愛の力です

梅見月ふたよ

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春が来た!

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「ねむい!」
「はい?」
「メチャクチャ、ねむい!」

 麗らかな午後の日射しの下。
 める? はひとり、右へ左へごろごろごろごろと、白いワンピースの裾が捲れ上がった、凄まじくだらしない格好でローリングする。
 その姿はまるで樽。坂道を転げ落ちる樽そのものだ。
 どこをどう切り取ってみても、ひたすらにだらしない。

 もっとも、この樽の胴体には厚みがまったく無い。
 付いている手足も人間のそれではない為、初見であれば、樽というよりもてるてる坊主を連想するかも知れない。サイズもちょうどそのくらいだ。
 極端に簡略化された人間の頭を乗せたてるてる坊主に、糸にしか見えない細い肢体と、手足があるべき部分にくっ付いているスーパーボールみたいな肌色の丸い何か。

 そう。
 める? は人間ではない。
 『棒人間』と呼ばれている、精霊……の、ようなものだ。
 あくまで。明確な正体は誰にも判ってない。

 人間の言葉を使い、人間と同じような生活をしているが、そもそも名前に疑問符が付いている辺り、生き物かどうかすら判然としない謎の物体。

 そんなめる? だが、一つだけ誰にでも判ることがある。
 それが、このだらしなさだ。

 一度でもめる? と交流した者は、みんな口を揃えて同じ感想を並べる。

 お前は樽か! と。

「すべては、はるのしわざ、ね!」
「春の仕業、ですか?」

 スーパーボールっぽい物を床に突けて勢いよく起き上がっためる? を、不思議そうな顔で振り返る白銀の髪・赤い目の美少女。
 二十歳前後のスタイル抜群な彼女の腕には、下ろしたての洗濯物。
 その頭で、大きな白いうさぎ耳が片方だけ器用にぴょこんと跳ねる。

 生物かどうかも判らない物体と同居している少女もまた、人間ではなく。
 うさぎ姿にも人間姿にもなれる、物理法則不在の不思議生命体だった。

「そう。あつくもさむくもない、ちょうどよいきこう! かみをなびかせるていどで、ほどよいつよさのかぜ! なにもかもが、いいからねなさい! と、いわんばかり! だからわたしは、こんなにもねむいのだ!」
「そうなのですか? 私はどちらかと言うと、体を動かしたくなりますが」
「そりゃ、ナナはうさぎだもん。ふゆにそなえてためこんであったしぼうがそこをついて、あたらしいしぼうがほしくなるじきなんでしょ」
「脂肪……せめて栄養と言っていただけませんか。なんだか胸の奥が一気に重くなりました」
「じじつは、うけいれてなんぼのもんよ?」
「人間さんがせっかく得た栄養をなかったことにしたがる理由、ちょっぴり解った気がします」
「またひとつ、せいちょうしたね!」
「あまり嬉しくないのは何故でしょう……」

 物干し竿から下ろしたばかりの洗濯物を、プラスチック製のカゴへ入れ。
 縁側で両脚? をぶらつかせているめる? の脇を通り抜けて、室内へと運び入れるナナ。

 まだ役目を終えてないコタツの手前で、お日様の香りが心地好い洗濯物を一枚一枚取り出しては丁寧に畳んでいく彼女を、める? は、当然のように手伝いもせず、再びその場で寝転んだ。

 何の為に起き上がったのか?
 理由は無い。

「そうだ。洗濯物を片付けたら百里びゃくりさんと一緒にお花見へ行きましょうか」
「え。ヤダ!」
「即答ですね」
「ムダにあるきまわって、ムダにつかれるだけだもん。まして、びゃくりといっしょに、なんて。せいしんまでボロボロになれというの?」

「お前が悪ささえしなけりゃ、こっちも説教しなくて済むんだがな?」

「あ、百里びゃくりさん」
「ぎゃあ! でたな、おこごとまじん!」
「誰が魔神だ!」

 茶室とよく似た昔ながらの和室に、南から差し込む黒い影。
 光を背負って空から舞い降りた巨大な白い狐が、慌てて逃げ出そうとしためる? を、左の前足でぎゅむっと押さえ込む。
 日本狼の数十倍はあろうかと思われる巨足に踏み潰された……
 ように見える、てるてる坊主みたいな樽もどき。
 もう、何がなんだか分からない。

「ぐぬぬぬぬ……おのれ、ばけぎつね。かくなるうえは!」
ハクさんから伝言。『唐揚げの屋台が十軒も来てますよ』だとさ」

「なにをしてるの、びゃくりさん! はやく、かいじょうへむかうのよ!」

 押し潰されてじたばたしていた筈のめる? が、瞬きもできない速さで、百里の頭上へ移動した。耳と耳の間に胡座あぐらの姿勢で陣取り。
 いざ行かん! 桃源郷へ!
 などと叫びつつ、スーパーボールもどきで会場とは逆方向を指し示す。

 謎の物体、方向音痴を露呈するの巻。

「眠気より唐揚げなんて、める? さんらしいですね」
「花見会場に期待してるのは食べ物だけってのも、正直どうかと思うがな」
「からあげがあるから、おはなみもせいりつするんだよ⁉︎」
「花見団子の立場がありませんね」
「桜が一番やるせないと思う俺がおかしいのか」
「チッチッチッ。あまい! あまいぞ、びゃくりくん!」
「俺を舐めるな、食欲魔人!」
「なめないよ、こんなけむくじゃら。じゃなくて! おはなみってのはね、はながさいてるから、はじまるんだよ」
「唐揚げが云々言ってたヤツが、なにを今更」
「だ~か~ら~」

 狐の頭上で両腕を広げ

「さくらのはなは、くうきなの! こきゅうするために、くうきがひつようであるように、はながさいてなきゃ、おはなみがはじまることはないの!」

 すごくイイ笑顔でスーパーボールを掲げ、なんか力説する変な小人。

「くうきがあふれるそこにさっそうとあらわれる、からあげのジューシーでスパイシーなかおり! さしずめ、プロレスのゴングね!」

 カンカンカンカンカン!

「いや、三回以上鳴らしたら試合終了だろ⁉︎」
「くわしいルールはしりません。」
「おい」
「とにかく! ほおぶくろいっぱいにつめこんだ、からあげをもぎゅもぎゅしながら、ほけえーっと、まんかいのさくらのはなをみあげる! これぞ、しんのおはなみというものなのです!」
「お前に頬袋が有ったとは、驚きだ。しかも、揚げたての唐揚げを口一杯に詰め込むとか、正気か貴様。花見中に虹色なうろーでぃんぐのエフェクトを掛けるような真似は勘弁してくれ」
「そしてやっぱり、花見団子の立場が無くなってますね」
「だんごはデザート。」
「「間違ってはいないところがまた、なんとも……」」
「いいから、うりきれるまえに、いそいでいくのだーっ!」

 百里びゃくりの頭をてしてし叩いて急かす、花より団子からあげな棒人間。
 狐と卯は顔を見合せ、同時に苦笑いを浮かべた。



 これは、現実とリンクしている不思議な世界のありふれた日常を描いた、ちょっとだけ不思議なお話。
 人間と人間以外の生物が仲良く共存している世界の、親愛を紡ぐ物語。
 


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