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四章 辰巳とどこか不思議な子供たち

(2)

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「こっち」

 タイ、と呼ばれた男の子の後をついていく。
 タツミはお茶を用意するためか、一緒に来なかった。今は男の子と二人きりだ。

 建物は木造平屋の住宅で、よく手入れが行き届いている。
 古いのに、床板なんて走ったら滑りそうなほどに艶々で輝いている。
 窓に嵌めているガラスなんて、今は使用されていない貴重な磨りガラスだ。

 外廊下とも言われる縁側を通ると、よくアパートから見ていた庭を目の当たりにした。
 蜜柑に柿に桃、それに梅やきんかんなど果実のなる樹木が植えられて、低い垣根の周辺には水仙の黄色が目に映る。
 日陰には若々しい色のミョウガの葉やショウガ、紫蘇も植えてある。

 ほぇ~と呟きながらタイという男の子の後をついていって、ふと気づいた。
 確かここには小さな男の子と女の子が数人いるはず。
 数人いれば賑やかを通り越して騒がしいくらいなのに、静かどころか声さえも全く聞こえない。

(もしかしたらここは保育所で、今日はこの子しかいないのかも)
 そうだったらこの静寂にも納得がいく。

「菜緒、こっち!」
 男の子は遅れた菜緒を立ち止まって、手を振って誘導してくれる。

 優しい子だ。菜緒は笑みを浮かべ、タイに小走りで近づいた。
 タイは下半分にガラスがはめ込まれた雪見障子を開けて、ニコニコしながら菜緒を見上げた。
「ここだよ。ここね、ちょっといいお部屋なの」

 客間、ということかな? と入ると、床の間があった。
 書院と床脇もある、『書院造り』の和室だ。
 前に寝かされた部屋とは違う。

「座布団、どうぞ」
「ああ、お姉ちゃんが持つから」

 えんじ色の座布団をえっちらと抱えて持ってくる幼児の姿に、菜緒は微笑ましく思いながら、タイから座布団を受け取り三つ座布団を敷く。
 多分、自分と、タイ、それにタツミの分だろう。
 うふふ、とタイはニコニコと満面な笑みを浮かべながら、菜緒と座卓を挟んで対面に座った。

「……」
「……」

 互いに互いの顔を見つめる。それはもうニコニコしながら。

 よくよく見ても、本当に愛嬌のある顔だ。
 今時の子供は顔が小さいが、この子は大きい。
 それに目と目の距離が結構空いている。
 それに口も大きい。鼻は低くて小さいが。

(……あっ)
 タイの顔を見て、突然思い出した。
 先日、この幼児の顔を見て違和感を覚えたことを。

(いったい、何がそんなに引っかかったのかしら?)
 思わず目を凝らし、じーーーっと見つめてしまう。

 何か、看護師としての経験が感じている『違和感』がある。

「……あっ!」

『違和感』の正体がわかり思わず声を上げてしまい、菜緒は慌てて口を引き結ぶ。

 ――瞼がないんだわ。

 睫もない。

「菜緒? どうしたの?」
 タイは目をバシバシと瞬かせながら、菜緒に問いかけてくる。

(えっ? 瞼も睫もないのに痛くないの? 涙とか大丈夫なの?)
 違和感の正体に気づいたら、そっちのほうが気になってしまう。

 乾いた空気の中で生活している人間は、瞬きをして涙で目の表面を濡らしている。
 そうして、目を保護しているのだ。

(先天的なものよね? この子の親御さんはちゃんと病院に行っているのかしら?)
 余計なお世話だけど、気になってしまう。
 思わず、近づいてジッと見てしまう。

「目、痛くない?」
「痛くないよ?」
「そう。目薬とか、もらってる?」
「ううん。でもね、綺麗な目だねって言われるの。見て、ここ」
 と、タイ自ら目の上を撫でる。

 よく見ると、青いアイシャドウみたいなラインがついている。
 キラキラしていてラメ入りだろうか?

「ここね、ついていると価値があるんだって」
「価値?」
「百点満点で味がいいんだって美味しいの」

 ――美味しい?

 菜緒は、怖がらせまいと笑みを作りながら首を傾げた。
「美味しいの……?」
「うん! お刺身にすると、すごーくよくわかるんだって! 締まっててプリプリしてて噛むと甘みが出てきて最高なんだって!」
「……ごめん、それはお魚の話かな?」

 混乱してきた。

 自分は今、タイと呼ばれている幼児の容態を聞いているはず。
 どこかで美味しい魚の話に変わってないか?

(魚……もしかして『タイ』って『鯛』のこと?)
 突然、怒りが湧いてきた。

 鯛に似ているから『タイ』って名前を付けたってことだろうか?
 信じられない、そんな名前をつける親がいるなんて。
 タツミさんは知っているのだろうか?

(これはゆゆしき問題じゃない?)

 詳しく話を聞こうと、菜緒は身を乗り出す。
「ねえ、タイく――」

「駄目!」



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