【R18】逆さの砂時計

梅見月ふたよ

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外伝

少女怪盗と仮面の神父 40

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 真っ黒な空に浮かぶ白い月。ゆったりさらさらと流れる河。
 動かない騎士達と王子と神父に、動けない暗殺者と怪盗と負傷者。
 殺気と悲嘆が飛び交う異様な空気の真ん中で。
 制止を振り切った刃だけが、動けない獲物に向かって上から下へまっすぐ……

 下りなかった。

(……え?)

 ミートリッテの声と重なった絶叫。
 口を開いて茫然としているイオーネの顔。
 中途半端に前のめりな姿勢で固まったハウィスを何事かと凝視すれば。
 イオーネと彼女イオーネを押さえ込んでるアーレストとハウィスの間に割り込んだ小さな人影が、剣を構えたハウィスの右腕にがっちりとしがみついている。

「ダメ!」
「な……っ ど、どうして、あなたが、ここに」
「殺しちゃ、ダメ‼︎」

 小さな影は、月明かりを弾く金色の長い髪を振り乱し。
 日常では聞いたためしが無い大きな声で、くり返し叫んだ。
 その女の子らしい高い声を聴いてようやく、影の正体に気付く。

「……アルフィン⁉︎」

 暗殺組織に隠されてしまった少女が突然現れ。
 イオーネを斬ろうとする刃の前に飛び出した。

 考えるまでもなく、ベルヘンス卿の仲間達に助けられて、ここまで来たのだろうが。一歩間違えればアルフィン自身が斬られる可能性もあったのに。
 なんて危ない真似をするのか。

 肝を冷やす大人達には構わず。
 アルフィンは、イオーネを殺すなと一所懸命に訴え続ける。

「アルフィン……」
「っ、退きなさい、アルフィン! お前が口を挟んで良い場面ではない!」

 言葉を失い、うろたえるハウィスとは正反対に。
 イオーネは怒声を張り上げ、アルフィンの小さな背中を睨みつける。
 が。
 アルフィンは殺気が混じる叱責にも動じず、嫌だと何度も頭を振った。

「イオーネさんは私に優しくしてくれた! 笑いかけてくれたんだもん! ハウィスさんがイオーネさんを殺すなんて、そんなの嫌だ!」
「アルフィン!」

(……優しく、された……?)

 初めて聞く少女の涙声に、先刻見届けた一幕を思い出して眉をひそめる。
 アルフィンはイオーネに傷付けられ、怯えていた。
 優しくされたと言うのなら、きつく閉じたあの目蓋は。
 細い腕に伝い落ちていた血はどういうことだ。

「何を……アルフィンに何をしたの、イオーネ! なんでアルフィンが」

 まさか、エルーラン王子みたいに暗示か何かを仕掛けたのか。
 ミートリッテが非難めいた口調で問えば、アルフィンが即座に否定する。

「イオーネさんは何もしてない! 刃物は怖かったし、手首を掴まれた時はちょっと痛かったけど……でも、それだけだよ⁉︎ 神父様と一緒に、ご飯を食べたり、私の本当のお母さんの話をしてくれただけ!」
「ちょっと痛かった⁉︎ 血が流れ落ちるほどの怪我をさせられたのに⁉︎」
「私の血じゃないの! あれは」
「黙りなさい、アルフィン‼︎」

 じたばた暴れるイオーネを背に、アルフィンは右手を精一杯高く掲げ。
 想像もしてなかった内容を答えた。

「あれは! ! イオーネさんが家に来た時、私が、私なんか誘拐しても役に立たないよって言ったから! じゃあ、私の価値を証明してあげるって……私が傷付けられたら、村の皆がどんな顔をするのか教えてあげるって言って、それであの時……だから!」
「アルフィン‼︎」
「イオーネさんは悪くないの!」

(イオーネは、アルフィンを傷付けてない? あれは、イオーネの血?)

「何を……いつまでボサッとしてるの、ブルーローズ! 早くアルフィンを連れて行きなさい! 邪魔よ! そんなに仔猫を殺されたいの⁉︎」

 もがくイオーネ。動けないハウィス。
 動かない騎士達と、動かないエルーラン王子。
 イオーネを拘束したまま動かない……アーレスト。
 アルフィンが傷付けられたと憤ってたミートリッテに対し、不思議そうに小首を傾げた『聖職者』。

(あの人は、私の後ろに居た。夜目が利くあの人にはちゃんと見えた筈だ。イオーネの刃が誰を傷付けたのか。誰が、血を流していたのか)

「……おにいさん」

 ハウィス達を見ながら、怪盗の背中を抱えている騎士に話しかけると。
 彼は抵抗をやめたミートリッテに合わせて、少しだけ腕の力を弛めた。

「もうすぐ成人を迎える君にそう呼ばれるのは、なんとも複雑な気分だよ。離せとか言うのはナシだぞ」
「アルフィンの右手首。見えますか」
「……ああ。リアメルティ伯爵が盾になってて、少ししか見えないが」
「怪我してるように見えますか? 変に汚れてたり、何か巻き付いてたり」
「汚れとやらが流血跡を示してるなら、無いな。傷は暗くてよく見えない。服と靴以外は着用してないと思う」
「そう……、ですか……」

 切った直後に筋を成して滴り落ちる量の出血だ。
 放置した場合は、腕も服も酷く汚れ。
 治療した場合は、手首に何かが巻き付いている筈。
 どちらでもないとすれば、それは。

「おにいさん」

 右肘を曲げ、指先でベルヘンス卿の腕にそっと触れる。
 肩で振り向いて真顔を傾げる相手に、騎士は疑わし気な半眼を返した。

「嫌な予感しかしないんだが、一応尋いておこう。なんだ?」

「貴方の秘密を知っている」

 一瞬。
 青年の顔が盛大に引き攣った。

「………………代表的かつ、古典的な脅し文句だな。で? どんな秘密?」
「ご主人様に付けられた二つ名が、忠犬の皮を被った幼女偏愛症重篤患者。略して『むっつり変態』」
「ど・お・し・てっ! くだらない口喧嘩を一番に思い出すのかな君は⁉︎ てか、聴こえてたのか、あれ!」
「私の耳元で騒いでいたのに、聴こえてないと思うほうがおかしいです。で、アルフィンがハウィスを止めてる間に彼が来ちゃったら今度の二つ名はどんな物になるのでしょうね。ヒンニュウスキーとか、絶壁愛好家かな」
「事実無根にもほどがあるよ! 名誉毀損で訴え出ても良いかな、俺⁉︎」
「この体勢の目撃者が多数存在する件について」
「お仕事! これは、あくまでもお仕事だから‼︎」
「変態の公私混同は至極さりげないモノらしいですネ。お医者さんごっこ、転じて本職の医師へ」
「どこで入手してきた、そんな低俗ネタ!」
「なお当然の成り行きですが、どさくさ紛れに乙女の初めてを奪われた件もしっかり思い出しています。そう、あれはピッシュさんの農園で仕事を頂く少し前でしたね。シャムロックを終えて村へ帰ったあの日、貴方達と一緒に剣術の訓練? をしていたハウィスが血を流して倒れ込んだ瞬間に遭遇し、驚きのあまり動けなくなった私を、大勢で取り囲んで……無理矢理……っ」
「人工呼吸や心臓マッサージなどは数に含めないでくださいっ! 緊急時の蘇生処置まで非難されるわれはなーいっ!」
「可哀想なおにいさん。年齢差一回りは余裕な子供に、隙間なくぴったりと体を寄せ、鼻息荒く興奮してしまったばっかりに」
「興奮の意味が大分歪んでるしっ! 安全上の捕縛を、いかがわしい表現に置き換えないでくれ! わりと本気で、騎士団の品位と士気に関わるっ! 捕縛対象が毎回女性であるとは限らないんだぞ⁉︎」
「まあ! 騎士の方々はそういう……なるほど、誤解されたくない気持ちはよく解りました。衆道は理解を得られにくいと聴きますしね。大丈夫です。世界は広いし、理解者は必ずどこかに居ますよ。……多分?」
「今の流れでどうしてそうなる! 無駄に良い笑顔で火薬玉を投げつけるのやめてくれるかなあ⁉︎ 君に同性愛者だ! とか言われたら、ウチの連中が全員泣くぞ! むさくるしい男共が、狭い室内で肩を並べて鬱陶しいくらい本気で泣くんだからな⁉︎」
「おにいさんは?」
「は?」
「私に同性愛者だって思われたら、おにいさんは、泣く?」
「え、……あ?」

 ベルヘンス卿の左肘から手首にかけてを滑るように撫でて、袖口を握り、不安気な上目遣いで尋ねるミートリッテに

「ああ~……もう、本当に……、どこで覚えてくるんだ? 色仕掛けとか、悪質すぎるだろ……」

 彼は、げんなりとぐったりとうんざりを合わせた顔で渋々虜囚を解放し、空いた両手のひらを耳横へ持ち上げた。
 その手のひらを確認し、ミートリッテは申し訳なさそうに苦笑う。

「正直、こんなにあっさり引っ掛かってくれるとは思わなかったんですが。色仕掛け認定、ありがとうございます。大体は貴族の屋敷周辺ですかね? お金と地位は多種多様な人間を呼び寄せるみたいで、散歩するだけでも大変勉強になります」
「南方領貴族の情操教育を一から叩き直させてやる。絶対だ」
「いたいけな女子供には心強い意気込み。素敵です」
「嬉しくない」
「弱者保護の面で期待も込めて誉めたんだけどな。残念。とりあえず、三歩下がってくれますか? みんなも、私に近寄らないで。少しでも動いたら、切るよ」

 ベルヘンス卿から掠め取った果物ナイフ程度の小さな短剣をミートリッテ自身の首にいながら、騎士達を牽制。
 背後に三歩分の足音を聞き届けてから、前へ進む。

「ミートリッテ、なにを…… っ⁉︎」
「ハウィスも動かないで。……ごめん」

 ハウィス達には、ウェミアの首切り自殺を目の当たりにした過去がある。
 首元に凶器を添わせる女の姿など、恐怖以外の何物でもないだろう。

 ギチッと音を立てて石像と化したハウィスを横目に。
 それでも刃は皮膚に当てたまま、離さない。

「……なんのつもり?」

 怪訝な表情を浮かべるイオーネの斜め前。
 王子とハウィスの間にしゃがみ込み。
 アルフィンの手首を掴んでいた、イオーネの左手を見て……

 にっこり笑う。

「私、シャムロックなの。同時に、山猫とも呼ばれてるわ」
「…………?」
「いろいろ調べたみたいだけど、これは知ってるかなあ? シャムロックの実態はブルーローズの模倣犯だったのよ。ブルーローズと違って単体だし、手段はいろいろ変えてたけどね。だからこそ、彼らに比べると出来が悪くて根性も汚い。高潔な青い薔薇達は過ちを知り、諦めと絶望を学んだ。でも、下賤げせんな山猫にしてみれば、知ったこっちゃないのよ。そんなモノ」

 にやり。
 イタズラっぽく歪む唇を見て、イオーネの瞳がやや大きくなった。

「……ハウィスを護る為に、お前が私を殺す、という話かしら?」
「いいえ。欲張りな泥棒猫は何一つ諦めない。と言ったの。シャムロックの最後の獲物は、『あなた』。バーデルからイオーネを盗んで、アルフィンの笑顔を取り戻す」
「は?」
「「「は?」」」

 イオーネの呆れ声を拾い、騎士達の間抜けな声が唱和する。

「ついに頭がおかしくなった? 私をこの場で殺さない限り、バーデルが」
「うん。時間が無いのは確かだと思うし、サクサク行くね。
 まずはエルーラン殿下。向き合いもせずに、非礼ながらお尋ねします。
 貴方にとっての私は『何』ですか?」

 アルフィンの乱入にも静観を決め込んでいた王子は。
 「うん?」と首をひねり、ふっ……と笑った。

「『厄介な愛しいバカ娘』」

「わーいありがとうございますこんちくしょう! どうせバカですよっ! あ、今の暴言は親の愛で聞き流してください」
「ぎりぎりだな。次は無い」
「胸に刻みます。では。この状態の私が傷付くとかなりの確率でハウィスが使い物にならなくなり、必然的に後ろの面々も役立たずへと降格しますが。娘の我がままを叶えて戦力維持か、娘も手札も失くして結果生じるであろう数々の面倒事解消に奔走するか。お父様はどちらがお好みですか?」
「罪人を裁くのは、権力を預かる貴族が果たすべき務めだぞ」
「知ってます。でも、時間が無いって言ってるのに、わざわざ今こんな所でやらなくても良いでしょう? どうせバーデルの関係者は彼女のことなんか知らないんですから、優先度は低い筈です。後回しにしてください」
「義賊の被害者でもあるイオーネの断罪は、同時に義賊への裁きでもある。罪を犯せばそれ相応の苦痛を背負うのは当然で、お前が義賊の罪を自覚した今こそが、その時に相応しいと判断した。私の決定に反して延期するなら、責任放棄の罪状を追加するが?」
「それ、言い換えると、イオーネの断罪は『貴族で義賊』の義務ですよね。でしたら、次期伯爵でシャムロックな私が彼女を裁くのはアリですか?」
「なっ、…………ミートリッテ⁉︎」
「通常なら世代交代寸前でもない限りありえない話だが、ハウィスはお前に責任を負わせたがらない。故にお前が職務を遂行する様は、ハウィス達への苦痛、罰に繋がる。よって、アリだ。元々、執行さえすればどちらの手でも構わないんだけどな」

 驚いたハウィスが半歩退くのを見て、あっさり頷くエルーラン王子。

(よしっ! 言質は取った!)

「お、お待ちください、殿っ……」
「リアメルティ伯爵が後継ミートリッテ=インディジオ=リアメルティ! エルーラン殿下公認の下、初任務を果たさせていただきます!」

 物言いたげなハウィスを宣言で黙らせたミートリッテは、切迫してる筈の状況にそぐわない自分の笑顔を、不快感あらわなイオーネの瞳に映し見た。

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