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四章 辰巳とどこか不思議な子供たち
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雪見障子を勢いよく開けてきた子に、名前を呼んでいる途中で止めに入られた。
ビックリして顔ごと視線を向けると、タイより大きい女児がいた。
抜けるような白い肌に、二つ分け、高めに結わいてある黒髪。
瞳は大きくて真っ黒だ。
桜色のワンピースがとても似合う。
(わ、可愛い……!)
いきなり大きな声で止められて驚いたことより、この女の子の美少女ぶりに驚く。
小学一年くらいの少女だろう。精巧な人形みたいに整った顔立ちだ。黒目がちの瞳はクリクリとして大きくて、本当に人形に魂が入って動いているようにも思える。
女の子は呆けている菜緒の前までヅカヅカと歩み寄り、腰に手を当て偉そうに言った。
「『タイ』は『鯛』なの! 『くん』付けや『ちゃん』付けなんてしちゃ駄目! そうしたら『鯛』はあなたのケンゾクになってしまうんだからね! そっちは親切で呼ぶんだろうけど、勝手に呼び名を変えたら迷惑なの!」
「えっ? ケンゾク……?」
いったい、どういうこと?
何が何やら、美少女の言っている意味がわからない。
「いいから! 『鯛』! 『鯛』でいいの! 余計なの付けて呼ばないでよね!」
「は、はい」
とにかく『くん』とか『ちゃん』とか付けちゃいけないということはわかった。
「じゃ、じゃあ、あなたは? なんて呼べばいいのかしら?」
「『兎』」
「『ウサギ』?」
「動物の『兎』。日本神話の時代からいるでしょ?」
ふふん、と得意げに名を明かすと『兎』は、すとん、と鯛の隣に座った。
「本当はね、タツミのことだって『さん』付けしちゃいけないんだから」
「ええと……『ケンゾク』になっちゃうから?」
「そうよ。でも、タツミは特別なの。タツミは十二支の『辰』と『巳』の漢字を使っているわ。辰巳は元々私達を遣う側で力があるから、菜緒みたいな普通の人間には支配されないの。だから『さん』付けでも大丈夫」
「……そう、なの」
どう突っ込んでいいのやら、わからない。
『鯛』に『兎』と、そして『辰巳』
何の連想なんだろうと、自答自問していた。
「――あ、兎まで」
辰巳の声が聞こえ、菜緒はホッとする。
「辰巳! お菓子!」
タイが立ち上がり、手を伸ばしながら盆の上に載っている菓子と茶を欲しがる。
「鯛の分も用意してありますから、ちゃんと座って」
「はい!」
「辰巳、私のは?」
兎が身を乗り出し聞いてくる。
「台所に用意しています。他の皆と食べてください」
「え~、ここで食べたかったのにぃ」
ぷう、と頬を膨らませて駄々をこねる兎が、小学生の低学年らしくて可愛い。
辰巳は気にせずに「粗茶ですが」と菜緒の前にお茶と手土産の羊羹を出した。
お茶は以前に飲んだ甘茶。
そして羊羹は栗入りだ。
そして――鯛の前に差し出されたのは三色団子。
それを見た鯛も兎も先ほどのテンションはどこへやらと、落ち込んだ様子で団子を見つめた。
「……また団子? どうして菜緒が持ってきたお菓子、食べないの?」
鯛が哀しげに辰巳に尋ねた。
「手作りの物が一番ですから」
と答えた辰巳に兎は異議有りと口を出す。
「それはわかるけど、和菓子じゃない! 和菓子なら食べていいんでしょ?」
「先にお団子を作ってしまったんです。そう日持ちしないから、団子から食べて」
「いやだー! もうお団子飽きた! 和菓子も飽きた!」
「僕も、たまに変わったの食べたい……」
鯛も兎も涙目になって辰巳に訴える。
「でも、菜緒さんが持ってきた物も和菓子ですし……」
「だって菜緒が持ってきたのは和菓子は和菓子でも『現代』の和菓子だもん! 今風の和菓子だもん!」
「中身は同じですよ」
兎の異議にそう答え「ねえ」と、辰巳が菜緒に訴える眼差しを向ける。
流し目のような視線にドキリ、としながら菜緒は『ある提案』をする。
「あの、よかったら私が辰巳さんが作ったお団子を食べましょうか? 子供達には私が持ってきたお菓子を食べてもらえばいいと思います」
鯛と兎の顔がパアッと明るくなった。
しかし、辰巳は反して困惑した表情を見せた。
「でもそれだと、菜緒さんがせっかく持ってきた手土産を食べられませんよ?」
「私はいいんです。この羊羹も、もう一つのどら焼きも食べたことありますし。どちらかといえば、辰巳さんの手作りのこの三色団子に興味あります!」
と鯛と兎の肩を持つ。
これだけ食べたそうにしているのに、我慢させて自分だけが食べるのも肩身が狭いし、何より――
(辰巳さんが作ったお団子……! 食べてみたい!)
先日ご馳走になった鯛の雑炊もすごく美味しかった。きっとこの三色団子も美味しいに違いない。
辰巳の方は目をキラキラさせてきた菜緒と鯛と兎を順番に見て「はぁ」と息を吐き、肩を落とした。
「負けました。菜緒さんの意見に従いましょう」
「やったー!! 私、どら焼き食べたい!!」
兎が立ち上がり、跳ねるように部屋から出て行った。
その後を鯛もついていく。
ドタドタと足音が聞こえ、ようやく子供がいる賑やかさを感じ、菜緒の顔が緩む。
「じゃあ、この三色団子いただきますね」
心配そうに部屋から顔を出して様子を窺っている辰巳に声をかけ、お皿ごと自分の前に置いた。
「いいんですか? 子供用のおやつだから小さいですよ?」
「全然! おかわりできちゃう!」
そうニカッと笑うと辰巳も笑みを見せた。
またドタドタ、とすぐにまた足音が近づいてくる。
鯛と兎が菓子の箱を抱えて戻ってきたのだ。
「辰巳! 辰巳! 大変! どら焼きが! 大変なの!」
ビックリして顔ごと視線を向けると、タイより大きい女児がいた。
抜けるような白い肌に、二つ分け、高めに結わいてある黒髪。
瞳は大きくて真っ黒だ。
桜色のワンピースがとても似合う。
(わ、可愛い……!)
いきなり大きな声で止められて驚いたことより、この女の子の美少女ぶりに驚く。
小学一年くらいの少女だろう。精巧な人形みたいに整った顔立ちだ。黒目がちの瞳はクリクリとして大きくて、本当に人形に魂が入って動いているようにも思える。
女の子は呆けている菜緒の前までヅカヅカと歩み寄り、腰に手を当て偉そうに言った。
「『タイ』は『鯛』なの! 『くん』付けや『ちゃん』付けなんてしちゃ駄目! そうしたら『鯛』はあなたのケンゾクになってしまうんだからね! そっちは親切で呼ぶんだろうけど、勝手に呼び名を変えたら迷惑なの!」
「えっ? ケンゾク……?」
いったい、どういうこと?
何が何やら、美少女の言っている意味がわからない。
「いいから! 『鯛』! 『鯛』でいいの! 余計なの付けて呼ばないでよね!」
「は、はい」
とにかく『くん』とか『ちゃん』とか付けちゃいけないということはわかった。
「じゃ、じゃあ、あなたは? なんて呼べばいいのかしら?」
「『兎』」
「『ウサギ』?」
「動物の『兎』。日本神話の時代からいるでしょ?」
ふふん、と得意げに名を明かすと『兎』は、すとん、と鯛の隣に座った。
「本当はね、タツミのことだって『さん』付けしちゃいけないんだから」
「ええと……『ケンゾク』になっちゃうから?」
「そうよ。でも、タツミは特別なの。タツミは十二支の『辰』と『巳』の漢字を使っているわ。辰巳は元々私達を遣う側で力があるから、菜緒みたいな普通の人間には支配されないの。だから『さん』付けでも大丈夫」
「……そう、なの」
どう突っ込んでいいのやら、わからない。
『鯛』に『兎』と、そして『辰巳』
何の連想なんだろうと、自答自問していた。
「――あ、兎まで」
辰巳の声が聞こえ、菜緒はホッとする。
「辰巳! お菓子!」
タイが立ち上がり、手を伸ばしながら盆の上に載っている菓子と茶を欲しがる。
「鯛の分も用意してありますから、ちゃんと座って」
「はい!」
「辰巳、私のは?」
兎が身を乗り出し聞いてくる。
「台所に用意しています。他の皆と食べてください」
「え~、ここで食べたかったのにぃ」
ぷう、と頬を膨らませて駄々をこねる兎が、小学生の低学年らしくて可愛い。
辰巳は気にせずに「粗茶ですが」と菜緒の前にお茶と手土産の羊羹を出した。
お茶は以前に飲んだ甘茶。
そして羊羹は栗入りだ。
そして――鯛の前に差し出されたのは三色団子。
それを見た鯛も兎も先ほどのテンションはどこへやらと、落ち込んだ様子で団子を見つめた。
「……また団子? どうして菜緒が持ってきたお菓子、食べないの?」
鯛が哀しげに辰巳に尋ねた。
「手作りの物が一番ですから」
と答えた辰巳に兎は異議有りと口を出す。
「それはわかるけど、和菓子じゃない! 和菓子なら食べていいんでしょ?」
「先にお団子を作ってしまったんです。そう日持ちしないから、団子から食べて」
「いやだー! もうお団子飽きた! 和菓子も飽きた!」
「僕も、たまに変わったの食べたい……」
鯛も兎も涙目になって辰巳に訴える。
「でも、菜緒さんが持ってきた物も和菓子ですし……」
「だって菜緒が持ってきたのは和菓子は和菓子でも『現代』の和菓子だもん! 今風の和菓子だもん!」
「中身は同じですよ」
兎の異議にそう答え「ねえ」と、辰巳が菜緒に訴える眼差しを向ける。
流し目のような視線にドキリ、としながら菜緒は『ある提案』をする。
「あの、よかったら私が辰巳さんが作ったお団子を食べましょうか? 子供達には私が持ってきたお菓子を食べてもらえばいいと思います」
鯛と兎の顔がパアッと明るくなった。
しかし、辰巳は反して困惑した表情を見せた。
「でもそれだと、菜緒さんがせっかく持ってきた手土産を食べられませんよ?」
「私はいいんです。この羊羹も、もう一つのどら焼きも食べたことありますし。どちらかといえば、辰巳さんの手作りのこの三色団子に興味あります!」
と鯛と兎の肩を持つ。
これだけ食べたそうにしているのに、我慢させて自分だけが食べるのも肩身が狭いし、何より――
(辰巳さんが作ったお団子……! 食べてみたい!)
先日ご馳走になった鯛の雑炊もすごく美味しかった。きっとこの三色団子も美味しいに違いない。
辰巳の方は目をキラキラさせてきた菜緒と鯛と兎を順番に見て「はぁ」と息を吐き、肩を落とした。
「負けました。菜緒さんの意見に従いましょう」
「やったー!! 私、どら焼き食べたい!!」
兎が立ち上がり、跳ねるように部屋から出て行った。
その後を鯛もついていく。
ドタドタと足音が聞こえ、ようやく子供がいる賑やかさを感じ、菜緒の顔が緩む。
「じゃあ、この三色団子いただきますね」
心配そうに部屋から顔を出して様子を窺っている辰巳に声をかけ、お皿ごと自分の前に置いた。
「いいんですか? 子供用のおやつだから小さいですよ?」
「全然! おかわりできちゃう!」
そうニカッと笑うと辰巳も笑みを見せた。
またドタドタ、とすぐにまた足音が近づいてくる。
鯛と兎が菓子の箱を抱えて戻ってきたのだ。
「辰巳! 辰巳! 大変! どら焼きが! 大変なの!」
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