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三章 隣のイクメンさんから癒やしの鯛出汁雑炊

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「ぅう……美味しい、美味しいです! 美味しすぎて泣いちゃいました!」

「おかわりしますか?」
「はい! お願いします!」
 
 麗しいイクメンに見られながら食べる恥ずかしさよりも「この食事を美味しく楽しく食べたい」という思いの方が強い。菜緒は元気よく空の茶碗をイクメンに差し出す。
 イクメンはそんな菜緒に微笑みを向け、茶碗を受け取った。

「今日は、『花祭り』でハレの日なので、鯛飯を作ったんです」
「……あ、そうか。灌仏会でしたね」
 
 そうか、今日は四月八日だ。言われるまで忘れていた。
 釈迦の誕生を祝う仏教の行事だ。『花祭り』とも称される。

「仏教の行事であまり関係ないのですが『神仏習合』という言葉もあります。四季折々の旬の食材で調理し、収穫に感謝することはとても大事ですから。こうして作って『神様を呼び、ご馳走を捧げる日』を大切にしているんです」
 
 そうしてゴマぱらり、三つ葉ぱらりと雑炊の上に散らして菜緒に渡してくれる。

「菜緒さんは軽い栄養失調とストレスで疲労困憊状態でした。三つ葉は栄養成分が優れていて、特に食欲増進と消化を促して、さらに精神を安定させてくれるんです。今のあなたの状態にあう食材でしょう」
「そうなんですね。今度から三つ葉をたくさん摂ることにします」
 
 二杯目も美味しい。滅多にお目にかかれない美青年に作ってもらった上に、こうしてよそってもらえると、さらに美味しく感じる。

「あと甘茶もどうぞ。こちらも食欲が増進する作用もありますから」
「ありがとうございます」
 
 一緒に盆に盛られていた急須から、緑色の湯が湯飲みに注がれる。
 ふわん、とたつ香りは薬草と納得するが飲むと甘くて、麦茶に砂糖をいれたような味だ。
 薬膳茶だ。
 そういえば糖尿病患者の甘味代用として勧める人もいた。
 
 消化の良い雑炊に甘茶。それもイクメンに全てやってもらって菜緒は多幸感で満たされていた。

(幸せ度激アップ! あっという間に不調まで回復したみたい!)
 たくさん寝て、美味しいと感じるものを食べるという欲求を満たした。

(……あら? イクメンさん今、私の名前を呼ばなかった?)

「あの私の名前、どうして……?」
 ああ、とイクメンは菜緒の鞄を指した。

「勝手にいじって悪いと思ったけれど、身元がわからないとお医者さんも困るようだったから」
 定期券と工場の社員証だ。納得した。

「そうだ。診察代、お支払いします」
「いえ、構いませんよ。懇意にしているお医者様だし。そんなに高くありませんから」
 
 そう断られたが、そういうわけにもいかないだろう。元医療従事者の菜緒は訪問診療は割り増しになることくらい知ってる。

「でも、こうして部屋を占領して休ませてもらった上に食事までいただいたのに、何のお礼もしないのは……」
「おいくらでしたか?」と鞄を引き寄せお財布を出してきた菜緒に、イクメンは眉尻を下げた。
 手を顎に当てちょっとだけ首を傾げる。

(うわぁ、ちょっとヤバくない? 男の人がこんなに色っぽいのって!)
 彼の仕草がまたなんとも言えない艶めかしさがあり、菜緒は表情が緩みそうになってしまい、意識して顔を引き締めた。
 
 それが「絶対にお金は払います」という意思表示に見えたのか、イクメンは軽く頷きながら言った。
「わかりました。では、診療費はすぐそこの神社に納めください」
「神社に?」
 意味がわからず今度は菜緒の方が困惑したが、次の言葉で納得する。

「この家の土地は神社の所有でして、お借りしているんです。なので、ほんの少しご協力くだされば……」
「なるほど、家賃とか土地代ですね。じゃあ、神官さんに事情を説明して奉納という形で納めてきます」
 
 いえいえ、とイクメンは首を振る。
「そこまでしなくても構いません。お賽銭箱に入れてくだされば」
 イクメンの言葉に、菜緒はまた困惑する。

「でも」「それは」と呟いている菜緒にイクメンはにこりと微笑んだ。
「大丈夫、話しておきましたから。『お陰様で元気になりました。ありがとうございます』とお気持ちを籠めてお賽銭箱に納めてください」

「はい……」
 
 不思議だ。
 診療代はいらないと言うし『話しておきましたから』というが、『誰に話した』のか?
 診療してくれたお医者様か、それとも神社の関係者にか。
 
 内容的にどこかおかしいのに、どうしてか納得してしまう自分がいる。
 いつもなら絶対にお金は払うし、どうして賽銭箱にお金を入れるだけでいいのか納得するまで話し合うのに。

(見た夢のせいかな?)
 夢の中でイクメンは神官のような姿で自分に纏わり付く『気持ち悪い何か』を払ってくれた。
 あの夢のあと目覚めて今、菜緒の頭の中も体もスッキリしている。
 そんなクリアな頭なのに、どうして彼の言葉に自分は疑問に思いながらもこうして納得してしまうんだろう?
 
 自分の感覚が不思議でイクメンをジッと見つめていると、彼はまた微笑んでくれる。
 艶やかな花が咲いたような笑みなのに、どこか神々しさも感じる。

(きっと、こんな美男子を間近で見たのが初めてだから神々しく思えるんだわ)
 
 しかも見知らぬ女性を家に運んで介抱して食事まで作ってくれるなんて、人間関係が殺伐としたこの時代に、神様みたいな人だ。
 菜緒は心の中で手を合わせる。

「いえ、当然のことですから」
「えっ?」
「えっ?」
 互いに目を見開く。
 
 もしかしたら自分は、気づかないうちに心の声を出して、彼に手を合わせていた?

(ううん、そんなはずない。自分の行動がわからなくなるほど心身がおかしくなっていることはないわ)
 
 じゃあ、今の返事はなんなんだろう?
 
 ――微妙な空気が漂う。
 
 イクメンは眉を寄せ、苦笑して見せた。
 しまった、余計なことを口走ってしまったというように。





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