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五章 五節の柏餅とザンギ。子供の日は子供のリクエストを
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鯛の後についていく。
玄関から入り、すぐ右へ曲がる。
前も思ったがこの住宅は、見た目よりずっと広い。
長い廊下を歩いていき、居間らしき部屋を通り、のれんのかかっている出入り口をくぐる。
(――わっ、広い)
そこは台所だった。
十畳くらいはあるだろうか。片面にはキッチンスペースがあり、下と上に戸棚が設置してある。その右側の壁には業務用と思われる大きな冷蔵庫に、炊飯釜が置いてある。
左側の壁は食器棚だ。
そして長くて立派な長方形の食卓では、辰巳と兎が餅を捏ねているところだった。
「お邪魔します」
菜緒はのれんをくぐったあと、立ち止まりお辞儀をする。
「いらっしゃい! 菜緒!」
真っ先に声をあげたのは兎だ。
辰巳も手を休め、菜緒に笑顔を向ける。
「菜緒さん、ありがとうございます。うちの子供達の我が儘に付き合ってもらっちゃって」
「いえ、ザンギを作るくらいどうってことはありませんから」
荷物をどうしようかと顔を巡らせていると、辰巳が声をかけてくれた。
「とりあえず鶏肉は冷蔵庫にいれてもらえますか? こっちが済んだら手伝いますから」
「はい」
辰巳の指示に従って菜緒は買い物袋から鶏肉を取り出し、冷蔵庫に入れると辰巳と兎が餅を捏ねている食卓に近づいて尋ねた。
「何かお手伝いできることありますか?」
「そうですね……加熱して水気を切っている柏の葉があると思うんですが……」
「あります」
キッチンに置いてあるザルを持ってくる。青々とした柏の葉が入っていた。
「そこにおろしていない布巾があるので、それでまだ取れていない水気を拭いてもらえますか? エプロンは、戸棚の一番左にあります」
指さす方向の戸棚には、未使用のまっさらな布巾が十枚ほど綺麗に畳まれていた。
「わかりました」と菜緒は手を洗い、エプロンを取り出し身につけると、布巾とザルに入った柏の葉を持って辰巳達と対面に立ち、丁寧に葉を拭う。
「僕も手伝うー」
鯛が布巾を持って菜緒の横に並ぶと、一緒に葉を拭き始めた。
辰巳と兎は等間隔に切った餅を両手で丸く捏ね、それから手のひらと手首の際の部分で平たくしている。
二人とも手慣れた様子で、どんどん平たい餅を作っていく。
「菜緒さん。すみませんがそこに用意してある蒸し器に水を張って、ガスをつけておいてもらっていいでしょうか?」
「はい」
辰巳の指示に菜緒は忠実に動く。
さすがにガスは最新式だった。
これが昔ながらの薪に火を熾すタイプだったら戸惑って役に立てなかっただろうとホッとする。
木造住宅であっても、室内はそれなりに改築しているらしいとわかる。
このエプロンだって住宅から割烹着みたいなのを想像していたが、普通のよくあるエプロンだった。
ただ、ちょっと大きい。辰巳の体の大きさに合わせたサイズだろう。
(……ちょっとドキドキする)
恋愛対象とは思っていないが、普段使いしているのを借りていると思うと妙な気分だ。
「兎、餅はもういいから餡子を詰めていってください」
「はーい」
辰巳に言われ、兎はボールに入れた餡子を持ってくる。
乾燥防止に固く絞った濡れた布巾が被せてあった。
餅はへこませてあり、そこに木べらですくった餡子を入れて二つ折りしていく。
手際が良くて菜緒は感心していた。
「兎、手慣れてる。上手ね」
「ふふん、このくらい簡単なんだから」
褒められて兎は鼻高々だ。
「菜緒さんもやりますか?」
「やります。みんなでやった方が早いですし」
「私が教えてあげるわ。辰巳は餅をやっていて」
兎は監督よろしくと言わんばかりだ。
「菜緒、ほら、こうやって――木べらで半分くらいの量の餡子をすくって、へこませてある部分にふんわりと乗せるようにいれるの」
「こんな感じ?」
兎に言われたとおりに、なるべくふんわりと乗せる。
「ちょっと餡子が多い。あんまり乗せると二つに折るときに餡子がはみ出ちゃう」
ほら、と二つ折りにすると、菜緒のは両端から餡子が飛び出てしまった。
「あら……失敗」
二個目は少し少なめにすくい、二つ折りにすると今度は上手くいった。
「上手上手」
と兎に褒められて、どっちがお姉さんだかわからなくなってしまう菜緒だ。
そんな様子を隣で眺め、辰巳は鯛に、
「鯛はできた餅を柏で包んでください」
と指示を出す。
「はーい」と鯛は、出来上がった餡子入りの餅を柏の葉で包んでいく。
「葉がツルツルの方が外側だからね。今日のは粒餡だから」
兎も、お姉さん的突っ込みを忘れない。
次々と出来上がっていって、三十個。
「こんなに……どこかにお裾分けをするんですか?」
「ええ、『ハレ』の料理ですので後ろの神社にも奉納します」
そう言うと、辰巳は「最後の仕上げです」と柏餅を大きな竹ザルに並べ蒸し器にいれた。
「これで五分ほど蒸して完成です」
「途中から参加ですけれど、けっこう手間がかかるんですね」
「うちは、餡子から手作りなの。だから昨日から仕込んでいたんだよ」
と、兎。
「すごい……」
「餅はそうでもありませんが、餡子のほうが手間ですね」
そう言いながら辰巳は、柏餅の片付けをして食卓を空ける。
その間に五分ほど経ち、辰巳は蒸し器を開けて中を確認し、「うん」と満足そうな声を出した。
「出来上がりましたよ」
火を止めると食卓にザルごと置く。
「うわぁ、お餅がふっくらツヤツヤになってます!」
白く輝くお餅を包む緑の葉は柏。その柏の葉からも独特な青い香りが漂う。
「蒸した後だから特に香りが強いですね」
「ええ、昔から香りには邪気を祓う働きがあると信じられています。特に「柏の葉」は新芽が出てから古い葉が落ちるという特徴から『子孫繁栄』『家系が絶えない』という考えに結びついて縁起を担いだものなんです。ちまきで使う笹の葉もそうです」
「だから子供の日に柏餅か。子供ができたというのは子孫繁栄になりますものね」
「柏の語源はカシキハ――漢字で書くと『米を炊く』の『炊く』と『葉』でそう読みます。古代は米を炊いたり盛ったりするときに用いられたから『柏』という字になったともいわれます。祭事の神饌を盛る柏の葉を神聖視して神職の家が家紋として使ってもいますね」
辰巳の説明に兎が口を挟む。
「菜緒、神社で『柏手をうつ』でしょう?」
「ああ、そうね。あ! 柏手ってこれに由来するのかしら?」
「当たり! 柏の葉が掌と似ていることから由来しているのよ」
「そう考えると神聖な気がしてきたわ、柏餅。ありがたく食べないと」
拝むように手を合わせはじめた菜緒に辰巳は、
「美味しいと食べてくれれば、作り手側は嬉しいですよ」
と笑った。
玄関から入り、すぐ右へ曲がる。
前も思ったがこの住宅は、見た目よりずっと広い。
長い廊下を歩いていき、居間らしき部屋を通り、のれんのかかっている出入り口をくぐる。
(――わっ、広い)
そこは台所だった。
十畳くらいはあるだろうか。片面にはキッチンスペースがあり、下と上に戸棚が設置してある。その右側の壁には業務用と思われる大きな冷蔵庫に、炊飯釜が置いてある。
左側の壁は食器棚だ。
そして長くて立派な長方形の食卓では、辰巳と兎が餅を捏ねているところだった。
「お邪魔します」
菜緒はのれんをくぐったあと、立ち止まりお辞儀をする。
「いらっしゃい! 菜緒!」
真っ先に声をあげたのは兎だ。
辰巳も手を休め、菜緒に笑顔を向ける。
「菜緒さん、ありがとうございます。うちの子供達の我が儘に付き合ってもらっちゃって」
「いえ、ザンギを作るくらいどうってことはありませんから」
荷物をどうしようかと顔を巡らせていると、辰巳が声をかけてくれた。
「とりあえず鶏肉は冷蔵庫にいれてもらえますか? こっちが済んだら手伝いますから」
「はい」
辰巳の指示に従って菜緒は買い物袋から鶏肉を取り出し、冷蔵庫に入れると辰巳と兎が餅を捏ねている食卓に近づいて尋ねた。
「何かお手伝いできることありますか?」
「そうですね……加熱して水気を切っている柏の葉があると思うんですが……」
「あります」
キッチンに置いてあるザルを持ってくる。青々とした柏の葉が入っていた。
「そこにおろしていない布巾があるので、それでまだ取れていない水気を拭いてもらえますか? エプロンは、戸棚の一番左にあります」
指さす方向の戸棚には、未使用のまっさらな布巾が十枚ほど綺麗に畳まれていた。
「わかりました」と菜緒は手を洗い、エプロンを取り出し身につけると、布巾とザルに入った柏の葉を持って辰巳達と対面に立ち、丁寧に葉を拭う。
「僕も手伝うー」
鯛が布巾を持って菜緒の横に並ぶと、一緒に葉を拭き始めた。
辰巳と兎は等間隔に切った餅を両手で丸く捏ね、それから手のひらと手首の際の部分で平たくしている。
二人とも手慣れた様子で、どんどん平たい餅を作っていく。
「菜緒さん。すみませんがそこに用意してある蒸し器に水を張って、ガスをつけておいてもらっていいでしょうか?」
「はい」
辰巳の指示に菜緒は忠実に動く。
さすがにガスは最新式だった。
これが昔ながらの薪に火を熾すタイプだったら戸惑って役に立てなかっただろうとホッとする。
木造住宅であっても、室内はそれなりに改築しているらしいとわかる。
このエプロンだって住宅から割烹着みたいなのを想像していたが、普通のよくあるエプロンだった。
ただ、ちょっと大きい。辰巳の体の大きさに合わせたサイズだろう。
(……ちょっとドキドキする)
恋愛対象とは思っていないが、普段使いしているのを借りていると思うと妙な気分だ。
「兎、餅はもういいから餡子を詰めていってください」
「はーい」
辰巳に言われ、兎はボールに入れた餡子を持ってくる。
乾燥防止に固く絞った濡れた布巾が被せてあった。
餅はへこませてあり、そこに木べらですくった餡子を入れて二つ折りしていく。
手際が良くて菜緒は感心していた。
「兎、手慣れてる。上手ね」
「ふふん、このくらい簡単なんだから」
褒められて兎は鼻高々だ。
「菜緒さんもやりますか?」
「やります。みんなでやった方が早いですし」
「私が教えてあげるわ。辰巳は餅をやっていて」
兎は監督よろしくと言わんばかりだ。
「菜緒、ほら、こうやって――木べらで半分くらいの量の餡子をすくって、へこませてある部分にふんわりと乗せるようにいれるの」
「こんな感じ?」
兎に言われたとおりに、なるべくふんわりと乗せる。
「ちょっと餡子が多い。あんまり乗せると二つに折るときに餡子がはみ出ちゃう」
ほら、と二つ折りにすると、菜緒のは両端から餡子が飛び出てしまった。
「あら……失敗」
二個目は少し少なめにすくい、二つ折りにすると今度は上手くいった。
「上手上手」
と兎に褒められて、どっちがお姉さんだかわからなくなってしまう菜緒だ。
そんな様子を隣で眺め、辰巳は鯛に、
「鯛はできた餅を柏で包んでください」
と指示を出す。
「はーい」と鯛は、出来上がった餡子入りの餅を柏の葉で包んでいく。
「葉がツルツルの方が外側だからね。今日のは粒餡だから」
兎も、お姉さん的突っ込みを忘れない。
次々と出来上がっていって、三十個。
「こんなに……どこかにお裾分けをするんですか?」
「ええ、『ハレ』の料理ですので後ろの神社にも奉納します」
そう言うと、辰巳は「最後の仕上げです」と柏餅を大きな竹ザルに並べ蒸し器にいれた。
「これで五分ほど蒸して完成です」
「途中から参加ですけれど、けっこう手間がかかるんですね」
「うちは、餡子から手作りなの。だから昨日から仕込んでいたんだよ」
と、兎。
「すごい……」
「餅はそうでもありませんが、餡子のほうが手間ですね」
そう言いながら辰巳は、柏餅の片付けをして食卓を空ける。
その間に五分ほど経ち、辰巳は蒸し器を開けて中を確認し、「うん」と満足そうな声を出した。
「出来上がりましたよ」
火を止めると食卓にザルごと置く。
「うわぁ、お餅がふっくらツヤツヤになってます!」
白く輝くお餅を包む緑の葉は柏。その柏の葉からも独特な青い香りが漂う。
「蒸した後だから特に香りが強いですね」
「ええ、昔から香りには邪気を祓う働きがあると信じられています。特に「柏の葉」は新芽が出てから古い葉が落ちるという特徴から『子孫繁栄』『家系が絶えない』という考えに結びついて縁起を担いだものなんです。ちまきで使う笹の葉もそうです」
「だから子供の日に柏餅か。子供ができたというのは子孫繁栄になりますものね」
「柏の語源はカシキハ――漢字で書くと『米を炊く』の『炊く』と『葉』でそう読みます。古代は米を炊いたり盛ったりするときに用いられたから『柏』という字になったともいわれます。祭事の神饌を盛る柏の葉を神聖視して神職の家が家紋として使ってもいますね」
辰巳の説明に兎が口を挟む。
「菜緒、神社で『柏手をうつ』でしょう?」
「ああ、そうね。あ! 柏手ってこれに由来するのかしら?」
「当たり! 柏の葉が掌と似ていることから由来しているのよ」
「そう考えると神聖な気がしてきたわ、柏餅。ありがたく食べないと」
拝むように手を合わせはじめた菜緒に辰巳は、
「美味しいと食べてくれれば、作り手側は嬉しいですよ」
と笑った。
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