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九章 教えあいましょう、それで決まりです

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 菜緒は頭が痛くなってきた。

 イクメンの龍神様だけど、グズグズと言っている頑固な神様なんだ。

「神使候補の子供達を見ていると、あの子達だってそういった現代の食事を食べたいと思ってますよ? それは辰巳さんにもわかりますよね?」
「はい、でも――」
「『でも』じゃないです。神使候補の子供達の顔を見てますか? 特にご飯の時の」
 それは知っていたらしい。途端に辰巳の勢いがなくなる。

「こだわりがあるのは悪いことではないと思います、が! 周囲を巻き込んで不愉快にさせたり哀しませたりするのは違うんじゃないでしょうか? このままだと今の神使候補の子供達は、食に関して歪んだ欲望を抱いてしまう気がします」

 菜緒の考えに辰巳は頭を垂らした。
 明らかにしょげてしまって、なんだか申し訳なくなってくる。

(神様に説教をしている感じで……そんなつもりじゃなかったんだけど)

「……わかりました。辰巳さん、こうしましょう。週に一回か二回辰巳さんに辰巳さんが知らない料理を教えに来ます。その代わり、辰巳さんが私に和食を教えてください」
「はい?」

「教えあいっこです。辰巳さんの作る和食は本当に美味しいです。是非習いたいと思ってました。お互いにイーブンな関係になりましょう」
「い、いーぶん?」

「『お互い様』とか『対等』とかそんな意味です。……あっ! 料理関係で、ですよ。イーブンは」
 辰巳は神様なのだ。ただの人の菜緒と対等なはずはない。慌てて付け足した。

「互いに教え合う関係になるんです。そうすれば『巫女』とか関係なくなると思います。そして料理関係以外は極力関わらない、というのはどうでしょうか?」

 これで納得してくれるだろうか?
 正直、辰巳の和食は美味しいし、これからも味わいたい。
 そして子供達の要望に応えてあげたい。

 その他神様のことは、今日初めて聞いたのでなんとも言いがたい。
 辰巳は腕を組んで「うんうん」と考え込んでいる。
 神様には神様なりのお考えがあるのはわかっている。
 辰巳は「むむむ」とか「料理以外には関わらないか」とか言いながら、まだ眉間に皺を寄せている。

「単純に考えましょう、辰巳さん。辰巳さんだって子供たちの「美味しい」って笑う顔を見たいでしょう?」
「ええ、それは勿論です」
「子供たちが神使としてここを巣立ったあと、ご飯が美味しかったという記憶があるというのはきっと大切な思い出になるんじゃないでしょうか?」

 菜緒のその言葉が決定打になったのか、辰巳の顔が急に和らいだ。

「ここを出て思い出されることは輝いているほうが嬉しいですよね。美味しい食事って生活していく中で大切な一つですよね」
「ええ、そうですよ。『また食べたくて』って里帰りしたくなるようなご飯、作っていきましょう」
「……わかりました。菜緒さんの意見、聞き入れましょう」

「やっっっっったああああああああああああ!!」


 歓喜の声が廊下から上がり、パン、と障子が開く。

 そこには兎に鯛、犬にカラス、鼠が揃ってピョンピョンしながら万歳して駆け寄ってきた。

 ついで天井から――ヒラヒラと落ちてくるピンクの薄い物体。
 菜緒は畳の上に落ちたそれを拾って声を上げた。
「……これ、桜の花びら? 桃の花びら?」
 ヒラヒラと落ちてくるピンクの花びらと、部屋中を跳ねながら喜ぶ子供達に辰巳は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

「ほら! 落ち着いてみんな! というか! 神様達も落ち着いてください! 部屋に花びらを撒き散らかさないで!」
「ああ、これ神様が花を撒いちゃってるんですね」
 嬉しかったのは神使候補の子供達だけではなかったようだ。

「菜緒」と、服を掴みツンツンしてくるのは兎だ。
「これからよろしくね、菜緒」
 ニコリと笑顔を向けてくる。ああ、天使のような可愛さだわと思いながら、菜緒も兎の目線にまでしゃがみ挨拶をする。

「ええ、週に一度か二度だけど、よろしくね」
「ふふん、負けないからね」
「……?」

 天使の笑顔から一変してフンと胸をそらし、挑戦的な眼差しで菜緒を見つめてきた。
(どうした? 兎)
 と突っ込みたい菜緒だが時間はもう開院十五分前。

 早歩きでギリギリの時間だ。
「すみません! 私、もう行かないと!」
 鞄を手に取り、辰巳に声をかける。

「終わったら家に寄ってくれませんか? 色々紹介したい方がいるので」
「今日は二十時に終わるのでそれ以降になります。遅くなりますが」
「それでもいいです。お願いします」
「はい、わかりました!」

 お邪魔しました、と菜緒は慌ただしく平屋の住宅――神使候補の子供達と彼らを育てている龍神様のおわす家を出る。

(なんだかこれから珍しい人生を送りそうな……)

 と思いつつも「先行きが不安」という感じはない。

 それどころか――

 これから知らない世界を体現するんだと、ワクワクしている自分がいた。





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