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外伝
無限不調和なカンタータ Ⅵ
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「ふわわぁ~~……。可愛いぃ~~」
薄い桃色が混じる、白金色の体毛を持った小鳥。
それを両手のひらに乗せて間抜けな歓声を上げたのは。
改めて言うまでもなく、もちろんカールだ。
『堕天の協力には感謝するが、何故お前達と行動を共にせねばならぬのだ』
「嘴がパクパク動いてるのに、耳奥で聴こえてるのはちゃんとした人間の言葉だなんて。不思議だねぇ」
『話を聴け』
私は、森の中でも比較的長寿と思しき大木の枝に背中を預けて寝転がり。
まったく噛み合わない会話を横目に、くわぁーあと欠伸を一つ。
今朝も、葉っぱの波に揺れる空が青い。
「良いんじゃないかなあ。皆で一緒に居るのも楽しいよ? メレテーさんが見てた世界も、この姿でなら思う存分体験できるだろうし」
『それは、そうかも知れないが』
きゅる? と、首を傾けながらカールを見上げるアオイデー。
肉団子から人型に戻った女神は今や、外見も鳴き声も小鳥そのものだ。
『音』を使って会話しなければ、白っぽいカナリヤか何かでしかない。
「グリディナさんて、すごいよね。こんなこともできちゃうなんて」
ふふん。
そうよ。
この私が、わざわざ、『音』の力で変容させてやった温情。
ありがたく思うが良い。
極端に力を抑えたその姿なら、天上世界に居る神々には見つけにくいし。
仮に見つかったとしても、悪魔の力で変容させてるからね。帰りたくても帰れなかったんだろうってことで、即刻殺される心配もまず無い。
ついでに、カールが一緒に居れば人間の狩りからも護れる。
私にしちゃ破格の厚待遇なんだから。
感謝はされても、文句を言われる筋合いはないわ。
決してっ!
思い出話に付き合ってやってた一晩中、木を挟んで背中合わせに隠してたアオイデーの全裸でそわそわするカールに苛ついたからじゃないわよ?
ええ、決して!
『業腹ではあるが、グリディナの力は、私よりも格段に優れているからな。音を物質的圧力と捉えている私とは違い、構成の一部として配列に干渉……つまり一定方向に連鎖する『音』ではなく、『言霊』の性質に近いんだ』
「『言霊』?」
『魂の概念は知っているか? 幽霊やら霊魂と言い換えても良い』
「それなら……死んだ人の思念、とか?」
『そんなものだな。厳密に言う魂とは、目に見えぬ空気よりも、更に小さな物質の集合体、その大部分を指す』
「空気よりも小さな物質? 空気って、大きい小さいで表現する物なの?」
『空気が物質でなければ、木の枝葉や草花を揺らす風は何だというんだ? 現象とは、物質があってこそ成り立つ結果だぞ』
「あ、そっか」
『細かい理窟は置いておくとして、今はとりあえず空気自体が小さな球体の集まりで、その球体の集まりが動けば風になるのだ、と考えれば良い』
「ん~。その球体よりも小さい物質が集まって出来てるのが魂なんだね?」
『そうだ。魂を形成するその極小な物質の一つ一つが、濃い生命力と意思に近しい方向性を持ち、それによって物質同士の衝突や競合等での集合体化が世界中、いつでもどこでも常に起きている』
「んんん~~……泥を丸めて大きくしていくとか、そんな感じ?」
『自主性の有無を除けば、その解釈でも間違ってはいないな。結果、一定の大きさを得た集合体は、密度や性質が似て異なる別の集合体と引かれ合い、既に完成されている生物の肉体に根を下ろすことで、新しい体を発芽させる種子となる』
引かれ合うというより、分別? かしら。
小さい物は大きい物の間をすり抜ける、的な。
『やがて親の情報を取り入れた種子は、成長の過程で外殻と体を動かす為の運動熱量、それを全身に循環させる司令塔ながらも、体とは別で経験による記憶を記録する気流に分かれ、全部で一個の生命体として活動する』
「魂と生命力って、別物なんだ?」
『別物だ。故に、常であれば、何らかの理由で熱量と気流が分断された体は病気などでの故障状態となり、体の致命的な損傷は、気流を循環の外側へと流出させ、散逸させる』
散逸?
ああ、そうか! だから、死際に『ザザーッ』って音が聴こえるのか!
あれは、魂を形成していた物質の一部が体から溢れ出る音だったのね。
『音』を特性に持ってる私だって、実際には空気……
伝達物質の構成を、目で捉えてるわけじゃない。
あくまでも耳と肌と周囲の変化で、動きを感じ取ってるだけ。
その空気よりも小さい物質の個なんて尚更、目に見える筈がない。
悪魔の目に映る魂。
人間がごく稀に見る、生前の強い意思の具現。
それは、集合体としての密度と構成の質に関係してたのか。
なるほど、……って……
神に教えられるとか、屈辱すぎるーつ!
答えが解ってすっきりしたけど、イライラ度は急上昇よ、チクショウ!
『『言霊』は魂を支配する力と称されているが、その実態は『物質の個々に方向転換を働きかける力』。
昨夜までの私が、物理的に殴るような形で無理矢理器を崩していたのとは違い、グリディナは『波』と同じ原理を使いつつも、体と魂を構築している物質の個々に自主変化を促しているのだろう。
間違いなく群を抜いた力量なのだが……ここまで来ると、果たして本当に『音』特性と呼べるのか、甚だ疑問だ』
……ん?
だろう?
なんか、微妙に曖昧?
「もしかしてアンタ、死際に聴こえる音が拾えてない?」
『死際に聴こえる音? 何の話だ』
カールの手のひらの上で、ちょんちょんと軽く跳ね。
上半身を起こした私に向き直る小鳥。
小さな瞳がきょとんと瞬く。
やっぱり、アオイデーにはあれが聴こえてないんだわ。
てことはコイツ、組成を理解してるってだけで、物質の個の存在自体は、音としてさえ確かには掴めてないのね。
なんとなーく、あるような無いような? 程度に感じてるくらいか。
ふぅーん。
いや、別に心地好い音でもないし、聴こえて嬉しいものでもないけどさ。
神にも無い力とか、ちょっと優越感。
「……じゃあ、魂の消滅とか、死ぬって言い方は、微妙におかしくない? 単に、大きな塊がバラバラに散って物凄く細かくなるってだけだよね? 消えていくんじゃなくて、見えなくなるだけ、ってことでしょう?」
その表現は身もフタも無いわよ、カール。
『お前は、爪の先で摘むのも難しいほどの小さな砂粒を、岩石と呼ぶか?』
「言わない」
『要はそういうことだ。体を得た集合体の多くは、散り散りになった瞬間、個に戻る。そして世界中に散っている他の物質と混ざり、分散し、まったく同じ集合体の形成は二度とない』
「二度と……」
『それにさっきも言ったが、物質は一つ一つが生命力と意思を持っている。つまり全生物の生体活動や物質同士の反発と衝突でも確実に損傷を蓄積し、やがて消える。悪魔に喰われるまでもなく、生命体としての終わりを迎えた魂、心、存在は、確かにその時点で消滅、死ぬんだ。そうでないなら、誰も死を悼んだりしない』
悪魔がエサとして喰らう魂の正体。
それは、濃い生命力と意思のようなものを併せ持った、目に映らないほど小さな物質の集まり。
物質は、ただそこに在るだけで損傷を蓄積し、方向性も乱れていく。
となると、処女や童貞の魂や生命力が極上の栄養になるのは、性交による物質の衝突と反発での大きな欠損や乱れが無いから?
気流の方向性と密度の純度に関係してるのかしら。
「んぬー。君自身も見えてないっぽいのに、どうしてそんなに詳しいの? 神様だから?」
『さあな。神々が一様に理解してるのかと尋かれればそれは違うらしいが、ならば何故私が詳しいのかと問われても困る。気付けば既に知っていたし、実際にそう感じるから、としか答えようがない』
いちいち体の向きを変えるのが面倒になったのか。
アオイデーは顔だけでカールに振り返った。
「あら。神にもあるのね、そういう感覚。私もたまにあるわよ? なんでか分からないけど知ってる、ってヤツ。誰かから教わった覚えも、知りたくて関連情報を掻き集めた記憶も無いのに、いつの間にか理解していたなんて。なかなか不気味よねぇ」
『不気味とまでは思わんが。おそらく、察知能力や情報処理能力や推理力、といった物の類いなのだろうな』
「人間の僕も、たまに「あれ?」って思う時あるよ。でも、それって……」
「『?』」
珍しく難しい顔をしたカールが うーん と唸る。
「今の話が事実だとしたら、一度体を失った魂でも、ある程度固まったままほんの少しだけ新しい物質を取り込んだ状態で別の生物の体に宿れば、また新しい体を作れたりするよね?」
『無い。とは、言い切れないな。種子となる集合体が、その時点でどれだけ消耗しているかにもよると思うが』
「だったら、体を失う前の記憶……気流の記録? が、新しい体に残ってる可能性もあるんじゃない? もちろん、全部じゃなくて部分的に」
『気付いた時には知っていた私のこの知識や理解が、私以前の誰かによって蓄積された魂の記録ではないかと、そう言いたいのか?』
「うん。こういうのって知識だけじゃなくて、一度も行ったことはない筈の場所なのに見覚えがあるとか、初めて聴いた筈の歌なのに懐かしいとかも、たまーに感じたりするでしょ? だから君の話を聴いて、ひょっとしたらと思ったんだけど。考え方が強引すぎるかな?」
木漏れ日を映す金色の頭が、こてんと傾いた。
『ありえなくはないが……物質は、集合体を形成する段階で変質するんだ。当然、生命力が強い個に引きずられる形でな。生前の密度と割合を重視してさもあろうと仮定しても、新しい成長の最中で培う記憶に書き換えられると考えるのが自然だろう。それも、かなり早めに。いつかは命も尽きる物質の記録領域が無尽蔵にあるとは思えん』
手入れのつもりか、片翼を持ち上げて内羽根を突き出したアオイデーに、カールはちょっと残念そうな表情で「そっかあ」と呟く。
「なにあんた、誰かの記憶が自分に残ってたら良いのにとか思、ったのね」
「うん。僕だけじゃなくって、この世界に生まれた生物、皆にね。それならメレテーさんとアオイデーさんもいろんな人達も、生死を超えて、すべてに繋がってる気がするでしょ? 誰も寂しくならないかなーって」
カールがこんな風に考えるのは、短命な人間だからこそなのかしら?
私は嫌よ。自分以外の誰かの記憶が、自分の中にあるなんて。
未練がましくて鬱陶しいし、見張られてるみたいで気持ち悪いじゃない。
潔く消えてくれたほうがスッキリするわ!
『お前は本当に……つくづく変な奴だな? 自分で襲っておいてなんだが、私達の事情にお前は関係なかったんだ。もう危害を加えるつもりはないし、私に気を配る必要も無いんだぞ?』
「わっ、わっ」
アオイデーが、小さな翼を広げて両手から飛び立ち。
カールの前頭部より少し上に、ちょこんと乗っかった。
覗き込まれると、頭から滑り落ちそうで怖いのか。
目だけで見上げてる男の、なんて情けない顔。
空いた両手があたふたと宙を泳いでる。
鳥ごときに遊ばれてるんじゃないわよ、ったく。
「んとね。でも、僕は皆で楽しそうにしてるほうが良いから。辛いこととか悲しいことがあるのは、もうどうしようもないけど、それも踏まえて楽しく生きられたら良いなって。何かの力になれるわけでもないのに無責任かな」
「カぁあールぅ? 早くも昨日の言葉を忘れたのかしらぁあ?」
卑下は私への喧嘩叩き売りと受け取るわよ、と半眼で睨みつければ
「ううん。でも、僕を必要としてくれたのは、これまでではグリディナさん一人だけだし。今の僕には歌くらいしかないけど、歌だけじゃ変えられない物事がいっぱいあるでしょう? そういう意味」
意外と冷静な返しできたわね。
ちょっと驚いた。
『『敵を無力化する』という点においてなら、お前ほど有力で強力な者も、なかなか存在しないのだがな』
「そうなの?」
『大抵の悪意は、心体問わず、どこかしらの歪みから生じるが、お前の歌はあらゆる歪みを正すもの。戦意喪失には、この上無い武器だぞ』
アンタもそれにやられたんだものね。
すっごい説得力。
「そのわりには僕、グリディナさんを怒鳴らせてばかりいるような」
『あれは種族的な標準装備だ。基本、悪魔は論戦に耐えうる頭脳を持たない代わりに、威嚇で虚勢を張る』
「よし。アンタを丸焼きにして、カールの昼飯にしよう」
枝から降り立ち、拳をペキペキと鳴らす私に。
生意気な小鳥はぴぴぴぴっと、けたたましい声を上げた。
笑ってるらしい。
腹っ立つーっ!
『な? 根拠の正当性を理論立てて主張する前に、暴力で結果を押し付けるだろう? だが、気に入らないからと言って、怒鳴ったり威嚇はしてても、殺意は本物じゃない。間違いなくカールの力だよ』
この野郎、解ったような口を!
本気で千切ってやろうか、その翼‼︎
『元の姿に戻ってしまうから今の私ではまともに聴けないが、お前が歌えば万物が安らぐ。グリディナも、狂った音に頭を抱えなくて済むから、お前を傍に置こうとしているのだろう。音使いにとって雑音は猛毒に等しいしな』
「雑音?」
『創造神の手が離れたせいで、徐々にではあるが、生物達の有り様、歪みが酷くなっている。今の世界は雑音だらけで、音の理解者には発狂ものだぞ』
昨夜までのアンタも、その雑音の一部だったけどね!
「ああ、それで僕が必要だって」
「そうよ……なに?」
隣に立った私をじっと見下ろす二つのハチミツ玉。
微妙に揺れてる?
「また、怒鳴られちゃうかなあ?」
「内容次第では、握り拳も付けるわよ」
「あぅ」
何か言いたげに唇を開きかけて目線を逸らし。
また、私の顔を見て頬を赤らめ。
って、あんたはどこの恥じらい乙女だ⁉︎
なよヒョロ体型とはいえ、男がする仕草じゃないでしょ、それ!
「えーと、その……、昨日から考えてたんだけどね?」
何かを決心したらしい。
一つ頷いたカールが背筋を伸ばし、私と向かい合わせに立つ。
落ちそうになったアオイデーは、慌ててカールの右肩へ飛び移った。
「僕……」
「?」
首を傾けつつ両手の甲を腰に当て。
用があるなら早く言えと、態度で催促してみる。
カールは至って真剣な表情で。
「僕、村へ帰ろうと思う」
…………そう来るか。
薄い桃色が混じる、白金色の体毛を持った小鳥。
それを両手のひらに乗せて間抜けな歓声を上げたのは。
改めて言うまでもなく、もちろんカールだ。
『堕天の協力には感謝するが、何故お前達と行動を共にせねばならぬのだ』
「嘴がパクパク動いてるのに、耳奥で聴こえてるのはちゃんとした人間の言葉だなんて。不思議だねぇ」
『話を聴け』
私は、森の中でも比較的長寿と思しき大木の枝に背中を預けて寝転がり。
まったく噛み合わない会話を横目に、くわぁーあと欠伸を一つ。
今朝も、葉っぱの波に揺れる空が青い。
「良いんじゃないかなあ。皆で一緒に居るのも楽しいよ? メレテーさんが見てた世界も、この姿でなら思う存分体験できるだろうし」
『それは、そうかも知れないが』
きゅる? と、首を傾けながらカールを見上げるアオイデー。
肉団子から人型に戻った女神は今や、外見も鳴き声も小鳥そのものだ。
『音』を使って会話しなければ、白っぽいカナリヤか何かでしかない。
「グリディナさんて、すごいよね。こんなこともできちゃうなんて」
ふふん。
そうよ。
この私が、わざわざ、『音』の力で変容させてやった温情。
ありがたく思うが良い。
極端に力を抑えたその姿なら、天上世界に居る神々には見つけにくいし。
仮に見つかったとしても、悪魔の力で変容させてるからね。帰りたくても帰れなかったんだろうってことで、即刻殺される心配もまず無い。
ついでに、カールが一緒に居れば人間の狩りからも護れる。
私にしちゃ破格の厚待遇なんだから。
感謝はされても、文句を言われる筋合いはないわ。
決してっ!
思い出話に付き合ってやってた一晩中、木を挟んで背中合わせに隠してたアオイデーの全裸でそわそわするカールに苛ついたからじゃないわよ?
ええ、決して!
『業腹ではあるが、グリディナの力は、私よりも格段に優れているからな。音を物質的圧力と捉えている私とは違い、構成の一部として配列に干渉……つまり一定方向に連鎖する『音』ではなく、『言霊』の性質に近いんだ』
「『言霊』?」
『魂の概念は知っているか? 幽霊やら霊魂と言い換えても良い』
「それなら……死んだ人の思念、とか?」
『そんなものだな。厳密に言う魂とは、目に見えぬ空気よりも、更に小さな物質の集合体、その大部分を指す』
「空気よりも小さな物質? 空気って、大きい小さいで表現する物なの?」
『空気が物質でなければ、木の枝葉や草花を揺らす風は何だというんだ? 現象とは、物質があってこそ成り立つ結果だぞ』
「あ、そっか」
『細かい理窟は置いておくとして、今はとりあえず空気自体が小さな球体の集まりで、その球体の集まりが動けば風になるのだ、と考えれば良い』
「ん~。その球体よりも小さい物質が集まって出来てるのが魂なんだね?」
『そうだ。魂を形成するその極小な物質の一つ一つが、濃い生命力と意思に近しい方向性を持ち、それによって物質同士の衝突や競合等での集合体化が世界中、いつでもどこでも常に起きている』
「んんん~~……泥を丸めて大きくしていくとか、そんな感じ?」
『自主性の有無を除けば、その解釈でも間違ってはいないな。結果、一定の大きさを得た集合体は、密度や性質が似て異なる別の集合体と引かれ合い、既に完成されている生物の肉体に根を下ろすことで、新しい体を発芽させる種子となる』
引かれ合うというより、分別? かしら。
小さい物は大きい物の間をすり抜ける、的な。
『やがて親の情報を取り入れた種子は、成長の過程で外殻と体を動かす為の運動熱量、それを全身に循環させる司令塔ながらも、体とは別で経験による記憶を記録する気流に分かれ、全部で一個の生命体として活動する』
「魂と生命力って、別物なんだ?」
『別物だ。故に、常であれば、何らかの理由で熱量と気流が分断された体は病気などでの故障状態となり、体の致命的な損傷は、気流を循環の外側へと流出させ、散逸させる』
散逸?
ああ、そうか! だから、死際に『ザザーッ』って音が聴こえるのか!
あれは、魂を形成していた物質の一部が体から溢れ出る音だったのね。
『音』を特性に持ってる私だって、実際には空気……
伝達物質の構成を、目で捉えてるわけじゃない。
あくまでも耳と肌と周囲の変化で、動きを感じ取ってるだけ。
その空気よりも小さい物質の個なんて尚更、目に見える筈がない。
悪魔の目に映る魂。
人間がごく稀に見る、生前の強い意思の具現。
それは、集合体としての密度と構成の質に関係してたのか。
なるほど、……って……
神に教えられるとか、屈辱すぎるーつ!
答えが解ってすっきりしたけど、イライラ度は急上昇よ、チクショウ!
『『言霊』は魂を支配する力と称されているが、その実態は『物質の個々に方向転換を働きかける力』。
昨夜までの私が、物理的に殴るような形で無理矢理器を崩していたのとは違い、グリディナは『波』と同じ原理を使いつつも、体と魂を構築している物質の個々に自主変化を促しているのだろう。
間違いなく群を抜いた力量なのだが……ここまで来ると、果たして本当に『音』特性と呼べるのか、甚だ疑問だ』
……ん?
だろう?
なんか、微妙に曖昧?
「もしかしてアンタ、死際に聴こえる音が拾えてない?」
『死際に聴こえる音? 何の話だ』
カールの手のひらの上で、ちょんちょんと軽く跳ね。
上半身を起こした私に向き直る小鳥。
小さな瞳がきょとんと瞬く。
やっぱり、アオイデーにはあれが聴こえてないんだわ。
てことはコイツ、組成を理解してるってだけで、物質の個の存在自体は、音としてさえ確かには掴めてないのね。
なんとなーく、あるような無いような? 程度に感じてるくらいか。
ふぅーん。
いや、別に心地好い音でもないし、聴こえて嬉しいものでもないけどさ。
神にも無い力とか、ちょっと優越感。
「……じゃあ、魂の消滅とか、死ぬって言い方は、微妙におかしくない? 単に、大きな塊がバラバラに散って物凄く細かくなるってだけだよね? 消えていくんじゃなくて、見えなくなるだけ、ってことでしょう?」
その表現は身もフタも無いわよ、カール。
『お前は、爪の先で摘むのも難しいほどの小さな砂粒を、岩石と呼ぶか?』
「言わない」
『要はそういうことだ。体を得た集合体の多くは、散り散りになった瞬間、個に戻る。そして世界中に散っている他の物質と混ざり、分散し、まったく同じ集合体の形成は二度とない』
「二度と……」
『それにさっきも言ったが、物質は一つ一つが生命力と意思を持っている。つまり全生物の生体活動や物質同士の反発と衝突でも確実に損傷を蓄積し、やがて消える。悪魔に喰われるまでもなく、生命体としての終わりを迎えた魂、心、存在は、確かにその時点で消滅、死ぬんだ。そうでないなら、誰も死を悼んだりしない』
悪魔がエサとして喰らう魂の正体。
それは、濃い生命力と意思のようなものを併せ持った、目に映らないほど小さな物質の集まり。
物質は、ただそこに在るだけで損傷を蓄積し、方向性も乱れていく。
となると、処女や童貞の魂や生命力が極上の栄養になるのは、性交による物質の衝突と反発での大きな欠損や乱れが無いから?
気流の方向性と密度の純度に関係してるのかしら。
「んぬー。君自身も見えてないっぽいのに、どうしてそんなに詳しいの? 神様だから?」
『さあな。神々が一様に理解してるのかと尋かれればそれは違うらしいが、ならば何故私が詳しいのかと問われても困る。気付けば既に知っていたし、実際にそう感じるから、としか答えようがない』
いちいち体の向きを変えるのが面倒になったのか。
アオイデーは顔だけでカールに振り返った。
「あら。神にもあるのね、そういう感覚。私もたまにあるわよ? なんでか分からないけど知ってる、ってヤツ。誰かから教わった覚えも、知りたくて関連情報を掻き集めた記憶も無いのに、いつの間にか理解していたなんて。なかなか不気味よねぇ」
『不気味とまでは思わんが。おそらく、察知能力や情報処理能力や推理力、といった物の類いなのだろうな』
「人間の僕も、たまに「あれ?」って思う時あるよ。でも、それって……」
「『?』」
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「今の話が事実だとしたら、一度体を失った魂でも、ある程度固まったままほんの少しだけ新しい物質を取り込んだ状態で別の生物の体に宿れば、また新しい体を作れたりするよね?」
『無い。とは、言い切れないな。種子となる集合体が、その時点でどれだけ消耗しているかにもよると思うが』
「だったら、体を失う前の記憶……気流の記録? が、新しい体に残ってる可能性もあるんじゃない? もちろん、全部じゃなくて部分的に」
『気付いた時には知っていた私のこの知識や理解が、私以前の誰かによって蓄積された魂の記録ではないかと、そう言いたいのか?』
「うん。こういうのって知識だけじゃなくて、一度も行ったことはない筈の場所なのに見覚えがあるとか、初めて聴いた筈の歌なのに懐かしいとかも、たまーに感じたりするでしょ? だから君の話を聴いて、ひょっとしたらと思ったんだけど。考え方が強引すぎるかな?」
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『ありえなくはないが……物質は、集合体を形成する段階で変質するんだ。当然、生命力が強い個に引きずられる形でな。生前の密度と割合を重視してさもあろうと仮定しても、新しい成長の最中で培う記憶に書き換えられると考えるのが自然だろう。それも、かなり早めに。いつかは命も尽きる物質の記録領域が無尽蔵にあるとは思えん』
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「なにあんた、誰かの記憶が自分に残ってたら良いのにとか思、ったのね」
「うん。僕だけじゃなくって、この世界に生まれた生物、皆にね。それならメレテーさんとアオイデーさんもいろんな人達も、生死を超えて、すべてに繋がってる気がするでしょ? 誰も寂しくならないかなーって」
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私は嫌よ。自分以外の誰かの記憶が、自分の中にあるなんて。
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潔く消えてくれたほうがスッキリするわ!
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「んとね。でも、僕は皆で楽しそうにしてるほうが良いから。辛いこととか悲しいことがあるのは、もうどうしようもないけど、それも踏まえて楽しく生きられたら良いなって。何かの力になれるわけでもないのに無責任かな」
「カぁあールぅ? 早くも昨日の言葉を忘れたのかしらぁあ?」
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ちょっと驚いた。
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「そうなの?」
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アンタもそれにやられたんだものね。
すっごい説得力。
「そのわりには僕、グリディナさんを怒鳴らせてばかりいるような」
『あれは種族的な標準装備だ。基本、悪魔は論戦に耐えうる頭脳を持たない代わりに、威嚇で虚勢を張る』
「よし。アンタを丸焼きにして、カールの昼飯にしよう」
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笑ってるらしい。
腹っ立つーっ!
『な? 根拠の正当性を理論立てて主張する前に、暴力で結果を押し付けるだろう? だが、気に入らないからと言って、怒鳴ったり威嚇はしてても、殺意は本物じゃない。間違いなくカールの力だよ』
この野郎、解ったような口を!
本気で千切ってやろうか、その翼‼︎
『元の姿に戻ってしまうから今の私ではまともに聴けないが、お前が歌えば万物が安らぐ。グリディナも、狂った音に頭を抱えなくて済むから、お前を傍に置こうとしているのだろう。音使いにとって雑音は猛毒に等しいしな』
「雑音?」
『創造神の手が離れたせいで、徐々にではあるが、生物達の有り様、歪みが酷くなっている。今の世界は雑音だらけで、音の理解者には発狂ものだぞ』
昨夜までのアンタも、その雑音の一部だったけどね!
「ああ、それで僕が必要だって」
「そうよ……なに?」
隣に立った私をじっと見下ろす二つのハチミツ玉。
微妙に揺れてる?
「また、怒鳴られちゃうかなあ?」
「内容次第では、握り拳も付けるわよ」
「あぅ」
何か言いたげに唇を開きかけて目線を逸らし。
また、私の顔を見て頬を赤らめ。
って、あんたはどこの恥じらい乙女だ⁉︎
なよヒョロ体型とはいえ、男がする仕草じゃないでしょ、それ!
「えーと、その……、昨日から考えてたんだけどね?」
何かを決心したらしい。
一つ頷いたカールが背筋を伸ばし、私と向かい合わせに立つ。
落ちそうになったアオイデーは、慌ててカールの右肩へ飛び移った。
「僕……」
「?」
首を傾けつつ両手の甲を腰に当て。
用があるなら早く言えと、態度で催促してみる。
カールは至って真剣な表情で。
「僕、村へ帰ろうと思う」
…………そう来るか。
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ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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