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コスモスゆれて~若頭と私 2 ~
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夏が終わる頃。
私は相も変わらず花屋で仕事をしている。
最近は祝い花より葬儀・仏花が多く、どこかで誰かがこの世を去ってるのだと意識せざるをえない。
注文伝票を眺めながらふとため息をつく。
私の好きなルドベキアの群生地は宅地に変わり、いまは無表情な砂色の風景になってしまった。
気分転換できる場所を失くした私は、他人様のお庭を、自転車で通りすがりにチラチラと眺めている。
広いお庭のある家が欲しいなぁ。
いやいや、原っぱが欲しい。
土地を買って、花を咲かせるんだ。
たくさんの花を。
ルドベキア、ヒマワリ、菜の花、ラベンダー、桔梗、マーガレット、紫陽花、その他いろいろ。
一種類の花だけを原っぱいっぱいに咲かせるんだ。
うん、いいね、いいね。
考えただけで心がワクワクする。
ひとり妄想にふけっていた私の肩に手が置かれた。
「うわあぁぁ!」
私は驚いて叫んだ。
「こんにちは」
振り向くと、そこには黒のスーツをビシッと着こなし、黒い髪を後ろにピシッとなでつけた若頭がいた。
「あ、い、いらっしゃいませ!すみません!ぼんやりしてて!」
「何度か声をかけたんですが・・悩み事ですか?」
「い、いえ、な、なんでもないデス・・」
私の癒やしの場を宅地に変えた張本人めーーー!
と、思いつつ苦笑いで答える私。
「相談にのりますよ」
「いえ!そんな滅相もない!大丈夫!私は元気です!」
ヤクザに相談してその報酬を要求されても私は払えん。
若頭はクスリと笑った。
いい男だと思うんだけどね。背も高いし。体格もいいし。
こうして見てるだけなら目の保養にもなるんだが、関わりは避けたい。
「社長から聞いていませんでしたか?」
「はい?え?もしかしてお花ですか?注文品ですか?!」
何も聞いてない。私は注文伝票を急いで調べた。パソコンの注文の記録も調べた。しかし、無い。
「す、すみません!記録が無くて!社長が忘れたのかも!いま!いまご用意しますので!!」
「注文はしてないので落ち着いて」
「はい・・?・・・」
「今日は店を三時に閉めていいと聞いてませんでしたか?」
「い、いえ・・」
「伝え忘れたんですね。では店を閉めましょうか」
「え、でもこの時間はわりとお客様が来る時間で・・」
そう、わりと来るのだ。
「来ませんから大丈夫ですよ」
若頭はニッコリと笑った。自信満々の笑顔だ。
私はガラス戸から外を見た。
黒塗り高級車が停められた店の前。
黒いスーツの強面のおにーさんが、入り口に立って入店を阻止している。なんて堂々たる営業妨害だ。
みな、避けて通って行く。
私は心のなかで冷や汗をかいていた。
「さあ、店を閉めてください」
若頭、迫力の笑顔。
私に拒否権はない。だって私はしがない小市民。花屋の平の従業員だもの。
「は、はい・・」
と言うしかないのだ。
私は店内を簡単に片付け、バッグを持ち、臨時休業の札を出して店に鍵をした。
若頭は私にピタリとくっついて、離れる気配が無い。
離れてくれ・・・。
道行く人々がチロチロと見ている。
ヤクザに連行される花屋の従業員と、きっとあちこちで噂話になるだろう。
「どうぞ」
若頭が黒塗り高級車の後部席のドアを自ら開け、私に乗るように促した。
「いえ、あの、私は自転車通勤なので」
「自転車はうちの車に積みましたから」
「はい?」
「乗ってください」
若頭、とどめの笑顔で一般小市民をさりげなく脅す。
「は、はい・・・」
私はあきらめた。
車が走りだす。
どこへ行くんだ?
そうだ、いったいどこへ行くのだ?
まさか人身売買じゃなかろうな?
社長が借金のかたに従業員を売ったとか。
まさかまさかまさかまさか!
私はなんにもしてないのに!
ただひたすら真面目に人生をあゆんできたのに!
こんな仕打ちが待ってるなんてひどい!
私が鬱々と考えていると、車は停まった。
「どうぞ、降りていいですよ」
若頭の声がした。
ああ、人生の墓場に到着か。
私は観念して車から足を降ろした。
今日から客でもとらされるんだろうか・・・。
ため息をついて、うつむいていた私は顔をあげた。
「・・・え・・ここ」
私の目の前に広がる風景。
一面のコスモス━━━━━
オレンジと黄色のキバナコスモスが青空の下、風にゆれている。
「ルドベキアは用意できませんでしたので、代わりに色合いの似たキバナコスモスというのを植えました」
「あ、あの・・」
「あなたの好きな風景を奪ってしまって申し訳なかったと思って、道路沿いは宅地の計画を変更して花を植えることにしたんです。そうしたら、宅地の売れ行きが好調になりましてね。高値の土地があっという間に売れてしまいした。思わぬ効果が出た感じですね。だからここはこのまま花を咲かせる空間にします。気分を変えたくなったらまたこの場所を訪れてください」
あざやかに彩るオレンジと黄のコスモス
私は涙が出た。
鼻水も出た。
「あの、あ、ありがとうございます・・。ありがとう・・ございます・・・」
鼻をぐずぐずさせながら私はお礼を言った。ポケットからハンカチを出して涙と鼻水を拭いた。
「喜んでもらえてよかったです」
優しい声で若頭が言った。
例え相手がどんな立場の人でも、その優しさが身にしみる時がある。心が疲れている時は特に。
そうだ、きっと私は疲れているんだ。
だけど、いまはこのひとの好意を素直に受けとりたい。いまだけは。
「俺は女の素直な涙に弱くてね」
ぽつりと呟いた若頭に、私は「え?」と聞き返した。鼻水を拭きながら。
「いえ、少し歩きましょうか。風が気持ちいい」
若頭は言いながらジャケットを脱いだ。おそらく舎弟だろう運転手に渡してネクタイを緩めた。
「歩いているうちに涙も止まるでしょう」
そう言った若頭の笑顔がやけに爽やかで、気が緩んでいた私はついつい「はい」と言ってしまった。
危険地帯に足を踏み入れたことに、この時の私は気づいていない。
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