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六章 イクメンの正体
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「龍神繋がりでここにやってきたんですね」
「本当にありがたかったです。もう御力も自分で出せず、邪神になるか消えるかの選択しかありませんでしたから」
辰巳はそう言うと、多成神社の方角に顔を向ける。
無の空間だが、菜緒にはそうした行動に見えた。
「大きな神社には私がいたような小さな社と違って、神にお仕えする『神使』がいらっしゃいます。級津彦命様、級戸辺命様の仮のお姿であられる金竜様から、神の使いの子供達を養育するよう私に命じられたのです。いつか私の御霊が、いずこかの神社に入れるよう取り計らってくださると。……そうしていくうちに他の、上位の神様の耳にも入るようになりまして、今は七福神様の命で神徒候補をお育てしております」
「他の神様達にも信頼されているんですね、辰巳さんは」
えっ、と驚いた顔を菜緒に見せ、辰巳は頬を染めた。
「い、いえ……私はお役目をきちんとこなさなくてはと……当たり前のことだと思うので……。それに子供は好きですし」
「その真面目さがきっと、他の神様達にとって安心できるのだと思います」
「そうでしょうか。『真面目すぎて臨機応変ができない』とも呆れられることも多いです。まだまだ修行が足りません」
「ふふ、大変ですね」
神様でもそんな悩みや文句もあるのかと、つい笑ってしまう。
辰巳が都心の神社の裏にこうして居を構え、兎や鯛達のような将来の神徒候補達を育てている理由がわかった。
そして彼の持つ雰囲気と姿が人から外れていることも。
でも、まだわからないことがある。
「どうして私がこうして辰巳さんと関わることを、他の神様は許しているんですか?」
自分はただの人だ。なんの力もない。
確かにこうして辰巳の正体を明かされても、動じないどころか納得してしまう胆力はあると思う。
それは辰巳が、もともと人でないような雰囲気を持っていたからだ。
「それはたまたま、菜緒さんだったからです」
「? 意味がわかりません」
「たまたま私の前で倒れたのが、動じない菜緒さんだったからだと思います」
くす、と笑ってくる辰巳を見て、菜緒はますます首を傾げる。
「勿論、それだけではないと思いますよ。貴女は私達と違う世界の巫女の血を引いている。だからこそ、私が人とはどこか違うと血で悟っていたのでしょう」
そうなのか、と菜緒。
「曾お祖母ちゃんが確か、アイヌの巫女だったと聞いています」
「ええ、神々同士どこかで繋がっております。カムイと呼ばれる神々も『偶然は必然』とこうして会わせたかったのでしょう」
菜緒は、今までどこかでせき止められていた思考が一気に流れ出た、というふうに体の奥がスッキリした感覚を覚える。
「そういうことですか……。なんだか『理解した』というか。子供達の不思議さも、どうして名前に『くん』や『ちゃん』づけは駄目なのか、はっきり理解できましたし、モヤモヤがなくなりました」
「そうですか」
辰巳はまた柔らかな笑みを浮かべ、菜緒も見つめる。
でも――どこか寂しげで、菜緒は嫌な予感にとらわれる。
「菜緒さん、ごめんなさい」
辰巳が、脈絡無く菜緒に謝罪し手を握られた。
香りが漂う。
この香りは藤の香りだ。
爽やかな和の香りの――まるで辰巳さんのようだ。
「上位の神様達は菜緒さんが関わることを望んでいます。でも僕は、人間社会にずっといて普通に生きてきた貴女を、巻き込むことに賛成できないんです。いくら神様の御心だとしても……」
「辰巳……さん」
目眩がする。
視界が回り、思わず目を瞑る。
視界を塞ぐと藤の香りをより強く感じる。
「たつ……みさ……ん」
でも私は――
口から伝えたい言葉が出ない。
眠い。
言いたいことがあるのに、眠くて考えがまとまらない。
この香りが心地好くて、このまま眠ってしまいたい。
菜緒は淋しげに微笑む辰巳の顔を脳裏に浮かべ、そのまま意識を閉じた。
「ごめんなさい……菜緒さん」
縁側で座る辰巳の膝を枕にして、深く眠っている女性がいる。
菜緒だ。
落ちないよう眼鏡を外してあげていたが、思い立ち彼女の瞑っている瞼をそっと撫でた。
「レンズ越しではない、貴女だけの世界を見られるように」
慈愛をこめて彼女を見つめた。
「本当にありがたかったです。もう御力も自分で出せず、邪神になるか消えるかの選択しかありませんでしたから」
辰巳はそう言うと、多成神社の方角に顔を向ける。
無の空間だが、菜緒にはそうした行動に見えた。
「大きな神社には私がいたような小さな社と違って、神にお仕えする『神使』がいらっしゃいます。級津彦命様、級戸辺命様の仮のお姿であられる金竜様から、神の使いの子供達を養育するよう私に命じられたのです。いつか私の御霊が、いずこかの神社に入れるよう取り計らってくださると。……そうしていくうちに他の、上位の神様の耳にも入るようになりまして、今は七福神様の命で神徒候補をお育てしております」
「他の神様達にも信頼されているんですね、辰巳さんは」
えっ、と驚いた顔を菜緒に見せ、辰巳は頬を染めた。
「い、いえ……私はお役目をきちんとこなさなくてはと……当たり前のことだと思うので……。それに子供は好きですし」
「その真面目さがきっと、他の神様達にとって安心できるのだと思います」
「そうでしょうか。『真面目すぎて臨機応変ができない』とも呆れられることも多いです。まだまだ修行が足りません」
「ふふ、大変ですね」
神様でもそんな悩みや文句もあるのかと、つい笑ってしまう。
辰巳が都心の神社の裏にこうして居を構え、兎や鯛達のような将来の神徒候補達を育てている理由がわかった。
そして彼の持つ雰囲気と姿が人から外れていることも。
でも、まだわからないことがある。
「どうして私がこうして辰巳さんと関わることを、他の神様は許しているんですか?」
自分はただの人だ。なんの力もない。
確かにこうして辰巳の正体を明かされても、動じないどころか納得してしまう胆力はあると思う。
それは辰巳が、もともと人でないような雰囲気を持っていたからだ。
「それはたまたま、菜緒さんだったからです」
「? 意味がわかりません」
「たまたま私の前で倒れたのが、動じない菜緒さんだったからだと思います」
くす、と笑ってくる辰巳を見て、菜緒はますます首を傾げる。
「勿論、それだけではないと思いますよ。貴女は私達と違う世界の巫女の血を引いている。だからこそ、私が人とはどこか違うと血で悟っていたのでしょう」
そうなのか、と菜緒。
「曾お祖母ちゃんが確か、アイヌの巫女だったと聞いています」
「ええ、神々同士どこかで繋がっております。カムイと呼ばれる神々も『偶然は必然』とこうして会わせたかったのでしょう」
菜緒は、今までどこかでせき止められていた思考が一気に流れ出た、というふうに体の奥がスッキリした感覚を覚える。
「そういうことですか……。なんだか『理解した』というか。子供達の不思議さも、どうして名前に『くん』や『ちゃん』づけは駄目なのか、はっきり理解できましたし、モヤモヤがなくなりました」
「そうですか」
辰巳はまた柔らかな笑みを浮かべ、菜緒も見つめる。
でも――どこか寂しげで、菜緒は嫌な予感にとらわれる。
「菜緒さん、ごめんなさい」
辰巳が、脈絡無く菜緒に謝罪し手を握られた。
香りが漂う。
この香りは藤の香りだ。
爽やかな和の香りの――まるで辰巳さんのようだ。
「上位の神様達は菜緒さんが関わることを望んでいます。でも僕は、人間社会にずっといて普通に生きてきた貴女を、巻き込むことに賛成できないんです。いくら神様の御心だとしても……」
「辰巳……さん」
目眩がする。
視界が回り、思わず目を瞑る。
視界を塞ぐと藤の香りをより強く感じる。
「たつ……みさ……ん」
でも私は――
口から伝えたい言葉が出ない。
眠い。
言いたいことがあるのに、眠くて考えがまとまらない。
この香りが心地好くて、このまま眠ってしまいたい。
菜緒は淋しげに微笑む辰巳の顔を脳裏に浮かべ、そのまま意識を閉じた。
「ごめんなさい……菜緒さん」
縁側で座る辰巳の膝を枕にして、深く眠っている女性がいる。
菜緒だ。
落ちないよう眼鏡を外してあげていたが、思い立ち彼女の瞑っている瞼をそっと撫でた。
「レンズ越しではない、貴女だけの世界を見られるように」
慈愛をこめて彼女を見つめた。
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