誰にも触れられたくないトコロ 【完結】

うなきのこ

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31 「迂闊だった」

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「"おはようございます、先程は主人の話し相手になっていただいたようでありがとうございます。
それと主人が忘れ物をしたらしく、もしまだ移動されていないのでしたら周辺をご確認頂きたいのですが"」

電話を出ると優しい声をした女性だった。
忘れ物らしき物を置いてないかときかれて老人が座っていた横を見るが何も無く、隙間から落ちたのかもしれないと覗き込むと小さな巾着が落ちていた。

「あ、ありましたよ。緑の巾着で合ってますか?」
「"そうです、ありがとうございます。厚かましいようですが良ければ持ってきてくださいませんか?公園から少し歩くのですが"」
「いいですよ、持っていきます。住所教えていただければ検索出来ますし。どこですか?」
「"─────です"」
「分かりました、すぐ向かいますよ」
「"よろしくお願いします"」

電話を切って総一郎へ声をかける。

「総くんまだ電話してるの?」
「ん?あぁ、ごめんね、会社でトラブルがあったみたいで、今詳細聞いてて…」
「え、早く言ってよ!それなら急いで帰ったのに」
秘書こっちで処理できそうだから後で報告しようと思ってたんだよ。ところでそれ、どうした?」

総一郎が巽の持つ見慣れない巾着を指さして問う。

「さっきのおじいさんの忘れ物なんだけどね、忘れたらしいって言ってたから届けに行こうと思って」
「それならちょっと待って、愁弥が席外してるからそれ伝えてから一緒に」
「ううん、少し先だったし届けたらすぐ戻ってくるからいいよ」
「でも巽、」
「大丈夫だって!地図見たらほんとにすぐそこだったから!行ってくるね」



「ここだ」

教えられた住所をスマホのマップ機能で検索すると印が出て、案内に従い歩いていく。
公園の端から100メートルほどの所にある古い一軒家を示していた所で足を止めてインターホンを押すが誰も出てこず、もしかしたら壊れているのかもしれないがもう一度押した。
それでも人が出てくる様子はなく声をかけようとした時。やっと中から人の動く気配がして扉が開くのを待った。

今にして思えば色々おかしなところがあったのに何故気づかなかったのか、自分の浅慮な行動には呆れる。
ガラガラと引き戸を開けた高身長に息子さんかな?なんて思ったことすら。

「やぁ、いらっしゃい。巽くん」

引き戸を開けると同時に引き込まれ何かツンとした薬品のようなものを嗅がされたところで俺の記憶は飛んでいた。



───   ───



目が覚めて、真っ暗な中、自宅じゃないことに気づいてまずは場所を把握に専念すると覚えのある場所だった。

頭痛も堪えた。
声を出したら起きたことがバレそうだったからだ。

恐怖心に耐えながらも何故ここにいるのか順に思い出す。

公園で出会ったおじいさんに届け物があったから渡しに行って、玄関を開けたのはで。

何故、おばあさんでもおじいさんでもない、あの男がそこにいたのか。
おじいさん達のあれは演技…あるいは脅された…?
それに多分今いる家は地図に示された家じゃない。
俺のとは外観が違う。

電話だってなんで疑問に思わなかったんだろう。
俺は。かかってきた。

おじいさんはおばあさんの方が健康だと言っていたのに持ってきて欲しい、なんて言っていた。

すぐ近くだから大丈夫かと慢心したのが良くなかったな。



冷静に状況整理しているようで、俺の心臓は激しく脈打ち頭痛が酷くなる。

食器を洗うような生活音が消えたかと思うと今度は階下から上がってくる足音にゾワゾワと鳥肌が立っていった。

逃げようにも逃げられなくて、声にならない声が漏れる。

まだ起きていない振りをすればいいのか起きてる事を知らせるほうがいいのか。

迷っているとガチャりとドアが開いた音がして同時に明かりが灯る。

「おはよう、巽くん。よく眠れたかな?」

起きているのはわかっていたようで声をかけられた。

明かりに灯された男の顔を認識し、名前を呼ばれるだけで身体が強ばり息が詰まる。

「君を騙して連れてきてごめんね。君についてた護衛とか恋人とか邪魔で。円滑に連れてくるには騙すしかなくてね」

男は続けた。

「準備すごく大変だったんだよ?
あの時君を見送って直ぐに警備体制が強固になって、気軽に会いに行けなくなるのはわかってたけどその後は全く手を出せなくてね。
少し舐めていたよ。
それで必死に勉強して自分でサーバーアクセスできるようになって、君の家にお邪魔してカメラをちょっといじったり。
警備の面接に行ってバレないかヒヤヒヤしたけど案外ズボラだったね…これからは素行調査だとか前科とか調べた方がいいんじゃないかな?まぁ私は前科はないけどね。素行調査にも引っ掛かりはしないが。
あれでは今後も経歴だけしか見ずに採用しそうだね、CROWの警備会社は」

最後の一言を聞いてザッと血の気が引いた。

家に来てカメラを弄った?採用?CROWの警備会社?

男の発する全ての言葉に疑問符が浮かんで、自身の置かれている状況を忘れて考え込む。

「巽くん、もしかしてまだ力が入らない?初めて弛緩剤使ったんだけど意外と長く効くものなんだね」

弛緩剤…あぁ、体が動かないのはそれのせいか。

怖いのは変わらないが逃げられないのならもがいた所で意味を成さない。
そう自分を取り繕った。

「久しぶりに君に触れられて天にも昇る気持ちだよ…」

記憶にうっすらと残っていた男の相貌は塗り替え、解放されるかも分からないがしっかりと顔を確認して今度は忘れないようにと細かく観察する。皺が増え、にやりと笑う顔が脳裏に刻まれていく。

本当は覚えていたくない。

「そんなに見つめて…私に会いたかった?」

うっとりとした表情を浮かべ近づいてくる顔から背けることも出来ず唇を合わせてきて吐き気を催し小さく呻く。

「ふふ…相変わらず可愛いね」

唇を離すと今度は寝そべる俺の体に触れてきて側面をなぞり始めた。

「これだけ時間が経つとだいぶ感触が変わるね。私の記憶していたものより固くなった。筋肉が付いたのだね。これはこれで気持ちいいな…」

こっちは1ミリも気持ちよくなんかない。むしろ気持ち悪くて触るなって叫びたい。

「弛緩剤の影響かな…声も聞けないし表情も動かせないみたいだね…薬の効果が抜けた頃また来るよ」

そう言って男は部屋から出ていき、また階下へ降って行った。

足音が階下から聞こえて俺はやっと息を吸えたような気がした。




しばらくして体が少しだけ動かせるようになってきた。
寝かせられていたベッドに腰掛け手を握って開いてを繰り返す。
まだ逃げれるほどの力は戻ってない。
それに部屋には鍵がかけられている。
窓も塞がれ外の光が見えないようにされていた。
今の時間が分からない。

スマホも取り上げられたようで見当たらず、多分電源も切られているから…助けなんて来ないだろうな…

男の行動と言葉を思い出して身震いする。

「くそっ…」

今はもう体つきは大人の男だ。

本気で抵抗すれば逃げれるかもしれない。

どうだろうか。

本当に逃げれるのか。

あの男の話し方では俺に執着している様だった。

15年以上経つというのに感触を覚えてるなんて。

あの時は子供(処女)の体に興味があったように思っていた…もしかして違った?最初から俺が目当て…

そう、そうだった。
あいつは「待ってた」だなんて言っていたんだ。

それに当時は他にも2人、男たちがいた。
今回も?

具に思い出されていく当時のこと。

「…気色悪い…」

いや、もう大人なんだから。
逃げるすべはいくらでも立てられる。
何か考えなくては。

色々考えないと行けないことがあって、俺の頭の中はパンク寸前になる。

思い出される昔のことも犯人のことも恋人たちのことも、色々、色々考えなくては、逃げなくては、助けて欲しい、忘れてしまいたい、こわい…




ちぐはぐな心では真面まともな思考も出来なくなっていた。









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