[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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受け継がれし困ったさん

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 シュバイツェル王家の特徴は御存知だろうか。

 『脳筋』である。

 脳細胞から思考回路から、とにかく人格を形成するありとあらゆる総てが筋肉で作られているという、伝説級の力業ごり押し特化の自走式自爆兵器。

 『脳筋バカ』である。

 とても大切なことなので、言葉の意味ルビもちゃんと振っておく。

 シュバイツェル王家の長たる我が父王ダンデリオンは、歴代でも稀に見る直進しかできない『脳筋バカ』だ。
 どの程度なのかは、以下に記す事柄から推し量っていただきたい。

 あれは、そう。
 この私、第三王子ダールベルグ=シュバイツェルの十五歳の誕生日を祝う晩餐会での話だった。


☆★☆★ きらきらきらり~ん(回想開始の効果音) ☆★☆★


「時にダールベルグよ」
「はい、父上」
「最近、お前の周りがずいぶんと華やいでいるらしいな」
「(ぎくっ)……何の御話か、判りかねます」
「花は良い。賢しい狐狸こりを相手に疲弊しささくれ立った心を、その美しさと甘やかさで優しく癒してくれるものだ。良さを一度知ってしまえば、次なる香りを求めてしまう気持ちも、まあ解らなくはない。余には不要だが」
「はあ(貴方はグローリア母様が怖いだけでしょうに)」
「しかしな。癒してくれる花々に対して不誠実な男であってはならないぞ」
「不誠実ですか?(影の鷲を内縁の妻として囲っている貴方が言うか)」
「花々を美しく保つには水と光が不可欠だ。色がくすみ、萎れてきたとするならば、それは花々の手入れを怠ったお前の責任でもあると心得よ」
「……はい(誕生日を祝う席で何を聞かされてるんだ、私は)」

 家族揃って平らげた高級魚のフルコース。
 国外から取り寄せた稀少なノンアルコールのシャンパン。
 そっと置いたナイフとフォークの間には、ダールベルグが大大大好きな、マーマレード入りフォンダンショコラのバニラアイスとホイップ添え。
 白いクリームの上にミントの葉がちょこんと乗っているのも、個人的にはポイントが高い。

 だというのに。

 空気を読まない誰かさんの話のせいで、ダールベルグの気分は極彩色から白黒へとまっ逆さまに墜落した。
 美味しく頂いた総てが、胃の中で岩石に変化したようだ。
 重い。

「と、言ってはみたものの……誰かの手塩にかけられている花々しか知らぬお前には、この話の本質など、理解どころか想像も及ばぬであろうな」
「申し訳ありません(そう思うなら、こんな時に振らなければ良いのに)」
「そこで、ダールベルグに提案があるのだが」
「提案?(嫌な予感しかしない)」
「うむ」

 ダンデリオン王も両手を空け、妻二人と頷き合って、言った。

「シュバイツァー公爵家のヴィントかナディア。どちらかと結婚しないか」

「あんたらアホですか」


☆★☆★ てんてれてれて~ん(回想終了の効果音) ☆★☆★


 いや、解ってる。
 解ってはいるのだ。
 私とて、賢知の将グローリア=ハインリヒの血を継ぐ王子の一人。
 父上はともかく、グローリア母様とルビア王妃陛下が同意されていた話に何の裏も計略も無いなどと、危機感を海に棄ててきたかのような、間抜けな考え方は決してしない。命は大事だ。

 当時はシュバイツァー公爵家の財産と力、フィオルシーニ皇国との繋がりなどを狙って、国王夫妻にアプローチを仕掛ける国内外の王侯貴族が続々と現れ、後を絶たなかった。
 生まれたばかりの双子の存在や、王子の私から見ても常軌を逸した勢いでフリューゲルヘイゲンの言語や振る舞いを習得し、難易度が超右肩上がりの公務も着実に為し遂げていくシュバイツァー公爵の身の安全を図る為。
 異性との接触が増え始めた私を牽制する為にも。
 私とシュバイツァー姉妹の縁談は、至極合理的だ。
 政治の視点からも理に適ってはいる。
 問題はそこじゃない。

 一応、念のために申告しておこう。

 私、ダールベルグ=シュバイツァーは、現在十九歳。
 シュバイツァー公爵家の双子は、現在五歳である。

 お分かりいただけるだろうか。

 十五歳になったばかりの少年に、一歳女児との結婚を勧める親。
 せめて『婚約』を持ちかけるのであればまだしも、それすらすっ飛ばしていきなり結婚話を切り出す親。

 正気の沙汰ではない。

 結婚となれば婚約期間があるのは当たり前だから言うまでもないだろう、と言われればその通りなのだが、思春期真っ盛りの男子に、あれは無い。
 もう少し、私に配慮した話し方とかがあっても良かったのではないか。

 ちなみにあの話が出て以降、私には幼女趣味の嫌疑をかけられてしまい、異性との付き合いはことごとく失敗に終わった。
 当時八歳の末弟カランコエが、王宮の至る所で「兄君様は幼女がお好き」と無邪気に触れ回っているのを見かけた時は、これこそ晩餐会で切り出した真の目的か!? と疑ったものだ。
 純粋な恋愛を楽しめる青春期は、無情に撒かれた除草剤うわさで荒野と化した。
 おかげでシュバイツァー姉妹との結婚話が流れた今でも、私は清いまま。政略的婚約者の候補すら居ない、灰色人生の真っ只中である。

 以上の事柄だけでも、父上が『脳筋バカ』の称号レッテルに相応しい人間であると十分お分かりいただけるかと思う。
 が、話はここで終わらない。

 私が駄目ならとばかりに、今度はカ

「何を書いておられるのですか、ダールベルグ兄君様」
「ふゅわっにゃああああんッ!?」
「あ」

 背後から突然肩を叩かれたダールベルグが、驚いて飛び跳ねた猫のように椅子から転げ落ち、日記を床に広げてしまった。
 起き上がったダールベルグよりも素早く日記を拾い上げたカランコエは、書かれている内容を瞬時に理解し、心配そうに眉尻を下げる。

「ダールベルグ兄君様。政治が絡む私感を形に残してはならないと、母様に厳命されていたではありませんか。駄目ですよ。利用されてしまいますよ」
「解ってる! 解ってるから見ないで読まないで忘れてお願い!」
「もう……困った御方ですね、兄君様は」

 見逃すのは今回限りですよと言って日記を閉じ、右膝にすがりついて懇願するダールベルグに返してあげる、七人兄妹の末子カランコエ・十二歳。
 怒りか羞恥か、真っ赤な顔で日記を抱き込む兄を、出来が悪い子供を見る目で、やれやれと見下ろす。

「というか、そこまで書き込んでおられるのに、兄君様はまだ父君様の話を理解されていないのですね。工作するまでもなかったのかな」
「は?」
「私達の中ではダールベルグ兄君様が一番父君様と似ているのに、兄君様が最も理解に遠いとは。皮肉な話です。そんな兄君様だからこそ、私が好機を得られたのでしょうけど」
「??」

 両親から受け継いだ黒紫色の虹彩を潤ませ、瞬くダールベルグ。
 彼と比べて赤みが強い葡萄ぶどう色の目を細めたカランコエは、肩を持ち上げて苦笑い、首を緩く振る。

 と。
 カランコエの手で開け放たれていたダールベルグの部屋の扉から、少女の元気一杯な声が飛び込んできた。
 そちらを見やったカランコエが、穏やかな笑顔と口調で答える。

「カーラ、カーラ! ダルル、いたー?」
「うん。兄君様はここに居たよ、ヴィント嬢」
「良かった~! ダルル、ダルル! あのねー、とうさまとかあさまがね、みんなにおみやげをもってきたのー! みんなしょくどうにいるからねー、ダルルにもねー、きてほしいのー!」
「お、おみやげ? シュバイツァー公爵の?」
「シュバイツァー公爵からの、おみやげですよ。ダールベルグ兄君様」

 ヴィントの言葉に反応したダールベルグをその場に残して一歩踏み出したカランコエが、ふと立ち止まり、考えるような仕草をしたかと思えば、息を吐いて肩越しに振り返った。

「兄君様。貴方は、父君様と母様の過去を学ばれるべきだ」
「へ? 父上と、母様?」
「美しさは共鳴によって磨き合うもの。夢幻の世界でのみ得られる黄色の花ではなく、目の前にある自分の畑と自分だけの種が見つかると良いですね」
「…………ッ!」
「後々気付いても、風は絶対に譲りませんので。悪しからず」

 軽く一礼したカランコエは、部屋の一歩外側で待ち構えていたヴィントをエスコートしながら、食堂へと立ち去った。

 二人の騎士に扉を閉められ、室内に一人で取り残されたダールベルグ。
 蒼白な顔色で愕然と唇を開き、まん丸な目で日記と扉を交互に見つめる。

「…………ヤバい…………あいつ、マジモンの幼女趣味っ…………!?」

 それはダールベルグにとって、見透かされた本心を誤魔化すための戯れ言であり、動揺を隠すための冗談のつもりだった。
 十二歳の子供が五歳児を相手に本気で結婚を考えていて、歳が離れている実兄に対して独占欲から牽制を噛ますなど、まさかそんなことがあるなんて考えてもいなかったのだ。

 しかし、カランコエは本気だった。

 そう遠くない未来。
 カランコエとヴィントは、シュバイツェル王家とシュバイツァー公爵家から公認を受け、正式に婚約関係を結ぶ。
 カランコエの忠告に従って父と母の過去を一通り調べたダールベルグは、まるで当時の両親を再現したかのような手際でまんまと婚約者を手に入れた弟に戦慄を覚え、思いっきりドン引きした。
 同時に、父と弟への印象を、脳筋バカから腹黒へと改めたという。

 果たしてシュバイツェル王家真の困ったさんは誰へと受け継がれたのか。
 判定できる人間は、居ない。


 
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