【R18】逆さの砂時計

梅見月ふたよ

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本編

集結

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 レゾネクトの動きには無駄がない。
 素早く的確、それでいて柔軟。
 加えて『空間』を利用してくるのだから、堪ったものではない。

 でも、本気は出していない。
 私の時間を止めて一突きで終わらせれば良いものを。
 そうしてこないのが、その証左だ。
 全然まったく、これっぽっちも本気じゃないのに、殺気だけは本物って。
 どれだけ器用な気の発し方をしているのか。

 近距離になれば、体を支える足場が無いのに、凄まじい勢いの回し蹴りやかかと落とし、正面突きから肘打ちまで、様々な技が流れるように飛んでくる。
 全部を回避して距離を置いても、弓やら剣やら斧やらムチやらにコロコロ形態を変える薄い緑色の武器が、私の翼に的を絞る。
 試しに何度か『言霊』を使おうとしてみても、声を奪われて結局無効。

 本当にもう、デタラメすぎ。
 だから怪奇現象は苦手なんだ。
 近寄れもせず、遠く離れることもままならず。
 素早すぎる連撃をかわし、なんとか反撃できたとしても。
 刃は虚空を斬るばかりで、手応えなどはまるで無い。
 むしろ、彼の攻撃を避け続けていられるほうが奇跡に近い。

 ……わざと避けさせてる、とかじゃないだろうな……?

 うん。
 なんかそういうの、ありそう。
 そして、仮にそうだとしても。
 ここまで力量差がはっきりしてると、侮辱されたと怒る気にもならない。

「っ! あ、っ」

 前方から飛来する矢を右にかわした瞬間。
 狙い定めていたように右横へ『空間』を跳んできたレゾネクトの左手が、後頭部で束ねてある私の髪を掴み、後ろに引っ張った。
 反った喉に右手が……

 って、まさかの手刀⁉︎
 それはいくらなんでも酷すぎる!

「く……っ!」

 右肘で攻撃を払いつつ、上半身をよじって翼をバタバタと動かし。
 羽毛で叩いたレゾネクトの手が髪を離した隙に、透かさず距離を取る。

 長い髪は時として武器にもなるが、彼を相手にするなら邪魔だ。
 切ろう。

「! 潔いな」
「不要品には執着しない性格たちなので」

 縛り目に剣身を通し、長年伸ばしてきた髪を切って棄てる。

 あ。
 空から廃棄物ゴミをばらまいてしまった。
 白銀色の髪が空から降ってきたーっ! とか、世間で話題にされても後々居心地が悪いし、誰にも見つからないと良いのだけど。

 風に乗った髪がきらきらと波打ち、視界の片隅に映るサクラの森周辺へと落ちていく。
 ……薄い紅色には白銀色も似合ってるけど、金色のほうが相性は良いな。
 なんというか、華やかさが違う。

「せっかくの美しい物を」

 私に向けて突き出されたレゾネクトの左手が、右から左へと動いて前方に弧を描き、手のひらより大きめなアリア色のカード五枚を空中に並べる。
 真ん中の一枚を人差し指で弾いた瞬間。
 五枚すべてが、大気を鋭く切り裂きながら、私を目がけて飛んできた。

 ああ──……。
 カードで指を切ると、地味に痛いから……。

「それはどうも、ありがとうございます!」

 上下左右正面から、かまいたち並みの速さで襲いくるカード達。
 後ろに飛んで避けるのは危険だろう。
 多分、レゾネクトが私の背後に移動して翼を押さえる。
 カードの隙間を縫って逃げようにも、こんな速さで飛来されては難しい。
 追尾とかも普通にされそうだし。
 ちょっとした賭けにはなるが、その時はその時だ。
 四枚と背後は無視。
 正面の一枚に向かって、飛ぶ!

「ほお」

 カードを胸部に通過させた私を見て。
 レゾネクトの瞳が、少しだけ丸くなった。
 勢いで仕掛けた刺突は、空間移動であっさり避けられ。
 振り返れば、さっきまで私が居た場所で重なり合ったカードを再度空中に展開してる。

「頭で解っていてもなかなかできることではない。認めよう。お前は優秀な武人だよ、フィレス。一国の騎士に収めておくには惜しい実力者だ」
「本当に……際どい選択でしたけどね」

『光る武器はすべて『退魔』の力で、『退魔』の力は神を傷付けない』

 私を覚醒させた状況から推測した結果だが、その通りで良かった。
 でなければ、ただの自殺行為だ。

「では、次はどうする?」

 レゾネクトの指先がカードを弾く。
 また同じ攻撃か?

 ……違う。
 迫ってくる途中で、薄い緑色が紫色に変わった。
 魔王の力か。これは受けられない。
 避けないと即死する。そんな気がする。

「…………っ」

 弾けるとは思えないが、咄嗟に剣を構え

「みゃうっ‼︎」

 ひゅん! と、目の前を金色の光が走った。
 下から上へと昇ったそれは、私の前方でぐるりと大きな円線を引いて。
 五枚のカード全部を『食べた』。

 ああ……助かりましたが、まだちょっと早かったです。
 レゾネクトに気付かれなければ良いのだけど。

「ゴールデンドラゴン⁉︎」
「みゃああっ!」

 驚いて一歩分後退したレゾネクトと私の間で、羽根を広げて浮かび。
 牙を剥いて威嚇する、元黒い日記こと、ゴールデンドラゴンのティー。
 勢いは大変いさましいのですが。
 その愛嬌溢れる丸っこい容姿と、仔猫の鳴き声では、少々緊張感が……

「……そうか。あの男の日記を『言霊』で変容させたのか」
「みょにゅみ、みゃいみゃにょ、みょみぇみみょう、にゃみゃみぇみゅみぇにゃい!」
「その口振り……懐かしいものだな、バルハンベルシュティトナバールよ。もっとも、その記憶では初対面になるのだろうが」

 なっ……なん、だと……っ⁉︎
 猫の鳴き声にしか聴こえないティーの……竜族の言葉が理解できるのか⁉︎
 すごいな、魔王!

「みゃいみゃににゃににょみょみょみぇにぇみみゅみょにゃ? みょにゅみみゃ」

 ぐるると低く唸るティーの言葉に、レゾネクトは……

 なんだ?
 いきなり表情が険しくなった?

「なるほど。記憶だけが引き継がれても鬱陶しさには変わりないようだな、時司ときつかさの神。貴様に答えるつもりはない。二度と語れぬよう、今度こそ完全に消滅させてやろうか!」

 レゾネクトの右腕が乱暴に振り上げられ、その拳に紫色の火花が散る。

 ……ない。
 ティーの言葉が、嫌みなまでに冷静なレゾネクトの態度を乱した。
 ティーはいったい、彼に何を言ったんだ?

「みゃみゃみぇにゃみょにょみょ」

 斜めに振り下ろしたレゾネクトの拳から。
 紫色の雷光が、バリバリと音を立ててティーに襲いかかる。
 ティーはカパッと口を開き、それを全部飲み込んだ。
 次の瞬間

「にゃあああ────ッ‼︎」

 激しい……雄叫び?
 と共に、金色に輝く閃光をレゾネクトに向けて吐き出した。

「ゴールドブレス……!」

 苛立たしげに呟きながら空間移動で回避するレゾネクトを。
 ティーは微動だにせず睨む。

 太古の支配者、ゴールデンドラゴン。
 リースさん曰く……竜族がかつて生物最強を誇っていた理由は、あらゆる怪奇現象を取り込んで自分の力に変換する、という生態にあったらしい。
 気候や地殻の変動といった自然現象には敵わず、やがて滅びた竜族だが。
 精霊や魔王や神の力に対する優位性は健在のようだ。
 見かけはともかく。

「みみぇにゅ」
「? はい」

 首をひねって、背後の私に振り返る。
 多分、名前を呼ばれたのだろう。

「にょめ」

 ……にょめ?
 にょ、め?
 よ、べ?

 ああ、か。

「使えますか?」
「にゅむ」

 一つ頷いて、またレゾネクトに顔を向けるティーの丸っこい背中が。
 今はとても頼もしく見える。

「では……『古の盟約に従い、我が元へ集え! 神々の使徒リースリンデ、リーフエラン、リオルカーン!』」

 『言霊』に応えた三つの光が、私を三角に囲んでぱぱぱっと現れる。
 右手側に紅色の鷲もどき。
 左手側に碧色の狼もどき。
 背後に黄色の獅子もどき。

 なんでも、彼女達のこの姿は『精獣』と呼ばれる形態だそうで。
 実際の獣と比べると、色はもちろん、形も微妙に異なっている。
 なので、私の認識でもどきだ。

「竜と精獣を従えた女神か。……邪魔だ。まとめて潰してやる!」

 明らかに様子が変わったレゾネクトに向かって、獣達が吼える。

「リースリンデ、防音障壁! リーフエラン、突撃! リオルカーンは直接攻撃からの防御!」

 リースリンデが、人間には知覚できない高い声で大気を揺らし。
 ティーの前に躍り出たリーフエランの爪と牙が、際で避けるレゾネクトを透かさず追いかける。
 その合間にも、レゾネクトの『謎の力』が働いているのか、ティーが時々口を動かしては、何かを飲み込んでゴールドブレス? に変える。

 気を抜ける場面ではないが、精獣達のおかげで多少余裕は生まれた。
 アリアが現れてくれない以上、レゾネクトをどうにかするしかない。
 退治は無理でも、せめて攻略の糸口を見つけられれば

「やかましい‼︎」

「みゃう!」
「! ティー!」

 リーフエランの攻撃をかわしたレゾネクトが、空間を移動して。
 ティーを直接、拳で殴り落とした。

 しまった。
 ティーが食べられるのは力だ。
 レゾネクト自身に作用する力は止められない。

 よほど強く殴ったのか。
 音はあまり聞こえないが、落下の衝撃で森の一部分が形を変えた。

どう

「「「!」」」

 私への接近を阻もうとした精獣達の動きが。
 レゾネクトの言葉で凍り付いたようにピタリと固まる。
 私まで動けない。
 もしかして、風も止まってないか?

 さっきの言葉といい、今といい。
 もしや、レゾネクトが使う『謎の力』とは。

「お前を殺すのは本当に惜しいがな……不愉快にしてくれた礼だ。せめて、苦しみを感じる前に、死ね」
「…………────っ!」

 怒りだ。
 激しい怒りを瞳に湛えたレゾネクトの左手が、私の首を締め上げる。
 指先をまっすぐ伸ばした右手を引いて、私の心臓を狙う。

 まずいな。
 ネックレスの羽根では、私に触れているものをまとめて跳ばしてしまう。
 首を掴まれていたら、逃げようにも逃げようが

「やめろぉおおおおぉぉおお────‼︎」

「⁉︎」

 爪先が体に触れる寸前で、レゾネクトの腕が停止する。
 大音量で響き渡った声の持ち主らしき人影が私の腕を強引に奪い取って、レゾネクトから離れた。

 ……ちょっと待て。
 ここは空中。
 足場が無い、雲の上。
 こんなに不安定な環境で素早く動ける存在なんて。
 現代では、私か怪奇現象の一員しかいない。
 でも、そのほとんどは今、この場所に揃っていた筈。
 なら、それに当てはまらない、この人影は。

「……お前が先だったとは、予想外だな」

 薄く笑うレゾネクトから私を庇う背中に、純白の翼。
 私より、やや小柄な体格。
 背骨を覆う程度にまっすぐ伸びた、マリアさんと同じ白金色の髪。
 彼女……は……

「ロザリアぁあああああ────っ‼︎」

 遠くで叫び声が聞こえる。
 聞こえる音自体は小さくとも、雲の上にまではっきり伝わるほどの激情が込められている、ベゼドラさんの呼び声。
 その声に反応してか。
 微かに肩を震わせ、大地を見下ろした彼女の、目の色は
 淡く、薄い、緑。

 ……遅かった……。

 マリアさん達の封印が、完全に解かれてる!

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