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4巻
4-2
しおりを挟む「名前か……」
しかしウリセスは、コンテ家の父の思惑を的確に理解していなかった。先日話題に上がった、その点にだけ反応している。
「そうか、もし男の子だったら義父上に名前を決めてもらうのもいいかもしれないな」
ウリセスなりの素直な思考だったのだろう。そんなに熱心に名前を考えてくれているのであれば、と。それに冷や汗をかいたのは、何もレーアだけではなかった。セヴェーロが慌てたように首を横に振った。
「や、やめた方がいいです。いえ……男の子が生まれた後に頼むという形ならいいと思いますが、いまからそんなことを父に言ったら、子供が生まれるまでうちの家はもっとひどいことになります。あと……もし女の子だったら、気落ちしすぎてうちも、あと姉さんも……その、大変になりますので」
一生懸命、コンテ家の末弟は言葉を尽くした。レーアの心を見事に代弁してくれたと言っていいだろう。焦りながら、彼女もまたこくこくと頷いた。
「そう、なのか?」
自分がマズイことを言った事実を、まだしっかりと把握出来ていない表情で、ウリセスは隣のレーアへと視線を向ける。彼女は困った顔のまま、「はあまあ」と曖昧に答えるしか出来なかった。
「いるわよねぇ、最初に男の子が生まれなければ、お嫁さんを出来損ないみたいに言うお舅さんやお姑さん。あ、レーア義姉さんのとこは実のお父さんだけど、同じようなものよね」
そんな空間に、ジャンナが妙に訳知り顔で言葉を挟んでくる。うら若い彼女が一体どこからそんな噂を耳に入れてくるのか、レーアはとても不思議だった。
ジャンナは、持ち上げたフォークの先に刺さっている自分の切った人参のソテーの切り口を、「いい出来」と満足げに眺めているのでレーアの視線には気づいていない。しかし、嫌いな人参を食べる気にはならなかったのか、ジャンナはフォークを皿へと下ろして、兄であるウリセスに顔を向けた。
「母さんが言ってたわよ。一番上の兄さんが生まれた時に、死ぬほどホッとしたって。でもウリセス兄さんが生まれる時は、『今度は女の子をお願いします』と祈ったんだって……がっかりしたみたいよ、母さん」
最後の方は意地悪な目で、ジャンナはウリセスの表情を窺うように顔を傾ける。どうしてこう彼女は、ウリセスの機嫌を損ねようと努力するのか、レーアには理解が出来なかった。自分が生まれて母親はがっかりしたなんて聞かされたら、誰だっていい気はしないだろう。心配になってウリセスを見るが、怒っている様子はなかった。
「そんな話は……母は俺にはしなかったな」
ただ静かに食事を続けるウリセスは、人参のソテーをそのまま口に運んだ。
「母さんと仲良く出来るのは、娘の特権よ」
フフンと自慢げに鼻を鳴らして、ジャンナは上機嫌で食事を続けることにしたようだ。人参は、やはり後回しだったが。
「男でも女でも、どちらでもいいが……生まれた後の生き方は随分違うものだな」
ウリセスは、少し不思議そうに食堂にいる家族へと視線を馳せた。
男が二人と女が二人。軍人が二人と家事をする者が二人。既婚者が二人と独身者が二人。立場はそれぞれ違えども、みな違う人生を歩いていることを、ウリセスは噛み締めているのかもしれない。
「女の子が生まれたら、私が可愛く着飾らせてあげるわ」
「お前のようには育てん」
「あら、まるで私を育てたみたいに言うのね、ウリセス兄さん。そうだったかしらぁ?」
ジャンナが楽しそうに口を挟んできたことにだけは同意出来なかったようで、ウリセスは即座に否定した。それをさらにジャンナが煽っていく。
瞬間──お馴染みの睨み合うアロ家の兄妹の図が出来上がり、コンテ家の姉弟は、困ったように笑うしか出来なかったのだった。
4 見せられない顔をした男
「……どちらでも、ああ……いい」
夕食の後の寝室。着替えを済ませたレーアを、ウリセスは寝台に座らせた。そんな彼女の横に腰を下ろしながら、ウリセスはうまく言葉を組み立てられないままそう切り出した。
「え?」
何の話なのか分からないレーアが見上げてくるのを感じながら、彼はどうにも落ち着かずに大きな手で自分の首をさすった。
「いや、義父上の話を聞いてから……気にしていただろう? その、子供の性別のことだ」
つい先日まで、母子ともに無事であればそれでいいと考えていたウリセスだったが、思いのほか、子供にまつわることが色々と目の前に立ちはだかって、彼も少し困惑している。考えるべきこと、準備すべきことが、実はいろいろあるのではないか、と。
初めての子であるため、レーアの服といい揺りかごのことといい、準備が後手後手に回っている気がした。これは後日、しっかりと態勢を整えようとウリセスは考えた。物資がなければ、軍隊もただの無力で腹を減らすだけの人間の集まりにすぎない。ウリセスは、妻の出産にもそんな思考を当てはめて考えようとしていた。
しかし、それ以上に大事なこともある。たとえ物資がどれほど揃ったとしても、人の心身がしっかりしていなければ、目的の達成は危うい。だからこそ、ウリセスはこうして妻を寝台に座らせて、得意ではない話をしているのだ。
「あ……その、父のことは……はい、そうですね。何となく分かってはいたのですが、やっぱり実際に聞くと緊張します」
視線はウリセスに向けながらも、おそらく無意識なのだろう。腰掛けると膨らんでいるのがよく分かるお腹を、レーアの指が撫でる。
「義父上がたとえ男を望んでいたとしても……娘が身体を損なうことだけは決して望んではいない。大事にしてくれ」
父親の気持ちというものは、まだウリセスの中にしっかりと芽生えているわけではない。だが、家族としての気持ちは確かに芽生えている。義父の気持ちを代弁出来るとしたら、その部分だった。
「はい……それは分かっています」
レーアはちょっと困った風に笑いはしたが、彼の言葉を否定することはなかった。親子としてコンテ家の中で一緒に暮らしてきた彼女のその反応に、ウリセスもほっとする。
彼は、夕食の席でジャンナに聞いた母の話を思い出し、ふと都の実家の両親に思いを馳せた。強い権力を持っていたアロ家の祖父の下、母はどれほど苦労をして兄のランベルトを産んだことだろうか、と。
「人が一人生まれるということは……大変なことだな」
ただ家族の人数が一人増えるだけではないと、まだ生まれてもいないというのにウリセスは痛感し始めていた。子供がいる家では、みなこんな体験をしてきているのだろう。
それは、アロ家でも同じだった。
父は母を、ちゃんと助けたのだろうかと、これまで考えもしなかったようなことをウリセスはふと思った。
ウリセスの父は、おそらく家庭内では一番立派な身体を持ち、そして静かな男だった。ただ、「アレは商売には向いとらん」というのが祖父の言である。
これには事情がある。ウリセスの父は、本当は次男だった。だから祖父は父を軍人にすべく鍛え育てていた。しかし長男に不幸が訪れたことで祖父の計画は変更を余儀なくされ、父を急遽跡継ぎとして商人道を叩き込み始めた。
軍人へと伸びていた大きな木の成長点を突然切られ、別の脇芽から商人の道への枝を伸ばし始めた父は、しかし土台である軍人気質の根を変えることまでは出来なかったようだ。商売は早い段階でウリセスの兄ランベルトに譲り、主に力仕事を手伝う道を選択した。
そんな男であるため、父が見るからに母と仲良くしている姿をウリセスが見たことはなかった。かと言って、母に声を荒らげている姿も見たことはない。それは、二人の息子に対してもそうだった。育てる方針も躾に関しても全て祖父が握っていたせいもあるだろうが、必要なこと以外、父から話しかけられた記憶がない。
「ウリセスが、そうして私と一緒に悩んでくれるので、心が軽くなります」
コンテ家の父のプレッシャーから、完全に解き放たれたわけではないのだろうが、レーアが優しげな笑みを浮かべる。
妻が笑っているのはいいものだと、ウリセスは思った。
「うちは、祖父が強すぎてな。母はいつも苦労していた……大変だったろう」
アロ家の母は、息子たちだけの前では笑っていたが、祖父が来ると顔をこわばらせていた。自分が親になる時というのは、こんなに自身の親のことが頭をよぎるものなのか。なかなか考えから離れていかない親のことを、ついレーアに語ってしまった。
そうしたら、彼女はもう少し余計に笑うのだ。
「きっと都のお義父さまは、お義母さまを愛してらっしゃいますから、私と同じように助けられたと思いますよ」
笑いながら妻がそんなことを言ったので、ウリセスはつい怪訝な表情を浮かべてしまった。一度も会ったことのないレーアが、どうしてそう信じることが出来るのか、と。実の息子であるウリセスでさえ、分からないでいるというのに。
「だって」と、少し頬を赤らめて、レーアが一度言葉を切る。
そして視線を落としたまま、彼女はこう言うのだ。
「だって、ずっと年が離れたジャンナが生まれた……でしょう? それに、あのジャンナの口から私、お義父さまの悪口は聞いたことはありません」
瞬間。
ウリセスの記憶が、突然色鮮やかに切り替わった。ウリセスの中のアロ家の記憶は、どちらかというと灰色に近い色をしていた。それが、突然極彩色に変わった時があった。
妹のジャンナが生まれた時だ。
兄と母が、あんなにはしゃぐ姿を見たのは、生まれて初めてだった。既に十分大きかったからこそ見られた、新しい命の誕生の瞬間。生まれたのが女だったというだけで、アロ家に信じられない色がついた。
老いぼれかけたとは言え、あの祖父を圧倒した命だった。赤子の都合に、否応なしに巻き込まれる家族。
ウリセスは一度妹を抱いたことがあったが、あまりの小ささと頼りなさを無意識に恐れ、それ以来手を伸ばすことはしなかった。
しかし、親はそういうわけにはいかない。ウリセスの記憶の中で、ジャンナを抱いていたのは母と兄のランベルトがほとんどだった。だが、確かに父もジャンナを抱いていた。あの大きな手で、当たり前のように小さな娘を胸に抱えていた。
その時には、何も思わなかった。
「ああして自分も父に抱かれていた」のだと、考えもしなかった。
「娘って、父が母につらく当たるところを、なぜか見ているものなんです。そういうことがあると、どうしても父に対してわだかまりのようなものが出来るんですが……あのジャンナに、それはないようです。だから、きっといいお義父さまなんだって思ってました」
そう言い終えたレーアは、「あ、その、うちのことじゃありません」と視線を泳がせながら言葉を付け足した。しかし、それは嘘だとウリセスにも分かった。言葉にはしないが、何らかのわだかまりがレーアの中にもあるのだろう。
しかし、妻がさっきから「あのジャンナ」と言うところの方が、ウリセスにとってはおかしく思えた。思ったことをズバズバ言う妹だからこそ、悪口が出ないのはすごいことなのだ、と。
ウリセスは、記憶の中のアロ家の母を今更ながらに心配するようなノロマだったが、そんな心配を、さっさとジャンナが塗り替えてしまっていた。ジャンナが生まれてからの母は、本当によく笑っていた。ついでに兄も。
「でも……」
自分のノロマさ加減を自嘲しかけたウリセスだったが、隣に座っていたレーアがはっと顔を上げてウリセスを見上げる。その緑の瞳の中に、面白みのない顔をしている自分が、確かにはっきり映っているのを見た。
「でも……私はウリセスが男に生まれて、良かったと思っていますからね?」
一瞬、何を言われているのか、よく分からなかった。
そして思い当たる。夕食の時、ジャンナがいつもの挑発的な軽口のように言った母の本音。
「次は女の子を」と母が願って生まれたのがウリセスだ、というところだ。
その点を、彼は何ら気にしてはいなかった。男が生まれたら次は女を、と考えるのはごく自然なことだ。ましてやアロ家では男が生まれると、祖父に全権を委ねなければならない。母の心情を考えると、そう考えるのも当然だった。
子供の頃ならまだしも、こんな大人になって聞かされても、気にすることではない。しかし、レーアは気にしていたのだろう。妙に力を入れて訴えられたため、ウリセスは思わず面食らってしまった。
そんな間抜けな表情を、ウリセスはゆっくりと緩める。
「お前も、女に生まれて……良かったと思う」
言葉は、さして力を入れず。緩めた口の流れるままに、ウリセスはそう言っていた。
そうしたら。そうしたらレーアは、嬉しげに頬を染めかけ、はっとしたように自分のおなかに両手を当てた。
「この子も」と言葉を強く言いかけて、強すぎたことに気づいたのだろう。レーアは、一度口をつぐんで言い直すことにしたようだ。
「この子も……いつか誰かにそう言ってもらえたら、きっと幸せですね」
今度の声は、とても柔らかかった。男の真価は赤子の時に決まるのではなく、女の真価もまたそうだ。
子供が成長した後、誰かにそんな形で言葉にされるものなのかもしれないと、ウリセスは生まれて初めて思った。
だから生まれてくる子供は、本当にどちらでもいい。今度は、ウリセスも赤子を抱くだろう。そしてアロ家の父のように、この手で胸に小さな身体を抱えることが当たり前だという顔をするだろう。
「そうだな」と目を細めて妻に答え、ウリセスは少し戸惑いがちに手を伸ばした。レーアがおなかに当てている手の上から、その丸みに触る。
「手が冷たくはないか?」
おなかの感触よりそっちが気になって、ウリセスは問いかけた。
「ウリセスの手が、温かいだけです」
そんな心配をレーアは軽く笑って彼の手を捕まえると、寝巻きの布地ごしにお腹にあてる。
「む」
触り慣れていないウリセスは、自分の手に力を入れないように妙に緊張してしまう。それがまた、レーアにとってはおかしかったのだろう。
「部下の方には、見せられませんね」と、笑いをこらえている。
「まったくだな」
妻の楽しげな顔を苦い顔で見つめながら、それに同意せざるを得ないウリセスだった。
5 言い訳を聞いた男
「すまんが、面倒を見てやってくれ」
数日後、ウリセス=アロは──若い女性を連れて帰ってきた。
爆発したような大きく広がるニンジン色の髪。日に焼けて健康そうな肌に琥珀色のくりくりした目。大きい口を更に大きく開いた彼女は、レーアに向かって元気よくこう言った。
「よろしくお願いします、奥様!」
ことの起こりは、二日前に遡る。
軍では、小さな事件が起きていた。剣が一本消えたのだ。
軍の備品は、きちんと管理されている。武器専属の担当者がいて、手入れ、数の定期調査、各兵士への支給、交換、または廃棄の手続きなどを受け持っている。
戦時ならばまだしも、そのように管理のしっかりしている平時のいま、簡単に剣がなくなるものではなかった。更に、剣の管理を担当する退役間近の老兵士は、大変几帳面な男だった。武器の出入りのない日であっても、数の確認を毎日怠らなかったのである。
その几帳面さの結果、前日に剣が一本減ったことはすぐに明るみに出た。ただし、そのまま連隊長であるウリセスのところに報告が上がってきたわけではない。几帳面な担当者は、規定どおり直属の上司へと叱責を覚悟で報告を上げた。
担当者が不在の時に、誰かが届けを出さずに勝手に持って行ったのではないかというのがおおよその見立てだった。そこで、大隊長権限で指示が出された。各分隊長が隊員の剣の確認をして報告するように、と。
この地には、二人の大隊長がいる。一人は、管轄内の治安維持を担当する者。管轄と一口で言っても、担当する範囲はかなり広い。席も基地ではなくレミニの町の詰所にあり、一ヶ月の半分は町の外を回っている。基地内では「流浪の大隊長」と呼ばれていた。
もう一人は、退役間近な男であった。平和な地域だからこそ、大きな武勲を立てることはなかったが、人望があったために自然と押し上げられる形で昇進し、書類にサインをすることが生きがいなのではないかと囁かれている。こちらは「不動の大隊長」と呼ばれていた。
ちなみに、「風見鶏の副連隊長」と呼ばれる男もいる。ウリセスのあだ名はいろいろあるようだが、大体どこかに「鬼」や「化物」などがつく。
ともあれ、今回はその「不動の大隊長」に回ってきた仕事だった。と言っても、中隊長からの進言に「それは困ったことだな」と頷き、すみやかに指示書を出すだけの仕事だ。ただし、一度も席を立つことなく本当にすみやかに書類を作成する手腕は、さすが「不動」と呼ばれるだけのことはあった。
同じほどすみやかに、調査が開始され、この日の昼食時には、休みではない兵士のほとんどに話が行き渡っていた。その情報を食事に出た連隊長補佐官エルメーテが、当たり前のように拾ってきたのである。
この日の食堂は、非常に騒々しかったという。大量の黄銅の食器が厨房内で芸術的な倒壊を起こし、食事の配膳を待っている兵からは空腹のうめきが、食事中の兵からはひやかしの声が、倒壊した食器の数ほどに上がった。
静かな連隊長室で書類と向き合っていたウリセスは、そんなエルメーテの伝えてきた話を、剣の不足のところだけ注意して聞いた。皿のことはどうでもよかった。
そして事件は進行し、その日の午後三時頃、連隊長室に珍事が発生する。
「あの、すみません、こちらにエルメーテさんって人はいますか?」
おそるおそる扉の向こう側からかけられた声は──女性のものだった。
ウリセスは書類から顔を上げて、ちらりと補佐官席を見た。一瞬考え込む仕草をしたエルメーテは、しかし思い当たることがあるのか席を立つ。
「すみません、すぐ戻ります」と一言告げ、足早に扉の向こうに消える補佐官の背中を、ウリセスは何事かと見送った。
基地に女性が入れないわけではない。兵士の家族など近しい者。物資の納入業者。わずかだが基地に勤務する者もいる。門の詰所で許可を取れば、一応部外者も入ってくることは出来る。
最初は、エルメーテの家族かとウリセスは考えた。しかし、家族の呼び方にしては彼の名に「さん」をつけて他人行儀な表現をしていた。
次に考えたのが、男女の色恋に関することである。だが、それは苦手な方向の思考であったためにすぐにやめた。自分の妹に対して好意的な感情を抱いていると思われるエルメーテが、そんな不誠実なことをするはずはないとだけ理解していれば、彼はそれでよかった。
そんなウリセスの思考をよそに、連隊長室の外では何やら揉めている。女性の声の方が大きく、「だって」や「でも」など、情けない悲しげな声が届く。
「エルメーテさんしか、頼る人がいないんです! わたしを見捨てないでぇ!」
ついには、半泣きの大きな声が、見事に全部ウリセスの耳にまで届いた。彼は思わず固まったまま、その声が響いた扉を見つめてしまった。一体、そこで何が起きているのか、と。
しばらくの沈黙の後、連隊長室の扉が開く。
そこから、疲れた様子のエルメーテが顔の半分を押さえながら戻ってくる。ただし、後方の扉は閉ざさなかった。中に入ったエルメーテは、自分の身体を扉の脇へとどかす。
彼の陰から現れたのは──白い厨房服を着た若い女性だった。
彼女を中に入れながら、あのエルメーテが苦い表情でウリセスにこう言った。
「連隊長閣下……ご相談が」
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