32 / 40
八章 再びの開門、菜緒思い出す。そして激怒。
(3)
しおりを挟む
「いんちょう先生がきた!」
と引き戸を開けてきたのは鼠だった。
子供らしい満面の笑みを顔に乗せ、院長に飛び込んでいく。
院長も笑顔を作り、しっかりと受け止める。
「いつも元気だね、鼠は。生活に慣れてきた?」
「うん! ――じゃなかった、はい! でちゅ」
でちゅじゃない、ですだ、と慌て出す鼠に院長は笑い頭を撫でてやる。
鼠は嬉しそうに院長に頭を撫でられ、それから後ろに控えていた菜緒に目をやった。
「菜緒!? 菜緒だ! 鯛! 兎! 菜緒がいる!」
大きな声を上げ、家内にいると思われる鯛と兎を呼ぶ。
すぐにバタバタと走る音が聞こえ、飛び出るように玄関から顔を出してきたのは鯛と兎だった。
相変わらず鯛は睫も瞼もないし、兎はツインテールを高い位置で作り相変わらずの美少女ぶりだ。
「菜緒!」
「本当だわ、菜緒だ!」
と二人、声を揃えて菜緒の懐に飛び込んできた。
その様子に院長は驚いて目を白黒させていた。
「姉崎さん、もともと知り合いだったの?」
「もろもろ事情がありまして、その辺りの記憶を塗りつぶされたようで……その、今思い出しました」
「その『もろもろの事情』というのは、あとでゆっくりと聞きたいわ」
「『もろもろの事情』は院長の言う『眼福の美青年』に聞いてもらったほうがいいと思います。……というか、私も聞きたいですね、私の記憶を塗ってなかったことにした理由を……」
さすが慣れているというのだろう。院長は、
「あー、なるほど」
と、あっさりと信じて、鼠の手を引きながら中へ入っていく。
「菜緒、やっぱり辰巳に記憶、塗りつぶされていたのね」
と兎。
「よほど私が関わることが嫌みたいね」
「辰巳は頑固だし、考え方が古いからね。必要以上に人を関わらせたくないの」
と鯛は言う。
「うん、わかる。二人のいうことわかるし、辰巳さんの考えもわかるけど……こういうやり方はいくない!」
うん、うんと同意するように鯛と兎は頷く。
「鯛、兎。私、断固、抗議するから!」
菜緒は握りこぶしを作ると、ずんずんと足を踏みならし平屋へ入っていった。
「あっ」と、辰巳は短く声を上げた。
菜緒を見て。
菜緒は眉をつり上げて辰巳を軽く睨むと、深々とお辞儀をする。
「本日から大津院長に付き添うことになりました、看護師の姉崎と申します」
顔を上げて辰巳に向かいニコリと笑う。
微笑みを乗せているのに怖い。
辰巳は菜緒を見て、内心、溜め息を吐いた。
勿論、彼女に対してではない。
人間である菜緒を『こちら側に』引き込みたい神々に、である。
菜緒は北海道出身で、古くから北の大地に住んでいた先住民の子孫だ。
しかも、巫女の血筋。
(どうして、ここまで菜緒さんに執着するんだろう?)
辰巳は一般市民として特別な能力を使わずに生活している彼女を、巻き込みたいと思っていない。
彼女には彼女の、今まで生きてきた経路があり、基盤がある。
それを無理矢理曲げてこちらの世界に取り込むというのは、あまりにも身勝手ではないだろうか?
いくら彼女が承諾しても――
(……何、考えていらっしゃるんだろう)
辰巳は雑念を振り払うよう深呼吸をすると、菜緒に負けずと劣らない笑みを返す。
「よろしくお願いします」
とだけ菜緒に言うと、院長と並んで部屋に案内する。
「新しい助手さんが見つかってよかったですね」
「ええ、今までの中で一番肝が据わっているわよ。わかっていると思うけど」
そう笑いながら院長は辰巳に言った。
この平屋に入る道が開かれた時、菜緒は全てを思い出しただろう。
そして、簡単に院長に話したかもしれない。
それで納得できる能力を院長も持ち合わせている。
でも、そうでないとこの子達の健康を診てもらえない――神徒候補の子供達を。
各々の事情を瞬時に理解できる賢い者は、人に大勢いる。
だが、それが超常現象に触れるものもそうであるか? といえばそうでないことの方が多い。
日常的にある現象であり、決して不可思議なものではないと精神的に納得している者を探すのは苦労を要するのだ。
院長も血筋だろう。霊感が通常より多少強い。
そしてそれを恐れずに、マイペースに応対できる性格だ。
能力より性格の問題の方が影響が出やすいと辰巳は思う。
菜緒も――院長と似た類だ。
少しでも怖がればきっと、こうも引き寄せられることなんてなかったのだろう。
(でも……なぁ……)
菜緒さんは、こちらに引き込んだら危険な感じがする。
どうしてそう感じるのかわからない。感覚が訴えている。
自分の神格がもっと高かったのならそう感じる理由がわかるのだろうな、と辰巳は少し寂しくなった。
……ほんの少し。
と引き戸を開けてきたのは鼠だった。
子供らしい満面の笑みを顔に乗せ、院長に飛び込んでいく。
院長も笑顔を作り、しっかりと受け止める。
「いつも元気だね、鼠は。生活に慣れてきた?」
「うん! ――じゃなかった、はい! でちゅ」
でちゅじゃない、ですだ、と慌て出す鼠に院長は笑い頭を撫でてやる。
鼠は嬉しそうに院長に頭を撫でられ、それから後ろに控えていた菜緒に目をやった。
「菜緒!? 菜緒だ! 鯛! 兎! 菜緒がいる!」
大きな声を上げ、家内にいると思われる鯛と兎を呼ぶ。
すぐにバタバタと走る音が聞こえ、飛び出るように玄関から顔を出してきたのは鯛と兎だった。
相変わらず鯛は睫も瞼もないし、兎はツインテールを高い位置で作り相変わらずの美少女ぶりだ。
「菜緒!」
「本当だわ、菜緒だ!」
と二人、声を揃えて菜緒の懐に飛び込んできた。
その様子に院長は驚いて目を白黒させていた。
「姉崎さん、もともと知り合いだったの?」
「もろもろ事情がありまして、その辺りの記憶を塗りつぶされたようで……その、今思い出しました」
「その『もろもろの事情』というのは、あとでゆっくりと聞きたいわ」
「『もろもろの事情』は院長の言う『眼福の美青年』に聞いてもらったほうがいいと思います。……というか、私も聞きたいですね、私の記憶を塗ってなかったことにした理由を……」
さすが慣れているというのだろう。院長は、
「あー、なるほど」
と、あっさりと信じて、鼠の手を引きながら中へ入っていく。
「菜緒、やっぱり辰巳に記憶、塗りつぶされていたのね」
と兎。
「よほど私が関わることが嫌みたいね」
「辰巳は頑固だし、考え方が古いからね。必要以上に人を関わらせたくないの」
と鯛は言う。
「うん、わかる。二人のいうことわかるし、辰巳さんの考えもわかるけど……こういうやり方はいくない!」
うん、うんと同意するように鯛と兎は頷く。
「鯛、兎。私、断固、抗議するから!」
菜緒は握りこぶしを作ると、ずんずんと足を踏みならし平屋へ入っていった。
「あっ」と、辰巳は短く声を上げた。
菜緒を見て。
菜緒は眉をつり上げて辰巳を軽く睨むと、深々とお辞儀をする。
「本日から大津院長に付き添うことになりました、看護師の姉崎と申します」
顔を上げて辰巳に向かいニコリと笑う。
微笑みを乗せているのに怖い。
辰巳は菜緒を見て、内心、溜め息を吐いた。
勿論、彼女に対してではない。
人間である菜緒を『こちら側に』引き込みたい神々に、である。
菜緒は北海道出身で、古くから北の大地に住んでいた先住民の子孫だ。
しかも、巫女の血筋。
(どうして、ここまで菜緒さんに執着するんだろう?)
辰巳は一般市民として特別な能力を使わずに生活している彼女を、巻き込みたいと思っていない。
彼女には彼女の、今まで生きてきた経路があり、基盤がある。
それを無理矢理曲げてこちらの世界に取り込むというのは、あまりにも身勝手ではないだろうか?
いくら彼女が承諾しても――
(……何、考えていらっしゃるんだろう)
辰巳は雑念を振り払うよう深呼吸をすると、菜緒に負けずと劣らない笑みを返す。
「よろしくお願いします」
とだけ菜緒に言うと、院長と並んで部屋に案内する。
「新しい助手さんが見つかってよかったですね」
「ええ、今までの中で一番肝が据わっているわよ。わかっていると思うけど」
そう笑いながら院長は辰巳に言った。
この平屋に入る道が開かれた時、菜緒は全てを思い出しただろう。
そして、簡単に院長に話したかもしれない。
それで納得できる能力を院長も持ち合わせている。
でも、そうでないとこの子達の健康を診てもらえない――神徒候補の子供達を。
各々の事情を瞬時に理解できる賢い者は、人に大勢いる。
だが、それが超常現象に触れるものもそうであるか? といえばそうでないことの方が多い。
日常的にある現象であり、決して不可思議なものではないと精神的に納得している者を探すのは苦労を要するのだ。
院長も血筋だろう。霊感が通常より多少強い。
そしてそれを恐れずに、マイペースに応対できる性格だ。
能力より性格の問題の方が影響が出やすいと辰巳は思う。
菜緒も――院長と似た類だ。
少しでも怖がればきっと、こうも引き寄せられることなんてなかったのだろう。
(でも……なぁ……)
菜緒さんは、こちらに引き込んだら危険な感じがする。
どうしてそう感じるのかわからない。感覚が訴えている。
自分の神格がもっと高かったのならそう感じる理由がわかるのだろうな、と辰巳は少し寂しくなった。
……ほんの少し。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
22
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる