誰にも触れられたくないトコロ 【完結】

うなきのこ

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25 「分析」

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総一郎と愁弥は黒川邸で林が寄こした鑑識と一緒に生垣の外柵へと情報を集めに行く。
「キャップ被った男はこの辺りです。ここに凭れてて…だいたい1分ほどです」
2人いる鑑識のうち1人は地面を、もう1人は柵の付着物を採取していく。
それらは様々な薬品や器具を使って成分が調べられ結果によっては持ち主や住所が割り出すことが出来る。

例えば車の当て逃げ。
擦った痕やそこに付着した色、ヘッドライトの欠片やタイヤ痕などで車種や生産・販売日などが詳細に分かる。
防犯カメラや近くを通った車の車載カメラも合わせることで足取りを掴みナンバーが分かれば持ち主を特定させる。

ただ、巽の誘拐事件に関してはほぼ情報がない。
保護された直後に巽の服は回収されたのだがそれらは上から下まで全てがフリマで売られていたものらしかった。
服に付着物を採取し検査にかけても犯人だという特定が難しく捜査は難航。
犯人は相当神経質だというプロファイリングだけは出来上がった。

巽に接触したと思われる犯人は今回も用意周到に対策しているのだろう。
欠片でもいいから犯人特定に繋がるものが出てくることを願った。



鑑識2人が作業を終えたのを見届けた午後2時、半田からちょうど連絡が来た。
スマホに届く通知音に2人はすぐさま内容の確認をする。

"精密検査が終わり結果を聞いたところです。異常はありませんでした。薬物疑惑も勿論突破です。ただ精神面は怪しいので女医さんに担当してもらうことに。まだ起きてはいませんがあと20分もすれば麻酔から醒めるそうです    半田"

報告を受けていつも会社と黒川邸の間を運転してくれている運転手を呼びつけ病院へ向かった。




会議に使った個室の病室へ入室しようと先に歩いていた愁弥が扉に手をかけるが腕を捕まれる。
「お二人共、すみませんが今は入らないでください」
声を潜めて制止させたのは半田だった。
「?」
「巽くんが10分ほど前に起きたのですが近くに座っていた私を認識した途端に物凄く怯えまして。ベッドに横になるのも嫌みたいです。担当医の伊崎いざきさんが診てくれていますがやはり女性なら怖くないみたいですね」

伊崎医師は院長の奥さんで昔から付き合いのある彼女には説明せずとも担当医になって貰えたのが幸いだ。

「…この感じだと暫くは何があったのか聞けなさそうってことですか」
「えぇ。ですが明日以降落ち着いた様なら女性警察官に詳細を聞き取りしてもらう予定だと鴻さん伝てに連絡ありました」
「あ、鴻さんに連絡するのすっかり忘れてたわ。…怒ってそう…」
「伝言ありますが、聞きたいですか?」
怖いがこれはきっと聞かないといけないやつだ。と2人は生唾を飲み込みその伝言を黙って聞く。
「『混乱するのは分かるが秘書ならトラブルにも冷静に対応しろ。報連相は基本だろう。以降はミスのないように。巽を頼んだぞ』」
鴻にしてはあっさりしており拍子抜けするがそれが逆に怖くもある。
冷や汗をかく2人に半田は続けた。
「『P.S.  日本にすぐ帰る』これは先程送られてきた内容です。鴻さんも入院したときいて焦ってるのでしょうね」
半田のその一言に安堵した2人だった。



病室から伊崎医師が出てきて入室の許可を得た。
「最初こそ近づくのを嫌がられましたが私が退室する頃には落ち着いていました。巽くんから、お三方なら入ってもいいと。担当医は変わらず私が努めさせていただきますから何かあれば呼んでください」

コンコンと扉を叩くと巽が返事する。
「どうぞ」
数時間前のこともあるので慎重に病室に入るが恐る恐る入ってくる3人に巽がぷっと笑いを零した。
「なんでそんなビクビクしてるの?あははっもう大丈夫だよ」
そういってはいるがその表情は少し固い。

必死で怯えているのを隠そうとしている姿は正直見ていて辛かった。
「ん、ならいっか」
愁弥もわかっては居るのだろう。少し距離を取って椅子に座る。
視界に入るように3人とも固まって座ることにした。
話していれば段々と普段通りになっていく巽を見て安心する。
「そういえばさくらは?」
「笹木さんに預けました。あの子は他の猫に物怖じしないですし数日なら大丈夫そうです」
「あ!まだ退院できないのならさ、プロトタイプのぬいぐるみ持ってきて欲しいな」
少し前に寂しいからと本物そっくりに仕上げたぬいぐるみのプロトタイプが届いていたのを思い出し、どれだけ気が紛れるのかリサーチするそうだ。
「晃って年末は会社だよな、総一郎?」
「南波くん?…確かそうだけど」
「持ってきてくれないか聞いてみるわ」
「お礼はここのお店の───」

彼は例外のまだ勤務中な人物なので今日も会社に居るはずだ。
余計な心配はさせないようにと社内報では社長が入院中だとは伝えていないが、ぬいぐるみを持ってきてもらうに際して南波にだけは病院にいることを伝えた。
きっと心優しい彼は心配するだろうが事実をそのまま伝えることはできないから説明を求められたらはぐらかさねば。
時刻は既に17時を回ったところで、南波も仕事が終わったのだろう返事が来た。
"分かりました。これから最終プロトタイプを持っていけばいいでしょうか"
"時間があるならこの後頼む。無理そうなら明日でもいい"
"いえ、大丈夫です。向かいますね"


連絡したのは16時半頃だったのだが解熱剤の影響で巽は再び眠ってしまった。
「悪いな、今は寝てるからまた後日連絡するよ」
「分かりました、お大事にと伝えてください」
「南波くんありがとう、あまり気にしないでね。帰り気をつけて」
「ありがとうございます、失礼します」

南波を使いパシリにしてしまったのでお礼に近所にある有名どら焼きを渡したら目が輝いていた。
好物だという和菓子の中でもどら焼きがダントツに好きなんだそう。
素直に喜んでくれる彼に2人は穏やかな気持ちになる。
「巽もよく見てるな。彼の好物なんて知らなかった」
「俺もだ。確かに休憩時間に和菓子食べてるのは見たことあったけどあそこまで顔に出てなかったし」
巽との雑談中に聞いておいて良かった。
お礼せずとも彼ならなにも思わないのだろうが、こういうのは気持ちが大事だ。
喜んでもらえたようで何より。

「半田さん、家の掃除も終わったし奥さんのとこ行ってもいいよ」
「いえ、妻には戻ってこなくていいって言われてるんですよ。私より巽くんの方が優先みたいですね」
少ししょんぼりしながらも彼女に感謝していると苦笑する。

「…昼間にあったことなにも言わなかったな」
「やはり思い出したくないんでしょうか。手も震えてましたし」
「半田さんも気づいてましたか。巽は隠してたみたいだけど…かなり無理してたみたいだから明日以降は1人ずつの方がいいかも」
「だな。自分から言ってくれると思ってたんだが…聞かない方がいいよな?」
「まだ心配だからやめておこう。女性刑事さんにも断っておかないとね」


翌日以降の取り決めもまとめて伊崎医師の厚意で借りた空き病室に泊まることにした。
半田は「妻にはああ言われたけど大人数だと怖いでしょうから私は帰りますね。よろしくお願いします」と帰って行った。
さすがに「良いお年を」だなんて言わなかった。
配慮を忘れない彼にいっそ敬意すら感じる。

「巽は今夜眠れないってことはないか?」
「まぁ隣だし何かあれば…行ってもいいかわからんな」
また暴れたり怯えたりさせることになるのなら行かない方が懸命かとも思うのだが、と考える。
「もう9時か…夕方寝てたから今まだ起きてるんじゃないか?」
そっと廊下から隣の病室を確認すると灯りがついていた。
「行ってみようか」

「巽、入っていいかな」
「!いいよ、どうしたの?」
「いや、夕方寝てたろ?だから眠れないんじゃないかと思ってな。伊崎せんせには夜更かししなきゃいいって」
「ふふ、そう?じゃあ眠くなるまで付き合ってね!なにするの?」
寝てスッキリしたのか2人を前にしても怯えた様子は見えなかった。
「チェスもトランプも持ってきたよ。あとプロトタイプのさくらのぬいぐるみも」
「俺が寝てる間に来たんだね、どら焼き買ってあげた?」
「喜んでたよ」
「高校の時もさ、クラスの子から貰ったどら焼きにすっごい喜んでたんだよ  でも普通のどら焼き以外は好きじゃないんだって、拘りがあるんだね」
楽しそうに話す巽をみて安心した。
けれど、こうして雑談を繰り返してもやはり昼間の事は話す気にはなれないらしい
「さくらの触り心地そっくりだしゆっくり眠れそう」
「ん、もう寝るか?」
「眠くないよーただなんか身体がだるい気がする」
「医者呼ぶ?」
「ううん、大丈夫。それよりこれ最終だっけ?もう少し滑らかに動くようにできないかな」
ぬいぐるみといっても頭や四肢が動かないものではなくて、基盤となる骨組みが入っている。
関節も可動域がほぼ猫と同じくらいに。

相当こだわって作ったために販売価格は10万以上になりそうだった。
それでも買う人は一定数いると踏んでいる。
ぬいぐるみ制作会社に提出するためのレポートを3人で話し合いながら仕上げて行くと2時間も経ってしまっていた。
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