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4巻
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しおりを挟む1 窮屈になった女
「久しぶりね、レーア」
「久しぶり、エリデ。来てくれて嬉しいわ」
自宅を訪ねてきた女性を、レーアは笑顔で迎え入れた。
季節は春の下月に入ったばかり。この家の主であり、この地域の軍の総司令官でもあるウリセスの妻レーアは、現在妊娠中だった。秋の上月には出産予定である。
そんな彼女は今日、人を家に招いていた。訪問者のエリデは仕立て屋に嫁いだレーアと同じ年の友人で、夫の補佐官であるエルメーテの妹でもある。
結婚前は、レーアが買い物などで家を出た時に、エリデの実家の近くでおしゃべりなどをしたものだったが、最近では仕立て屋に用がある時くらいしか会えていなかった。
今日は、妊婦服の仕立てのために呼んでいた。おなかが大きくなってきて、前のように気軽にレーアが出かけられなくなったからだ。
レーアとしては、出かけるくらいは大丈夫だと思っていた。しかし、初期の頃に具合が悪くなって起きられない時があったことが尾を引き、ウリセスが口に出さずとも心配しているのが伝わってくる。質実剛健を規範とする夫が、不慣れながらに心配する態度を見せるものだから、レーアもまた気をつけようといろいろ自重していた。
彼女の妊娠が進んでいくと、足りないものが出てくる。服もそのひとつだった。
最近の彼女は、おなかがすくと気分が悪くなることが多く、何かと口に食べ物を運んでいるせいもあって、人生で一番ぜい肉がついている状態と言っていいだろう。そのため、これまで着られたはずの服が半分くらい窮屈になっていた。更におなかも大きくなってきていて、このままいけば一握りの服以外着られなくなってしまいかねない。服が着られない心配など、子供の時以来したことのなかったレーアは、その状況にまだうまく対応出来ていなかった。
「かなり窮屈そうね」
玄関で軽くレーアの姿を眺めたエリデが、楽しそうにふふふと目を細める。
「そんなに太って見える?」
心配になって、レーアはそう友人に問いかけた。
「もともとが痩せてたのよ、レーアは。いまようやく普通ってところかしら……こんにちは、ジャンナさん」
気にしない気にしないと微笑むエリデは、後方からやってきたウリセスの妹ジャンナを見つけて笑顔を向ける。
ジャンナが都にある自宅からこの田舎まで家出してきた日のことを、まだレーアは昨日のことのように思い出せる。その縁で一緒に住むことになったが、結果的に見ればジャンナが一緒にいてくれてよかったと思うことが多くなってきた。特にレーアが妊娠してからというもの、彼女の家事の腕前はどんどん上がっている。身重のレーアには頼れないという環境が、義妹を成長させているのかもしれない。
「エリデさん、ようこそ。今日はお菓子焼いたんですよ、是非食べてってください」
そんなジャンナはとても嬉しそうに、笑顔を浮かべてエリデに駆け寄っていく。新年祭のゴタゴタや、買い物の途中での寄り道などのおかげで、ジャンナとエリデはすっかり仲良しになっていた。というより、ジャンナが彼女に懐いているようにレーアの目には映った。
家の中ではウリセスの厳しい目があるのと、レーアも家事の面では甘やかさないせいもあってか、外のエリデに甘えているのだろう。十六歳という年相応の無邪気ささえ、言葉や笑みの中に垣間見えるほどだ。
「まあ嬉しい。ありがとう、ジャンナさん。でも、先にお仕事をすませてからご馳走になるわ」
笑顔で応えるエリデは、しかしやはりバラッキ家の娘らしい言葉で、さらりとジャンナをあしらうのだった。彼女の兄のエルメーテもまた、人のあしらいがとてもうまい。
「昨夜、服を脱ごうとしたら脱ぎづらくて……引っかかっちゃって……」
寝室のクローゼットの中を、レーアは友人に開けて見せた。目ざとくエリデに見つけられたブラウスは、肩のところがほつれてしまっている。
その事件が起きたのは、昨夜のことだった。いつものように夫のウリセスと離れて着替えをしている時。着る時までは何ともなかったブラウスが、その日の間に太ったと言わんばかりに窮屈になっていた。苦労して袖を抜こうとした彼女だったが、ビリッという悲しい悲鳴を聞く羽目となる。
それを聞いたのが自分ひとりであれば、少し悲しいだけですんだだろう。しかし、同じ空間にはウリセスがいた。音が響いた次の瞬間、レーアは青くなりながら、おそるおそる肩のほつれを見た後、そのまま視線を肩越しに後方に動かす。案の定、ウリセスがこっちを向いて動きを止めていた。
おそらくその時、レーアはとても情けない顔をしていたに違いない。服が破れるほど肉がついてしまったことを、こんな形で夫に知られたのだ。恥ずかしくて、どこかに隠れたい気持ちでいっぱいだった。
「あ、あの、その、こ、これは……」
「明日には確か、エルメーテの妹が来るんだろう?」
とにかく言い訳をしようと、絡まる言葉をそのままにレーアは口を開いたが、それよりも冷静なウリセスの声が近い未来の話を口にした。
「は、はい、ええ、明日には」
「少し多めに服を作ってもらうといい」
それは、ウリセスなりの優しさだったのだろう。だが、恥ずかしさの糸に絡まったままのレーアからすれば、「どの服もその体形では着るのが大変だろう」と言われたかのように感じて、更に恥ずかしくなった。
そのままウリセスは着替えの続きに入ったが、レーアが赤く情けない顔のまま動けないでいるのに気づいたようで、もう一度振り返る。
「……手伝うか?」
彼女が動けない理由が、一人で服が脱げないからと勘違いしたらしい一言に、慌ててレーアが「大丈夫です」と脱ぐのを続行しようとした時。
もう一度肩の辺りで、ビリッとひどい悲鳴があがったのだった。
「エリデ……顔真っ赤よ」
レーアは口元を手で押さえ、肩を震わせながら笑いをこらえている目の前の友人に声をかけた。いっそ声をあげて笑われた方が、救われたかもしれないと思いながら。
エリデは、とても聞き上手だ。自然に話題を広げながら、うまくレーアの口から昨夜起きた真実を引き出した。そのせいで、いまエリデは酸欠に近い状態になりかけている。
「ごめ……ごめんなさい、レーア……」
息も絶え絶えに、ようやくエリデは口の覆いをはずして、苦しげに声をあげた。
「レーアの旦那さまって、もっとガチガチの軍人さんかと思っていたから……ジャンナさんの話からじゃ想像がつかなくて」
ああ苦しいと、エリデは笑いを何度かの深呼吸で抑えつつ、滑らかな言葉を綴る。確かにジャンナの目から見れば、兄であるウリセスは厳しい人と映るだろう。
そうレーアは思いかけて、はたと思考の壁にぶつかった。そういえば自分はウリセスに厳しい言葉をもらった記憶がないような気がする、と。
結婚した当初こそ、軍の伝達事項のような会話もあったが、それを越えた頃には、ウリセスはレーアの言葉にちゃんと耳を傾けていた。それが、取るに足らないような話であったとしても、だ。夫という立場から、自分と誠実に向き合ってくれているのだと分かると、少し恥ずかしい。
そんな、少しうっとりするようなことをレーアが考えかけた時、喉元にせり上がるような気持ちの悪さを感じた。どうやらおなかがすいてしまったようだ。
いまのレーアにとっては、妊婦服の話を進めるより先に、ジャンナに頼んでおやつの仕度をしてもらった方が良さそうだった。
2 聖人の名を知った男
「おかえりなさい、ウリセス」
ゆっくりと台所につながる廊下から現れた妻のレーアを見て、仕事を終えて帰宅したウリセスは毎日覚える安堵の感情の他に、少しの違和感を覚えた。朝見た時より、また少しふっくらしている気がしたのだ。
最近、「食べていないと気分が悪くて」と言う彼女の身体は、確かにいままでにないほど肉づきがよくなっている。それでようやく人並みくらいなのだが、これまでのレーアしか知らないウリセスにしてみれば、その光景はとても新鮮だった。
柔らかそうな頬。そして、丸みを帯びた身体の線を覆うブラウスは、いつもより一回り大きいものに見えた。
ウリセスの視線が、どこに注がれていたのか分かったのだろう。
「あ、えっと、今日エリデが来たんですが、すぐ着られそうなものをいくつか見繕って夕方にまた持ってきてくれたんです」
少し大きな袖口を恥ずかしそうに引っ張りながら、妻は今日起きたことを話した。仕事とは言え気配りが行き届いているところは、さすがあの補佐官の妹だとウリセスは感心してしまう。
逆に言えば、レーアはそれほど着る服に困っていた、というわけだ。それに最初に気づいたのは、夕食を食べに来たエルメーテだった。自分の妻の体形をよく観察していたのかと思うと微妙に嫌な気分になるものの、見立てはかなり正しかったようだ。
日に日に、彼女の腹の中で育つ子供の存在を、ウリセスはこんな形で実感する。体形が変化するほど、もっと食べろもっと食べろと強要している我が子の力強さがひしひしと感じられた。
この貪欲な我が子が、秋になれば生まれるという。
それに必要な準備のひとつを、今日ウリセスは補佐官から聞かされたのだった。
「男の子だと思います? 女の子だと思います?」
昼休みの軍の食堂。珍しくエルメーテと一緒に昼食をとっている時、そう問いかけられた。少し遅い時間のおかげで、利用者もまばらだ。
そんな食堂の奥。厨房で黄銅の食器がまとめて落ちる派手な音がした。そそっかしい調理人の誰かがしくじったのだろう。そちらを見ることはなかったが、ウリセスは意識のどこかで「ここの食器が陶磁器でなくて良かったな」と考えていた。
言葉では「どっちでもいい」と答える。これは答えを考える必要のないことだった。最初から、ウリセスの答えは決まっていたからだ。ただし、この言葉には──「母子ともに健康であれば」という続きがあったが。
「そんなことは分かってます」
エルメーテは、ちらりと厨房の方を見て苦笑い。そして視線を再びウリセスへと戻す。
「こういうことは、考えるのが楽しいものじゃありませんか? 名前だって連隊長閣下が考えるんでしょうから」
そう告げられた時、スプーンを持つウリセスの大きな手が止まった。いま、何かとても重要なことを言われた気がしたのだ。
名前。
それは、一人の人間と一生を伴にする大事なもの。アロ家で言えば、兄ランベルトの名は祖父が、ウリセスの名は父が、そして妹のジャンナの名は母と兄がつけた。
「連隊長閣下?」と呼びかけられ、ウリセスははっと我に返り食事を続けた。黄銅の皿には、硬い黒パン、豆と野菜を煮た物(の中に気持ちばかりの肉の欠片)と、茹でた芋が載っている。量だけはあるが、楽しむ食事というのではなく、あくまで腹を膨らますだけの食事だ。
そんな簡素な食べ物を口に運びながら、名前を考えなければならない事実を吟味する。ウリセスに出来ることと言えば、頭の中で知っている名前を巡らせるくらいだ。
しかし、彼の知っている人の名は、ほとんどが男のものだ。そして、その大部分が部下の名である。自分の部下の名をつけるのはどうかと除外すると、途端に選択肢が狭まってしまう。それ以前に、女の子が生まれたらどうするのか。自分の知識では女の子の名がつけられるとは思えなかった。
「まさか、名前をまったく考えてらっしゃいませんでした?」
向かいの席から図星を指してくる補佐官に、しかしウリセスは慌てはしなかった。
「女の名前は、俺は分からん。妻と相談すればいい」と、端的に答えた。何も全部ウリセスが自分でやる必要はない。家には彼の妻がいる。二人の子なのだから、彼女が名前をつけたとしても何の問題もなかった。
「あ、閣下の奥様が、最初に挙げる男の子の名前、僕、分かるかもしれません」
しかし、そんなウリセスの穏やかな受け流しも気にせず、エルメーテは奇妙なことを言ったのだった。
「名前…ですか? 安直だと言われるかもしれませんが、男の子の名前で浮かぶのは、どうしても『マッシモ』です」
ウリセスが寝室で子の名前について妻に相談した時、最初に出てきたものは見事にエルメーテに当てられてしまった。
「誰の名だ?」
一体何故その名が出てきたか、食事を終えて仕事に戻ったためエルメーテから聞くことは出来なかった。だから、いまこうしてウリセスは着替えをしながら妻に聞くことにした。
「空の神を最初に信仰した方の名です。聖人として、神殿に奉られてらっしゃいますよ」
レーアは今日は着替えに苦労していないようだ。少し大きなブラウスを脱ぎながら、楽しそうにウリセスの問いに答える。なるほど宗教関係の話であれば、ウリセスが知らないことも納得出来た。
しかし、何故そこでその名が出てくるのかという答えには、いま一歩届いていない。何か重要な情報がぽっかり抜けていた。
「マッシモの物語、ご存知ありません?」
返答なしのウリセスに、レーアが振り返りながら首を傾げてみせる。「ああ」と信心深くない彼は、頷くしかなかった。
「マッシモは絵描きの少年で、多くの美しい絵を描くことが出来たのですが、ある日空の絵を描こうとして悩むんです。描いている内に、どんどん色が変わってしまうのですから」
慌てて寝巻きを着込んだ彼女は、そこから物語を語り始める。
「マッシモは悩みすぎて、三日三晩寝ずに空を見上げて絵を描き続けました。けれど、そんな息子を心配した彼の父が、マッシモの絵を全て破ってしまうんです」
子供向けの説教で語られていたのだろう。分かりやすい言葉でレーアが話しながら寝台へと近づいてくる。ウリセスもまた、反対側から近づいた。
「そうしたら不思議なことに、父親の破った数多くの空の絵の破片が交じり合って、信じられない色をマッシモに見せました。それこそが、空の神そのものでした。『よくぞ私を見つけた、少年よ』と、その色の中から空の神が語りかけます。『何か欲しいものはあるか』と問われたマッシモが、『この美しい色を描き続けられるのならば、他に何もいりません』と答えると、神はマッシモを気に入り、彼にだけ自分の色を描かせたのでした」
めでたしめでたし、とでも言いたげな満足気な表情で、レーアが寝台へと手をついてウリセスを見上げる。おそらくウリセスは、怪訝な顔をしていただろう。あっ、とレーアはようやく本題に気づいたようで、恥ずかしそうにこう告げた。
「あの……その、マッシモの絵を破った父の名が、ウリセスなんです」
そこまで来て、ようやく彼は納得した。レーアにとって「ウリセス」という名は夫の名であり、聖人マッシモの父の名として記憶されていたのだろう。
「でも、絵を破ったのは、マッシモの身体を心配したからで、決してひどいことをしようとしたわけでは……」
レーアが慌てたように、突然マッシモの父を擁護し始める。物語の悪役ではないことだけはウリセスに分かって欲しいようだ。
「分かった、大丈夫だ」
いくら側に寝台があるとは言え、あまり慌てると不測の事態が起きる可能性があるため、ウリセスは妻を落ち着かせることに重点を置いた。
そして、父親が自分につけたウリセスという名について考えた──詳しく考えるまでもなく、聖人の父の名としてつけたのではないことだけは理解出来た。
自分の名の由来について聞いたことはなかったため、どこから出てきたものかウリセスには分からない。家にとって重要度の低い次男だったため、祖父が父につけさせたとだけ聞いていた。
「ところで……」
レーアを早く寝台に上げて横にさせようと、ウリセスは手で彼女を促した。はっと気づいてようやく掛布の中にもぐり込んだ妻を見てほっとしながら、ウリセスはふと素朴な疑問を口にした。
「ところで……女だったら名前は何がいいんだ?」
そんなレーアの横に肘をついて同じように掛布に半分身体を入れた後、改めて横たわる妻を見た時、彼女はぱちくりと大きくひとつまばたきをしていた。
「考えて、ま、せんでした……子供の名前はウリセスが考えてくれると思っていたので、さっきまで全然考えてなかったんです」
いま思い浮かべようとして出来なかった自分に少しびっくりしたような顔で、レーアはウリセスを見上げている。
「女の名前は、俺は分からん」と、妻の期待に応えられないことを渋い表情でウリセスは伝えることとなる。
その後。
燭台の火を消した後の寝台の上で、レーアがゆっくりと女性の名をひとつずつ挙げてウリセスに感想を聞こうとしたが、さすがに子供の名前に「何でもいい」とは言えなかったウリセスは、全ての名に対し「いいんじゃないか」で答えてしまった。
レーアはそれにくすくすと笑ったが、その声の後半が薄く掠れて消えた。睡魔に負けて眠りに落ちたのだろう。
お腹の子が、困ったウリセスを助けてくれたようだった。
3 青ざめた女
数日後、ウリセスはレーアの末の弟であるセヴェーロを連れて帰宅した。いつも通りゆっくりと迎えに出たレーアは弟を見て、「まあ」と嬉しさに頬を緩めた。
「お邪魔します、姉さ……本当だ、姉さんが痩せてない」
近づいてくる彼女にセヴェーロも笑顔で応えた後、心底不思議なものを見た声で後半の言葉を続ける。
「本当って……誰から聞いたの?」
弟にじっと見られているのが恥ずかしくて、レーアは赤くなりながらも夫をちらりと見た。「あー、うん、それは……」と、セヴェーロもまた誰から聞いたか言いにくそうに言葉を濁しながら、ウリセスの方を見る。
「……そういうところはそっくりだな」
そんな姉弟の視線に、ウリセスは苦い笑みを浮かべたのだった。
夕食はいつもより一人多い四人。といっても、エルメーテが交じることもあるので、一人多いもてなしにジャンナはすっかり慣れたようで、てきぱきと準備をこなす。身重になってからは本当に彼女の存在が心強く、レーアは義妹の成長を頼もしく思っていた。
「今日はどうしたの? 何かあったの?」
食事が始まってもなかなかセヴェーロが話を切り出さないのは、珍しいことではない。コンテ家の兄弟の中では一番引っ込み思案な末弟は、うまく会話を切り出せない時がある。レーアも少し待ったのだが、我慢しきれずに自分から話を振った。
「あ、そんなんじゃないんだけど……いや、そうかな、ええと……父さんが……」
言葉に戸惑いながら、ようやくセヴェーロがそこまで言った。そこまでくれば、レーアも弟が困っている理由がはっきり分かる。
レーア達の父と言えば、大のウリセスびいきで家庭内では有名だ。その父は、息子の中で一番言うことをきかせやすいセヴェーロに、よく物を頼む。頼む、という言葉が適当かどうかは、レーアにも分かりかねるところがあったが。
「その、姉さん。まだ揺りかごとか……どこかに頼んでないよ、ね?」
「へぇ、コンテのおじさまは、赤ん坊の揺りかごを自分で買うか作るかしたいのね?」
セヴェーロのまどろっこしい言い方に、最初に待ちきれなくなったのは彼の隣のジャンナだった。
「あ、うん、父さんの友達に家具職人がいるから、一番いいのを頼むって」
ジャンナのまとめは助けになったのだろう。コンテ家の末弟は、ようやくするするっと言葉を出すことが出来た。使命を果たせたおかげか、セヴェーロはほぉっと息を吐き出している。スプーンを持った手は、その間ずっと止まったままだったが。
「まだ、どこにも、頼んでは、いないけど……」
レーアは、一言ごとにウリセスの表情を確認しながら言葉を紡いだ。ウリセスが、大丈夫だと頷いてそれに応えた。
「よかった。もうさ、毎日毎日大変で……母さんがもう少ししてからと言ってるのに、やれあれがいるんじゃないか、これはどうかとか……名前まで勝手に考え始めてて……しかも、男の子の名前ばっかりだよ」
父からの大きな任務を果たしたセヴェーロは、心底安堵した後、コンテ家の内情をゆっくり語り出した。弟が語る光景を、レーアは簡単に想像が出来た。そして一番最後の締めの言葉で、少しばかり青ざめた。父親が、尊敬してやまないウリセスの「息子」を願っているのが、手に取るように理解出来たからだ。
どちらが生まれるかは、神様が決めることだとレーアは思っていた。それにウリセスも、どちらがいいと言葉にするようなことはなかったので、すっかり彼女は安心しきっていた。
だが、伏兵は実家にいた。しかも、実家の中で一番恐ろしい兵、いや将軍だった。
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