[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第五話 ありえない公布

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 オーリィード・シュヴェル・シュバイツァー。
 レクセルにとって、彼女は不思議な女性だ。

 オーリィードとレクセルが一番最初に顔を合わせたのは、およそ三年前。
 ベルゼーラ軍が占拠したウェラント王国の王城内にある、謁見の間で。
 表向きのリブロム王として玉座に座っていたレクセルの元へ、宮廷騎士の装いで現れた彼女は、やはり宮廷騎士の制服を着ていたアーシュマーリブロムと共にリブロム王への叛意を唱え、ベルゼーラ軍に追われる形で、王城を去った。

 次に見かけたのも、ウェラント王国の王城内部。
 ベルゼーラ軍の騎士に加え、リブロム王の軍門に降ったウェラント王国の騎士達とも剣を交えながら、宮殿の上層階にある王妃の寝室に囚われていたサーラ王女を連れて廊下を駆けていく、数十人のレジスタンスの中で。
 オーリィードの黄金色の髪は一際輝いていた。

 その次は、ウェラント王国の王都にほど近い大森林の奥に隠れた町の中。
 リブロム王に反感を抱いていた町長がレジスタンスに貸し与えた家から、森の中にある伐採場へ。
 担ぎ出されたサーラ王女を取り戻す為にレクセルを追いかけてきた彼女の小柄な身体の俊敏さとしなやかさ、サーラ王女に何をしたのかと、眼光鋭く睨みつけてきたすみれ色の虹彩は、リブロムに操られた意識にも印象的で。

 だからこそ、本来の姿リブロムに戻ったアーシュマーの短剣に脇腹を刺されて気を失う弱々しい姿は、もっと印象が強かった。

 リブロムの腕の中で眠らされた彼女は、宮廷騎士というより、折れかけた花に見えた。
 元々の色も分からなくなるほど踏み荒らされてボロボロになった、とても小さな花。

 そんなオーリィードをレクセルに託し、『彼女を護れ』と言い残して立ち去ったリブロムの背中には、ベルゼーラ王国の王宮に居た頃は感じなかったがあった。
 それが何なのかは、それから約一ヶ月後に目を覚ました彼女と直接言葉を交わしてみて、少しだけ解った気がしている。





「大丈夫。もう、大丈夫だ」

 約四ヶ月前。
 目覚めたオーリィードの顔を見た瞬間、リブロムの催眠術が解けた瞬間にレクセルを襲ったのは、正気を見失うほどの罪悪感。
 それまでは薄い膜の向こうに見えていた映像が、いきなり形と熱を持って目の前に現れたかのような、凶悪すぎる実感だった。

 意識を操られていたとはいえ、自らの手でベルゼーラ国王を、実の父親を亡き者とし。噂程度に伝え聞いていた評判と、外見的特徴や名前くらいしか知らなかったウェラント国王の首にまで刃を通した。

 自分が、この手で。
 人間を、二人も、殺した。

 底が見えない真っ黒な闇に足下から引きずり込まれていくような恐怖と、身体の内側まで凍り付いたような寒気。
 天も地もなく渦を巻く猛烈な吐き気に、涙も悲鳴も止められなかった。

「怯えなくていい。お前は悪くない」

 おそらく、振り払おうとした。
 人間を斬った感触が怖くて、逃げたくて、寒くて、おぞましくて。
 どこでもない場所へ隠れようとして転び、這いつくばり、壁に背を預け、腕も足も無我夢中で振り回した。
 抱き締めてくれる腕さえも恐れ、振り払おうとして、何度も何度も彼女を殴った。数え切れないほどに蹴った。

 それでも、オーリィードはレクセルを抱き締めていた。
 抱き締めて、頭や肩や背中をさすっていた。

「お前は、何も、悪くない」

 暴れ疲れたからか、彼女の腕が温かかったからか。
 自分自身の荒れた呼吸と乱れた心臓の音が聴こえ始めて、ようやく彼女の存在に気が付いた。

 オーリィードは、唇の端を切っていた。
 彼女の呼吸と両腕が微かに震えていたのは、リブロムに刺された傷口を、レクセルが蹴っていたからだった。

 彼女の腹部に、白いシャツに薄く滲んだ赤色が怖くて。
 今にも事切れてしまいそうな蒼白い顔色が怖くて。
 死を連想させるすべてが怖くて。
 けれど、レクセルが恐慌状態に戻らなかったのは、オーリィードが無理をしていると一目で分かるくらい、無理矢理に微笑んでいたから。
 レクセルを安心させる為だけに、彼女自身の傷や苦痛や涙は押し隠して、レクセルの心を包み込むように、優しく微笑んでいたからだ。

「大丈夫」

 頭を撫で、背中をさすり、額に口付け。
 気持ちが落ち着くまで抱き締めてくれていた、満身創痍で気高い彼女は、勇ましい女性騎士でも、折れかけたボロボロの花でもなくて。

「もう、大丈夫だ」

 それだけが、レクセルの理由になった。

 それ以外は、何も知らない。
 オーリィードの生まれも育ちも趣味嗜好も、ベルゼーラ軍が攻め込む前のウェラント王国でどんな風に生活していたのかも。

 本人の話では、元々宮廷騎士団の隊長でサーラ王女に仕える騎士だった。王城を追われてから少し後にレジスタンスとして活動を始め、現在に至る。『アーシュマー』とは単なる仕事仲間だった、とのことだが。
 それでどうして、あれほど多くの見えない傷が、オーリィードにまとわりついて見えるのか。
 いったい何が、あんなにも彼女を傷付け続けているのか。

 リブロムも、王位継承権絡みで恨んでいた筈の異母弟レクセルに『彼女を護れ』と命令するくらいなら、何故オーリィードを裏切るような真似をしたのか。
 自ら敵であると宣言して、オーリィードに刃まで突き立てておきながら、彼女への敵意などは欠片も見せていなかったのに。





 宅配センターの仕事を終えたレクセルは、その足で中央広場へ向かった。
 気温や明度が落ち込む夕暮れ時にも拘わらず、人々の波は絶え間なく道の上でさざめいている。

 王都に入って四日目。
 そろそろ、貴族が通う店にも出入りできるだけの資金を確保したいところだが……

「シュバイツァー伯爵って、リステル地方の貴族でしょ?」
「うん、確かそう」

 ふと、すれ違った女性二人の会話が耳を衝く。
 覚えがある名前に思わず振り返り、礼儀に反する行いだと恥を感じつつも聞き入ってしまう。

「なんか最近、しょっちゅう聞いてる気がしない?」
「それ多分、前の王妃様の関係だよ。ほら、一時期王室の醜聞だって、皆が騒いでたヤツ!」
「んー……ああ! そういやあったね、そんな話」
「偉い人達って、本当ヤだよねー。倫理観とか道徳心とかは無いのかしら。気持ち悪い!」
「ねー」
「あ、あの! すみません!」

 ただ盗み聞きしていても、詳細は話してくれそうにない。
 レクセルは女性二人に声を掛けた。

「「はい?」」

 突然話しかけられた二人は、訝しげに振り返り。
 それなりに整ったレクセルの容姿と、柔らかい物腰で気を良くしたのか、かつてのウェラント王国にあった数々の噂に加え、今朝公布されたばかりの内容を事細かに解説してくれた。

「……ありがとう、ございます」
「「いいえぇ、こちらこそ!」」

 良い物を見ちゃった~っ、と無邪気に笑い合う女性二人の背中を見送り。
 しばらく茫然と立ち尽くしていたレクセルは、拳をぎゅうっと握り締め、中央広場へと駆け出した。

 辿り着いた先の看板には、遠く離れた場所からでも見間違えようがない、とても大きな文字で、

『祝事の掲示。ウェラント王国、並びに、ベルゼーラ王国の国長であられるリブロム・アーシュリマー・フロイセル陛下の愛妾として、以下の者を後宮牡丹の宮に召し抱える』

『シュバイツァー伯爵家長女、シウラ・ルーヴェル・シュバイツァー』

 と、書かれていた。


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