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三章 隣のイクメンさんから癒やしの鯛出汁雑炊
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(もう、おいとましたほうがいいかもしれない)
菜緒は布団から出て居住まいを正し、改めてイクメンに頭を下げる。
「助けていただいて本当にありがとうございます。これから仕事なのでこれでおいとまさせていただきますが、また改めてお礼をさせてください」
「僕に礼なんていいですよ。困ったときはお互い様です」
「……その『困ったときはお互い様』って行動、なかなかできないことだと思うんです」
「そうなんですか?」
イクメンは驚いたように目を瞬かせた。
「困っている人に手を差し伸べたら、警察に通報されてしまう恐れのある、やっかいな時代なんです、今って。だから皆、目の前で困っていたり倒れたりしている人を見ても、面倒なことになりそうで声すらかけません。余計なことをして、自分の時間がなくなってしまうのが嫌な人もいますけれど」
菜緒の言葉にイクメンは目を伏せ、切なそうに息を吐き出す。
「嫌な世の中になりましたね……。叶えたいと思う欲望は、多種多様になっていくというのに」
「そうですよね。私も人のことは言えませんけれど、でも今回のことで私も困っている人に手を差し伸べようかと思いました」
「あなたは今のままでいいと思います」
「……えっ?」
言われ、菜緒は目をぱちくりさせる。
「元々優しい性格でしょう? 菜緒さん。いつものあなたなら困っている人を放っておくことなんて、できないと思います。ただ善意につけ込まれて嫌な思いをされた。それでちょっと殻に閉じこもってしまったところに、欲望の思念にまでつけ込まれてしまったようです」
「……欲望の思念」
イクメンの言葉を繰り返す。
「そんな夢を見ました。ちょっと過去に色々あって……嫌な目に遭わされた人達に、まるで化け物のような姿になって私に襲ってくるんです」
「それでどうなりました?」
尋ねられ、ちょっと照れながら菜緒は口を開く。
「神主さんみたいな人が現れて祓ってくれたんです。……その神主さんがその……」
「どうかしましたか?」
その人があなたにソックリだったんです、なんて言うのがなんだか恥ずかしくなって、いえいえと手を振る。
「いえ、なんでも……! 一つ柏手を打っただけで祓って『すごいな』って」
「すごいですか。でもよい夢を見ましたね」
「はい! おかげでスッキリしましたし。久しぶりに美味しいと思える料理も食べられて元気も出ました。これから遅番で仕事なんですが、頑張れそうです」
「あまり無理をなさらないようにしてください。菜緒さん、今の職業、あまり向いていないようですから」
イクメンの言葉に菜緒は、はは、と笑う。
「そうなんですよね。今まで経験したことのない職種なせいか、いつも叱られています。……でも、どうして向いていないとわかったんです?」
「だって、疲労で倒れるほどですから」
そうでした、とイクメンと笑い合う。
「でも、もう気力も充実しましたから嫌味にだって負けません! 頑張ります!」
「もう、これからは、そういうことはないと思いますよ。今の菜緒さんなら」
どういうことだろう?
(元気になって言い返す気力が漲っているのが見えるから、かしら?)
なんだか彼ならきっと見えているのかもしれない、なんて菜緒は思う。
きっと夢で、気味の悪い化け物たちを祓ってくれた神官みたいな人にそっくりだからそう思えるのかもしれない。
菜緒は、この縁に感謝をこめて神社に行こうと心に決めた。
木造建築の玄関から出て、門まで続く石のアプローチを歩く。
門扉はないが、低木と竹細工で敷地内を隠す垣根に樹木。
『懐かしい』と里心を思い起こさせるのはなぜだろう。
久しぶりに実家に電話してみよう。
菜緒は家族の顔を思い浮かべながら、門の前で止まると振り返る。
門の前までイクメンが送ってくれたのだ。
「本当にありがとうございます。お約束通り神社にお礼を奉納します」
と彼に頭を下げる。
「いえ、賽銭箱でかまいませんから。そう堅苦しくお考えにならないように」
そう手を振る彼は苦笑いをしている。
本当に困るのだろうか。きっと善意の塊のような人なのかもしれない。
それで、改められると気が引けるとか。
そんな気がする。
「では……ええと、お子さんたちによろしくお伝えください。特にタツミさんを呼びにいってくれた男の子に」
「――えっ? どうして僕の名前を? それにお子さん達って……? どうして知っているんです?」
イクメンは目を大きく開き、動揺したようにさらに瞳をパチパチさせる。
「えと……、実は私、お隣に建っているアパートの二階に住んでいまして、たまに庭でタツミさんと子供達がいるところを見かけていまして。それにタツミさんを呼びに行った男の子があなたの名を呼んでいました」
ああ、と彼は納得したように頷く。
「たまに視線を感じていましたけれど、そういえばそうですね」
「ご、ごめんなさい! かっこいい男の人が子供達に囲まれている様子が癒やされて……気味が悪いですよね」
「かっこいいなんて、そんな」
イクメン――タツミは微かに頬を染め、目を伏せながら言う。
その姿にまたきゅん、としてしまう菜緒だった。
何度も振り返り、頭を下げながら菜緒は自分のアパートへ戻る。
シャワーを浴び、身支度を終え時計を見ると十九時だ。
今から神社に行くのはさすがに気が引けるので、夜勤明けのその足で行くことに決めた。
「いけない、先に眼鏡を新調しないと! 今日中には無理かなー……。予備の眼鏡ってあったっけ?」
最近の眼鏡屋は数時間で出来上がるチェーンストアがあるが、最寄り駅にもあるだろうか? いや、あってもさすがに今日中には仕上がらないだろう。
菜緒はスマホで最寄りの眼鏡店を検索して「よし」と立ち上がり、鞄を手に外へ飛び出す。
「考えるより行動しよう!」
予感だけど、今日は何もかもが上手くいく気がする。
眼鏡も出勤までに間に合う気がする。
『気がする』だけで勘だから保証はない。
けれど――羽の生えたように軽い体が『大丈夫、上手くいく』と後押ししている気がするのだ。
「うん、バスもいいタイミングでくる」
バスナビをチェックすると、菜緒は早足でバス停留所へ向かった。
菜緒は布団から出て居住まいを正し、改めてイクメンに頭を下げる。
「助けていただいて本当にありがとうございます。これから仕事なのでこれでおいとまさせていただきますが、また改めてお礼をさせてください」
「僕に礼なんていいですよ。困ったときはお互い様です」
「……その『困ったときはお互い様』って行動、なかなかできないことだと思うんです」
「そうなんですか?」
イクメンは驚いたように目を瞬かせた。
「困っている人に手を差し伸べたら、警察に通報されてしまう恐れのある、やっかいな時代なんです、今って。だから皆、目の前で困っていたり倒れたりしている人を見ても、面倒なことになりそうで声すらかけません。余計なことをして、自分の時間がなくなってしまうのが嫌な人もいますけれど」
菜緒の言葉にイクメンは目を伏せ、切なそうに息を吐き出す。
「嫌な世の中になりましたね……。叶えたいと思う欲望は、多種多様になっていくというのに」
「そうですよね。私も人のことは言えませんけれど、でも今回のことで私も困っている人に手を差し伸べようかと思いました」
「あなたは今のままでいいと思います」
「……えっ?」
言われ、菜緒は目をぱちくりさせる。
「元々優しい性格でしょう? 菜緒さん。いつものあなたなら困っている人を放っておくことなんて、できないと思います。ただ善意につけ込まれて嫌な思いをされた。それでちょっと殻に閉じこもってしまったところに、欲望の思念にまでつけ込まれてしまったようです」
「……欲望の思念」
イクメンの言葉を繰り返す。
「そんな夢を見ました。ちょっと過去に色々あって……嫌な目に遭わされた人達に、まるで化け物のような姿になって私に襲ってくるんです」
「それでどうなりました?」
尋ねられ、ちょっと照れながら菜緒は口を開く。
「神主さんみたいな人が現れて祓ってくれたんです。……その神主さんがその……」
「どうかしましたか?」
その人があなたにソックリだったんです、なんて言うのがなんだか恥ずかしくなって、いえいえと手を振る。
「いえ、なんでも……! 一つ柏手を打っただけで祓って『すごいな』って」
「すごいですか。でもよい夢を見ましたね」
「はい! おかげでスッキリしましたし。久しぶりに美味しいと思える料理も食べられて元気も出ました。これから遅番で仕事なんですが、頑張れそうです」
「あまり無理をなさらないようにしてください。菜緒さん、今の職業、あまり向いていないようですから」
イクメンの言葉に菜緒は、はは、と笑う。
「そうなんですよね。今まで経験したことのない職種なせいか、いつも叱られています。……でも、どうして向いていないとわかったんです?」
「だって、疲労で倒れるほどですから」
そうでした、とイクメンと笑い合う。
「でも、もう気力も充実しましたから嫌味にだって負けません! 頑張ります!」
「もう、これからは、そういうことはないと思いますよ。今の菜緒さんなら」
どういうことだろう?
(元気になって言い返す気力が漲っているのが見えるから、かしら?)
なんだか彼ならきっと見えているのかもしれない、なんて菜緒は思う。
きっと夢で、気味の悪い化け物たちを祓ってくれた神官みたいな人にそっくりだからそう思えるのかもしれない。
菜緒は、この縁に感謝をこめて神社に行こうと心に決めた。
木造建築の玄関から出て、門まで続く石のアプローチを歩く。
門扉はないが、低木と竹細工で敷地内を隠す垣根に樹木。
『懐かしい』と里心を思い起こさせるのはなぜだろう。
久しぶりに実家に電話してみよう。
菜緒は家族の顔を思い浮かべながら、門の前で止まると振り返る。
門の前までイクメンが送ってくれたのだ。
「本当にありがとうございます。お約束通り神社にお礼を奉納します」
と彼に頭を下げる。
「いえ、賽銭箱でかまいませんから。そう堅苦しくお考えにならないように」
そう手を振る彼は苦笑いをしている。
本当に困るのだろうか。きっと善意の塊のような人なのかもしれない。
それで、改められると気が引けるとか。
そんな気がする。
「では……ええと、お子さんたちによろしくお伝えください。特にタツミさんを呼びにいってくれた男の子に」
「――えっ? どうして僕の名前を? それにお子さん達って……? どうして知っているんです?」
イクメンは目を大きく開き、動揺したようにさらに瞳をパチパチさせる。
「えと……、実は私、お隣に建っているアパートの二階に住んでいまして、たまに庭でタツミさんと子供達がいるところを見かけていまして。それにタツミさんを呼びに行った男の子があなたの名を呼んでいました」
ああ、と彼は納得したように頷く。
「たまに視線を感じていましたけれど、そういえばそうですね」
「ご、ごめんなさい! かっこいい男の人が子供達に囲まれている様子が癒やされて……気味が悪いですよね」
「かっこいいなんて、そんな」
イクメン――タツミは微かに頬を染め、目を伏せながら言う。
その姿にまたきゅん、としてしまう菜緒だった。
何度も振り返り、頭を下げながら菜緒は自分のアパートへ戻る。
シャワーを浴び、身支度を終え時計を見ると十九時だ。
今から神社に行くのはさすがに気が引けるので、夜勤明けのその足で行くことに決めた。
「いけない、先に眼鏡を新調しないと! 今日中には無理かなー……。予備の眼鏡ってあったっけ?」
最近の眼鏡屋は数時間で出来上がるチェーンストアがあるが、最寄り駅にもあるだろうか? いや、あってもさすがに今日中には仕上がらないだろう。
菜緒はスマホで最寄りの眼鏡店を検索して「よし」と立ち上がり、鞄を手に外へ飛び出す。
「考えるより行動しよう!」
予感だけど、今日は何もかもが上手くいく気がする。
眼鏡も出勤までに間に合う気がする。
『気がする』だけで勘だから保証はない。
けれど――羽の生えたように軽い体が『大丈夫、上手くいく』と後押ししている気がするのだ。
「うん、バスもいいタイミングでくる」
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