隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた

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二章 不思議な夢

(1)

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「不運なんていつまでも続くわけじゃない。神様カムイはちゃんと見てくれるから、やさぐれず真っ直ぐに正しい道を歩きなさい」

(なんて、お祖母ちゃんフチが言ってたな……)
 けれど、一年経っても不幸な道をまっしぐらの私は、どこかで神の怒りを買ったのだろうか?

 いや、生霊イシュラマツだ。死霊トゥカプだ。呪いコイコンヌだ。そうに違いない。そう思わなきゃ、やっていられない。
 この運も体調も絶不調の中、神様にまで見放されたら絶望しかない。
 
 菜緒は重たい足を引きずるようにして、どうにか自宅に向かっていた。
 眠いのか、疲れているのか、それとも極限の空腹状態だからなのかも考えられないほど、意識は朦朧としていた。

 一年前に病院の覇権争いに巻き込まれて、結婚を考えていた彼氏にもふられて、逃げるように北国北海道から単身東京に引っ越して半年。
 
 そこでまた病院に勤務するも、ストーカー気質の患者に付け狙われて逃げるように退職。
 看護師という仕事が怖くなり、別の職に就くも三十になった菜緒には碌な就職先がない。
 ようやく手に入れた工場ラインの仕事は慣れなくて、お局様に罵倒される日々。
 
 友達もできなくて、愚痴ってストレスを解消する手立てもなく、休日は酒を片手に引きこもり、ゴロゴロして何もしないで終わる。
 北国特有の白くて艶々だった肌も、吹き出物にカサカサという二重苦で色も悪い。
 
 それでも何もする気が起きなくて、生きていける最低限の生活を送っていた。

(お腹空いた……いや、眠い。……ううん、疲れた。お腹空いた。眠い……どれよ……? どれもだ……)
 限界がきた。
 
 ぱたん、と、どこかの家の玄関で倒れた。
 どこか懐かしさを感じさせる低い垣根の先に、曇り硝子をはめた引き戸の扉が見える。
『藤村』と表札がかかっている。

(ああ、ここ……アパートのお隣のお宅。……存在があり得ないイクメンと子供達が住んでいて……いいや、あとで考えよう)
 ――とにかく寝よう。
 眠気が勝った菜緒は、ここが道端だということも忘れて、深い眠りに入った。





『菜緒! 久しぶり!』
『けいちゃん?』
 
 何、馴れ馴れしく手ぇふって近寄ってくるんだ?
 ムカついたけれど、嬉しかったりもする。げんきんだな、自分。と菜緒。

『菜緒、腹減ったわ! あれ、作ってくれよ、アスパラと生ハムの春巻き! チーズもいれてくれな!』
『……はっ?』
『あとイクラ丼も! 筋子から裂いて醤油漬けしてあんだろ?』
『はあ!?』
『あと、三平汁!』
『はあああああああああっ!?』
 
 ぶち切れた。いきなり現れて何、言っているんだコイツ!? いきなり飯の催促か!!

『私、疲れてるんだから! けいちゃんが作れ! 定時で帰れるあんたがむしろ作れ! っていうか、どうして別れたあんたのために、時間を割いてまで作らなきゃならないのよ!』
 冷静になれない。なれる方がおかしい。
 
 けいちゃん――慶太とは一年ちょっと前に別れたのだから。
 慶太の浮気で。
 
 所謂、相談女に引っかかって『こいつは俺がいないと駄目なんだ』という庇護欲に駆り立てられたらしい。
『菜緒は強いもんな。一人でも大丈夫だろう?』
 と、ふられたのだ。
 
 仕事以外何もしない。しようとしない、家では、菜緒に頼りっきりの慶太に『俺がいないと駄目』と思わせる彼女って、どんな人なんだ?
 なんて興味も持ったけれど、当時は泣いてすがった思い出が甦る。

 その頃の菜緒は病院の覇権争いの渦中にあり、仕事以外のことで精神が疲労していた。
 看護師長と看護部長が院長派と副院長派に別れていがみ合い、病院現場内は最悪な雰囲気だった。

『毎日患者さんと向き合わなくちゃいけないのに、そんなことしてる場合?』
 という菜緒は、どちらにもつかない中立派。
 
 しかしながら中立を保つということは、職場において大変に難しいことだった。
 看護師長と看護部長の執拗な勧誘をスルーしていたら、今度は苛めに発展した。
 
 物を隠されたり、報連相が回ってこなかったりと……。
 命を預かる職場で、とても許されることじゃない。
 看護師としての仕事を後回しに始めた争いに、菜緒は三行半をつけたのだ。

『他の病院に再就職なんて、できないようにしてやる!』
 と辞職願を出したときに凄まれたが、このときはまだ菜緒には余裕があった。
 他に就職先が見つからなかったら慶太と結婚をして、しばらく専業主婦でもやろうと思っていたから。
 
 しかし――思いもよらない慶太の浮気と別れ話。
 
 精神の拠り所にしていた彼氏の裏切りに、菜緒は泣き喚き別れを拒絶した。
『忙しくても、どんなに疲れても、けいちゃんのお弁当を作って家事もやって、休日には送迎までして! 私のどこが悪かったのよ!?』
『だから甘えちゃったんだよな。手伝わなくても、我が儘言っても大丈夫だって。だって実際に大丈夫だっただろう? 俺が手伝わなくても。男としては頼って欲しいな~なんて思うわけよ。でも、菜緒は一人でも生きていけるなって』
 
 ヘラヘラと笑って答える慶太を見て、菜緒は呆然とした。
 
 ――こんな、軽い男だった?
 
 彼の言葉に重みが感じられなかった。
 気分でフラッと別れて、またフラッとやってきそうな。
 
 実際にこうしてまたヘラヘラとした笑みを浮かべて、菜緒の前に現れたが。
 看護師って共依存が多くて、けっこう駄目男を捕まえやすいと言うけれど――男の見る目のなさに、自分で自分を殴ってやりたかった。
 
 泣きに泣いて、それでも慶太は去って行き、涙も枯れ果てたとき、
『もっといい男、捕まえてやる!』
 なんて強気で上京してきたのだ。そのときは。


『おい、僕の菜緒ちゃんに手を出すな!』
 
 ――この声は。
 
 新たに現れた男性に、菜緒は恐怖に身を縮めた。

『菜緒ちゃんは僕の妻になる人だ! 僕のために働いてお金を稼いできて、僕のために家事をして、僕の世話をして……着替えをしてもらってお風呂に一緒に入って体を洗ってくれて、毎日僕のために美味しいご飯を作ってくれて……』
 
 うっとりとした顔で語る男性の身なりは、相当に汚い。
 無精髭に、櫛さえ入っていなさそうな寝癖のついた髪は、こんがらがった針金のようだ。
 ぶっくぶくになり、膵臓を壊し入院してきた引きこもりの男性だ。
 いつの間に、その隣にぴたりと寄り添う中年女性も加勢してきた。

『そうよ! 菜緒さんはね、うちのゆうちゃんの、お嫁さんになるのよ! ねえ? 菜緒さん? 私とゆうちゃんのために働いて家事もしてくれるのよね? 勿論、孫も産まなきゃ駄目よ? 私が孫ちゃんの面倒をみてあげるから、安心してお仕事を続けられるわよね? でも看護師のお仕事は辞めてね。あんな人様の不浄を扱う仕事なんて、うちのゆうちゃんの妻にはふさわしくないわ』
 

 ストーカー! 奴の母親まで!

『菜緒さんのお陰で、ゆうちゃんは外に出られるようになったのよ』
 ――私をストーキングするためにだよ!

『あら? 看護師のお仕事、辞めたのね。ゆうちゃんのお嫁さんになる準備してくれているのかしら? でも、黙って引っ越すなんて嫁の心構えとしてはいけないわ。ちゃんと報告しなさい』
 ――あんたらから逃げるためだよ!
 
 看護師の仕事が怖くなったのは、この親子のストーカーのせいだ。
 
 せっかく再就職した病院も速攻で辞めて、ネットで検索した通りに戸籍閲覧できないようにして、勝手に婚姻届も出せないようにして逃げた。
 慣れない仕事に就いたのも、誇りに思っていた看護師の仕事もできなくなってしまったのも、この親子のせいだ。
 
 今の菜緒の楽しみといったら家で寝ることと、隣の木造平屋に子供達と住んでいるイクメンをたまに見ることぐらいだ。

(そう……そのくらいよ。私の心を癒やしてくれるのは)





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