て、頷く。
アーシュマーも、オーリィードのすみれ色の目を覗いて頷いた。
「貴女にとって、家族とはどういうものですか?」
「…………へ?」
男女の優劣もなく、当たり前のように先着順で並んでいる彼らの制服は、そのすべてが王城勤めを表す物だ。
既に埋まっているテーブル席も同様で、どうやら宮殿に勤める者の中ではオーリィードとアーシュマーが一番乗りだったらしい。
「そういえばお前、今日は私と一緒に食べるつもりじゃなかったんだよな。話のついでに食事も、って感じの言い回しだったし」
「できれば毎日でもご一緒させていただきたいところですが」
「ってことは、やっぱり今朝の時点では一緒に食べるつもりなかったのか。なら、出仕前に注文してあるんじゃないのか? 前に言ってたよな。大抵は食堂の料理人に頼んでおいた料理を、宮殿勤めのメイドにアーシュマー隊の控え室まで運んでもらって、そこで食べてるって」
「はい。今朝も料理自体は出仕前に頼んでおいたのですが、宮殿内で食べる気にはなれなかったので、運び入れのほうはお願いしなかったんです」
「そうか。じゃ、お前は厨房で受け取りだな。私は注文してくるから……」
「一緒に食べていただけないのですか? 私一人では絶対に食べ切れないと思うんですが」
注文の列の最後尾に並ぼうとするオーリィードの後ろで、アーシュマーが首を傾げる。
動きを止めたオーリィードが、物凄く不審なものを見る顔で振り返った。
「……ちょっと待て。『一緒に』ってまさか、お前が頼んでおいた料理を、私と二人で分けて食べるって意味か?」
「お伝えしたと思いますが。『ご一緒させていただければ助かります』と」
「言葉がおかしい! それじゃ、また私がおごられる形になるだろうが! てか、私と一緒に注文した時は一人分なのに、出仕前に注文しておくと必ず一人分以上が用意されてるとか、前提がおかしいだろ! どうなってんだ、ここの料理人は!?」
「さあ? やはり、人徳でしょうか」
「ただの贔屓としか思えないんだが!? しかも、そうなると判ってて宮殿に運んでもらわなかったとか、私が来なかったらどうするつもりだったんだ」
「考えてませんでした」
「おおーい!」
「料理人のご厚意を無駄にせずに済みそうで、とてもありがたいです」
「分け合いは決定事項か!? まったく……いくらだ?」
懐から財布を取り出すオーリィードに、アーシュマーは「頂けません」と首を振る。
「私の話にお付き合いいただくのですから、正当報酬ということで」
「ダメだ! 二人で分けて食べるつもりなら、代金は半分払う!」
「律儀ですね」
「当然のことだッ!」
苦笑うアーシュマーから注文していた料理を聞き出したオーリィードが、代金のきっちり半分をアーシュマーに押し付け、注文口の行列に並んだ。
「オーリィード?」
「欲しい物があるんだよ。お前は、受け取ったら出入り口で待っててくれ。私的な話があるんなら、人が少ない所で食べるほうが良いだろう?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「ん」
軽く頭を下げたアーシュマーが、注文口の先にある中央カウンターの横、厨房へと繋がる扉の奥に入っていく。
そこには、アーシュマーの他にも何人かの男女が出入りしていた。
入ってすぐにバスケットを持って出ていくメイド。
料理人とは違う制服にエプロンを掛けながら入っていく男性。
メモらしき紙片を睨みつつ出てきたと思ったら、数分後に駆け戻ってくる忙しない政務部の女性。
彼らは、自分用や同僚用の食事を作ったり、職場への運搬を頼まれている人間だろう。
食堂のメニューに無い料理を食べたくて自作する人間は案外多く、厨房や道具の貸し出しに『使ったら綺麗にして返す』以外の決まり事は無い。
その代わり食材は自分で手に入れるか、料理人や城内の生産者から割高で買い取るかの二択になっているが。
「待たせたな。行くか」
「はい」
注文した後、厨房で品物入りのバスケットを受け取ったオーリィードが、出入り口の脇でバスケットを手に持って立つアーシュマーに駆け寄り、二人並んで歩き出す。
「どこが良いかな。陽当たりが良くて人が少ない所っていうと、果樹園か。でも、あっちは死角が多いからな」
「水堀の外周にあるベンチはいかがですか。あの辺りは見晴らしが良いので盗み聞きされにくいですし、隊員の皆さんに食堂へ来ると言い残した手前、あまり遠くへは行きたくないでしょう?」
「そりゃ何かあった時にすぐ連絡が取れないんじゃ私も困るし、できる限り遠くには行きたくないが、よりによって水辺かよ。大丈夫なのか?」
「何か不都合でも?」
「……いや。お前がそこで良いんなら、私は構わない。その代わり、早めに切り上げよう。アラン達が何かしでかしてそうで心配だし」
「責任者の一端ともなると大変ですね、お互いに」
「お前のところはまだ良いじゃないか。全員が最初からお前を買って、自ら下に付いてくれてたんだろ? シュバイツァー隊の連中はどいつもこいつも手間ばっかり掛けさせてくれるもんだから、厄介で仕方ないぞ」
「でも、新隊結成の辞令が下った時から、気に入ってはいたんですよね? 皆さんのこと」
「まあな。メンバー全員が真面目で向上心もあるし、何より人一倍やる気が溢れてる。空回り気味なのが難点だが、そういう人間は嫌いじゃない」
食堂の敷地の前、宮殿から下ってきた道を横切り、正面に見える石造りの橋を右目に少し北へ上って、城を囲う水堀の外周へ。
道沿いに点々と植えられているナナカマドの間で三人掛けの木製ベンチに座ると、城の西方側面を鏡写しにした巨大な水溜まりと、侵入防止用の柵が視界を占める。
北西方面から見た一部分だけで町の一つや二つは余裕で飲み込めそうな、あまりに大きすぎる水堀は、宮殿より大きな城を遠くに浮かべ、吹き抜ける強風や魚を狙う鳥達に、水面をゆらゆらと揺らされていた。
「少なくとも、私の不正を疑うくらい自分達の職務に誇りを持ってるだけ、私が知ってる地方の兵士達よりはずっとマシだな」
「地方の兵士達は、真面目ではなかったのですか?」
「全ッ然! 『やる気』の『や』も無かった!」
ベンチの右端に陣取り、中央にバスケットを置いて左端にアーシュマーを無理矢理座らせたオーリィードが、アーシュマーのバスケットからカップとオニオンスープ入りのボトルを取り出し、熱々のスープをカップに注いで、アーシュマーに手渡す。
次いで自分の分もカップに注ぎ、落とさないよう両手で抱えて一口含む。
形が無くなるまでじっくり煮込まれたオニオンスープは、ハーブの香りがオニオン独特の臭みを消して自然な甘みを引き立て、スパイスのツンとした辛みが、空っぽの胃を刺激しながら身体の内側をじんわり温めてくれた。
ヤケドしないようにちびちびと口に含んで舌に馴染ませては、鼻を抜ける香りを楽しみ、喉に流れる旨みを味わう。
カップの中身が半分減ったところで「ほう……」と息を吐けば、指先まで巡る熱が、ささくれかけた気持ちを解していく。
「地方の連中はさ、自分から動こうとしないんだ。自分に影響が無い限り、放っておけば良いっていう……事勿れ主義? な奴ばっかり。だから、何に対しても後手後手。それで被害を無駄に拡大させて、結局「なんで自分が」とかぶつくさ言いながら、渋々後始末してんだよ。バカバカしいだろ?」
「……事勿れ、主義……」
オーリィードから受け取ったスープをじぃっと見ていたアーシュマーが、顔を上げて眉をひそめる。
「そ。ちょっと考えれば解りそうな事でも、なんだかんだと理由を探しては言い訳して後回しにして、別の誰かがなんとかするまで知らん顔のクセに、良い結果は自分の手柄で、悪い結果は周りの怠慢。そんなのが兵士を束ねる上官にも居るんだぞ? 信じられるか?」
「……いえ」
「だろ? しかもだ。普段の連中は詰め所から出ようともしないで、ずっと何かの話で盛り上がってた。その時間で自主訓練するなり、問題解決の為に捜査するなり、色々できたのにな」
「何かの話?」
「キャラクターやら世界観がどうとか言ってた気はするけど、詳しい内容は知らない。私は興味無かったし、詰め所に居る時間のほうが短かったから。……って、どうした?」
「少し、頭痛が」
カップを左手に持つアーシュマーが、うつむいた自身の額を右手で覆う。
「やっぱりお前、風邪引いて」
「違います」
「けど、」
「ウェラント王国に来た頃を思い出そうとすると、いつもこうなんです」
「え?」
座面にカップを置いてアーシュマーの肩に手を伸ばしたオーリィードが、触れる寸前で指先を止める。
「ご存知の通り、私はベルゼーラ王国からの難民です。その私がウェラント王国の兵士と一度も会っていないわけがないのですが……何故か、ぼんやりした印象しか残ってなくて。思い出そうとするたびに、頭が痛むんです」
「ウェラント王国に来た頃の記憶が曖昧ってことか?」
「はい。軍に入ってからの記憶は、はっきりしているのですが。それまで、自分がどうやって過ごしていたか……、っ」
アーシュマーの背中が丸くなり、震えた。
苦痛に耐えるような姿を見て、オーリィードが宿舎に帰るかと尋ねるが、アーシュマーは顔を上げて「いいえ」と答える。
「私的な話があると言ったでしょう? それが、これなんです。貴女に……お尋きしてみたいことがあって」
「ウェラント王国に関する話か?」
「もっと小さなことです。ただ、気軽にお尋きして良いかどうか」
「別に、尋かれて困る事なんか無いぞ。知らない事には答えられないが」
「……では、一つだけ……」
空を見上げて深呼吸したアーシュマーが、カップを両手に持ってスープを飲み、ほう、と息を吐く。
少し赤みが差した頬は、それでもまだ血色が良いとは言えない。
スープの表面が、アーシュマーの震えに合わせて揺れている。
伸ばしていた手を引っ込めたオーリィードが、振り向いたアーシュマーの青い目を見て、頷く。
アーシュマーも、オーリィードのすみれ色の目を覗いて頷いた。
「貴女にとって、家族とはどういうものですか?」
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