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十章 神様達とご対面
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笑い声が板間中に響いた瞬間――
パッと花弁が舞い、共に人が宙に出現した。合計で七人。
皆、それぞれ特徴的な服を着ている。
風折烏帽子に狩衣に鯛と釣り竿を持っているのは、恵比寿様だろう。
大黒天様も恵比寿様と似た出で立ちだが、手には小槌と袋を持っている。
布袋様は耳たぶが大きく、着物をきちんと着ていなくて腹を出している姿だ。
弁財天様はただ一人の女性なのでわかる。
天平衣装という奈良時代辺りの貴族が着ていたような出で立ちで、羽衣を纏い琵琶を持っている。
毘沙門天様は、甲冑を身につけ宝塔を手にしている。槍みたいな武器を持って描かれていることが多いが、持っていなかった。
寿老人様と福禄寿様は――どっちも老人で杖を持っている。
(どっちが寿老人でどっちが福禄寿? わ、わからない!)
しかも髭具合まで似ている。菜緒は大いに焦る。
「すみません、辰巳さん。ご老人の姿をした神様の見分けがつきません……」
こっそり辰巳に尋ねる。
「桃を持っているお方が寿老人様です」
「そうですか! ありがとうございます」
「普段、寿老人様は鹿、福禄寿様は鶴を従えていてそれで見分けている方も多いんですよ。今回は、彼らを置いてきたようですから」
見分けつきづらいですよね、と同情してくれる。
七福神達はフワフワと宙に浮いたまま、菜緒を見下ろす。
花弁が舞い、彼らの背から後光が差しているせいか天井がやけに明るい。
(眩しい……)
菜緒は目を眇める。
「おお、皆の衆。人の子には少々我らは眩しいようだ」
と毘沙門天。
「それは申し訳のないことを。どれ、後光を消すかの」
「弁財天殿は難しかろう、許してやっておくれ」
寿老人が菜緒に優しく話しかけてきてビックリした菜緒は「うんうん」と思いっきり首を縦に振った。
「菜緒さんが驚くからお一人ずつ、とお願いしたではありませんか」
と辰巳。
「まあ、いいではないか」
と恵比寿。
「いずれ対面するのだからのぉ。一気に紹介したほうが早かろう?」
「そうじゃそうじゃ。いやぁ、こうして人間の前に出たのは何時くらいぶりかの」
と寿老人と福禄寿。
「しかし、菜緒という女子。大した肝っ玉ではないか! 驚くこそあっても、ちゃんと意識を保っておる!」
がはは、と笑う毘沙門天。
ふわり、と弁財天が、菜緒の前に降りてきた。
「これからよろしくね、菜緒。お菓子とか楽しみしているわ」
「――っ!? ふぁ……ふぁい!!」
口が上手く動かせず、おかしな返事となってしまった。
仕方がない。
神様が目の前にいると言うことだけで生きている中で最大の事件だというのに、親しげに話しかけてきてくれたのだから。
しかも、艶やかで大輪の牡丹のような女神に。
(ふわ~! 壁画から出てきたような和美人!)
それに、いい匂いまでする。
同性なのに、魅了されてクラクラしてきそうだ。
「ほっほっほ、弁財天よ。抜け駆けはいかんぞ。――菜緒よ、大黒天だ。これからよろしゅう頼むぞ。北の大地の恵みを受けた食を是非ともな」
「儂は布袋じゃ。ちょっぴりかげが薄いがな。良い酒が手に入ったら、おぬしの吉凶を占ってしんぜよう」
と軍配を掲げる。
「こりゃこりゃ、初対面でいきなりあれやこれやとされたら、菜緒も驚くであろう」
そう落ち着くように促してくれたのは、恵比寿であった。
「さすが恵比寿様です。そうですよ、皆さん。きていきなりご飯の催促なんて以ての外です」
と辰巳が恵比寿に感心しながら彼の後に続いて注意をしたら――
「儂が菜緒を推したのだから当然、食べたい優先順位は儂だろう」
「……感心させておいてそれ言いますか」
ガクリと頭をもたげる辰巳を余所に、七福神の神々は輪になり菜緒を囲み、好き勝手に料理を注文し始めた。
「菜緒。見た目がお洒落なケーキが食べたいわ。そうねぇ、今の季節ならそろそろ桜桃とかかしら? そうそう、日本で流行ってる『デザアト』は何? 『チョコレイト』というのも食べてみたいわ」
「拙者は『こおひい』というものに興味があってな。なんでも本国と菜緒の生まれ育った北の国とは少々違うと聞いた!」
「儂、ちいず」
「やっぱり酒だろう! 別に日本だけじゃなくてもよいぞ? 『ぶらんでい』とか『ウイスキイ』とか、『うおっか』とか世界中の酒を呑みたいものだ」
「ちいずと酒は、あうと聞いとる」
「儂は、『はんばあぐ』なる食べ物に憧れておる。何せ、肉の塊は儂の歯には噛み切りづらくてなぁ」
「ちいずはんばあぐというものもあるそうだ」
「『いたりあん』はどうだ? 作れるかの? 一度『ぴざ』を食したいと思ってな?」
「それちいず最高」
「待て待て、儂のりくえすとうが先じゃ! 中華! 中華がよい! 『やむちゃ』してみたい!」
「ちいず入れると美味いぞ」
「寿老人よ、『ちいず』『ちいず』とやかましいわい」
「いいじゃない。それほどちいずに憧れているのよ、ねえ寿老人」
喧々囂々し始めてしまい、囲まれた菜緒は冷や汗を掻きながら七人の神様の話にジッと耳を傾ける。
(そんなに和食以外の物を食べたかったのかぁ……)
ぱんぱん、と辰巳が手を叩き、神様達の注目を菜緒から自分に移してくれた。
「菜緒さんが驚いて固まってしまってます。本日は顔合わせなだけで料理は作りません。彼女への要望はまず私が承ってから、彼女に依頼しますから」
辰巳の言葉に、七福神からそれは大きなブーイングをされる。
「藤竜神を通したらまた和食になるわよ。和菓子じゃないの食べたいの!」
「そうだぞ。藤龍神殿はまったく頭の固さは、八百万神達の中でも十本の指に入るからな!」
ブーブーとそんな非難を受けて、辰巳はムッと眉間に皺を寄せている。
「お約束ですから破ったりはしません。でも、そんなに私を信用しないのなら知りませんよ。作ってもお供えしないで神使候補の子らと美味しく頂いてしまいますから」
「いけずう!」
また七人がブーブーと口を尖らせる。
囲まれた菜緒は、たまったものじゃない。
神の神気に当てられまくり、食べたい料理のリクエストまでされて、辰巳の意見に不愉快さを滲ませた気まで出してきたのだから。
(ク……クラクラする……目が回る……)
「あ、あの……」
とにかくこの輪から出て座りたい、と立ち上がり、辰巳にヘルプを求めようとした瞬間――
突如、天井を埋め尽くすほどの大きい物体が出現した。
ビックリして目を剥いた菜緒が見たのは、身体の長い日本の龍だった。
「我は『あいすくりん』の入った『ぱふぇ』とか『すーぷかれえ』が食べたいぞ!」
室内がびりびりと震えるほど大きな声で主張してきた。
これで菜緒は限界を超えた。
「……あっ」
「菜緒さん!?」
くたっ、と仰向けで倒れかかり、気づいた辰巳に抱きかかえられる。
「駄目……頭追いつかない……キャパオーバーです……」
「きゃぱおおばあ?」
なんの事だがわからない辰巳に「許容量や処理能力の限界を超えたってことよ」と弁財天が教えてくれた。
菜緒はまた、辰巳の家で寝込んでしまうことになった。
パッと花弁が舞い、共に人が宙に出現した。合計で七人。
皆、それぞれ特徴的な服を着ている。
風折烏帽子に狩衣に鯛と釣り竿を持っているのは、恵比寿様だろう。
大黒天様も恵比寿様と似た出で立ちだが、手には小槌と袋を持っている。
布袋様は耳たぶが大きく、着物をきちんと着ていなくて腹を出している姿だ。
弁財天様はただ一人の女性なのでわかる。
天平衣装という奈良時代辺りの貴族が着ていたような出で立ちで、羽衣を纏い琵琶を持っている。
毘沙門天様は、甲冑を身につけ宝塔を手にしている。槍みたいな武器を持って描かれていることが多いが、持っていなかった。
寿老人様と福禄寿様は――どっちも老人で杖を持っている。
(どっちが寿老人でどっちが福禄寿? わ、わからない!)
しかも髭具合まで似ている。菜緒は大いに焦る。
「すみません、辰巳さん。ご老人の姿をした神様の見分けがつきません……」
こっそり辰巳に尋ねる。
「桃を持っているお方が寿老人様です」
「そうですか! ありがとうございます」
「普段、寿老人様は鹿、福禄寿様は鶴を従えていてそれで見分けている方も多いんですよ。今回は、彼らを置いてきたようですから」
見分けつきづらいですよね、と同情してくれる。
七福神達はフワフワと宙に浮いたまま、菜緒を見下ろす。
花弁が舞い、彼らの背から後光が差しているせいか天井がやけに明るい。
(眩しい……)
菜緒は目を眇める。
「おお、皆の衆。人の子には少々我らは眩しいようだ」
と毘沙門天。
「それは申し訳のないことを。どれ、後光を消すかの」
「弁財天殿は難しかろう、許してやっておくれ」
寿老人が菜緒に優しく話しかけてきてビックリした菜緒は「うんうん」と思いっきり首を縦に振った。
「菜緒さんが驚くからお一人ずつ、とお願いしたではありませんか」
と辰巳。
「まあ、いいではないか」
と恵比寿。
「いずれ対面するのだからのぉ。一気に紹介したほうが早かろう?」
「そうじゃそうじゃ。いやぁ、こうして人間の前に出たのは何時くらいぶりかの」
と寿老人と福禄寿。
「しかし、菜緒という女子。大した肝っ玉ではないか! 驚くこそあっても、ちゃんと意識を保っておる!」
がはは、と笑う毘沙門天。
ふわり、と弁財天が、菜緒の前に降りてきた。
「これからよろしくね、菜緒。お菓子とか楽しみしているわ」
「――っ!? ふぁ……ふぁい!!」
口が上手く動かせず、おかしな返事となってしまった。
仕方がない。
神様が目の前にいると言うことだけで生きている中で最大の事件だというのに、親しげに話しかけてきてくれたのだから。
しかも、艶やかで大輪の牡丹のような女神に。
(ふわ~! 壁画から出てきたような和美人!)
それに、いい匂いまでする。
同性なのに、魅了されてクラクラしてきそうだ。
「ほっほっほ、弁財天よ。抜け駆けはいかんぞ。――菜緒よ、大黒天だ。これからよろしゅう頼むぞ。北の大地の恵みを受けた食を是非ともな」
「儂は布袋じゃ。ちょっぴりかげが薄いがな。良い酒が手に入ったら、おぬしの吉凶を占ってしんぜよう」
と軍配を掲げる。
「こりゃこりゃ、初対面でいきなりあれやこれやとされたら、菜緒も驚くであろう」
そう落ち着くように促してくれたのは、恵比寿であった。
「さすが恵比寿様です。そうですよ、皆さん。きていきなりご飯の催促なんて以ての外です」
と辰巳が恵比寿に感心しながら彼の後に続いて注意をしたら――
「儂が菜緒を推したのだから当然、食べたい優先順位は儂だろう」
「……感心させておいてそれ言いますか」
ガクリと頭をもたげる辰巳を余所に、七福神の神々は輪になり菜緒を囲み、好き勝手に料理を注文し始めた。
「菜緒。見た目がお洒落なケーキが食べたいわ。そうねぇ、今の季節ならそろそろ桜桃とかかしら? そうそう、日本で流行ってる『デザアト』は何? 『チョコレイト』というのも食べてみたいわ」
「拙者は『こおひい』というものに興味があってな。なんでも本国と菜緒の生まれ育った北の国とは少々違うと聞いた!」
「儂、ちいず」
「やっぱり酒だろう! 別に日本だけじゃなくてもよいぞ? 『ぶらんでい』とか『ウイスキイ』とか、『うおっか』とか世界中の酒を呑みたいものだ」
「ちいずと酒は、あうと聞いとる」
「儂は、『はんばあぐ』なる食べ物に憧れておる。何せ、肉の塊は儂の歯には噛み切りづらくてなぁ」
「ちいずはんばあぐというものもあるそうだ」
「『いたりあん』はどうだ? 作れるかの? 一度『ぴざ』を食したいと思ってな?」
「それちいず最高」
「待て待て、儂のりくえすとうが先じゃ! 中華! 中華がよい! 『やむちゃ』してみたい!」
「ちいず入れると美味いぞ」
「寿老人よ、『ちいず』『ちいず』とやかましいわい」
「いいじゃない。それほどちいずに憧れているのよ、ねえ寿老人」
喧々囂々し始めてしまい、囲まれた菜緒は冷や汗を掻きながら七人の神様の話にジッと耳を傾ける。
(そんなに和食以外の物を食べたかったのかぁ……)
ぱんぱん、と辰巳が手を叩き、神様達の注目を菜緒から自分に移してくれた。
「菜緒さんが驚いて固まってしまってます。本日は顔合わせなだけで料理は作りません。彼女への要望はまず私が承ってから、彼女に依頼しますから」
辰巳の言葉に、七福神からそれは大きなブーイングをされる。
「藤竜神を通したらまた和食になるわよ。和菓子じゃないの食べたいの!」
「そうだぞ。藤龍神殿はまったく頭の固さは、八百万神達の中でも十本の指に入るからな!」
ブーブーとそんな非難を受けて、辰巳はムッと眉間に皺を寄せている。
「お約束ですから破ったりはしません。でも、そんなに私を信用しないのなら知りませんよ。作ってもお供えしないで神使候補の子らと美味しく頂いてしまいますから」
「いけずう!」
また七人がブーブーと口を尖らせる。
囲まれた菜緒は、たまったものじゃない。
神の神気に当てられまくり、食べたい料理のリクエストまでされて、辰巳の意見に不愉快さを滲ませた気まで出してきたのだから。
(ク……クラクラする……目が回る……)
「あ、あの……」
とにかくこの輪から出て座りたい、と立ち上がり、辰巳にヘルプを求めようとした瞬間――
突如、天井を埋め尽くすほどの大きい物体が出現した。
ビックリして目を剥いた菜緒が見たのは、身体の長い日本の龍だった。
「我は『あいすくりん』の入った『ぱふぇ』とか『すーぷかれえ』が食べたいぞ!」
室内がびりびりと震えるほど大きな声で主張してきた。
これで菜緒は限界を超えた。
「……あっ」
「菜緒さん!?」
くたっ、と仰向けで倒れかかり、気づいた辰巳に抱きかかえられる。
「駄目……頭追いつかない……キャパオーバーです……」
「きゃぱおおばあ?」
なんの事だがわからない辰巳に「許容量や処理能力の限界を超えたってことよ」と弁財天が教えてくれた。
菜緒はまた、辰巳の家で寝込んでしまうことになった。
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