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八章 再びの開門、菜緒思い出す。そして激怒。
(1)
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そうして――やってきた木曜日。
(十時に医院前……)
菜緒はあらかじめ下宿先のアパートから、パンツタイプのナースウェアに着替えてきた。
半袖なので、その上に薄手のカーディガンを羽織る。
駐車場を見ると、職員用として使っているスペースに赤のスポーツカーが停まっているので、もう医院にいるはずだ。
院長宅はここから車で五分ほどの、大津家が所有している土地に建てたマンションの一画に住んでいる。
大津家はこの辺りの地主の一人だ。
院長は「分家で気楽だ」だと聞いているので、跡取りとかそういうのも気にせず独身生活を満喫しているのかもしれない。
「姉崎さん、お待たせ」
医院の扉の開く音がして院長が出てきた。
白衣を着て往診鞄を手にしている。
「徒歩で行くんですか?」
「ええ、そう。時々車で行くけど大体は歩きね。歩いて十五分ほどだから、いい散歩だと思って頑張って!」
「はい」
笑い合うと菜緒は院長のやや後ろをついていく。
(十五分か。丁度医院から私の下宿先のアパートまでと同じ時間ね)
「どの辺りなんです?」
「駅の反対側よ。そう言えば住所を見たら姉崎さんの自宅と近いのよね。次回からは直行でいいかもしれないわ」
「あ、はい」
なんて会話をしながら歩いていく。
「そうそう、この前話すのついうっかり忘れていたんだけど、お昼はその訪問先でいただくのよ」
「そうだったんですか?」
「もしかしたらお昼用意しちゃった?」
「いえ、帰りに買ってこようかと」
「よかったわ。これでお昼代浮かせるわね」
あはは、と笑う院長に菜緒は思い出したことがあった。
(そうだ、宮本さんが言ってたじゃない。『先生結構急に言い出すのよね~。忙しいから忘れちゃうんだろうけど』って)
結構どころじゃないかも、と苦笑いする菜緒だ。
他愛のない話をしながら駅を越え、反対側に出る。
そうして院長についていきながら、菜緒は眉を寄せ始めた。
自分の下宿先に近い、と言っていたが、同じ方角、同じ道順だ。
多少細い道に入ったりとしたが、それでもまるっきり同じだ。
多成神社の横の大きな道路に面した歩道を歩き、それから住宅街に入る道に曲がる。
「神社の裏なのよ」
院長の言葉に愕然とし、菜緒はその場に立ち止まった。
「院長」
「何?」
「この道をまっすぐ行って、神社の隣にあるアパートの二階が私の下宿先です」
「そうなの?」
院長も驚いて住所を確認する。
「近い近いと思っていたけれど、お隣さんだったのねぇ。私、駅の反対側ってあまり行かないからわからなかったわ」
院長、大らかすぎじゃないか? と突っ込みたかったが止めた。
このくらいのことで怒ったりうんざりしたりするような沸点の低い菜緒ではない。
――というより、突っ込みたいことは他にあった。
「院長」
「何?」
「その……神社の裏というのは、道を挟んだ『こっち側の住宅』のことを言うんでしょうか?」
かろうじて対向車がぶつからないで通れる舗道の向こうに、住宅がひしめき合っている。
そっちに建てられた住宅の一つなら話はわかる。
しかし院長はあっけらかんと、そして当然のように菜緒に言った。
「違うわよ。『神社の裏』」
と、止まり、指を差す。
そこには所謂『鎮守の森』と呼ばれる神社の森が、ささやかに鎮座している。
天気は快晴なのにそこでは霞まで発生していて、シイ、タブ、カシなどの常緑広葉樹達が来ることを拒絶するように所々姿を隠している。
すると――
そこに数十年といや、百年は経っているかもしれない木々達が。
鬱蒼と生える「鎮守の森」が。
二人を迎える意思があるように左右に動いた。
何の音も立てず、まるで根っこがなくてそこにローラーでもつけているように滑らかに動いたのだ。
同時、霞まであった空気が一変し、晴れやかな空の見える木造平屋の一戸建てが姿を現した。
(十時に医院前……)
菜緒はあらかじめ下宿先のアパートから、パンツタイプのナースウェアに着替えてきた。
半袖なので、その上に薄手のカーディガンを羽織る。
駐車場を見ると、職員用として使っているスペースに赤のスポーツカーが停まっているので、もう医院にいるはずだ。
院長宅はここから車で五分ほどの、大津家が所有している土地に建てたマンションの一画に住んでいる。
大津家はこの辺りの地主の一人だ。
院長は「分家で気楽だ」だと聞いているので、跡取りとかそういうのも気にせず独身生活を満喫しているのかもしれない。
「姉崎さん、お待たせ」
医院の扉の開く音がして院長が出てきた。
白衣を着て往診鞄を手にしている。
「徒歩で行くんですか?」
「ええ、そう。時々車で行くけど大体は歩きね。歩いて十五分ほどだから、いい散歩だと思って頑張って!」
「はい」
笑い合うと菜緒は院長のやや後ろをついていく。
(十五分か。丁度医院から私の下宿先のアパートまでと同じ時間ね)
「どの辺りなんです?」
「駅の反対側よ。そう言えば住所を見たら姉崎さんの自宅と近いのよね。次回からは直行でいいかもしれないわ」
「あ、はい」
なんて会話をしながら歩いていく。
「そうそう、この前話すのついうっかり忘れていたんだけど、お昼はその訪問先でいただくのよ」
「そうだったんですか?」
「もしかしたらお昼用意しちゃった?」
「いえ、帰りに買ってこようかと」
「よかったわ。これでお昼代浮かせるわね」
あはは、と笑う院長に菜緒は思い出したことがあった。
(そうだ、宮本さんが言ってたじゃない。『先生結構急に言い出すのよね~。忙しいから忘れちゃうんだろうけど』って)
結構どころじゃないかも、と苦笑いする菜緒だ。
他愛のない話をしながら駅を越え、反対側に出る。
そうして院長についていきながら、菜緒は眉を寄せ始めた。
自分の下宿先に近い、と言っていたが、同じ方角、同じ道順だ。
多少細い道に入ったりとしたが、それでもまるっきり同じだ。
多成神社の横の大きな道路に面した歩道を歩き、それから住宅街に入る道に曲がる。
「神社の裏なのよ」
院長の言葉に愕然とし、菜緒はその場に立ち止まった。
「院長」
「何?」
「この道をまっすぐ行って、神社の隣にあるアパートの二階が私の下宿先です」
「そうなの?」
院長も驚いて住所を確認する。
「近い近いと思っていたけれど、お隣さんだったのねぇ。私、駅の反対側ってあまり行かないからわからなかったわ」
院長、大らかすぎじゃないか? と突っ込みたかったが止めた。
このくらいのことで怒ったりうんざりしたりするような沸点の低い菜緒ではない。
――というより、突っ込みたいことは他にあった。
「院長」
「何?」
「その……神社の裏というのは、道を挟んだ『こっち側の住宅』のことを言うんでしょうか?」
かろうじて対向車がぶつからないで通れる舗道の向こうに、住宅がひしめき合っている。
そっちに建てられた住宅の一つなら話はわかる。
しかし院長はあっけらかんと、そして当然のように菜緒に言った。
「違うわよ。『神社の裏』」
と、止まり、指を差す。
そこには所謂『鎮守の森』と呼ばれる神社の森が、ささやかに鎮座している。
天気は快晴なのにそこでは霞まで発生していて、シイ、タブ、カシなどの常緑広葉樹達が来ることを拒絶するように所々姿を隠している。
すると――
そこに数十年といや、百年は経っているかもしれない木々達が。
鬱蒼と生える「鎮守の森」が。
二人を迎える意思があるように左右に動いた。
何の音も立てず、まるで根っこがなくてそこにローラーでもつけているように滑らかに動いたのだ。
同時、霞まであった空気が一変し、晴れやかな空の見える木造平屋の一戸建てが姿を現した。
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