【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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番外編 とわずがたり~思い出を辿れば~1

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ちらちらと、白い雪が舞い落ちる。
広い日本庭園に舞い落ちる雪は地上につくとすぐに消えてしまう。

わたしはここから庭を眺めるのが好きだ。

惣領貴之の娘としてこの屋敷に住み始めた最初の冬も、わたしはここから庭に舞い落ちる雪を眺めていた。

それまではどんなに楽しい行事があっても、世間が浮かれていても一人で過ごしていたが、その年からは、全てにおいて、父と、夫と、家族と呼べる人達と、たくさんの優しい人達と過ごす人生が始まったのだ。

「あれから五十年もたつのね・・」

青木みふゆとして生きた時間より、惣領みふゆとして生きた時間のほうがずっとずっと長くなっている。


わたしは冷たい窓にそっとふれて思い出を辿っていった。





五十年前━━━━━

その年、雪が舞い始めたのは十一月の終わりだった。
二十三歳のみふゆは皆が集うリビングの大きな窓辺に立って庭を眺めていた。

惣領家の日本庭園は外界から守られるように木々が竹垣に沿って並び、庭園内には所々に灯籠がある。
白砂を敷き詰めた地面には直線や曲線が描かれ、大小様々な石が素朴なわびさびを象っているのだ。 

舟遊びができるほどの大きな池のその際には紫陽花やツツジなどが植えてあり、緩やかな孤を描く橋がかけられている。

そんな見事な庭園を、雪の白が染め始めていた。

初雪だから積もることはないだろう。

去年の今頃は、堀内花壇の駅前商店街支店でお花を売りさばいていた。
十一月はポインセチアの鉢植えなど、商品内容がクリスマスに向けて変わった月だった。十二月になると最盛期を迎えるシクラメンの小さなサイズの鉢植えが本店支店共に入荷を始めた。
真っ赤なポインセチアや、色とりどりのシクラメンを店頭に並べると、すぐに馴染みの買い物客が足を止め、一つ二つと買っていく。人によっては五つ六つとまとめて買っていく人もいる。 
去年のことなのに、こんなにも懐かしく遠く感じるのは、大好きだった支店がいまはもう存在しないからかもしれない。

夏の終わりに失っていた記憶を取り戻したみふゆは、駅前商店街支店が閉店したと知らされた。豪雨による睡蓮川氾濫で水没したせいだ。建物自体取り壊しになると聞き、寂しく思った。

堀内花壇の支店は現在、駅前商店街から離れた国道沿いに新店舗を構えている。総菜屋天竜と広い駐車場を挟んで隣同士だ。駐車場は堀内花壇と総菜屋天竜とで共同で使用しているという。

今年は駅前から離れて最初のクリスマス。売れ行きはどんな風に変わるのか。
座れるタイプの買い物カートを押してゆっくりと歩く、馴染み客のあの老齢のご婦人はどうしているだろうか?元気でいてくれるなら良いが。

退職した身だが、気になってしまう。

堀内花壇では悩んだこともいろいろあったが、通り過ぎてしまうと心に残ったのは楽しい出来事ばかりだ。

「みふゆ。明日、山に木を切りに行くぜ」
 
真後ろから声がしてみふゆは振り向いた。父の貴之だ。
みふゆは「木・・ですか?」と、聞き返した。

「モミの木だ。クリスマス用のな」
「・・切りに行くんですか!?モミの木を?!」
「おう。自生のモミの木だ。見たことねえだろ?」
「はい!」
みふゆは嬉しくて返事に力が入った。
堀内花壇にもモミの木の入荷はあったが、クリスマスに合わせて全てが注文品だったため、入荷と同時に社長の堀内健次がすぐに配達にまわっていた。支店勤務のみふゆは、本物の生木のモミの木を見たことがなかったのだ。

念願の生木のモミの木だ。
それも山に切りに行くなんて。
こんな経験、なかなかできるものではない。

「ただいま」

話していると、今度は京司朗が顔をのぞかせた。夕方の帰宅と言っていたが、仕事が片付いたのか、早い帰宅だ。ちょうど三時のお茶の時間だ。

「お帰りなさい!明日モミの木を切りに行きます!」
みふゆはさっそく京司朗に報告だ。
「京、お前も付きあえや。明日の仕事は誰かに任せられないか?」
貴之が腕組みで京司朗に訊いた。
「交渉が終わったのであとは三上に任せられますが・・、三上、いいか?」
京司朗が後ろに控える三上を振り返った。三上はすぐに「はい。お任せください」と返答した。

「まあ、明日モミの木を切りに行きますの?早くに教えてくれたなら、明日は予定を入れませんでしたのに」
手に重箱を持った胡蝶が現れ、残念そうにため息をもらした。加賀友禅の薄い紫の訪問着を着ている。
「私は行くわ!モミの木の伐採なんて久しぶり!」
胡蝶の後ろからセーターにジーンズの楓の明るい声がした。二人は三時のお茶の時間にあわせて訪れたのだ。

胡蝶は「約束の巧のおはぎよ」と、みふゆに重箱を開けて見せた。
少し小さめのおはぎがきっちりと並んで入っている。
川原巧は承認式の祝いの席には参加できなかったため、後日お祝いにとおはぎを作って持ってきてくれたのだが、これがとても美味しかったのだ。小豆の味を消さない自然な甘さはあとが残らずスッキリとしていて、二個三個と食べられる。
以来、みふゆは巧のおはぎのファンになった。

結局、明日のモミの木の伐採には京司朗の他に、楓と話しを聞きつけた黒岩三兄弟の海斗、永斗、山斗、さらに大塚クリニックの大塚院長まで来ることになった。
大塚院長はクリニックの前に置く分も切ってくれと言っているそうだ。
ずいぶん賑やかなモミの木の伐採になりそうだと、みふゆは楽しみだった。

事実、翌日のモミの木の伐採は賑やかだった。
厨房スタッフがお弁当を用意してくれ、出がけはピクニックのように思えた。

途中から、林業部門にも従事している矢口、高城、村井、御園生らも一緒になった。

木の伐採は危険が伴う。
どの方向に倒すかなど細やかな打ち合わせが必要だ。

「どんな仕事も真剣勝負だが、特に自然相手の仕事は互いに命を取るか取られるかの勝負だ。負けねえためにも緻密な計算と打ち合わせが必要だ。そして、計算以上にカンが必要になる時がある」

貴之の言葉にみふゆは「はい」と頷いた。

自生のモミの木の中でも一番形の良い三メートルクラスの木が惣領家の玄関前に。二メートルクラスが黒岩家の玄関前と惣領家のリビング、大塚クリニックに置かれることになった。

「やっぱり山に自生のモミの木はエネルギッシュよね。いつもは栽培の鉢植えだけど、たまにはこうして自生の木を切りたいわ」
楓が言った。

「俺も切ってみたいな!教えてよ!」
山斗が言うと、
「お前は先に薪割りがきれいにできるようになれよ」
海斗が山斗のおでこをつっついた。 
「そうだな。薪割りができるようになったら教えてやる」
貴之が海斗に同意した。
そばにいた永斗が、
「よし!今年の残ってる薪割り、俺の分を山斗に譲ってやるよ!絶対上手くなれるぜ!ガンバレよ!」
と、山斗の肩に手を置いた。
「ずるいぞ!薪割りは交代って決めただろ!」
山斗が抗議して周囲は笑った。

昼は山小屋でお弁当を食べた。
林業に従事する社員がふだんから休憩所として使っており、寝具類もロフトに置いてある。

暖房は暖炉と鋳物製の薪ストーブで、ストーブの上では簡単な調理もできるのだとか。

きちんとした水道も電気も通っているのでキッチンもついているしポータブルだがIHコンロもある。水洗トイレ、シャワールームもあり、毎年春になってからクーラーも設置するのだ。
『働く者が働きやすいように環境を整えるのは、経営者の義務だ』
常日頃、貴之がよく言っている。
みふゆは、父・惣領貴之の、働く者に敬意を払い大事にする気持ちをここでも感じた。

床に座ってお弁当を広げると、おにぎりに卵焼き、唐揚げ、野菜の煮物、きゅうりの糠漬け、そしてタコさんウインナーがきれいに隊を組んでいて、みふゆは久しぶりに見たタコさんウインナーに驚きながら喜んだ。どうやら貴之が好きらしい。
「そういやあ中学ん時、弁当にタコさんウインナーが入ってなかったって信子のおふくろに文句をつけて、じーさんに叱られてたなお前」
信子とは現在の使用人頭・本橋信子のことで、大塚は本橋信子のいとこにあたり、貴之とはいわゆる幼なじみだ。
大塚の昔話に楓や海斗らが笑い、部下達は笑いをこらえている。京司朗は含み笑いだ。みふゆも笑みをこぼしている。

「ガキの頃の話じゃねーか!俺だって昔はタコさんウインナーで拗ねるくらいかわいかったんだよ!だいたい握り飯には卵焼きとタコさんウインナーは付きモンだ!」
貴之が大塚に言い返しながら大きく開けた口にタコさんウインナーを放りこんだ。

『握り飯には卵焼きとタコさんウインナーは付きモンだ!』

━━━━うん、確かに。
みふゆは小学二年の運動会を思い出した。
五十メートル走はビリだったが、障害物競走は三位をとれた。
青木の父と、母・礼夏が大きな声で応援してくれた。
お昼のお弁当は、料理ができない母にかわって、青木の父が作ってくれた。お弁当が作られる時は必ず卵焼きとタコさんウインナーが入っていた。母の礼夏が好きだったのだ。

家に帰ったら教えよう。
母も卵焼きとタコさんウインナーが好きだったと。
きっと喜ぶ。
惣領の父・貴之は、礼夏がどんなふうに日々を過ごしていたかを聞くのが好きなのだ。







「ただいまー!」

美之の声だ。 

「お母さーん!モミの木、すごくきれいな三角形のを切ってきたわよ!」

美之の大きな声にみふゆはハッと現実に引き戻された。

モミの木の伐採に行っていた美之達が帰ってきたのだ。


「ひいおばあちゃまー!みてみてー!」
ひ孫の美祐みひろがみふゆに走り寄り、小さな手で玄関へと引っ張った。


今、みふゆには孫どころかひ孫までいるのだ。









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