隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた

文字の大きさ
上 下
22 / 40
六章 イクメンの正体

(1)

しおりを挟む
「……すみません。作ってくれた菜緒さんが、あまり食べられなくて」
「いえ、そんな……ザンギとかはまた食べられますから。それに蕪のお新香にオニギリ、とても美味しいです。お酒にあいます」

 縁側に移動して、お浸しに蕪のお新香、そして筍ご飯のおにぎりを酒の肴にし、菖蒲酒をチビチビと飲む。
(……でも、いったいなんだったんだろう……? あれは)
 菜緒は、つい三十分ほど前に起きた出来事を回想する。

 あれから辰巳の『怒』に驚いて子供達は、食べ過ぎて大きく膨らんだお腹を抱えてちりぢりに逃げていった。
 まさしく脱兎のごとくの逃げっぷりに、ポカンとしていた菜緒を余所に辰巳は、
「このまま逃げて何もしないのはいけませんからね! お腹が落ち着いたらこの部屋の片付けをしなさい! 皿洗いもきちんとやること!」
 と、家中に響くように大声で告げた。

 すると――
「ワンワン」とか「チュー」とかお馴染みの聞いた鳴き声と、「プゥプゥ」「チッ」という聞き慣れない声。
 そして何か魚が水開けされて口を必死に動かしているような「パクパク」という空気音。
 ――が部屋中から聞こえてきた。
 辰巳はその声達を聞いて頷いていた。

 何かがおかしい、この家にいる子供達は。
 そして辰巳も。

 もっとおかしいのは――おかしい、と思いながら受け入れている自分だ。

 驚くけれど、怖いとか気味が悪いとか全然思わない。
「ふーん」と意に介さずにいる自分の精神がおかしい。

(……とわかっているんだけれど、なんでだろう?)

 この家自体、居心地がいい。
 流れる空気はノスタルジーを感じさせる匂いがある。
 建築に使われている木の温もりは、滑らかで優しさに溢れている。
 ついつい長居してしまう家だ。

「それでも辰巳さんの分、一個ずつ残しておいてくれたんですね」
 皿に一個ずつ残っていたザンギと二種類の唐揚げは、辰巳の分なのだろう。

 辰巳も縁側の菜緒の隣に座るとザンギを口に入れる。
「これは美味しいです。醤油ベースで私達にあっている味ですね。こちらのチーズと磯風味の唐揚げは」
 と味を確かめるように咀嚼し、ほんわかとした表情になる。
「なるほど……チーズというのは確かに子供に人気がありそうな味です。磯風味はお酒にあいそうですね」
「ふふ、どちらの味もお酒に合いますよ。でもチーズ味はビールと一緒の方が私は好きかも」

 隣にかなりの美青年の辰巳がいるのに、菜緒はちっとも緊張しないで普段通りに話ができる。多分いつもならもう少し緊張もしているだろうが、酒を飲んでいるせいでくだけているのだろう。

 そう、このお酒が入っている状態なら聞けるかもしれない。
 この家にいる子供達と辰巳の不可思議さのことを。

「あの、余計なお世話かもしれないんですけれど……鯛のお母様は、あの子を病院に連れて行っていますか?」
「病院? どうしてです?」

 とりあえず、とっかかりをと鯛の目のことを尋ねてみる。
「あの子……睫と瞼がないのをご存じですよね? 生まれつきですか?」
 ああ、と辰巳は頷いて「そうです」と答える。
「睫や瞼がないと眼球に傷がついてしまうんです。だから心配で……。前に聞いたら目薬とか処方してもらっていないようなので……」
「大丈夫ですよ、特殊な子ですから……でも、確かにそうですよね。『人らしく』ない箇所でした。さすが菜緒さんですね、よく気づかれた」
 そういうと辰巳はおちょこグラスの酒をくい、と飲み干す。

「唐揚げやザンギは美味しいですが、脂っこくなって幾つも食べられませんね。あの子達大丈夫かな……食べ慣れないものを一度にたくさん食べてしまって」
「食べ過ぎでお腹痛いとか、胸焼けとか心配ですか?」
「ええ、元々『人の食べる料理』というものを食べ慣れていないので」
 菜緒は辰巳の言葉に首を傾げる。
 それでも彼の表情に憂いの色が浮かんでいるに、本当に子供達の健康を心配しての言動なのだとわかる。

「そうですね、でも好奇心が旺盛なうちに色々挑戦したほうがいいかなとも思います。食だけに関係なく」
「そういうことだとも、わかっているのですけれど……」

 こだわりが強そうだとは思っていたが、やはり何か事情がありそうだ。

「心配なんですよ。もし、子供達の身体や心に良くないものが入っていたらと思うと、夜も眠れなくなりそうです」
「……『よくないもの』?」
「ええ」と辰巳は真剣に頷く。

「『食』だけに関して言えば、元々保存料や着色料、人工甘味料や抗生物質の過剰投与の工場畜産。それらが子供達の口に入ってどんな影響が起きるかわからない。だから不安なんです。それが『よくない』ものと変化して子供達がどうなるか……そのせいで『神の使い候補』として頑張ってきたのに無駄になってしまったら、となると可哀相になります」

 ――神の使い?
 ますます首を傾げざるをえない。

 辰巳も酔いが回っているのか、菜緒の口を挟む隙を与えない。
 菜緒に迫るように話してくる。

「子供達を今の日本の中で生活させるのも正直、賛成できないんです。御遣いになれば嫌でも現実の日本の中に人間の中に放り込まれる。そこで嫌でも今の日本を体験します。僕は今、候補のうちに無理矢理『暗』の部分を見せる必要はないと考えています。……でも、上の、高い神様達はそうお考えではないんです。考えのズレに僕も悩んでいるんです」
「辰巳さん……?」

 辰巳の様子がおかしい。
 隣に座る菜緒に向かい上半身を捻り顔を近づけて喋る彼は、至極真剣で熱意をこめて話している。
 けれど鬼気迫る態度と口調で、菜緒は彼を初めて怖いと思った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

龍神様の神使

石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。 しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。 そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。 ※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~

椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。 あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。 特異な力を持った人間の娘を必要としていた。 彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。 『これは、あやかしの嫁取り戦』 身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ―― ※二章までで、いったん完結します。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

処理中です...