隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた

文字の大きさ
上 下
3 / 40
二章 不思議な夢

(1)

しおりを挟む
「不運なんていつまでも続くわけじゃない。神様カムイはちゃんと見てくれるから、やさぐれず真っ直ぐに正しい道を歩きなさい」

(なんて、お祖母ちゃんフチが言ってたな……)
 けれど、一年経っても不幸な道をまっしぐらの私は、どこかで神の怒りを買ったのだろうか?

 いや、生霊イシュラマツだ。死霊トゥカプだ。呪いコイコンヌだ。そうに違いない。そう思わなきゃ、やっていられない。
 この運も体調も絶不調の中、神様にまで見放されたら絶望しかない。
 
 菜緒は重たい足を引きずるようにして、どうにか自宅に向かっていた。
 眠いのか、疲れているのか、それとも極限の空腹状態だからなのかも考えられないほど、意識は朦朧としていた。

 一年前に病院の覇権争いに巻き込まれて、結婚を考えていた彼氏にもふられて、逃げるように北国北海道から単身東京に引っ越して半年。
 
 そこでまた病院に勤務するも、ストーカー気質の患者に付け狙われて逃げるように退職。
 看護師という仕事が怖くなり、別の職に就くも三十になった菜緒には碌な就職先がない。
 ようやく手に入れた工場ラインの仕事は慣れなくて、お局様に罵倒される日々。
 
 友達もできなくて、愚痴ってストレスを解消する手立てもなく、休日は酒を片手に引きこもり、ゴロゴロして何もしないで終わる。
 北国特有の白くて艶々だった肌も、吹き出物にカサカサという二重苦で色も悪い。
 
 それでも何もする気が起きなくて、生きていける最低限の生活を送っていた。

(お腹空いた……いや、眠い。……ううん、疲れた。お腹空いた。眠い……どれよ……? どれもだ……)
 限界がきた。
 
 ぱたん、と、どこかの家の玄関で倒れた。
 どこか懐かしさを感じさせる低い垣根の先に、曇り硝子をはめた引き戸の扉が見える。
『藤村』と表札がかかっている。

(ああ、ここ……アパートのお隣のお宅。……存在があり得ないイクメンと子供達が住んでいて……いいや、あとで考えよう)
 ――とにかく寝よう。
 眠気が勝った菜緒は、ここが道端だということも忘れて、深い眠りに入った。





『菜緒! 久しぶり!』
『けいちゃん?』
 
 何、馴れ馴れしく手ぇふって近寄ってくるんだ?
 ムカついたけれど、嬉しかったりもする。げんきんだな、自分。と菜緒。

『菜緒、腹減ったわ! あれ、作ってくれよ、アスパラと生ハムの春巻き! チーズもいれてくれな!』
『……はっ?』
『あとイクラ丼も! 筋子から裂いて醤油漬けしてあんだろ?』
『はあ!?』
『あと、三平汁!』
『はあああああああああっ!?』
 
 ぶち切れた。いきなり現れて何、言っているんだコイツ!? いきなり飯の催促か!!

『私、疲れてるんだから! けいちゃんが作れ! 定時で帰れるあんたがむしろ作れ! っていうか、どうして別れたあんたのために、時間を割いてまで作らなきゃならないのよ!』
 冷静になれない。なれる方がおかしい。
 
 けいちゃん――慶太とは一年ちょっと前に別れたのだから。
 慶太の浮気で。
 
 所謂、相談女に引っかかって『こいつは俺がいないと駄目なんだ』という庇護欲に駆り立てられたらしい。
『菜緒は強いもんな。一人でも大丈夫だろう?』
 と、ふられたのだ。
 
 仕事以外何もしない。しようとしない、家では、菜緒に頼りっきりの慶太に『俺がいないと駄目』と思わせる彼女って、どんな人なんだ?
 なんて興味も持ったけれど、当時は泣いてすがった思い出が甦る。

 その頃の菜緒は病院の覇権争いの渦中にあり、仕事以外のことで精神が疲労していた。
 看護師長と看護部長が院長派と副院長派に別れていがみ合い、病院現場内は最悪な雰囲気だった。

『毎日患者さんと向き合わなくちゃいけないのに、そんなことしてる場合?』
 という菜緒は、どちらにもつかない中立派。
 
 しかしながら中立を保つということは、職場において大変に難しいことだった。
 看護師長と看護部長の執拗な勧誘をスルーしていたら、今度は苛めに発展した。
 
 物を隠されたり、報連相が回ってこなかったりと……。
 命を預かる職場で、とても許されることじゃない。
 看護師としての仕事を後回しに始めた争いに、菜緒は三行半をつけたのだ。

『他の病院に再就職なんて、できないようにしてやる!』
 と辞職願を出したときに凄まれたが、このときはまだ菜緒には余裕があった。
 他に就職先が見つからなかったら慶太と結婚をして、しばらく専業主婦でもやろうと思っていたから。
 
 しかし――思いもよらない慶太の浮気と別れ話。
 
 精神の拠り所にしていた彼氏の裏切りに、菜緒は泣き喚き別れを拒絶した。
『忙しくても、どんなに疲れても、けいちゃんのお弁当を作って家事もやって、休日には送迎までして! 私のどこが悪かったのよ!?』
『だから甘えちゃったんだよな。手伝わなくても、我が儘言っても大丈夫だって。だって実際に大丈夫だっただろう? 俺が手伝わなくても。男としては頼って欲しいな~なんて思うわけよ。でも、菜緒は一人でも生きていけるなって』
 
 ヘラヘラと笑って答える慶太を見て、菜緒は呆然とした。
 
 ――こんな、軽い男だった?
 
 彼の言葉に重みが感じられなかった。
 気分でフラッと別れて、またフラッとやってきそうな。
 
 実際にこうしてまたヘラヘラとした笑みを浮かべて、菜緒の前に現れたが。
 看護師って共依存が多くて、けっこう駄目男を捕まえやすいと言うけれど――男の見る目のなさに、自分で自分を殴ってやりたかった。
 
 泣きに泣いて、それでも慶太は去って行き、涙も枯れ果てたとき、
『もっといい男、捕まえてやる!』
 なんて強気で上京してきたのだ。そのときは。


『おい、僕の菜緒ちゃんに手を出すな!』
 
 ――この声は。
 
 新たに現れた男性に、菜緒は恐怖に身を縮めた。

『菜緒ちゃんは僕の妻になる人だ! 僕のために働いてお金を稼いできて、僕のために家事をして、僕の世話をして……着替えをしてもらってお風呂に一緒に入って体を洗ってくれて、毎日僕のために美味しいご飯を作ってくれて……』
 
 うっとりとした顔で語る男性の身なりは、相当に汚い。
 無精髭に、櫛さえ入っていなさそうな寝癖のついた髪は、こんがらがった針金のようだ。
 ぶっくぶくになり、膵臓を壊し入院してきた引きこもりの男性だ。
 いつの間に、その隣にぴたりと寄り添う中年女性も加勢してきた。

『そうよ! 菜緒さんはね、うちのゆうちゃんの、お嫁さんになるのよ! ねえ? 菜緒さん? 私とゆうちゃんのために働いて家事もしてくれるのよね? 勿論、孫も産まなきゃ駄目よ? 私が孫ちゃんの面倒をみてあげるから、安心してお仕事を続けられるわよね? でも看護師のお仕事は辞めてね。あんな人様の不浄を扱う仕事なんて、うちのゆうちゃんの妻にはふさわしくないわ』
 

 ストーカー! 奴の母親まで!

『菜緒さんのお陰で、ゆうちゃんは外に出られるようになったのよ』
 ――私をストーキングするためにだよ!

『あら? 看護師のお仕事、辞めたのね。ゆうちゃんのお嫁さんになる準備してくれているのかしら? でも、黙って引っ越すなんて嫁の心構えとしてはいけないわ。ちゃんと報告しなさい』
 ――あんたらから逃げるためだよ!
 
 看護師の仕事が怖くなったのは、この親子のストーカーのせいだ。
 
 せっかく再就職した病院も速攻で辞めて、ネットで検索した通りに戸籍閲覧できないようにして、勝手に婚姻届も出せないようにして逃げた。
 慣れない仕事に就いたのも、誇りに思っていた看護師の仕事もできなくなってしまったのも、この親子のせいだ。
 
 今の菜緒の楽しみといったら家で寝ることと、隣の木造平屋に子供達と住んでいるイクメンをたまに見ることぐらいだ。

(そう……そのくらいよ。私の心を癒やしてくれるのは)





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

龍神様の神使

石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。 しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。 そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。 ※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~

椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。 あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。 特異な力を持った人間の娘を必要としていた。 彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。 『これは、あやかしの嫁取り戦』 身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ―― ※二章までで、いったん完結します。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

処理中です...