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一章 神様達の井戸端会議
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二十畳はあると思われる板間。
扉のある面以外の壁には、神棚が設置されてある。
どれも手入れが行き届き、瑞々しい榊も供えられている。
しかし三面に神棚が設置されているとは、また変わった光景である。
そんな板間の中央で老若男女が肩を寄せ合って、ごにょごにょと話し合っていた。
計七人。
みな現代の人間と違う、かけ離れた姿をしていた。
まるで古代の日本から出てきたような――
「しかし、藤龍の強情さときたら……」
「ほんにほんに」
「もっと、柔らこうなってもいいと思うのだが」
「優しいお顔をしているのにねぇ」
「見かけと同じとはいかぬものだ」
「神は見かけと中身は対でなければいかん」
「これこれ、それは致し方なかろう。藤龍は――」
「――」の部分はかき消された。しかし、皆分かっているようだ。
そうだった、と皆うんうん、と頷く。
その藤龍が淹れてくれた茶を一すすり。
ほうじ茶だ。
一口すすると、炒った茶の香ばしさが鼻腔を通り抜ける。
神力のある樹齢数百年のケヤキの樹からできた板間で、そのせいか弾力があり座っても痛みもないし、寒くもない。
しかし静謐な静けさに、どこからとなく冷風が部屋に入りこむと「寒い」という感覚が七人の肩を窄ませた。
「うう、寒い。少々『気』を出して暖めようではないか」
「そうねぇ」
皆、おいおい『気』を出す。
すると、空気が暖かくなり、七人は窄めていた肩を伸ばした。
不思議な容貌に、時代を遡ったような衣装にヘアスタイル。
そして板間の寒々しい空気を温かくしてしまう不思議な力。
七人は、日本では知る人ぞ知る『七福神』達だ。
恵比寿に大黒天、福禄寿、寿老人、布袋尊、毘沙門天に紅一点の弁財天。
神様達は色々な背景があって日本ではそう呼ばれているが、元々他の宗教や信仰で崇められていた。
時代を経て定着したのである。
「七難即滅、七福即生」の説に基づき、信仰された。
自分たちは『縁起を担ぐ存在』だから、信仰されているとわかっている。
どこからやってきたとか経歴など、過去のもの。
こうして崇められ、『信仰心』という、神様にとって命の大事な源が入ってくればいいのだ。
――しかし、それだって限界がある。
『信仰心』だけで、腹は膨れないのだ。
だから時々、おねだりにきて食事を摂る場所がこの板間であった。
「三月は行事が多くてお供えも多いし、小さい女の子が着飾って目の保養になるのは楽しいけれどねぇ」
と弁財天。それに寿老人が注意する。
「これこれ、今の時代それをいうと『せくはら』とか『ろりこん』とか勘違いされてしまうぞ」
「いやいや、寿老人様。『ろりこん』にも色々あって、年齢ごとに呼び方が違うらしい。『ろりこん』というのは十二歳以上十五歳未満に好意を持つのが『ろりこん』だということだ」
それに大黒天がうんちくを語り出す。
「皆様、それは異性にそのような目で見るのがいけないということであって、同性であるわらわが可愛いと愛でてもなんの支障もございませんよ」
弁財天がコロコロと、鈴を転がすように笑った。
そのタイミングで青年が、盆を両手に抱え入ってきた。
青年は年の頃は二十中盤から後半で、線は華奢だ。
しかし顔立ちはとても美しく、整っていた。
翠の黒髪は後ろに高く結い上げ、残した短めの髪が頬に触れては揺れる。
瞳は黒目がちと思いきや、濃い紫色だ。
どこか神々しさまであり、七人の福の神と似た光を発している。
神とも思う彼が持つ盆の上には、丸く成形された牡丹餅が七皿。
それを見た七人はがっくりと肩を落とした。
「またそれか」
「毎年、代わり映えしないの~」
ブーブー口を尖らせる七人の前に青年は、狼狽えることなく牡丹餅を置いていく。
「突然やってきてお菓子を要求してきたのですから文句、言わないでください」
けんもほろろな態度の青年に七人のうち福禄寿が、自分のふっくらとした大きな耳たぶを擦りながら異議を申し立てる。
「藤龍よ、数百数千年も代わり映えしない供え物を食べる我々の身にもなっておくれ」
「そう言いながら、美味しく頂いているではありませんか」
「まあ、そうだがなの」
と大黒天が、菓子楊枝で牡丹餅を綺麗に切るとパクリ、と口に入れる。
粒餡にくるまれた餅米はよく潰してあり、モチッとしながらも滑らかな舌触りだ。
使われている餅米も小豆も良いもので、藤龍のこだわりが見られる。
「材料に拘っておるし、丁寧な作りで美味いには美味いのだが、飽きた」
藤龍と呼ばれた青年にきっぱり言ってきたのは、鎧を着込んだ重々しい姿の男――毘沙門天だ。
「牡丹餅は縁起物ですから、飽きたとかいうものではありませんよ。赤ものは魔除けの効果があるとして作られてきたものでしょう? 邪気を払い、先祖の霊を慰めるために長く作られてきたものであって、ありがたい食べ物なんですよ」
「わかってるわかってる。もう何千年も人が供えてくれた縁起物を食べているのだ」
藤龍のお説教に毘沙門天は軽くあしらう。
文句を言いながらしっかり完食するのだから、藤龍もついつい溜め息をついてしまう。
溜め息をついたって福を呼ぶ七福神達と距離が近い。ついた分、また福がやってきそうなので溜め息のつき放題だろう。
扉のある面以外の壁には、神棚が設置されてある。
どれも手入れが行き届き、瑞々しい榊も供えられている。
しかし三面に神棚が設置されているとは、また変わった光景である。
そんな板間の中央で老若男女が肩を寄せ合って、ごにょごにょと話し合っていた。
計七人。
みな現代の人間と違う、かけ離れた姿をしていた。
まるで古代の日本から出てきたような――
「しかし、藤龍の強情さときたら……」
「ほんにほんに」
「もっと、柔らこうなってもいいと思うのだが」
「優しいお顔をしているのにねぇ」
「見かけと同じとはいかぬものだ」
「神は見かけと中身は対でなければいかん」
「これこれ、それは致し方なかろう。藤龍は――」
「――」の部分はかき消された。しかし、皆分かっているようだ。
そうだった、と皆うんうん、と頷く。
その藤龍が淹れてくれた茶を一すすり。
ほうじ茶だ。
一口すすると、炒った茶の香ばしさが鼻腔を通り抜ける。
神力のある樹齢数百年のケヤキの樹からできた板間で、そのせいか弾力があり座っても痛みもないし、寒くもない。
しかし静謐な静けさに、どこからとなく冷風が部屋に入りこむと「寒い」という感覚が七人の肩を窄ませた。
「うう、寒い。少々『気』を出して暖めようではないか」
「そうねぇ」
皆、おいおい『気』を出す。
すると、空気が暖かくなり、七人は窄めていた肩を伸ばした。
不思議な容貌に、時代を遡ったような衣装にヘアスタイル。
そして板間の寒々しい空気を温かくしてしまう不思議な力。
七人は、日本では知る人ぞ知る『七福神』達だ。
恵比寿に大黒天、福禄寿、寿老人、布袋尊、毘沙門天に紅一点の弁財天。
神様達は色々な背景があって日本ではそう呼ばれているが、元々他の宗教や信仰で崇められていた。
時代を経て定着したのである。
「七難即滅、七福即生」の説に基づき、信仰された。
自分たちは『縁起を担ぐ存在』だから、信仰されているとわかっている。
どこからやってきたとか経歴など、過去のもの。
こうして崇められ、『信仰心』という、神様にとって命の大事な源が入ってくればいいのだ。
――しかし、それだって限界がある。
『信仰心』だけで、腹は膨れないのだ。
だから時々、おねだりにきて食事を摂る場所がこの板間であった。
「三月は行事が多くてお供えも多いし、小さい女の子が着飾って目の保養になるのは楽しいけれどねぇ」
と弁財天。それに寿老人が注意する。
「これこれ、今の時代それをいうと『せくはら』とか『ろりこん』とか勘違いされてしまうぞ」
「いやいや、寿老人様。『ろりこん』にも色々あって、年齢ごとに呼び方が違うらしい。『ろりこん』というのは十二歳以上十五歳未満に好意を持つのが『ろりこん』だということだ」
それに大黒天がうんちくを語り出す。
「皆様、それは異性にそのような目で見るのがいけないということであって、同性であるわらわが可愛いと愛でてもなんの支障もございませんよ」
弁財天がコロコロと、鈴を転がすように笑った。
そのタイミングで青年が、盆を両手に抱え入ってきた。
青年は年の頃は二十中盤から後半で、線は華奢だ。
しかし顔立ちはとても美しく、整っていた。
翠の黒髪は後ろに高く結い上げ、残した短めの髪が頬に触れては揺れる。
瞳は黒目がちと思いきや、濃い紫色だ。
どこか神々しさまであり、七人の福の神と似た光を発している。
神とも思う彼が持つ盆の上には、丸く成形された牡丹餅が七皿。
それを見た七人はがっくりと肩を落とした。
「またそれか」
「毎年、代わり映えしないの~」
ブーブー口を尖らせる七人の前に青年は、狼狽えることなく牡丹餅を置いていく。
「突然やってきてお菓子を要求してきたのですから文句、言わないでください」
けんもほろろな態度の青年に七人のうち福禄寿が、自分のふっくらとした大きな耳たぶを擦りながら異議を申し立てる。
「藤龍よ、数百数千年も代わり映えしない供え物を食べる我々の身にもなっておくれ」
「そう言いながら、美味しく頂いているではありませんか」
「まあ、そうだがなの」
と大黒天が、菓子楊枝で牡丹餅を綺麗に切るとパクリ、と口に入れる。
粒餡にくるまれた餅米はよく潰してあり、モチッとしながらも滑らかな舌触りだ。
使われている餅米も小豆も良いもので、藤龍のこだわりが見られる。
「材料に拘っておるし、丁寧な作りで美味いには美味いのだが、飽きた」
藤龍と呼ばれた青年にきっぱり言ってきたのは、鎧を着込んだ重々しい姿の男――毘沙門天だ。
「牡丹餅は縁起物ですから、飽きたとかいうものではありませんよ。赤ものは魔除けの効果があるとして作られてきたものでしょう? 邪気を払い、先祖の霊を慰めるために長く作られてきたものであって、ありがたい食べ物なんですよ」
「わかってるわかってる。もう何千年も人が供えてくれた縁起物を食べているのだ」
藤龍のお説教に毘沙門天は軽くあしらう。
文句を言いながらしっかり完食するのだから、藤龍もついつい溜め息をついてしまう。
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