[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第十九話 忘れえぬ日々 Ⅶ

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「数日前にティアンが話してた内容、覚えてるよな?」
「…………はい。『ゲーム』、ですね」
「そうだ」

 フォリン団長の問いかけに対し、オーリィードは念の為にと周囲の気配を探ってから、言葉を選んで頷いた。

 ティアンが提案した『エキシビションゲーム』は、まだ準備の段階だ。
 事前に開催情報が洩れないよう、盗み聞きを警戒しなければならない。
 それをよく理解しているオーリィードの機転に、フォリン団長とメトリー副団長も深く頷き返し……
 ふと、眉間にシワを寄せてうつむいた。
 首を傾げるオーリィードに何かを言おうとして、何度か唇を開き。
 そのたび、ためらうように閉じる。

「いかがなさいましたか? フォリン団長、メトリー副団長」
「…………『御玉おんぎょく』の御臨席が決まった」
「え」

 『御玉おんぎょく』とは、ウェラント王国の国宝である『翠玉すいぎょく』を高めていう語。
 転じて『翠玉を戴く者』を意味する尊称で、国王ゼルエスを示す隠喩だ。

 つまり、『御玉の御臨席が決まった』を訳すと。
 『ゼルエスが実技試験とエキシビションゲームを見学に行く』となる。

「公的には大して意味が無い『ゲーム』を見学されるんですか? まさか」
「全日程をご覧になられるそうだよお」
「全日程って……期間中、毎日?」
「毎日だ。予算委員会で『ゲーム』の話が出た途端に、いきなり決まった。多分、興味を持たれたんだろうな。……お前も出る、ってところに」
 
 角刈りの頭をガリガリ掻きながら舌を打つフォリン団長の隣で。
 メトリー副団長も、ばつが悪そうに頬を掻いている。

 その態度の半分くらいは、オーリィードへの心配から来るものだろう。
 フォリン団長とメトリー副団長が、ゼルエスとオーリィードの接近を快く思っていないことは、オーリィードが国軍兵士の宿舎に入って間もない頃、物凄く渋い顔で「思い止まれ」と長時間説得されたから、知ってはいた。
 二人が快く思えない理由も、今ではなんとなく解っていて。
 
 それは、後宮育ちのオーリィードに国軍への入隊を許可したのが、他でもないウェラントの国王で、オーリィードの養父でもある
『ゼルエス・ミフティアル・ウェラント』
 当人だったからだ。

 オーリィードの実母を辱しめて子供を産ませ、オーリィードの実父を手に掛け、義理の娘としたオーリィードを後宮に放り込んだかと思えば、今度はその姫君育ちの義理の娘を、騎士候補の上等兵として国軍へ移動させる。
 そんな猟奇的かつ異常者な言動ばかりくり返すゼルエスを警戒するのは、当然と言えば当然だ。
 情に厚いフォリン団長やメトリー副団長なら、なおさら。

 けれど。

「『御玉おんぎょく』が一週間、となると、各所で警備の見直しが要求されますね。ティアンを緊急で呼び出した理由が分かりました」

 オーリィードは、ゼルエスのことなど気にもしていなかった。

 何をしでかすか分からない養父が来るぞと言われても、特に何も感じないから、おそらくは「警戒しておけ」という意味で伝えられた今回の話にも、御公務お疲れさまです、国王陛下。以外に、思うことはない。

「私もお手伝いできれば良かったのですが」
「……シュヴェル君はあ、相変わらずだねえ」
「警戒心の欠片も無いな」
「私は『御玉おんぎょく』をほとんど存じ上げませんから」

 オーリィードとゼルエスの顔合わせは、全部で五回程度。
 王児専用の後宮、蓮の宮で晩餐を共にした初対面の時。
 サーラに内緒で、国軍への入隊許可を嘆願した時。
 下積み時代を経て、騎士の位と称号と剣を授かった時。
 王城勤めの騎士から、宮廷騎士へと昇格した時。
 宮廷騎士から、宮廷騎士団の隊長に抜擢された時。
 ……くらいのものか。

 もしかしたら、王城や宮殿の内外周辺で何度か遠目にすれ違っていたかも知れないが、少なくともオーリィードの記憶には残っていない。
 国王を護る城の一郭や、国王が住む宮殿の外周や出入り口周辺を警護してきたにも拘わらず、オーリィードは、宮殿などに出入りするゼルエスの姿を見かけたり、立ち会ったりしたことがなかったのだ。

 噂に聞いたゼルエスの愚王ぶりや、ゼルエスが実の両親にした事を思えばそれなりの嫌悪感は湧くが、あまり接点が無いせいか、どこか他人事に近い感覚で、強い警戒心には繋がらなかった。

「お前が知らなくても、相手はお前をよおく御存知だ。何度も忠告してきたから解っているだろうが、相手の近くでは何が起こっても不思議じゃない。特にお前は、絶対に気を抜くな」
「ご忠告に感謝致します、フォリン団長。メトリー副団長」
「うーんん……。真剣に受け止めるのは難しいのかなあ」
「え、いえ、そんなことは」

 ただでさえ忙しい時に更なる仕事を追加された挙げ句、トドメとばかりにゼルエスの実技試験見学が降ってきて、フォリン団長もメトリー副団長も、顔色だけなら虫の息だ。
 それなのに、二人はオーリィードを気遣ってわざわざ忠告に来てくれた。
 オーリィードとしては、最大級の感謝を込めて礼を執ったのだが。

 フォリン団長とメトリー副団長は眉間に深いシワを刻み込み、難しい顔でオーリィードを見下ろしていた。

 自分は何かいけないことをしたのか、と考えていると、少し離れた所から複数の靴音がバラバラと聞こえてきた。
 スケジュール通りなら控え室に居る筈のシュバイツァー隊メンバーだ。

 話はここまでと、オーリィードはフォリン団長、メトリー副団長と無言で視線を交わし。
 フォリン団長に倣い「宮殿の廊下を走るなバカ共!!」と声を張り上げた。
 何故か靴音が止み、代わりに重い荷物を地面に落としたような音がする。

 団長達がそれぞれ自身の額を押さえ、天井を仰いだ。

「……オーリィード、お前なあ……」
「はっ! なんでしょうか、フォリン団長」
「シュヴェル君、シュヴェル君。君はあ、しばらくの間は一人で中庭周辺の巡回を担当してねえ。シュバイツァー隊は今までと同じ配置でねえ」
「は?」
「『御玉おんぎょく』絡みで配置変えもあるってのに、使えない要救護人が増えると滅茶苦茶面倒くさいんだよッ!」
「植物でも眺めてえ、のんびり和んでくると良いよお」
「?? Di 承知しました,では、明日から」
「「今から!!」でねえ」
「はあ……了解です……?」

 オーリィード達シュバイツァー隊の担当は、宮殿のホール周辺だ。中庭の周辺は別の隊が担当しているし、ホール周辺の巡回にはシュバイツァー隊の働きぶりを監視する意味もあるのだが。
 そちらは良いのだろうかと、不思議そうに首をひねったオーリィード。

 彼女が、自分の殺気で吹っ飛ばして気絶させてしまったメンバーを廊下で見つけて慌てて回収したのは、それから数分後だった。


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