隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた

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五章 五節の柏餅とザンギ。子供の日は子供のリクエストを

(5)

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「では仕切り直していきます! 肉は一キロずつわけましょう。まずザンギ一キロ分の味付けをします。一キロ約六人分と計算した調味料で作りましょう」

 生姜三片、にんにく三片、酒大さじ六、塩少々、砂糖、小さじ三、醤油大さじ三、卵三個、片栗粉大さじ九とわざわざスマホで検索し、調味料を計る。
 卵と片栗粉は後で、そのほかの調味料は混ぜて肉をつけておく。
 チーズ味と磯風味は、にんにく、醤油、酒を小さじ三、で下味をつける。粉チーズは下味と一緒に投下。青のりは粉と一緒に混ぜておく予定だ。

 何せ普段は、目分量で大雑把に調味料を混ぜている菜緒だ。
 それでも長年の経験で美味しく仕上がるのだが、今回は『教える立場』であるため、適当なことは言えない。

「他の味を入れるときは、下味を薄めにしといた方がいいんですね」
「はい。チーズや青のりの風味を生かしたいので」

 それから十五分ほど漬け込む。
 その後、ザンギは鶏肉に溶いた卵を混ぜて次に片栗粉を混ぜる。
 チーズ味と磯風味は唐揚げなので、片栗粉の他に小麦粉も使用。

「天ぷら鍋は……」
「あります」
 さすがにそれはあった。辰巳も揚げ物だということで出しておいてくれた。

「油を入れて……そうですね、天ぷらを揚げるくらいの量でいいと思います。温度は百七十度~百八十度にして、二分揚げます」
「二分? 短くありませんか?」
「大丈夫です、二度揚げをするんです」
「二度揚げ……ああ、一度引き上げて休ませている間に余熱で中まで火を通すやり方ですね。揚げすぎをなくして鶏肉から水分が抜けてしまうことを防ぐやりかたです」
「その通りです。その方が中が柔らかく仕上がるので」

 味付けした鶏肉に衣をつけていたり、揚げた後のタッパに油紙を敷いたりしているうちに油が適温になる。
「天ぷらを揚げる要領で大丈夫です。くっつかないように離して入れます」
 一つ二つと熱した油に落としていく。
 ジュワー、と音を立て肉に泡が包む。

「天ぷらを揚げるのと違う匂いがしますね。やっぱり肉の香りだ」
「これからチーズ味と磯風味も揚げますから、もっと楽しめますよ」
「楽しむ、ですか」
「作っている時に『得したな』って思う時って、出来たての美味しい匂いを一番初めに嗅げることですよね。それと――つまみ食い」

 菜緒はその瞬間を思い出したのか、ほっこりと笑った。

「出来たては出来たての味があって、それも料理の旬なのかもしれませんね」
「そういう表現もありですよね」

 辰巳は二分経って油から引き上げるザンギを見つつ、菜緒の顔を見つめた。
 料理を楽しんでいる顔だ、と思う。
 そして、美味しくご飯を食べてくれるようにと願う顔でもある。
 ふと思い、後ろでじっと見守っている子供達の顔を見たくて振り返った。
 皆、これから食べる料理にワクワクした表情を顔に乗せている。

 この子達の『食べたい』楽しみは今が『旬』なんだと気づく。
 色々な食材を使って色々な知らない味を体験して、そうして自分の元から巣立っていく。
 子供達を神徒として願う神達の要求にある「多方面の料理を神徒候補達に」とあった。

「経験は『舌』も必要ってことか」
 ザンギをもう一度揚げながら辰巳は呟いた。


 それから辰巳と二人で三種類の味、三キロを揚げた。
(さすがに三キロ分……疲れた)

 大皿に移し卓上に置いたザンギに唐揚げ二種を、子供達はキラキラとした瞳で眺めている。
 まるで、今まで見たことのない宝石でも見ているような眼差しだ。

「いい匂い」
 くんくんと皆、鼻をひくつかせて初めて嗅ぐ匂いを経験している。
「こっちが磯風味で、こっちがチーズだよ。で、こっちがザンギだよね? 菜緒」
 犬、と呼ばれた男の子が聞いてくる。

「当たり! ……あ」
 大役を仰せつかって無事に終了してホッとしたせいか、菜緒は大事なことを忘れていた。

「今日、子供の日ですよね? 柏餅と唐揚げだけ作って他のご馳走作ってなかった! ご飯とか汁物とかも必要じゃないですか?」

 いくら三種類味を作ったとはいえ、唐揚げだけの食事では寂し過ぎる。
 もう、お昼一時過ぎている。これから他に料理を作ったらもっと遅くなってしまって子供達は待てないだろう。

「大丈夫です」
 辰巳は慌てている菜緒と反対で落ち着いた様子で答えると、冷蔵庫から鍋を取り出し卓上に置いた。
「先に筍ご飯のオニギリとお吸い物は作っておきましたから。筍ご飯のオニギリは別の部屋に。あとお浸しに蕪のお新香も」
「……辰巳さん、凄い」

◇◇◇◇◇

 食事は先日案内された客間で食べることになり、皆で食事や飲み物、取り皿など運んでいく。

 その間、辰巳が抜けた。
 取り皿に筍ご飯のおにぎりにザンギと味違いの唐揚げに柏餅を取り分けて「神様にお供えを持って行きますね」と菜緒に言って。

 そう言えば最初に、後ろの多成神社にも供えますと言っていた。
 量から行って、神社だけではなさそうだ。

(部屋のどこかに祭壇があるのかしら?)
 古い建築物だしあるのかもしれない。
 でも、それにしても取り分けた皿の数が多かった。
 四皿分。
 一つは神社の分としても祭壇が三つあるのだろうか?

 子供達は辰巳が戻ってくるまで自分達の所定の場所に正座をし、静かに待っていた。
 菜緒も子供達の雰囲気に押され、同じように正座し静かに待つ。
 辰巳は十分ほどして戻ってきて彼も自分の場所に座ると、菜緒に微笑みかけた。

「菜緒さん、食べるのはもう少し待っていてください」
「はい」
 まだ、何かあるのだろうか? と辰巳の次の言葉を待つ。

「佐保姫様が司る最後の季節の月になりました」
 と、辰巳は落ち着いた静かな声で子供達に語りかけてくる。

「七十二候では『蛙始鳴かわずはじめてなく』。冬眠から目覚めた蛙が野原や田んぼで活動を始め、元気な鳴き声を上げる頃。二十四節気では『立夏』。春分と夏至の中間にあたりこの頃から日差しは強さを増して木々の緑の濃さが際立ってきます。そして『端午の節句』です」

 ここまで話すと、辰巳は鯛に尋ねた。
「鯛、端午の節句で知っていることを、来て間もない犬やカラス、鼠に教えてあげなさい」

「はい」と鯛は返事をしてから「えーと」と一生懸命に説明を始める。
「飛鳥時代か奈良時代から続いている古い行事です。厄除けとして始めた鯉のぼりが始まりと言われています! それから時を重ねて、今は男子の厄除けと健康を祈願する行事になりました。それと、えーと今は、こどもの幸福とお母さんに感謝するのに『こどもの日』がせいてい? とかしました。なので五月五日は『端午の節句』で男の子だけ祝うのじゃなくて女の子も一緒にお祝いします!」

「よくできました、鯛。端午の節句と呼ぶ謂われは、中国という国から話を始めなくてはならないのですが、これは近いうちに話しましょう。季節の言葉は蛙・棚田です。この季節に田植えを始めます。兎、田植えに関して話してください」
「はい」と兎。自信満々に顎を上に上げ話し始める。

「昔、田植えは神聖な行事でした。なので早乙女さおとめと呼ばれる若い女の人が、田植えの前に一定間不浄を避けて心身を清める儀式を行いました。それを『五月忌み』と言います。女の人は菖蒲や蓮をひいた小屋に前夜からこもって、菖蒲酒などを飲みながら穢れを祓いました」

「ありがとう、兎」
 辰巳に礼を言われ、兎はほんの少し頬を染めてそれから「当然よ」と言いながら、照れを誤魔化すように顎を上げる。

 辰巳は背筋を伸ばし正座をしている。膝の上に軽く拳を握った手。
 ただ座っているだけなのに、その姿は神々しいほど美しい。

「五月の季節の野菜は人参。魚は金目鯛。花は藤。新緑がもっとも美しい季節になり、白い花と濃い緑との色目が素晴らしく映える月となりました。……日本の子供達とお母様方、そしてこれからお務めをするために精進している、あなた達の健康を心よりお祈り申し上げます」

 そうして彼は二回柏手を打つと頭を下げた。
 畏まった話し方なのに堅苦しく思わず、思わず微笑んでしまうような辰巳の語り。
 優しい気持ちになるのは、彼の持っている雰囲気と口調のせいなのかもしれない。
 子供達も辰巳と同じように頭を下げ、お辞儀をする。

「ではいただきましょう」
 辰巳の号令に皆「いただきます」と見事に揃って言うと、早速好き好きにおかずを自分の取り皿に載せていく。
 やはり人気はザンギと唐揚げだ。
 菜緒も、ザンギと筍ご飯のオニギリに蕪のお新香を皿に載せる。

「あ、菜緒さんにはまだあるんです」

 辰巳がそう言いながら立ち上がり、台所に戻っていく。
 しばらくすると、おちょこタイプのグラスを二つ盆に載せて戻ってきて、菜緒の前に置いた。



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