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四章 辰巳とどこか不思議な子供たち
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(いくら小さいからと三色団子六つは食べ過ぎたわ……夕飯は軽めにしよう)
菜緒は小一時間ほどで辰巳達の家をおいとまし、隣のアパートの自宅へ戻る。
でも、美味しかった。
添加物や保存料などを使用しない、と話していたが、あれが天然食材の味なのだろうか。
口にいれる物は、全て自然食品で作る家庭もある。
辰巳は、そんなこだわりを持っているのだろう。
ミニポシェットの中に入れておいたスマホが鳴る。
この音楽は実家からだと菜緒は玄関で靴を脱ぎながら出た。
十中八九は母親からだ。たまーに父親からかかってくる。
弟もいるが、自分と同様実家から出て一人暮らしをしているので、向こうは違う電話番号だ。
『菜緒、お母さんだけど。元気にしてる?』
「あーはいはい。元気ですよ」
『そのようだね。前に電話してときより元気な声してるわぁ』
「ごめんごめん。仕事に慣れなくて、ちょっと落ち込んでたのよ」
『あんた、やっぱり元の職に戻ったら? 工場勤務合わないんじゃないの?』
「うーん……まあ、おいおい考えてみるわ」
母や父にはさすがに、こっちにきてからストーカー被害にあったことは伝えていない。
そんなこと話したら、本州に越してきた理由も理由だから、心配して連れ戻しにくるだろうから。
ただ、職場が合わなかったとだけ伝えた。
今の職場も決して合うとは言わないが、体調不良が治ってからは職場のお局と向き合えるようになって嫌味も受け流せるようになった。
向こうは急な変化に狼狽えているようだけれど。
『本当はいい人見つけてさっさと結婚して、孫の顔を見せてくれればそれでいいんだけどね』
「しばらく恋愛はいいって話したじゃないの」
『わかってる。だからうるさく言わないし、東京に行くのも許したでしょ』
今、うるさく言ってるよ、と菜緒は返したくなったが、止めた。
慶太と別れたとき、弟いわく「姉ちゃん、普通じゃなかった。自殺するかとヒヤヒヤした」と尋常じゃない様子だったらしい。
亡霊みたいに真っ白な血の気のない顔をして、泣きはらして真っ赤になった目だけギョロギョロしてご飯もほとんど食べないという状態なのに、元気に仕事に出かけて行って。
家に帰ったら、また部屋に閉じこもって声を上げて泣いて。
心配で弟は毎日のように実家に戻ってきて、父は梯子をかけて外から二階の菜緒の部屋を覗いて様子を見ていたらしい。
それが病院を退職する日まで続いたのだ。
本人である菜緒は家族が心配していたことなんて全く気づかなかったし、当時のその記憶がスポンと抜けていた。
(あまりに哀しいことは脳が拒絶して、記憶を抹消しちゃうというからなぁ)
ぐらいな認識だ。
ただ、いつもは放任主義の両親や我関知せずの弟が、すごく優しい期間があったことは覚えている。
こうして軽口をたたく母親だって、そのときの自分の姿を見て心配してしょっちゅう電話をしてくれるのだろう。
『ゴールデンウィークにはこっちに帰ってこられるの?』
「あー……無理だと思う。工場は日曜日以外動いてるし、シフト制で、まだ新入社員の私だと、まとまった休みはせいぜい三日くらいだから」
『お盆休みは取れるの?』
「さすがに取れると思う。八月だけど、シフト決まったら電話する」
『そう。お祖母ちゃんが菜緒に会いたがってるの、もう歳だし。弱ってきてるみたいだから……』
母が心配、という風に話すが、あっけらかんとしているのは明らかだ。
自分がお祖母ちゃん子だということをわかってこうして揺さぶりをかけ、八月前に帰郷させることを狙っているのがバレバレである。
「あとで私の方からお祖母ちゃんに電話してみるよ。じゃあ、そういうことで! これから夕飯の買い出しに行ってくるわ」
『あら? そんな時間? お母さんも車出して行ってこよう』
じゃあね、と菜緒は電話を切ってスマホを無造作にベッドの上に投げ、小さなキッチンに向かう。
一人暮らし用の小さな冷蔵庫を開け、食材を確認。
「うん、鶏肉もある。ネギもある。三つ葉もある。買い出しに行かなくても大丈夫。今日はお腹が空いたら冷凍のうどんにしよう」
歩いて五~十分ほどの駅の方に行けば、駅ナカにスーパーもあるし、その途中に野菜や生鮮食品を売っているコンビニが数件建っている。
実家の周辺よりずっと便利で助かっているが、不満もあった。
(魚介類が美味しくないのよね……しかも高い!)
休日に両親と市場まで行って捌いていない魚介類を購入して、一日がかりで捌いたのはいつだったか。
一人暮らしで鮭とかハマチとか一匹購入しても、小さな冷蔵庫では限界があるし、お裾分けするほど親しくしている人もいないし――
ふ、と辰巳と子供達を思い浮かべる。
(いや……! お裾分けするほど親しくないし! ……それに)
今日、訪問したとき明らかに動揺していた。
多分、迷惑だったんだと勘が働いた。
菜緒は、神社側の窓から見える木造の辰巳宅を見下ろす。
格好いいとか本人の前で言ったから、警戒されたのかもしれない。
(……別にアタックしますとか、そういう意味合いじゃないんだけどな。本当に今、私は恋愛ノー! だし。それに辰巳さんってイケメンだけど……)
なんて言うのだろう。近寄りがたい、近寄ってみたら、ホッとするけれど、親しくしてはいけない雰囲気を持っている。
(そう、まるで神様が目の前にいるような、そんな畏まって敬うような畏怖の存在……? って、なに考えてるの? 私)
あり得ない、そんなこと。
菜緒は自分の突飛な考えを笑い飛ばし、ベランダ側の窓を開けると洗濯物を取り込んだ。
菜緒は小一時間ほどで辰巳達の家をおいとまし、隣のアパートの自宅へ戻る。
でも、美味しかった。
添加物や保存料などを使用しない、と話していたが、あれが天然食材の味なのだろうか。
口にいれる物は、全て自然食品で作る家庭もある。
辰巳は、そんなこだわりを持っているのだろう。
ミニポシェットの中に入れておいたスマホが鳴る。
この音楽は実家からだと菜緒は玄関で靴を脱ぎながら出た。
十中八九は母親からだ。たまーに父親からかかってくる。
弟もいるが、自分と同様実家から出て一人暮らしをしているので、向こうは違う電話番号だ。
『菜緒、お母さんだけど。元気にしてる?』
「あーはいはい。元気ですよ」
『そのようだね。前に電話してときより元気な声してるわぁ』
「ごめんごめん。仕事に慣れなくて、ちょっと落ち込んでたのよ」
『あんた、やっぱり元の職に戻ったら? 工場勤務合わないんじゃないの?』
「うーん……まあ、おいおい考えてみるわ」
母や父にはさすがに、こっちにきてからストーカー被害にあったことは伝えていない。
そんなこと話したら、本州に越してきた理由も理由だから、心配して連れ戻しにくるだろうから。
ただ、職場が合わなかったとだけ伝えた。
今の職場も決して合うとは言わないが、体調不良が治ってからは職場のお局と向き合えるようになって嫌味も受け流せるようになった。
向こうは急な変化に狼狽えているようだけれど。
『本当はいい人見つけてさっさと結婚して、孫の顔を見せてくれればそれでいいんだけどね』
「しばらく恋愛はいいって話したじゃないの」
『わかってる。だからうるさく言わないし、東京に行くのも許したでしょ』
今、うるさく言ってるよ、と菜緒は返したくなったが、止めた。
慶太と別れたとき、弟いわく「姉ちゃん、普通じゃなかった。自殺するかとヒヤヒヤした」と尋常じゃない様子だったらしい。
亡霊みたいに真っ白な血の気のない顔をして、泣きはらして真っ赤になった目だけギョロギョロしてご飯もほとんど食べないという状態なのに、元気に仕事に出かけて行って。
家に帰ったら、また部屋に閉じこもって声を上げて泣いて。
心配で弟は毎日のように実家に戻ってきて、父は梯子をかけて外から二階の菜緒の部屋を覗いて様子を見ていたらしい。
それが病院を退職する日まで続いたのだ。
本人である菜緒は家族が心配していたことなんて全く気づかなかったし、当時のその記憶がスポンと抜けていた。
(あまりに哀しいことは脳が拒絶して、記憶を抹消しちゃうというからなぁ)
ぐらいな認識だ。
ただ、いつもは放任主義の両親や我関知せずの弟が、すごく優しい期間があったことは覚えている。
こうして軽口をたたく母親だって、そのときの自分の姿を見て心配してしょっちゅう電話をしてくれるのだろう。
『ゴールデンウィークにはこっちに帰ってこられるの?』
「あー……無理だと思う。工場は日曜日以外動いてるし、シフト制で、まだ新入社員の私だと、まとまった休みはせいぜい三日くらいだから」
『お盆休みは取れるの?』
「さすがに取れると思う。八月だけど、シフト決まったら電話する」
『そう。お祖母ちゃんが菜緒に会いたがってるの、もう歳だし。弱ってきてるみたいだから……』
母が心配、という風に話すが、あっけらかんとしているのは明らかだ。
自分がお祖母ちゃん子だということをわかってこうして揺さぶりをかけ、八月前に帰郷させることを狙っているのがバレバレである。
「あとで私の方からお祖母ちゃんに電話してみるよ。じゃあ、そういうことで! これから夕飯の買い出しに行ってくるわ」
『あら? そんな時間? お母さんも車出して行ってこよう』
じゃあね、と菜緒は電話を切ってスマホを無造作にベッドの上に投げ、小さなキッチンに向かう。
一人暮らし用の小さな冷蔵庫を開け、食材を確認。
「うん、鶏肉もある。ネギもある。三つ葉もある。買い出しに行かなくても大丈夫。今日はお腹が空いたら冷凍のうどんにしよう」
歩いて五~十分ほどの駅の方に行けば、駅ナカにスーパーもあるし、その途中に野菜や生鮮食品を売っているコンビニが数件建っている。
実家の周辺よりずっと便利で助かっているが、不満もあった。
(魚介類が美味しくないのよね……しかも高い!)
休日に両親と市場まで行って捌いていない魚介類を購入して、一日がかりで捌いたのはいつだったか。
一人暮らしで鮭とかハマチとか一匹購入しても、小さな冷蔵庫では限界があるし、お裾分けするほど親しくしている人もいないし――
ふ、と辰巳と子供達を思い浮かべる。
(いや……! お裾分けするほど親しくないし! ……それに)
今日、訪問したとき明らかに動揺していた。
多分、迷惑だったんだと勘が働いた。
菜緒は、神社側の窓から見える木造の辰巳宅を見下ろす。
格好いいとか本人の前で言ったから、警戒されたのかもしれない。
(……別にアタックしますとか、そういう意味合いじゃないんだけどな。本当に今、私は恋愛ノー! だし。それに辰巳さんってイケメンだけど……)
なんて言うのだろう。近寄りがたい、近寄ってみたら、ホッとするけれど、親しくしてはいけない雰囲気を持っている。
(そう、まるで神様が目の前にいるような、そんな畏まって敬うような畏怖の存在……? って、なに考えてるの? 私)
あり得ない、そんなこと。
菜緒は自分の突飛な考えを笑い飛ばし、ベランダ側の窓を開けると洗濯物を取り込んだ。
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