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一章 神様達の井戸端会議
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そんな藤龍の隣に座っていた風折烏帽子に狩衣姿のにこやかな、見ているだけで福を呼んでくれそうな風貌の男が、藤龍と呼ぶ青年に尋ねた。
「藤龍よ、前に話した提案のこと、考えてくれたか?」
「ええ……恵比寿様。でも、やはり私は反対です。現代に生きる人から今の料理を教えてもらうのは……」
「自尊心が傷つくかの?」
「そうではありません。神々が現代の様々な料理が食べたいばかりに、何も知らない人を引き込むのは如何かと申しているのです。……まだ神職に就いている方から選ぶというのならわかりますが、そうではないのでしょう?」
「できれば料理人がいいかと考えておるが、なかなか難しゅうてなあ」
と、恵比寿と呼ばれた男は溜め息を吐く。
「料理人の免許とやらを持つ者は大勢居るのだが、どれもピン! とこんのだ。というか、われら神々を感じることができる者が、なかなか見つからんでな。我々がいることに気づかなくては、『ご飯作って』という声も聞こえんからのぉ……」
「では、しばらくはこのままでいいではありませんか?」
「ようするに、藤龍。おぬしが観念して現代の料理を作って我々に食べさせてくれれば、それで解決なのだ」
恵比寿の言葉に藤龍は困った顔をする。
「洋食や中華、はたまた多国籍料理なんて……それと洋菓子でしょう? 作れる気がしません……」
「だから! そんなお主を補ってくれる、『ぱあとなあ』を探しておるのだ!」
藤龍はますます困った顔をした。
「パートナーって意味、わかっておられますか?」
「藤龍は知っておるのか?」
「そのくらいはわかります」
と、整った温顔を朱に染める。
「料理をする上での『ぱあとなあ』だ。何も契りを結んだり嫁にしたりしなくてもよいのだ。なにも堅苦しく考えなくても良い」
「それでも私の巫女になるのでしょう? ……私は社を持っていない神です。巫女など恐れ多い」
「社を持たなくて、主神の神社に世話になっている神も大勢おる。そう自分を卑下しなくともいい、藤龍神よ」
布袋尊が慰めるように藤龍に話す。
布袋尊が自分を慰めてくれているのを知ってる藤龍は、口角を上げてゆるゆると首を横に振った。
「ご厚意で造ってくれた社に入ることが叶わなかったのが残念でなりませんが、今ではそこに入られた神が民を守ってくれれば、私にとっても安心です」
残念ではあるが「仕方なかったこと」として受け入れていると藤龍は告げる。
「――まあ、藤龍は多成神社の御祭神である金龍と話をつけておるだろうから、いずれお主の拠り所を見つけてくれるであろう。それまで神使候補の子育てという使命を遂行するとよい」
「はい、もとよりそのつもりです」
藤龍はそう七人に頭を下げる。
『藤竜神』と呼ばれた彼も神である。
しかし、彼は彼を祀る社を持っていない『社無しの神』である。
ある事情で自分が祀られるはずの社は他の神に奪われ、今は多成神社の御祭神に同族のよしみで厚意に預かっている。
戦い社を奪い返してもらうべきという荒々しい意見を述べる神もいるが、この藤龍神は争いを好まない龍の姿を持ちながらも穏やかな性格であるせいで、現状を受け入れている。
「人も動物も『子』は可愛いもの。彼らと一緒にいて成長を見守る役割を与えてくださった金竜様や他の神々に、感謝に堪えません」
「子供好きのお主に、ピッタリな役目であってよかった」
うんうん、と七福神達は頷く。
「しかしな藤龍よ。『和食以外の食を食べたい』というのは何もわしらだけではない。お主が預かっている神使候補の子達も、そう願っていると知らないわけではあるまい?」
「……はい」
痛いところを突かれた、と藤龍は眉を寄せる。
「現代日本の食の危険を案じて、制限しているのはわかる。だが! 食の種類まで制限することもなかろう。しかも神使候補等は、いずれその現代社会に出向くのだ。今のままでは『世間知らずの箱入り神使』になりかねんぞ」
恵比寿の指摘に「ぅう」と藤龍はますます眉を寄せた。
しかし藤龍は頷かない。
藤龍だってわかっている。
今のままでは『箱入り神使』になってしまうことに。
しかし日本の食はここ数十年で激変した。
着色料や保存料の入った食事、農薬や抗生物質にまみれた食材を使い食べさせたことで、神使候補の子供達の体に何かしら異常が出やしないかと心配なのだ。
それだけではない。
環境だって変わってきた。
光化学スモッグが発生した一時期よりかはマシかと思うが、確実に空気は淀み、水も汚染されている。
夜に瞬く星だって、山奥にまでいかないと見られなくなっている。
そんな環境に放り込んで、果たして神使が務まるのか? という疑問。
一番の憂いは、それによって今までの苦労が報われず神使になれなかったら、子供達はどれだけ哀しむだろうということだ。
だったら現代の環境に合わせた神使候補育てをすればいい、と神々達は言うが、全て自分の背にかかっている藤龍は心配で堪らない。
我ながら矛盾していると思うが、候補のままでいいんじゃないかと脳裏によぎるくらいだ。
こうした自分の意見を話し、渋々納得してもらうものの時間が経つとこうしてまた同じことを説得される。
堂々巡りである。
――そうして今日も、藤龍は「うん」と頷かなかった。
七福神達は藤龍の強情に呆れて帰る。
また月の行事食をねだりに来る日まで。
しかし、事態はある人の女性で動き出した――
「藤龍よ、前に話した提案のこと、考えてくれたか?」
「ええ……恵比寿様。でも、やはり私は反対です。現代に生きる人から今の料理を教えてもらうのは……」
「自尊心が傷つくかの?」
「そうではありません。神々が現代の様々な料理が食べたいばかりに、何も知らない人を引き込むのは如何かと申しているのです。……まだ神職に就いている方から選ぶというのならわかりますが、そうではないのでしょう?」
「できれば料理人がいいかと考えておるが、なかなか難しゅうてなあ」
と、恵比寿と呼ばれた男は溜め息を吐く。
「料理人の免許とやらを持つ者は大勢居るのだが、どれもピン! とこんのだ。というか、われら神々を感じることができる者が、なかなか見つからんでな。我々がいることに気づかなくては、『ご飯作って』という声も聞こえんからのぉ……」
「では、しばらくはこのままでいいではありませんか?」
「ようするに、藤龍。おぬしが観念して現代の料理を作って我々に食べさせてくれれば、それで解決なのだ」
恵比寿の言葉に藤龍は困った顔をする。
「洋食や中華、はたまた多国籍料理なんて……それと洋菓子でしょう? 作れる気がしません……」
「だから! そんなお主を補ってくれる、『ぱあとなあ』を探しておるのだ!」
藤龍はますます困った顔をした。
「パートナーって意味、わかっておられますか?」
「藤龍は知っておるのか?」
「そのくらいはわかります」
と、整った温顔を朱に染める。
「料理をする上での『ぱあとなあ』だ。何も契りを結んだり嫁にしたりしなくてもよいのだ。なにも堅苦しく考えなくても良い」
「それでも私の巫女になるのでしょう? ……私は社を持っていない神です。巫女など恐れ多い」
「社を持たなくて、主神の神社に世話になっている神も大勢おる。そう自分を卑下しなくともいい、藤龍神よ」
布袋尊が慰めるように藤龍に話す。
布袋尊が自分を慰めてくれているのを知ってる藤龍は、口角を上げてゆるゆると首を横に振った。
「ご厚意で造ってくれた社に入ることが叶わなかったのが残念でなりませんが、今ではそこに入られた神が民を守ってくれれば、私にとっても安心です」
残念ではあるが「仕方なかったこと」として受け入れていると藤龍は告げる。
「――まあ、藤龍は多成神社の御祭神である金龍と話をつけておるだろうから、いずれお主の拠り所を見つけてくれるであろう。それまで神使候補の子育てという使命を遂行するとよい」
「はい、もとよりそのつもりです」
藤龍はそう七人に頭を下げる。
『藤竜神』と呼ばれた彼も神である。
しかし、彼は彼を祀る社を持っていない『社無しの神』である。
ある事情で自分が祀られるはずの社は他の神に奪われ、今は多成神社の御祭神に同族のよしみで厚意に預かっている。
戦い社を奪い返してもらうべきという荒々しい意見を述べる神もいるが、この藤龍神は争いを好まない龍の姿を持ちながらも穏やかな性格であるせいで、現状を受け入れている。
「人も動物も『子』は可愛いもの。彼らと一緒にいて成長を見守る役割を与えてくださった金竜様や他の神々に、感謝に堪えません」
「子供好きのお主に、ピッタリな役目であってよかった」
うんうん、と七福神達は頷く。
「しかしな藤龍よ。『和食以外の食を食べたい』というのは何もわしらだけではない。お主が預かっている神使候補の子達も、そう願っていると知らないわけではあるまい?」
「……はい」
痛いところを突かれた、と藤龍は眉を寄せる。
「現代日本の食の危険を案じて、制限しているのはわかる。だが! 食の種類まで制限することもなかろう。しかも神使候補等は、いずれその現代社会に出向くのだ。今のままでは『世間知らずの箱入り神使』になりかねんぞ」
恵比寿の指摘に「ぅう」と藤龍はますます眉を寄せた。
しかし藤龍は頷かない。
藤龍だってわかっている。
今のままでは『箱入り神使』になってしまうことに。
しかし日本の食はここ数十年で激変した。
着色料や保存料の入った食事、農薬や抗生物質にまみれた食材を使い食べさせたことで、神使候補の子供達の体に何かしら異常が出やしないかと心配なのだ。
それだけではない。
環境だって変わってきた。
光化学スモッグが発生した一時期よりかはマシかと思うが、確実に空気は淀み、水も汚染されている。
夜に瞬く星だって、山奥にまでいかないと見られなくなっている。
そんな環境に放り込んで、果たして神使が務まるのか? という疑問。
一番の憂いは、それによって今までの苦労が報われず神使になれなかったら、子供達はどれだけ哀しむだろうということだ。
だったら現代の環境に合わせた神使候補育てをすればいい、と神々達は言うが、全て自分の背にかかっている藤龍は心配で堪らない。
我ながら矛盾していると思うが、候補のままでいいんじゃないかと脳裏によぎるくらいだ。
こうした自分の意見を話し、渋々納得してもらうものの時間が経つとこうしてまた同じことを説得される。
堂々巡りである。
――そうして今日も、藤龍は「うん」と頷かなかった。
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