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八章 再びの開門、菜緒思い出す。そして激怒。

(6)

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 ちょうどいいタイミングで辰巳達が、盆に食事を持ってきて部屋に入ってきた。

「お待たせしました」
 と辰巳と鯛、そして兎が皿に盛られたおかずを並べていく。

 卓に並べられていく食事に、菜緒のお腹が空腹を訴えてきてクルル、と動く。
 動いただけなので音が鳴らなくてよかったと、菜緒は冷や汗を掻いた。

 並べられたおかずは、辰巳らしいものだった。
「白瓜のお漬け物にオクラと鶏団子のお吸い物。たこ飯に鰯の梅煮です。それとくずきりにきなこと黒蜜をかけたものです」

 旬の野菜や海産物などを使った純和風物。
 子供達もおいおいの席に座り、大人しくしているが、やはり唐揚げの時のような、食事を見る目に輝きがない。
 ちらりと院長を見るとキラキラと目を輝かせているので、彼女好みの食事なのだろう。
(もしかしたらイクメンが作ってくれたというだけで、嬉しいのかもしれないけれど)

「では、頂きましょう」
 今日は以前のような「お話し」はないらしい。

「頂きます」と行儀良くお辞儀をして食べ始める。
「今日は『ハレの日』ではないのでお話しはありません。気にせず召し上がってください」
 辰巳が院長と菜緒に話しかけてくる。

 そうか、院長もそういう経験をしているのかと目で合図を送り頷き合うと箸を取り、食べ始める。

 まずはオクラと鶏団子のお吸い物。
 見た目あっさりとしているが、しっかり出汁の味がしている。
 鶏団子を食べると、コリっとした食感に刻まれた軟骨が入っていることがわかった。
 細かく砕いているので、噛む際に引っかかることなく喉に通っていく。

 オクラの産毛の処理もキチンとされていて、口に入れたときごわごわした毛の感覚もない。
 これだけも辰巳の丁寧な調理が目に見えるようだ。

 たこ飯も入っている蛸も柔らかいのに弾力があり、そしてよく味が染みている。

 メインの鰯の梅煮。
 鰯は大きく身が詰まっていて、食べると身がほろりと崩れる。
 魚特有の臭みもなくいくらでも食べられそうだ。

「ど、どれも美味しい……っ」
 感動に体が震えそうになる。

 げんきんだけど、先ほどの恨みも一気に吹き飛で食べる幸せに包まれてしまう。
 隣の院長は美味しさを隠しきれず、喜色満面に溢れている。
 そんな、菜緒と院長の様子を眺め辰巳はホッとした様子だ。

「よかった。院長先生がいらっしゃる日は、いつもより緊張して食事を作っている気がします」
「いやね、ご謙遜。これだけの食事を作れるのに。もっと自信を持っていいんですよ」
「けれど、人の食事というものは時代の流れで変わっていくものですから。今の方々の舌にあうかどうか」
「新しいメニューを取り入れたらいかがです?」
「……ええ、おいおい考えております」
 そう言って辰巳はお漬け物を口にいれた。

 穏やかな表情はいつもと変わらずな印象で、本当に念頭に置いているのか、菜緒には測りかねない。
 けれど――院長と子供達の様子。
 特に子供達の表情を見るにいつものやりとりで、メニューの幅を広げる気はないと菜緒には取れた。
 それを見ると、また闘志が燃え上がる。

「辰巳さん!」
 思わず声を大にして呼んでしまう。

 すると、彼も驚きながらも、
「はい!」
 と辰巳から、とてもいい返事が返ってくる。

 人の姿をして顕現していても、元は神様だ。
 その神様から歯切りのよい返事がくるとは思わなかったので、しばし沈黙してしまう。
 院長も子供達も箸を止めて、菜緒と辰巳を見つめる。

「……あの、どうしました? 食事に何か入っていましたか?」
 先に辰巳に尋ねられて菜緒も我に返る。
「いえ、美味しいです――って、それで辰巳さんを呼んだわけではなくて……」
「はい」
「食事が済んだらお話しがあります」

 菜緒と再会してから覚悟はあったのか、辰巳はあっさりと頷く。
「はい」
 と。

 菜緒は院長に向き直すと、
「すみません。午後の診療までには間に合うよう出ますので、先に医院に戻っていただいてよろしいでしょうか?」
 と頼み込む。

「OK、OK。こじれるようなら多少遅刻しても構わないわよ」
「いえ、長居はしません」
 きっぱりと言い切る菜緒に、院長は苦笑いを浮かべ辰巳に顔を向ける。

「と、いうわけで少しの時間、姉崎さんを頼みますね」
「はい……」
 戸惑いを乗せた辰巳の返事に、院長は子供に語りかけるように言う。

「ここはね、きちんとお話しをされた方がいいと思うんです。藤村さんにとってよかれと思ったことが、姉崎さんにとってよくないことだったこともあります。それはたとえ藤村さんだとて、犯してはいけない領域だった可能性もありますからね。人の気持ちは複雑だとご承知なら尚更です」

「ええ……そうですね。僕の態度は、菜緒さんには逃げてるように見えるかもしれません。でも、逃げてるわけではないことを理解してもらわなくてはならないでしょう」

 そう辰巳は、また笑みを顔に乗せる。
 その笑みは僅かに苦痛を乗せていた。




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