隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた

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四章 辰巳とどこか不思議な子供たち

(4)

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 兎が興奮して箱ごと辰巳に見せる。

 どら焼きが大変? ――菜緒は身を乗り出す。
「どらやき、痛んでた?」

 焦って聞いたら辰巳も血相を変えて、箱の蓋を開ける。
 どら焼きが六つ、フィルムに包まれてお行儀良く箱の中に並べられている。
 一つも開けていないのに菜緒も辰巳も眉間に皺を寄せ、二人に視線を向けた。
 子供はまだ興奮しているし、瞳をキラキラさせている。

「このどら焼き! 普通のどら焼きじゃない! 白いのが入ってる!」
 菜緒は、その言葉で合点がいった。

「ああ、これ、小豆餡と生クリーム入りなの」
 菜緒の言葉に三者三様の反応を示す。
「生クリーム!?」
「生クリームなの!? このふわふわの白いやつ!」
「……生クリーム?」
 鯛と兎は嬉しそうだが、辰巳は明らかに不満そうな音を声に乗せた。

「わあ! 生クリームって、ケーキに乗せて食べるものだよね?」
「えっ? ええ、そうね。でも餡子と食べても美味しいのよ」
 嬉しそうにどら焼きを一つ手に取り、フィルムを開け始めた二人に菜緒は言う。
「もしかしたら、生クリームって食べたことないの?」

 洋菓子は禁止とか――そういう方針だったの? と辰巳と幼い子供二人を交互に見つめる。
 菜緒のそんな眼差しの問いを察したのか、辰巳はボソボソと話し出した。

「我が家では、外来物産の菓子や食事をできるだけ避けているんです。添加物とか保存料とか着色料とかも……」
「すいません、そんなに徹底しているとは知らずに……事前に、お尋ねすればよかったですね」
「いいの、添加物とか保存料とか気になるのは仕方ないと思うけど、洋菓子とか洋食とか毛嫌いして排除してるし。潔癖すぎるのよ、辰巳って」
 辰巳の代わりに兎が答える。

「他に、中華も駄目でしょ? インドとか多国籍なんてもっての他。あと、他にも日本料理で使われている調味料も駄目なのよ」
「そうなんだ……本当に徹底してるのね」
 兎って子、幼いのに難しい言葉知ってるなーと思いながら辰巳を見ると、彼は罰が悪そうな顔をして目をそらす。

「でもね、現代に顕現するならこういった新しい味にも慣れていかないとって思うのよ。他の神様達だってそう言っているのに辰巳ったら頑固で――」
「兎!」
 辰巳が急に声を上げて兎の言葉を遮った。
 遮ったけれど、『顕現』『神様達』という言葉はしっかりと菜緒の耳に入ったわけで。
 首を傾げるしかない。

 今までの話を要約すると辰巳は『元々私達を遣う立場』というから偉くて、子供達は従属――従う立場。
(……と、いうことは、ここは何かの宗教団体……?)

 いや、確かに辰巳ほどの美青年なら、婦人達がフラフラと入信してしまいそうだけれ
 艶やかな黒髪に、近くで見ると睫なんて濃くて長い。
 瞳は実は紫色でこうして近くで見て初めて気づいた。
 それに匂やかな香りまで漂ってきそうな色香まで感じてしまう。
 こんな人に勧誘されたら断れない。

(特に私なんかは)

「あの、菜緒さん」
「はい」
「その、我が家は宗教団体とは違うんです」

 悶々としていたら辰巳が、自分の思っていることを見抜いている言い方をしてきた。
 ビックリと同時、薄気味悪くなってしまう。
 前も、自分の考えていることをわかっているような言い方をしてきた。

「どうして、私の思っていることがわかるんです?」
「わかりますよ。菜緒さん、顔に出ますから」

 ――それか。

「……そんなに顔に出ますか? 仕事で結構鍛えていたはずなんですど」
「仕事とプライベートは違いますから。それでいいんじゃないでしょうか?」
 にこっと、前に見せてくれたいい笑顔を向けてくれて、菜緒はようやく安堵した。

 今日の訪問で、辰巳を纏う空気はピリピリしていたのを菜緒は感じた。
 ここに来て欲しくなかったような、どうして来たのだろうとかそんな動揺まで感じ取れたのだ。

「すみません。思った以上に菜緒さんを怖がらせてしまったようで……」
「とんでもない! 私の方こそ連絡もなしに訪問してしまったのに、こうして家にあげてもらってお茶までご馳走になってしまって!」
「いえ、僕の立場からしたら、あなたのような人を怖がらせるなんてやってはいけないことなんです――まだまだですね、僕も」

 そう言っていったん目を閉じて、すぐに目を開ける。気持ちの切り替えをしたようだ。
「鯛も兎も、他の子達を呼んできなさい。皆で食べて」
「はーい」
 二人揃えて返事をすると通路に顔を覗かせ声を上げた。
「犬、ウソ、鼠、おやつよ!」
「おやつだよー! 今日は生クリーム入りのどら焼きなの!」

 すると、バタバタという子供の駆ける足音が近づいてくる。
 それもいきなり聞こえてきたので、菜緒の方が驚いたくらいだ。
 いったいどこに潜んでいたのか、と思うほど人の気配がなかったのに。

「おやつ!」
「生クリームって、ケーキというお菓子についてるやつだよね?」
「すごいすごいすごい!」

 足音がしてすぐ、子供が三人顔を出す。
 二人男の子で一人は女の子。
 しかも『犬』『ウソ』『鼠』と呼ばれる由縁のわかる顔立ちだ。

(ええええ!? ちょっと待って!?)

 それも驚いたが、菜緒がもっと驚き自分の目を疑ったのは三人、顔を覗かせるまで姿が見えなかったことだ。
 縁側に面した通路とこの客間は、雪見障子という障子で遮られている。
 雪見という名の通り、雪景色を楽しめるように障子の下半分が上下にスライドし、ガラスが出現する。
 菜緒が案内されたときから障子は上にスライドされ、ガラス越しに外を鑑賞できるようにされていた。

 足音が聞こえてくる方角から客間に入ってくるときに、雪見障子のガラスから足や胴体が見えるはずなのに。
(何も見えなかった。姿が見えなかった……)
 見逃した?
 目を瞬かせる菜緒の横で辰巳は、こめかみを押さえている。

「ほら、このお姉さんにお礼を言って。向こうの部屋で食べなさい」
 それでも優しい声音で子供達を促す。

「お姉ちゃん、ありがとう!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございまちゅう」
「菜緒、ありがとう」

 皆、一つずつどら焼きを手に取り、はじける笑顔を向け菜緒に礼を言ってくる。
 その笑顔の気持ち良さに、先ほどあった奇怪な現象がどうでもよくなってしまう。
(げんきんだわ、私って)

「辰巳、一個残ってるから食べたら? じゃあ、菜緒。ごちそうになるね。ありがとう!」
 最後に一つ残ったどら焼きを辰巳に手渡し、兎もパタパタと音を立てていってしまった。
 去るときはちゃんとガラス越しに足が見えていたことに、菜緒はホッとする。
(なんだ、さっきには見間違いね)

 夜勤明けで疲れてるのか、精神的にまだ不安定なのかもしれない。
 あまり不可思議な現象が続くようなら、厄払いか精神科に受診しようと思う菜緒だ。

 辰巳が兎から手渡されたどら焼きを持て余し気味でいるのを見て、菜緒は、
「よかったらどうぞ召し上がってください。その場で作っているどら焼きで羊羹より日持ちがしないと思うので」
 と勧める。

 ニコニコと勧めてくるので断れないと思ったのだろう。辰巳は「じゃあ」とフィルムを開けた。
「私もいただきます。お団子」
 鯛に持ってきた、小ぶりの三色お団子を一口いれる。

 やっぱり美味しい。餅なのに噛みやすいし、優しい甘さがある。
 真ん中の白い団子も一口――

「――んっ!?」
「うっ!!」
 白い団子を食べて驚いた声を上げた菜緒と一緒に、辰巳も驚きの声を上げた。

「美味しい!」
「美味しいです!」
 次に出た言葉も同時で同じ意味だった。

 二人、興奮して菓子の感想を言い合う。
「この真ん中の団子、中に餡が! 桜餡かしら? 甘塩っぱさと桜の香りが口の中に広がってくる!」
「ああ、最近団子ばかりだと子供達に文句を言われまして。それで少し工夫してみたんです」
「小さいお団子なのに綺麗に餡が入っていて、器用なんですね。辰巳さんって」
「いえ、いつもやっていて慣れているだけです。……僕はこのどら焼きの方が驚きました。餡と生クリームを挟む生地がフワフワで口の中でほろりと崩れて、粒餡の濃厚さと甘さを控えた生クリームが合わさって美味しい。全然重たくないです」

 そこまで一気に喋ると、辰巳は盛大な溜め息を吐きながら卓上に顔を突っ伏す。
「……さすが職人の手で作った一品。素人の僕が作ったものは足元に及ばない……」
 どうやら味に衝撃を受けて、自分の未熟さに落ち込んでいるらしい。

「そんなことありませんって! この三色団子、すごく美味しいですよ! 売り物と変わらないくらいです」
「そうでしょうか……」

 なかなか復活しない辰巳に、菜緒は最後の団子を口に入れ、空のお皿を渡す。
「おかわりください! こんな美味しいお団子、固くならないうちに食べないと!」

 もぐもぐと口を動かしながら皿を出してくる菜緒に、辰巳はようやく笑みを見せ、
「待っててくださいね」
 と皿を受け取った。




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