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短編集
夏の思い出 Ⅳ
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「お休みなさい、お二人共」
「「アルたんも、おやすみなさいなの!」」
きっちり礼を執ってから部屋を出て、扉を閉め切るアルベルト。
彼に客室まで案内されてきた双子姉妹は、両親が泊まる客室と同じ様相の室内で二人きりになった途端、向かい合わせに立って両手の指を絡めた。
ヴィントの青みが強い紫と、ナディアの赤みが強い紫。微妙に色が異なる二対の目が、顔立ちそっくりな相手の真剣な表情を映している。
「ヴィントね、貝がらが良いと思うの」
「ナディアは、お花が良いと思うな」
「お花だったら、ヘイムディンバッハでも、たくさんうってたよ?」
「うってたよ。うってたけど、ここのお花は、お店であんまり見たことないから、あのお花とかが良いかなあって、思ったの」
「あのお花って、どのお花?」
真横にあるローテーブルに振り向いたヴィントが、その上に山積している様々な『戦利品』を見て首を傾げた。
姉妹が自由時間をフル活用して集めた『戦利品』には、貝殻や花は勿論、折れた木の枝やら、どこにでも転がっていそうな灰色の石まで混じっている。
「んーとね、そこのね、あかくって大きな花びらのお花」
「あの、あかいお花? えーと、は~び……はいび? はいびすかす?」
「そう、それだよ、ヴィント! ハイビスカスってなまえのお花!」
パッと手を離したナディアがローテーブルを覗き込み、片隅に寄せ集められた花の束の中から、赤いハイビスカスの花を一輪だけ持ち上げた。
ハイビスカスの花は基本的に朝開いて夕方には萎れる一日花だが、ここのハイビスカスは品種改良が進み、翌夜まで咲き続ける二日花となっている。
その為、夕食の直前に摘み取られたハイビスカス達は若干色艶が欠けてはいるものの、花の形は美しいままで、少しも崩れてはいない。
「ハイビスカスかあ。そうだ! それ、貝がらにかざったら良いかも!」
「貝がらって、どの貝がら?」
「う~ん、と……。このへんは、どうかな?」
ヴィントも、『戦利品』をごそごそと漁り、真ん中辺りから候補の貝殻を二つ、両手に持って取り出した。
「えっと。ねえ、ナディア。これって、なんてなまえだったっけ?」
「一つは、まき貝だったよ。そっちは、えーと…………じゃがいも?」
「それはおいもだよ。えっと、たしか、シャカシャカ? シャンバラ?」
「なんかちがう」
「シャバダバ? ジャカジャン?」
「シャカ、ジャカ……、じゃか? じゃこ?」
「あっ! それだよ、ナディア! じゃこ貝だ!」
「じゃこ貝!」
「じゃこ貝!」
惜しい。
『じゃこ』とは雑魚、塩ゆでしたイワシ類の稚魚をしっかりと乾燥させた食品であって、貝類の名前ではない。
なお、ヴィントの右手にあるのが法螺貝で、左手にあるのがシャコ貝だ。
姉妹が浜辺で興味を示した時点で、ポーラとブリジットが目にも止まらぬ速さで洗って磨き上げた為、どちらの貝殻にも尖った部分は無く、超高級な宝飾品売り場に陳列されていてもおかしくないほど、ツルツルのピカピカ。
ローテーブルの上に散らかった他の『戦利品』も同様で、姉妹が触っても危なくないよう、その総てに適切な処置が施されている。
「じゃこ貝だったら、下の貝がらにハイビスカスを入れて、上の貝がらで、はさんでみるとか。あけたらびっくり! みたいな」
「まき貝だったら?」
「んっと……この、あなの中に入れてみる?」
「でも、まき貝って、そのあなに耳を当てるとなみの音がするんだよね? なんか、ふさいじゃうの、もったいないよ」
「じゃあ、そとがわにペタペタはってみる!」
「それだと、もつトコなくなりそう。かざるんなら、じゃこ貝にしようよ」
「まき貝、ダメ?」
「ダメじゃないけど、まき貝は、そのまんまあげるほうが良いと思う」
「う~ん…………わかった! かざるのは、じゃこ貝にする!」
「じゃこ貝で、ハイビスカス!」
「じゃこ貝で、ハイビスカス!」
くり返しになるが、じゃこ貝ではなく、『シャコ貝』である。
「じゃこ貝の、下の貝がらに」
「ハイビスカスを入れて」
「上の貝がらで、そぉ~っと」
「とじる」
絨毯の上に座り込み、シャコ貝を上の貝殻と下の貝殻に分けたヴィント。
その隣に座って、下の貝殻の内側にハイビスカスの花を置いたナディア。
二人で被せた上の貝殻は、ハイビスカスの花よりも一回り以上は大きく、中身をすっぽりと覆い隠してしまった。
見た目には、純白の置き物と化したシャコ貝でしかない。
それを再度開いた姉妹は、ワクワクした表情から一転、なにやら不満げに眉根を寄せた。
「びっくり、しないね」
「うん。びっくりしなかったね」
「なんか、さびしい?」
「さびしいっていうか、ガッカリ? かも」
どうやら、貝殻を開いた瞬間のインパクトが足りなかったらしい。
姉妹揃って首をひねり、ハイビスカスの花が鎮座した貝殻を見つめる。
「ハイビスカス、もっとたくさん入れてみる?」
「ん……ハイビスカスも良いけど、どうせなら、ほかのも入れてみない?」
「ほかの?」
「石とかハイビスカスじゃないお花とか。上の貝がらがとじれないくらい、いろんなのを、たくさん入れてみるの!」
ヴィントの問いかけに顔を上げたナディアが立ち上がり、ローテーブルの上から『戦利品』をいくつか手に取って、ハイビスカスの花を入れた貝殻の横に広げる。
無差別に並べられた枝やら石やら草やらを見たヴィントは、目を輝かせて「貝がらのたからばこだ!」と嬉しそうに声を弾ませた。
「じゃあね、じゃあね! ヴィント、うみっぽくしてみたい!」
「うみっぽいって、どんなの?」
「おくのほうがうみで、カパカパするほうが、すなはまなの!」
「おもしろそう! でも、お水を入れたらびちょびちょになっちゃうよ?」
「お水じゃなくて、これ! このあおい石を、ちっちゃくして入れるの!」
ナディアが絨毯に並べた『戦利品』から青い石を引き寄せたヴィントが、左袖に隠していた短剣を鞘から抜き放ち、その柄頭で青い石を叩く。
何度も何度も叩いて粉々にした青い石を両手で掬い、ハイビスカスの花を取り出した貝殻の奥に移すと、今度はローテーブルの中央にあった白い石を二、三個持ってきて、青い石と同じく絨毯の上で細かく砕き、貝殻の手前のほうに敷き詰めた。
「でね、この、あおい石と白い石を、ちょっとだけまぜて……どう?」
「ヴィント、すごい! ほんとに、うみっぽい!」
「でしょ、でしょ!?」
「なら、この、ねずみ色の石は、うみにつきだしてたイワにできない?」
「なるなる!」
「こっちの草とえだが、お家のまわりにある木のかわりで」
「ちっちゃなお花から、じゅんばんに大きなお花をおいてって」
「「さいごに、あかいハイビスカス!」」
ローテーブルの上を漁っては絨毯の上に転がした『戦利品』の数々に手を加え、それらを使い、生まれて初めて見た海をシャコ貝の中に再現していく双子姉妹。
二輪の赤いハイビスカスを手前側に置き、仕上げに上の貝殻を被せると、ハイビスカスに食らいつくシャコ貝の図が出来上がった。
貝が花を食べるという、異様な光景。
ちょっと怖い。
それでも上の貝殻を開けば広がる小さな世界に、姉妹は両手の指を絡めて完成の喜びを分かち合う。
「できたのーっ!」
「できたのーっ!」
「これなら、かあさまもとうさまも、笑ってくれるかな?」
「うん。笑ってくれたら良いね」
「「ね!」」
プライベートビーチに来るまで。
いや、プライベートビーチに着いてからより一層元気が無くなった両親に少しでも笑っていて欲しくて、姉妹が密かに考えたサプライズ。
明日の朝「おはよう」と一緒に渡すつもりの、海沿いならではの贈り物。
今すぐにでも渡しに行きたい気持ちを抑え、受け取った両親の驚いた顔を想像しながら、四つん這いになって上の貝殻を開いたり閉じたりした後。
散らかり放題になっている室内に気付いたヴィントが慌てて立ち上がり、寝る前に全部片付けておかなくちゃと、『戦利品』の残骸を集めだした。
ナディアも一緒になって物を拾い、ローテーブルの上に戻していく。
「ねえねえ、ナディア」
「なあに、ヴィント」
「これ、ぼろぼろになっちゃったけど、おみやげになるかなあ?」
振り返るナディアに対し、自身の両腕に抱えた花束を目で示すヴィント。
八輪ほどの赤いハイビスカスの花を含む、気になった花を手当たり次第に掻き集めた種類も雑多な花の束は、何度も触ったり持ち運んだりしたせいで花びらが所々抜け落ち、茎や葉がぐったりとして、生気が薄くなっている。
「それ、おーきゅーのみんなにあげるの?」
「んーん。あっちの人たち」
「ナディアたちをずーっと見てる人たち? に、あげるの?」
「よくわかんないけど、こういうのがほしいのかなって思ったから」
「ん~。なるとは思うけど、しらない人にあげるのは良くない気がするの」
「でも、グエンさまも、ル……じゃなかった、ガーネットさまも、なんにもしてこないなら、ほっといて良いって言ってたよね。なら、良くない人たちじゃないんだよね?」
「そうかなあ……あっ、ヴィント、そこダメ! たんけんをふんじゃう!」
「え、ぅわっ、きゃあああああっ!?」
梁が露出している天井を見上げたヴィントが、花束で隠れた足下の短剣に気付かず、剥き出しの刃に足裏を乗せて滑り、盛大にすっ転んでしまった。
厚手の絨毯を通して床全体に伝わる、微かな震動。
背中からひっくり返る直前、とっさに受身の姿勢を取った為、腕を離れた花束が空中で散開。仰け反った身体の真上と周辺に、ばらばらと降り注ぐ。
「いったたた……。ああ~、びっくりしたあ」
「ヴィント、だいじょうぶ!? ケガしてない!?」
「うん。ちゃんと、うけみを取ったからヘーキ。どこもケガしてないよ」
腕はちょっと痛いけど、と、心配そうな顔で駆け寄ってきたナディアに、右手をひらひらと振って答える。
「良かったあ。ケガしたら、ダメなんだからね!」
「うん。ケガしたら、ダメなの。やくそくなの!」
だから、危ない短剣は鞘にしまっておかないと。
そう思って上半身を起こしたヴィントが、絨毯の上に転がっている短剣に手を伸ばした、瞬間。
「「ヴィント!? ナディア!?」」
客室の扉が、常には聴かない乱暴な音を響かせて、勢いよく開かれた。
「「アルたんも、おやすみなさいなの!」」
きっちり礼を執ってから部屋を出て、扉を閉め切るアルベルト。
彼に客室まで案内されてきた双子姉妹は、両親が泊まる客室と同じ様相の室内で二人きりになった途端、向かい合わせに立って両手の指を絡めた。
ヴィントの青みが強い紫と、ナディアの赤みが強い紫。微妙に色が異なる二対の目が、顔立ちそっくりな相手の真剣な表情を映している。
「ヴィントね、貝がらが良いと思うの」
「ナディアは、お花が良いと思うな」
「お花だったら、ヘイムディンバッハでも、たくさんうってたよ?」
「うってたよ。うってたけど、ここのお花は、お店であんまり見たことないから、あのお花とかが良いかなあって、思ったの」
「あのお花って、どのお花?」
真横にあるローテーブルに振り向いたヴィントが、その上に山積している様々な『戦利品』を見て首を傾げた。
姉妹が自由時間をフル活用して集めた『戦利品』には、貝殻や花は勿論、折れた木の枝やら、どこにでも転がっていそうな灰色の石まで混じっている。
「んーとね、そこのね、あかくって大きな花びらのお花」
「あの、あかいお花? えーと、は~び……はいび? はいびすかす?」
「そう、それだよ、ヴィント! ハイビスカスってなまえのお花!」
パッと手を離したナディアがローテーブルを覗き込み、片隅に寄せ集められた花の束の中から、赤いハイビスカスの花を一輪だけ持ち上げた。
ハイビスカスの花は基本的に朝開いて夕方には萎れる一日花だが、ここのハイビスカスは品種改良が進み、翌夜まで咲き続ける二日花となっている。
その為、夕食の直前に摘み取られたハイビスカス達は若干色艶が欠けてはいるものの、花の形は美しいままで、少しも崩れてはいない。
「ハイビスカスかあ。そうだ! それ、貝がらにかざったら良いかも!」
「貝がらって、どの貝がら?」
「う~ん、と……。このへんは、どうかな?」
ヴィントも、『戦利品』をごそごそと漁り、真ん中辺りから候補の貝殻を二つ、両手に持って取り出した。
「えっと。ねえ、ナディア。これって、なんてなまえだったっけ?」
「一つは、まき貝だったよ。そっちは、えーと…………じゃがいも?」
「それはおいもだよ。えっと、たしか、シャカシャカ? シャンバラ?」
「なんかちがう」
「シャバダバ? ジャカジャン?」
「シャカ、ジャカ……、じゃか? じゃこ?」
「あっ! それだよ、ナディア! じゃこ貝だ!」
「じゃこ貝!」
「じゃこ貝!」
惜しい。
『じゃこ』とは雑魚、塩ゆでしたイワシ類の稚魚をしっかりと乾燥させた食品であって、貝類の名前ではない。
なお、ヴィントの右手にあるのが法螺貝で、左手にあるのがシャコ貝だ。
姉妹が浜辺で興味を示した時点で、ポーラとブリジットが目にも止まらぬ速さで洗って磨き上げた為、どちらの貝殻にも尖った部分は無く、超高級な宝飾品売り場に陳列されていてもおかしくないほど、ツルツルのピカピカ。
ローテーブルの上に散らかった他の『戦利品』も同様で、姉妹が触っても危なくないよう、その総てに適切な処置が施されている。
「じゃこ貝だったら、下の貝がらにハイビスカスを入れて、上の貝がらで、はさんでみるとか。あけたらびっくり! みたいな」
「まき貝だったら?」
「んっと……この、あなの中に入れてみる?」
「でも、まき貝って、そのあなに耳を当てるとなみの音がするんだよね? なんか、ふさいじゃうの、もったいないよ」
「じゃあ、そとがわにペタペタはってみる!」
「それだと、もつトコなくなりそう。かざるんなら、じゃこ貝にしようよ」
「まき貝、ダメ?」
「ダメじゃないけど、まき貝は、そのまんまあげるほうが良いと思う」
「う~ん…………わかった! かざるのは、じゃこ貝にする!」
「じゃこ貝で、ハイビスカス!」
「じゃこ貝で、ハイビスカス!」
くり返しになるが、じゃこ貝ではなく、『シャコ貝』である。
「じゃこ貝の、下の貝がらに」
「ハイビスカスを入れて」
「上の貝がらで、そぉ~っと」
「とじる」
絨毯の上に座り込み、シャコ貝を上の貝殻と下の貝殻に分けたヴィント。
その隣に座って、下の貝殻の内側にハイビスカスの花を置いたナディア。
二人で被せた上の貝殻は、ハイビスカスの花よりも一回り以上は大きく、中身をすっぽりと覆い隠してしまった。
見た目には、純白の置き物と化したシャコ貝でしかない。
それを再度開いた姉妹は、ワクワクした表情から一転、なにやら不満げに眉根を寄せた。
「びっくり、しないね」
「うん。びっくりしなかったね」
「なんか、さびしい?」
「さびしいっていうか、ガッカリ? かも」
どうやら、貝殻を開いた瞬間のインパクトが足りなかったらしい。
姉妹揃って首をひねり、ハイビスカスの花が鎮座した貝殻を見つめる。
「ハイビスカス、もっとたくさん入れてみる?」
「ん……ハイビスカスも良いけど、どうせなら、ほかのも入れてみない?」
「ほかの?」
「石とかハイビスカスじゃないお花とか。上の貝がらがとじれないくらい、いろんなのを、たくさん入れてみるの!」
ヴィントの問いかけに顔を上げたナディアが立ち上がり、ローテーブルの上から『戦利品』をいくつか手に取って、ハイビスカスの花を入れた貝殻の横に広げる。
無差別に並べられた枝やら石やら草やらを見たヴィントは、目を輝かせて「貝がらのたからばこだ!」と嬉しそうに声を弾ませた。
「じゃあね、じゃあね! ヴィント、うみっぽくしてみたい!」
「うみっぽいって、どんなの?」
「おくのほうがうみで、カパカパするほうが、すなはまなの!」
「おもしろそう! でも、お水を入れたらびちょびちょになっちゃうよ?」
「お水じゃなくて、これ! このあおい石を、ちっちゃくして入れるの!」
ナディアが絨毯に並べた『戦利品』から青い石を引き寄せたヴィントが、左袖に隠していた短剣を鞘から抜き放ち、その柄頭で青い石を叩く。
何度も何度も叩いて粉々にした青い石を両手で掬い、ハイビスカスの花を取り出した貝殻の奥に移すと、今度はローテーブルの中央にあった白い石を二、三個持ってきて、青い石と同じく絨毯の上で細かく砕き、貝殻の手前のほうに敷き詰めた。
「でね、この、あおい石と白い石を、ちょっとだけまぜて……どう?」
「ヴィント、すごい! ほんとに、うみっぽい!」
「でしょ、でしょ!?」
「なら、この、ねずみ色の石は、うみにつきだしてたイワにできない?」
「なるなる!」
「こっちの草とえだが、お家のまわりにある木のかわりで」
「ちっちゃなお花から、じゅんばんに大きなお花をおいてって」
「「さいごに、あかいハイビスカス!」」
ローテーブルの上を漁っては絨毯の上に転がした『戦利品』の数々に手を加え、それらを使い、生まれて初めて見た海をシャコ貝の中に再現していく双子姉妹。
二輪の赤いハイビスカスを手前側に置き、仕上げに上の貝殻を被せると、ハイビスカスに食らいつくシャコ貝の図が出来上がった。
貝が花を食べるという、異様な光景。
ちょっと怖い。
それでも上の貝殻を開けば広がる小さな世界に、姉妹は両手の指を絡めて完成の喜びを分かち合う。
「できたのーっ!」
「できたのーっ!」
「これなら、かあさまもとうさまも、笑ってくれるかな?」
「うん。笑ってくれたら良いね」
「「ね!」」
プライベートビーチに来るまで。
いや、プライベートビーチに着いてからより一層元気が無くなった両親に少しでも笑っていて欲しくて、姉妹が密かに考えたサプライズ。
明日の朝「おはよう」と一緒に渡すつもりの、海沿いならではの贈り物。
今すぐにでも渡しに行きたい気持ちを抑え、受け取った両親の驚いた顔を想像しながら、四つん這いになって上の貝殻を開いたり閉じたりした後。
散らかり放題になっている室内に気付いたヴィントが慌てて立ち上がり、寝る前に全部片付けておかなくちゃと、『戦利品』の残骸を集めだした。
ナディアも一緒になって物を拾い、ローテーブルの上に戻していく。
「ねえねえ、ナディア」
「なあに、ヴィント」
「これ、ぼろぼろになっちゃったけど、おみやげになるかなあ?」
振り返るナディアに対し、自身の両腕に抱えた花束を目で示すヴィント。
八輪ほどの赤いハイビスカスの花を含む、気になった花を手当たり次第に掻き集めた種類も雑多な花の束は、何度も触ったり持ち運んだりしたせいで花びらが所々抜け落ち、茎や葉がぐったりとして、生気が薄くなっている。
「それ、おーきゅーのみんなにあげるの?」
「んーん。あっちの人たち」
「ナディアたちをずーっと見てる人たち? に、あげるの?」
「よくわかんないけど、こういうのがほしいのかなって思ったから」
「ん~。なるとは思うけど、しらない人にあげるのは良くない気がするの」
「でも、グエンさまも、ル……じゃなかった、ガーネットさまも、なんにもしてこないなら、ほっといて良いって言ってたよね。なら、良くない人たちじゃないんだよね?」
「そうかなあ……あっ、ヴィント、そこダメ! たんけんをふんじゃう!」
「え、ぅわっ、きゃあああああっ!?」
梁が露出している天井を見上げたヴィントが、花束で隠れた足下の短剣に気付かず、剥き出しの刃に足裏を乗せて滑り、盛大にすっ転んでしまった。
厚手の絨毯を通して床全体に伝わる、微かな震動。
背中からひっくり返る直前、とっさに受身の姿勢を取った為、腕を離れた花束が空中で散開。仰け反った身体の真上と周辺に、ばらばらと降り注ぐ。
「いったたた……。ああ~、びっくりしたあ」
「ヴィント、だいじょうぶ!? ケガしてない!?」
「うん。ちゃんと、うけみを取ったからヘーキ。どこもケガしてないよ」
腕はちょっと痛いけど、と、心配そうな顔で駆け寄ってきたナディアに、右手をひらひらと振って答える。
「良かったあ。ケガしたら、ダメなんだからね!」
「うん。ケガしたら、ダメなの。やくそくなの!」
だから、危ない短剣は鞘にしまっておかないと。
そう思って上半身を起こしたヴィントが、絨毯の上に転がっている短剣に手を伸ばした、瞬間。
「「ヴィント!? ナディア!?」」
客室の扉が、常には聴かない乱暴な音を響かせて、勢いよく開かれた。
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