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五章 五節の柏餅とザンギ。子供の日は子供のリクエストを

(4)

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「じゃあ、次はザンギに取りかかりましょうか」
「はい」
「私も手伝う!」
「僕も!」

 兎と鯛が手を上げたが、辰巳は首を横に振った。
「油はねが危ないから、駄目。背が低い分危険です」
 途端、ぶー垂れる二人に菜緒も、
「うん、辰巳さんの言うとおり危ないから。火傷したら大変なの、ごめんね」
 と説得する。
 兎と鯛はお互いの顔を見合わせて「わかった」と渋々ながら了承してくれた。

「じゃあ、邪魔しないからそこに座って見ていていい?」
「僕も見たい」
「それなら、構いませんよ」
 と、辰巳は二人の願いを聞き入れる。

 すると、ひょっこりと顔を出してきた子供達。
 犬、ウソ、鼠と呼ばれていた子供達だ。
 またいつの間にこんな近くまで来たんだろう、と、菜緒は思うも、顔に出さないよう気をつけた。

「辰巳、僕達も見ていていい?」
「ザンギ、できあがりを見たい!」
「美味しい物を作るところ見たいよ」
 のれんをくぐらずに見える高さの位置までしゃがんで、こちらをじっと見つめ懇願される。

「絶対に邪魔してはいけませんよ。大人しく椅子に座って見てることができるなら。それと、油を使う時になったら近づいたらいけませんからね。それを約束できるのならいいです」
「はい!」
 いい返事が返ってきて、各自自分で椅子を持ってきて横一列に座る。

(ギャラリーが増えた)
 まるで、保育園で先生が子供達に紙芝居でも見せるような気分になってきている菜緒だ。

「すみません、菜緒さん。これもこの子達にとって勉強なので大目に見てやってください」
「それは構いませんよ、でも――」
 と、菜緒は椅子に座る五人に向き直すと口を開いた。

「もし、辰巳さんとのお約束を破ったりしたら、菜緒さんが許しません! 『××の刑』にします!」
 ビクッと五人が体を揺らす。
「『××の刑』ってどんな刑?」
 兎が恐る恐る尋ねてくる。
 菜緒は口笛を吹く真似をしながらとぼけた。
「さあ? どんな刑なのかは……約束を破った重さで違います」
「えー!」と騒ぐが子供達の目はキラキラしている。
 遊びだと思ってしまったらしい。

(これは失敗したかな? 『××の刑』をして欲しくてわざと約束を破るかも)
 子供はそういうところがある。加減の難しいところだ。
 そこに辰巳が五人ににこやかに話す。
「菜緒さんの言うとおりです。約束を破ったときの罰は僕が決めて、菜緒さんにお願いしますので心に留めておくように」
「はい!」
 瞬時に空気が緊張した。
 皆、ビシッと背筋を正し座り直す。

「……さすが、五人の面倒をみている辰巳さんです」
「もう長くやっていますから」
 そう菜緒にも辰巳は、にこりと微笑んだ。


「では、ザンギに取りかかります。材料は鶏もも肉、生姜、にんにく、酒、塩、砂糖、醤油、卵、片栗粉、小麦粉です」
「菜緒さんには、家になかった鶏もも肉とサラダ油に卵をお願いしましたが……重たかったでしょう?」
「いえいえ、そんなヤワではありませんから!」

 菜緒は腕まくりし、二の腕を見せる。看護師時代につけた筋肉は健在だ。
 菜緒の様子にゆるりと微笑むと、深々とお辞儀をした。
「では、ご指導よろしくお願いします」

「いえ、すごく簡単ですから。辰巳さんほどの料理の腕前なら、すぐに覚えちゃいますよ」
「僕は現代の料理というものをよく知らないんです。だからありがたいことです」

 彼の謙虚さに驚いてしまうが――。
『現代の料理を知らない』という部分に、菜緒は疑問に思ってしまう。
「辰巳さんは、ザンギという料理をご存じありませんでした?」
「『唐揚げ』とか『せんざんき』というものは知っています」
「ザンギは唐揚げと変わりないですよ? ただ、『ザンギ』は、卵を使いますけれど。『ザンギ』っていう言葉には色々由来はありますけれど、北海道でしか呼ばないかも」
「そうなんですか。でも唐揚げも一般の家庭で食べられるようになったのは、ここ数十年のことでしょう? 僕にはちょっと馴染みが薄くて……」
「はあ……でもネットで確認したことあったんですけれど、確か三十年~四十年の間のことだと思いますが……」

 辰巳が、そんな歳上には見えない。
 雰囲気は落ち着いているように感じても、どう見ても二十代半ばの好青年だ。

 辰巳はそんな菜緒に向かって微笑み、
「では菜緒さん、つぎの指示をお願いします」
 と催促してくる。

「あ、はい。次に鶏もも肉にフォークで刺しておきます。そうするとまんべんなく火が通りやすくなるんです。それから一口大に切りますが、今日は子供達が主役ですから小さめに切りましょう」
「フォーク……ないんです、我が家」
「えっ?」
 それには驚いた。しかし、そこは違う発想で乗り切る。
「あの、竹串とか楊枝はありませんか?」
「それならあります」
「今回はそれで刺しましょう」

 そうして竹串三本使いで肉に穴を開け、辰巳と二人でもも肉を切っていく。
 さすが三キロあると大変だ。黙々と切っていく。
 三キロ全て切り終わると鶏もも肉の山ができて圧巻だ。

「全部で十枚あったから……ええと、一枚二百八十グラムぐらいと計算して……子供用に味を薄めにした方がいいですよね?」
「はい、それでお願いします」
 いつもは目分量だが今回は教える立場なので、菜緒も慎重だ。

「もも肉十枚分の分量は……」
 と、ここで菜緒は思いついたことがあった。
「辰巳さん、たくさん揚げるんですから、一つの味だけじゃなくて違う味も作りませんか?」
「ザンギって他に味があるんですか?」
「ザンギというか唐揚げは、塩風味や青のりをまぶした磯風味に、あとカレー味とかチーズ味とか色々バリエーションありますよ。ザンギは醤油味です」

 ここで子供達の方から、生唾を呑み込む音が聞こえた。
「カレー……?」
「チーズって……『蘇』のこと?」
「青のりは知ってるよ」
「食べたいよね……」
「考えたら鶏ってさ、おまえ共食い」

 最後にウソへの突っ込みは何だったんだ? と菜緒は首を傾げた。

「基本のザンギの味だけで十分かと思いますが……」
 と辰巳は言うが、子供達は異議を申し立てた。

「他の味も食べたい!」
「磯風味とチーズ!」
「僕、カレー味食べてみたい!」
「多数決でいこう!」

 喧々囂々言い合っている子供達に辰巳は、
「今日は僕も初めてなのでたくさんの味を作る自信がないんです。だから一種類で我慢してください」
 そう説得するが、子供達は納得なんかしない。

「辰巳、今日は『子供の日だから食べたいものを作りますよ』って言ったじゃん」
「そうだよ~。食べたことのないご飯食べたいもん」
「大丈夫だよ。そのために、菜緒にお願いしたんじゃない」
「和食も好きだけど、辰巳の和食って古くさいのばかりなんだもん。今風のご飯も食べたいよ」
 子供達は必死に逆に辰巳の説得をはじめた。しかも目に涙を溜めている子もいる。

(……これは、普段から我慢を溜めているわね)
 確かにこのくらいの子供達の人気メニューは大抵、ハンバーグや唐揚げなどだ。
 いつも和食メニューばかりで飽きているのだろう。

 ここは自分も助太刀をするべきだろう――子供達に。

「辰巳さん。私が提案してしまった責任もありますし、よかったら私にザンギ作りを任せてもらえませんか?」
 と菜緒も言う。

 菜緒の申し出に辰巳は目を大きくして、首を横に振った。

「――いえ、それは申し訳ないです。作る量だって多いし。それに僕も作り方を覚えたいので……」
「辰巳~」と、子供達の恨めしげな視線が彼に集中する。

「……わかりました。もう二種類、他の味の唐揚げを作りましょう」
 辰巳は自分の負けを認め、承諾した。

 作るのは、ザンギとすぐに用意できるチーズ味と磯風味味の唐揚げになった。

 チーズは菜緒の自宅に粉チーズがあるので、それを急いで持ってくる。
 青のりは普段使っているようで、この家にも置いてあった。



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