[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第二十一話 忘れえぬ日々 Ⅸ

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【宮廷騎士団第九番 ホール警護担当 シュバイツァー隊私闘調査報告書】

 該当者A 第九番シュバイツァー隊・隊長
      オーリィード・シュヴェル・シュバイツァー

 該当者B 第九番シュバイツァー隊・隊員
      アラン・フェリオ・フィールレイク

 本日 紺玉位歴二十四年 十之月 七日
 時間 午後 十二時 五十八分頃
 場所 宮殿一階中庭付近 南回廊より噴水周辺
 概要 該当者Aの脚撃により、同隊該当者Bが噴水に飛び込む形で負傷。
    休憩中のメイド三名、女官二名が被水。着替えの為に三分遅刻。
    中庭警護担当 第七番ポワシェ隊の二名
    該当者Bを救護室へ搬送した為、十八分間持ち場を離脱。
    該当者Bに見舞品を届ける為、該当者Aが五十分間持ち場を離脱。

 程度 該当者B・右側部第六~第九肋骨に全治三ヶ月の不全骨折を確認。
    意識は清明。食欲・睡眠欲、共に正常。むしろ拘束具が欲しい。

 特記 事の発端は、該当者Bから、該当者Aへの一方的な暴言。
    及び、執拗な侮辱的言動であるとの目撃証言を多数確認。
    該当者Bからは、該当者Aへの情状酌量が求められている。

 報告書作成者 第九番シュバイツァー隊・副隊長
        ティアン・フォルト・フィールレイク



「ってことだが……なんなの、お前ら。俺を涙の海に沈めたいの? 沈めて浸して天日干しにして干物にしてこんがり焼いて食べたいの? そりゃ筋肉自慢で通してるけど、最近はストレス過剰で味が落ちてるぞ?」
「団長が干物ならあ……僕は骨焼きかなあ? 美味しいよねえ、味付けした魚の骨の網焼きい」
「良いですね。団長の干物に、副団長の骨焼き。私が頂きたいくらい栄養がたっぷり詰まっていそうです」
「お前が言うと本気で食われそうだから、真面目にやめてくれ、ティアン」
「ふふ。もちろん、冗談ですよ?」
「~~っっ、重ね重ね、大変申し訳ございません!!」

 宮殿の三階と二階の間にある団長室。
 団長専用の高級そうな黒い革の椅子に半死半生のていで座るフォリン団長。
 彼の右手側後方壁際に幽霊的雰囲気で立って控えているメトリー副団長。
 副団長の左隣に立って淡々と報告書を読み上げていたティアン。
 こちらもまた高級そうな木製のがっしりした机を挟んで三人の正面に立つオーリィードが、青白い顔で深々と腰を折った。

「団長方のご迷惑になると解っていながら、このような不祥事を、こんな」
「ああ、『お前ら』にお前は含まないからな。気にするな、オーリィード。どうせ、アランのバカ野郎が俺達に対する暴言でも吐きやがったんだろ? だったら仕方ない」
「仕方ないなんてっ……! それは、私のせいで」
「シュヴェル君はあ、多分『団長達への侮辱』に怒ってくれたんだよねえ。だとしたらあ、シュヴェル君は利用されたんだと思うよお?」
「? 利用、ですか?」
「そ。お前は怒るように仕向けられてたんだよ。だよなあ? 騒動の首謀者ティアンよ」
「え」
「お望み通りの結果になったか? シュバイツァー隊の腹黒参謀」
「はい。おかげさまで、八割方は計画通りです」
「こんにゃろう。よくもまあ、しゃあしゃあと」

 自身の顔の横で右手を振ったフォリン団長が、心底うんざりした様子で、斜め後ろのティアンを睨みつける。
 報告書から目を離したティアンは、キラキラと充実した笑顔で頷いた。

「け、計画通り? ティアンの?」
「はい。隊長には心的負荷をお掛けしてしまい、すみませんでした」
「俺達には謝罪無しか、この性悪め」
「結果良ければすべて良し、ということで」
「ティアン君はあ、本当に頭が良いねえ。見習いたいくらいだよお。まあ、手段は選んで欲しいところだけどお」
「お誉めいただき光栄です、メトリー副団長」
「ま、え? ええ? ちょっと待ってください、計画って、何の話を」

 意味が解らないとうろたえているオーリィードを見上げ、フォリン団長が深く長いため息を吐き出し、両肩を軽く持ち上げる。

「コイツはな。わざとアランをけしかけてたんだよ」
「けしかけた? って、私に?」
「そんな大それた事はしていません。私は身動きできない愚弟にささやいただけですよ。『これまで隊長が罵詈雑言や陰口などに反応しなかった理由、まだ解らないのですか。隊長が本気で怒るのは、彼女が尊敬している人達を悪く言われた時、もしくは、隊長を口撃した人間の立場を危惧した時だけ。貴方はそんな隊長の逆鱗に触れたから殺されかけたんですよ。愚か者』と」
「え、と……?」
「アランのバカも、頭に血が上ると暴言を吐いちまう時はあるがな。それは基本的に好意の裏返しだ。今回は、尊敬してる人間に裏切られたって感じ」
「根本ではあ、シュヴェル君と同じだよねえ」
「んで、アランのバカが裏切られたと思い込んでる理由は、オーリィードの力不足と、それを庇ってるように見えた俺達の姿勢だ」
「そこまではあ、シュヴェル君も解っているよねえ」
「はい。だからこそ、エキシビションゲームで私と団長方の力を見せつける必要があったのだと認識しています。私も団長方も不正などしていないと」

 戸惑いがちに頷くオーリィードに、フォリン団長が頷き返す。

「けどあのバカは、エキシビションゲームの前に大騒ぎをして余計に周囲の悪感情を高めやがった。良くない感情を持つ相手に説教されても、反省するどころか、反感しか抱かねえわな」
「あのままだとシュヴェル君への暴行に急発展する可能性もあったからあ。それならいっそお、シュヴェル君に心臓を止められかけてえ、ほんの少ぉし疑問を感じたであろうアラン坊やを予防線として張り付けておこうかあ? ってことだねえ」
「愚弟は救いようがない脳無しバカですが、無抵抗な相手に手を上げるほど性根が腐っているわけではありません。そうした愚行を見逃す人間でもないですから、言動は限りなく鬱陶しくても、護衛代わりにはできます」

 敵意剥き出しのアラン、まさかの護衛扱い。

「『鬱陶しい言動』とやらは、周囲の人間の悪感情を代弁する物だからな。共感は、「もっとやれ」って具合に実行の責任をアラン一人に集中させる」
「でもねえ、人間って不思議でねえ。自分より明らかに行き過ぎてるなあ、やり過ぎてるなあと感じたらあ、一気に冷めるんだよねえ」
「「もっとやれ」が「俺も私も」となる前に、「そこまでやらなくても」と思わせ、かつ「怒られて当然」と納得させる槍玉。それが愚弟です」

 しかも、槍玉を兼業。

「どこまでもしつこく付きまとい罵詈雑言の限りを尽くした挙げ句、疑問を解消する為にわざと俺達を口撃して、キレたオーリィードにぶっ飛ばされ、負傷させられる」
「それを見聞きした人間はあ、シュヴェル君が何に怒りい、どれだけの力を持っているのかあ、を知るよねえ」
「! 牽制と実証と警告……エキシビションゲームを私だけ先行したような形になるんですね」
「はい。愚弟は私の読み通り隊長の人物像と力に疑問を抱き、貴女を試して自滅しました。愚弟の言動を証言してくれた方々からは、隊長を不問にとのお声も頂いています。なので、隊長が罪悪感に苛まれる必要はありません」
「むしろお前が猛省してくれ、ティアン。もっと違うやり方があっただろ」
「私も、いろいろ手一杯ですから。これが限界です」
「ウソくせえ……!」
「ウソだよねえ……」

 にっこり華やかに笑うティアンを、死人一歩手前まで迫るフォリン団長とメトリー副団長が責める。
 しかしティアンは、本当にこれが限界でしたよと肩を持ち上げた。

「実際、二割ほど予想外な事態になっていますからね」
「二割?」
「まず一つ」

 首をひねるオーリィードへ、ティアンが右手の人差し指を立てて見せた。

「今回の件を議会へ報告したところ、ゼルエス陛下より『実技試験初日まで宮殿内部で起こった事、起こる事、その一切を恩赦により不問とする』との決定が下されました」
「………………………………はあ!?」
「つまり、お前らシュバイツァー隊の不祥事は全部無かったことにされた。規律違反及び職務放棄に対する仮処分も撤回、白紙。実技試験初日までは、宮殿内部で何があってもお咎め無し。見事、無法地帯の出来上がりだ!」
「そっ、……そんなことって、許されるんですか!?」
「普通ならあ、ありえないねえ。こんなこと言われたらあ、仮に陛下が宮殿内部で暗殺されてもお、御自身の恩赦で不問にされちゃうからねえ」
「そ、そんな、無茶苦茶な」
「だから言っただろ。相手の近くでは何が起こっても不思議じゃないんだ。サーラ王女殿下が政務に乗り出されてからは減ってるが、ゼルエス陛下は、こういう突拍子もない事を平気でやる。下の人間は堪ったもんじゃねえ!」
「目下あ、頭が痛い理由の一つだねえ」
「こんな常識外れな事態、さすがに私でも予想できませんよ」

 信じられない、と顔に書いて固まったオーリィードに苦笑い、ティアンの中指が人差し指に並び立つ。

「二つ目。隊長、メイドに頼んで、愚弟にお見舞いの品を届けたでしょう」
「あ、ああ……。私のせいで、肋骨にひびが入ったって聞いたからな。何か見舞品に問題でもあったか?」
「いいえ。見舞品自体は私も救護室で確認しましたが、アランの好みに合う良い品でしたよ。アランも喜んでいました」
「そう、か。アランも喜ん……………………喜んでた? あいつが?」
「はい。とても」
「嘘だろ?」

 だって、あんなに敵意と憎悪を向けてきてたのに?
 嫌悪する相手からの見舞いを喜ぶか? あいつが?
 と、いぶかしむオーリィードに、ティアンは肯定を込めて頷く。

「実は…………いえ、実物をご覧いただいたほうが早いですね」
「実物?」
「今、来ます」
「へ?」

 腕を下ろしたティアンが、呆れを隠さないため息を吐き出すと同時。

「だーんーちーょーおおおおお~~ッ!」

 凄まじい地鳴りと唸り声が急接近。
 爆発したのかと思うような勢いで団長室の扉が蹴破られ。
 杖を二本、脇に突いたアランが飛び込んできた。

 室内に居た四人の内、オーリィードだけが目をまん丸にして仰け反る。

「あ、アラン!? おま、……全治三ヶ月の身で何して……」

「隊長は、羽虫を追い払おうとしただけです!」

「は?」
「自分は、隊長の後ろに立っていた為、巻き込まれました! よってあれは事故! 決して私闘ではありません!」
「はあ……!?」
「責任は自分にあります! 隊長はどうか、不問に!」
「はああああ!?」

 負傷する前とはまるで別人な。
 キリリッとした態度でオーリィードの隣に立つアランを。
 オーリィードは、化け物を見つけたような目で。
 フォリン団長とメトリー副団長とティアンは、白い目で見ていた。

「「「……お前、調子良すぎ……」」」


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