[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第二十三話 忘れえぬ日々 ⅩⅠ

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 宮廷騎士団に所属する警護係全九隊は、午前七時から警護に就く昼勤と、午後八時から警護に就く夜勤で、二部交代制になっている。

 昼勤のシュバイツァー隊は基本、他の昼勤の警護隊と同じく、午前四時に一斉起床、宿舎の一斉掃除、各自で出勤準備、食堂などで朝食を取った後、本来なら、隊員は宮殿の控え室で隊長か副隊長に個別で出仕報告してから、隊長と副隊長は団長か副団長にメンバー全員分の出欠状況を報告してから、各々の持ち場へ移動。
 控え室の待機役には、隊員八人が持ち回りで三人ずつ三時間おきに入り、待機時間とは別に設けられた食事休憩も順番に取っていきながら、昼夜勤務交代の時間まで警護の任務に就き。
 一旦全員が揃った控え室で一日の報告と終業の挨拶を終え、そこで解散。隊長と副隊長は団長か副団長に一日の報告と終業の挨拶をして、それぞれで夕食を取った後、午後十時には帰宿する決まりだった。

 その決まりに関しては、隊長のオーリィードや副隊長のティアンでさえ、自主練やメンバー不在の影響で、シュバイツァー隊が発足した日の一度しか守らなかったのだが。

 全治三ヶ月の怪我を負った直後に手のひらを返したアランと、よく見れば宮廷騎士として職務相応の言動しか執っていないオーリィードのやり取りを観察している内に、シュバイツァー隊メンバーの態度が徐々に軟化。
 実技試験初日の十日前には、団長室に駆り出されているティアン、早朝や深夜の稽古を欠かさないオーリィード、負傷を理由に任務を免除されているアラン以外の全員が、誰に言われるともなく順守するようになっていた。

 小娘なんぞの下に配属され、日々憤懣ふんまんやるかたない、屈辱だと語っていたメンバーが、上層部への愚痴を控えたり、自信を取り戻した様子で過ごしていると、己の言動を省みる者も、少しずつ増えていく。

 そんな風に、シュバイツァー隊メンバーやアランの暴走を証言した人間が率先して襟を正していった為、王城や宮殿におけるオーリィードの評判は、懐疑的ながらも悪化することはなく、しばしの沈黙が続いていた。

 しかし。

「おはようございます、オーリィード隊長! 今朝も南側角ここなんですね! 隊長の席はここだって、決めてるんですか?」
「おはよう、グラトニー隊員。別に、特定の席を決めてるわけじゃないし、私が席を独占していたら、食堂側にも客側にも迷惑を掛けてしまうだろう。角の席が多いのは確かだが、毎回空いた所に座ってるだけだ」

「おはようございます、オーリィード隊長。今朝もクリームパスタですね。クリーム系のパスタがお好きなんですか?」
「おはよう、フェネル隊員。なんとなく満足感が大きいから選んだだけだ。好き嫌いで考えた覚えはないな。強いて挙げるならキノコのパスタは外れが無いとは思う。腹持ちも良いし」

「おはようございます! オーリィード隊長、今朝は一人ですか。珍しい。いっつもアーシュマー隊長かティアン副隊長かアランが一緒に居るのに」
「おはよう、ピアシェ隊員。別に、一緒に居たくているんじゃないからな。ティアンはともかく、他の二人は勝手に付いて来るだけだ。居なくたって、おかしくはない。私自身の朝食が、最近やや遅めなのもあるんだろうが」

「オーリィード隊長、おはようございます。今度控え室に備品を増やそうと思ってるんだけど、良いかな?」
「おはよう、バルネット隊員。物にもよる。宮殿への持ち込みなら、まずは監理官に審査を申請しろ。私は、監理室発行の証明書を見てから判断する」

「おはようございまーす! 隊長、前々から思ってたんだけどさあ。そんな髪型でよく周りが見えてんね? パスタとか汁物とか、髪が口に入りそうで食べにくくない?」
「おはようございまーす! 隊長が顔の両脇で使ってるその髪留めってさ、兵士時代にアーシュマー隊長からプレゼントされた物だって話、本当?」
「おはようございまーす! そういえば、隊長が髪型変えてるのは見たことなかった気がするんだけど。変えたりしないのー?」
「……おはよう、ネスト隊員、フロスト隊員、ルフィスト隊員。確かにこの髪型と髪留めは、アーシュマーから訓練の一環で提案してもらった物だが、プレゼントとかそんな浮わついた物じゃない。今のところ食べにくくはないし、鍛練的にも戦術的にも有効だと感じているから、変えるつもりもない」

「おっ? オーリィード隊長はっけーん! おっはよー!」
「って、お前はいい加減、宿舎で安静にしてるなり実家へ帰るなりしろ! なんで普通に毎日出歩いてるんだ、このバカアラン!」
「とか言いつつ、さりげなく俺の朝食を運ぼうとして駆け寄ってくる隊長、なんか可愛いよな。忠犬みたいで」
「うるさい! 食べ終わったら、とっとと宿舎へ帰れ! なんなら、実家でまるっと三ヶ月間静養してこい!」
「ヤ~ダ~。隊長を観察するのが、今の俺の仕事だもん。あんたと戦って、俺が勝つまでは、何があってもぜってえ離れてやんねえ」
「迷惑極まりない!」
「「「「「「「どっちが忠犬なんだか……」」」」」」」
「お前らも! 同じ男性棟なんだから、食堂へ来る前に止めろよ!」
「「「「「「「ソイツが他人の言うことを聞くとでも?」」」」」」」
「~~~~っこんの、剽軽男ひょうきんおとこ共が……ッ!」

 実技試験の五日前。
 陰口や罵詈雑言がほぼほぼ聞こえなくなった代わりに、シュバイツァー隊メンバーの馴れ馴れしさが急上昇していた。

 先日までのよそよそしさはどこへやら。
 メンバー全員から肩を組まれ、酒やつまみを片手に歌い出しそうな勢いで急接近され、オーリィードは今までとは違う意味で、痛む頭を抱えている。

「てか、兄貴は来てないのか? 団長達の手伝いは昨日で終わってんのに」
「? そうなのか?」
「昨日遅くに戻ってきて「やっと終わりました」っつってたぞ」

 ティアンとアランは、宿舎で同室だった。
 兄弟だから、というよりは、しっかり者のティアンにアランを監視させる目的があったらしい。
 ティアンはともかく、アランは毎日物凄く不満げに文句を連ねていた。

「私は聞いてないが……昨夜私が団長に終業報告した後で片付いたのか」
「いつも通りに起きていつも通りに出てったから、てっきりあんたと一緒に食堂で朝メシ食ってるもんだと思ってたんだけどな。あんがとさん」

 オーリィードが座っていた席の前に陣取ったアランが、礼もそこそこに、オーリィードが運んできた目玉焼きを乗せたトーストとハムステーキに焼き野菜を添えたプレートへ手を伸ばす。
 オーリィードも座り直し、食事を再開した。

「……まあ、どの道、団長達の手伝いが終わってるなら控え室に行くだろ。私もこれを食べたら直行する。お前達も、ちゃんと食べ切ってから来いよ」
「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 殺気も緊張感もなく、わずかな眠気と活気に満ちた食堂で日の出を迎え。
 和やかな空気の中で最後の一口を食べ終えたオーリィードは、誰より先に席を立ち、一人で宮殿へと向かう。



 アランの騒動が無ければ経験することもなかったであろう賑やかな一幕。
 彼らに裏が無いことは、なんとなく分かっているものの。
 敵意や侮辱に囲まれていた時間が長すぎたせいか、隊員達から向けられる好意のようなものには、どうにも慣れない。
 こそばゆさや、いたたまれなさを感じながら坂道を上がっていくと。

「? あれは……団長達?」

 宮殿の正門前で、純白の下地に黄金の装飾を施した豪華な車体と、車体に繋がれた、一万頭に一頭現れるかどうかの、超稀少な白毛の馬二頭を囲む、近衛騎士団とフォリン団長とメトリー副団長とティアンを見つけた。
 そこに居る全員がなにやら難しい顔をして、扉を全開にした車体に向かい何かを訴えかけている。

 遠目にも伝わる、ただならぬ雰囲気。
 宮廷騎士団の隊長の一人でしかない自分が、事情も判らないまま近寄って良いものかどうか判断に迷っていると、車体から人が降りてきた。

「…………え?」

 赤地の縁に白のファーを添わせた、地面を擦るほど長いマント。
 金糸や銀糸をふんだんに織り込んだ、細やかな刺繍が贅沢な白いスーツ。
 頭や首や胸元など、至る所で陽光を弾いて存在を主張する装飾品の数々。

 一歩間違えれば悪趣味と思われそうな衣装を、高い背と鍛えられた身体で少しの違和感もなく完璧に着こなしている、その人は。
 鼻筋に掛かる金色の長髪を風になびかせ、離れた場所で立ち尽くしているオーリィードを見て、ピタリと動きを止めた。

「…………ゼルエス、陛下…………?」


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