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六章 イクメンの正体
(1)
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「……すみません。作ってくれた菜緒さんが、あまり食べられなくて」
「いえ、そんな……ザンギとかはまた食べられますから。それに蕪のお新香にオニギリ、とても美味しいです。お酒にあいます」
縁側に移動して、お浸しに蕪のお新香、そして筍ご飯のおにぎりを酒の肴にし、菖蒲酒をチビチビと飲む。
(……でも、いったいなんだったんだろう……? あれは)
菜緒は、つい三十分ほど前に起きた出来事を回想する。
あれから辰巳の『怒』に驚いて子供達は、食べ過ぎて大きく膨らんだお腹を抱えてちりぢりに逃げていった。
まさしく脱兎のごとくの逃げっぷりに、ポカンとしていた菜緒を余所に辰巳は、
「このまま逃げて何もしないのはいけませんからね! お腹が落ち着いたらこの部屋の片付けをしなさい! 皿洗いもきちんとやること!」
と、家中に響くように大声で告げた。
すると――
「ワンワン」とか「チュー」とかお馴染みの聞いた鳴き声と、「プゥプゥ」「チッ」という聞き慣れない声。
そして何か魚が水開けされて口を必死に動かしているような「パクパク」という空気音。
――が部屋中から聞こえてきた。
辰巳はその声達を聞いて頷いていた。
何かがおかしい、この家にいる子供達は。
そして辰巳も。
もっとおかしいのは――おかしい、と思いながら受け入れている自分だ。
驚くけれど、怖いとか気味が悪いとか全然思わない。
「ふーん」と意に介さずにいる自分の精神がおかしい。
(……とわかっているんだけれど、なんでだろう?)
この家自体、居心地がいい。
流れる空気はノスタルジーを感じさせる匂いがある。
建築に使われている木の温もりは、滑らかで優しさに溢れている。
ついつい長居してしまう家だ。
「それでも辰巳さんの分、一個ずつ残しておいてくれたんですね」
皿に一個ずつ残っていたザンギと二種類の唐揚げは、辰巳の分なのだろう。
辰巳も縁側の菜緒の隣に座るとザンギを口に入れる。
「これは美味しいです。醤油ベースで私達にあっている味ですね。こちらのチーズと磯風味の唐揚げは」
と味を確かめるように咀嚼し、ほんわかとした表情になる。
「なるほど……チーズというのは確かに子供に人気がありそうな味です。磯風味はお酒にあいそうですね」
「ふふ、どちらの味もお酒に合いますよ。でもチーズ味はビールと一緒の方が私は好きかも」
隣にかなりの美青年の辰巳がいるのに、菜緒はちっとも緊張しないで普段通りに話ができる。多分いつもならもう少し緊張もしているだろうが、酒を飲んでいるせいでくだけているのだろう。
そう、このお酒が入っている状態なら聞けるかもしれない。
この家にいる子供達と辰巳の不可思議さのことを。
「あの、余計なお世話かもしれないんですけれど……鯛のお母様は、あの子を病院に連れて行っていますか?」
「病院? どうしてです?」
とりあえず、とっかかりをと鯛の目のことを尋ねてみる。
「あの子……睫と瞼がないのをご存じですよね? 生まれつきですか?」
ああ、と辰巳は頷いて「そうです」と答える。
「睫や瞼がないと眼球に傷がついてしまうんです。だから心配で……。前に聞いたら目薬とか処方してもらっていないようなので……」
「大丈夫ですよ、特殊な子ですから……でも、確かにそうですよね。『人らしく』ない箇所でした。さすが菜緒さんですね、よく気づかれた」
そういうと辰巳はおちょこグラスの酒をくい、と飲み干す。
「唐揚げやザンギは美味しいですが、脂っこくなって幾つも食べられませんね。あの子達大丈夫かな……食べ慣れないものを一度にたくさん食べてしまって」
「食べ過ぎでお腹痛いとか、胸焼けとか心配ですか?」
「ええ、元々『人の食べる料理』というものを食べ慣れていないので」
菜緒は辰巳の言葉に首を傾げる。
それでも彼の表情に憂いの色が浮かんでいるに、本当に子供達の健康を心配しての言動なのだとわかる。
「そうですね、でも好奇心が旺盛なうちに色々挑戦したほうがいいかなとも思います。食だけに関係なく」
「そういうことだとも、わかっているのですけれど……」
こだわりが強そうだとは思っていたが、やはり何か事情がありそうだ。
「心配なんですよ。もし、子供達の身体や心に良くないものが入っていたらと思うと、夜も眠れなくなりそうです」
「……『よくないもの』?」
「ええ」と辰巳は真剣に頷く。
「『食』だけに関して言えば、元々保存料や着色料、人工甘味料や抗生物質の過剰投与の工場畜産。それらが子供達の口に入ってどんな影響が起きるかわからない。だから不安なんです。それが『よくない』ものと変化して子供達がどうなるか……そのせいで『神の使い候補』として頑張ってきたのに無駄になってしまったら、となると可哀相になります」
――神の使い?
ますます首を傾げざるをえない。
辰巳も酔いが回っているのか、菜緒の口を挟む隙を与えない。
菜緒に迫るように話してくる。
「子供達を今の日本の中で生活させるのも正直、賛成できないんです。御遣いになれば嫌でも現実の日本の中に人間の中に放り込まれる。そこで嫌でも今の日本を体験します。僕は今、候補のうちに無理矢理『暗』の部分を見せる必要はないと考えています。……でも、上の、高い神様達はそうお考えではないんです。考えのズレに僕も悩んでいるんです」
「辰巳さん……?」
辰巳の様子がおかしい。
隣に座る菜緒に向かい上半身を捻り顔を近づけて喋る彼は、至極真剣で熱意をこめて話している。
けれど鬼気迫る態度と口調で、菜緒は彼を初めて怖いと思った。
「いえ、そんな……ザンギとかはまた食べられますから。それに蕪のお新香にオニギリ、とても美味しいです。お酒にあいます」
縁側に移動して、お浸しに蕪のお新香、そして筍ご飯のおにぎりを酒の肴にし、菖蒲酒をチビチビと飲む。
(……でも、いったいなんだったんだろう……? あれは)
菜緒は、つい三十分ほど前に起きた出来事を回想する。
あれから辰巳の『怒』に驚いて子供達は、食べ過ぎて大きく膨らんだお腹を抱えてちりぢりに逃げていった。
まさしく脱兎のごとくの逃げっぷりに、ポカンとしていた菜緒を余所に辰巳は、
「このまま逃げて何もしないのはいけませんからね! お腹が落ち着いたらこの部屋の片付けをしなさい! 皿洗いもきちんとやること!」
と、家中に響くように大声で告げた。
すると――
「ワンワン」とか「チュー」とかお馴染みの聞いた鳴き声と、「プゥプゥ」「チッ」という聞き慣れない声。
そして何か魚が水開けされて口を必死に動かしているような「パクパク」という空気音。
――が部屋中から聞こえてきた。
辰巳はその声達を聞いて頷いていた。
何かがおかしい、この家にいる子供達は。
そして辰巳も。
もっとおかしいのは――おかしい、と思いながら受け入れている自分だ。
驚くけれど、怖いとか気味が悪いとか全然思わない。
「ふーん」と意に介さずにいる自分の精神がおかしい。
(……とわかっているんだけれど、なんでだろう?)
この家自体、居心地がいい。
流れる空気はノスタルジーを感じさせる匂いがある。
建築に使われている木の温もりは、滑らかで優しさに溢れている。
ついつい長居してしまう家だ。
「それでも辰巳さんの分、一個ずつ残しておいてくれたんですね」
皿に一個ずつ残っていたザンギと二種類の唐揚げは、辰巳の分なのだろう。
辰巳も縁側の菜緒の隣に座るとザンギを口に入れる。
「これは美味しいです。醤油ベースで私達にあっている味ですね。こちらのチーズと磯風味の唐揚げは」
と味を確かめるように咀嚼し、ほんわかとした表情になる。
「なるほど……チーズというのは確かに子供に人気がありそうな味です。磯風味はお酒にあいそうですね」
「ふふ、どちらの味もお酒に合いますよ。でもチーズ味はビールと一緒の方が私は好きかも」
隣にかなりの美青年の辰巳がいるのに、菜緒はちっとも緊張しないで普段通りに話ができる。多分いつもならもう少し緊張もしているだろうが、酒を飲んでいるせいでくだけているのだろう。
そう、このお酒が入っている状態なら聞けるかもしれない。
この家にいる子供達と辰巳の不可思議さのことを。
「あの、余計なお世話かもしれないんですけれど……鯛のお母様は、あの子を病院に連れて行っていますか?」
「病院? どうしてです?」
とりあえず、とっかかりをと鯛の目のことを尋ねてみる。
「あの子……睫と瞼がないのをご存じですよね? 生まれつきですか?」
ああ、と辰巳は頷いて「そうです」と答える。
「睫や瞼がないと眼球に傷がついてしまうんです。だから心配で……。前に聞いたら目薬とか処方してもらっていないようなので……」
「大丈夫ですよ、特殊な子ですから……でも、確かにそうですよね。『人らしく』ない箇所でした。さすが菜緒さんですね、よく気づかれた」
そういうと辰巳はおちょこグラスの酒をくい、と飲み干す。
「唐揚げやザンギは美味しいですが、脂っこくなって幾つも食べられませんね。あの子達大丈夫かな……食べ慣れないものを一度にたくさん食べてしまって」
「食べ過ぎでお腹痛いとか、胸焼けとか心配ですか?」
「ええ、元々『人の食べる料理』というものを食べ慣れていないので」
菜緒は辰巳の言葉に首を傾げる。
それでも彼の表情に憂いの色が浮かんでいるに、本当に子供達の健康を心配しての言動なのだとわかる。
「そうですね、でも好奇心が旺盛なうちに色々挑戦したほうがいいかなとも思います。食だけに関係なく」
「そういうことだとも、わかっているのですけれど……」
こだわりが強そうだとは思っていたが、やはり何か事情がありそうだ。
「心配なんですよ。もし、子供達の身体や心に良くないものが入っていたらと思うと、夜も眠れなくなりそうです」
「……『よくないもの』?」
「ええ」と辰巳は真剣に頷く。
「『食』だけに関して言えば、元々保存料や着色料、人工甘味料や抗生物質の過剰投与の工場畜産。それらが子供達の口に入ってどんな影響が起きるかわからない。だから不安なんです。それが『よくない』ものと変化して子供達がどうなるか……そのせいで『神の使い候補』として頑張ってきたのに無駄になってしまったら、となると可哀相になります」
――神の使い?
ますます首を傾げざるをえない。
辰巳も酔いが回っているのか、菜緒の口を挟む隙を与えない。
菜緒に迫るように話してくる。
「子供達を今の日本の中で生活させるのも正直、賛成できないんです。御遣いになれば嫌でも現実の日本の中に人間の中に放り込まれる。そこで嫌でも今の日本を体験します。僕は今、候補のうちに無理矢理『暗』の部分を見せる必要はないと考えています。……でも、上の、高い神様達はそうお考えではないんです。考えのズレに僕も悩んでいるんです」
「辰巳さん……?」
辰巳の様子がおかしい。
隣に座る菜緒に向かい上半身を捻り顔を近づけて喋る彼は、至極真剣で熱意をこめて話している。
けれど鬼気迫る態度と口調で、菜緒は彼を初めて怖いと思った。
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