【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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208. ロンド~踊る命~ -25- 明日を夢見て

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「わぁ・・!すごい・・!」
藤の間に入ったみふゆが感嘆の声をあげたのは、真正面の窓から一面に真っ白なコスモスが揺れているのを見たからだ。
「最初は色とりどりにしようかと考えてたのよ。そうしたらうちの橘が、白だけにしたらどうかと提案をくれたの」
「橘さんが?」
松田家うちの橘はわかる?」
「はい。以前庭造りを教わった時に、白い色だけでコスモス畑を作りたいってちょっと話したことがあったんです。橘さん、覚えててくれたんですね」
「松田の家にもまたおいでなさい。秋の庭も風情があって見事よ。そうそう、うちの松田が退院して落ち着いたら野点をしようと言っていたわ」
松田家の庭━━━━あのイングリッシュガーデンが秋はどんな表情を見せてくれるのか、秋の晴れた日の野点は気持ちがいいだろう。楽しみが増えたみふゆは「はい、ぜひ!」と答えた。

「おーい、みふゆ!胡蝶!リビングに来てくれ!」

部屋の外から貴之の声がして、みふゆと胡蝶はリビングに行った。


リビングに入ると、貴之が手招きをした。
リビングのサンルームにベッドが置いてある。以前とは違うソファセットがあり、どうやらサンルームをみふゆの部屋に作り変えたようだ。

全面ガラス張りの窓からはやはり一面に白いコスモスが見えた。全面ガラス張りの分、コスモス畑の中にいる気分になれる。

天井のガラス張り部分は日差しの調整が可能で、真夏でも暑さも眩しさも気にせず過ごすことができる。夜は満点の星や月が観られる。貴之がずいぶん気に入っている場所だ。
「ここ、お父さんがすごく気に入っていたスペースだったのに・・」
「なーに、俺も入り浸るから大丈夫だ。打倒・松田のために囲碁をつきあってもらうぞ」
貴之がイタズラっぽく眉尻をあげ、胡蝶が「あきらめが悪いですわねぇ」とため息をついた。みふゆは貴之の誘いに元気よく「はい!」と言った。
「ところでよ、俺はこれから土門の見舞いに行ってくる」
「容態がよくないんですの?」
「ここしばらく調子が良かったんだがな。みふゆ、せっくお前の退院日だってのに悪いが、夜には帰ってこれる」
「あ、いいんです。それなら早く・・」
みふゆが言いかけたところに京司朗が、
「会長、車の準備ができました」
と訪れた。みふゆは京司朗の声にドキリとした。
「京司朗、あとは頼むぞ。夕方には兄貴達も来る」
「はい」
京司朗が秘書然とした態度で一礼をした。京司朗はついて行かないらしい。
「胡蝶、俺がいない間は京司朗が屋敷を仕切る」
「わかりました。同行は黒岩ですの?」
「ああ。じゃあ、みふゆ、行ってくるからな」
「は、はい!あの、気をつけて・・。・・いってらっしゃい・・」
貴之が離れることに不安がよぎる。
「大丈夫だ。すぐに戻ってくるから」
みふゆの不安を読んだかのように貴之が答えた。
「・・玄関まで送ります」
みふゆが車椅子に手をかけ、方向を転換させた。
「お、娘の初見送りか?ん?なら笑顔を見せてくれ」
沈んだ表情のみふゆの頬をつっついて、貴之が茶化した。みふゆが笑顔になった。
「おー!貴之!ここにいたか!」
夕方来るはずの、貴之の兄・権現寺住職の惣領一心いっしんと副住職・惣領圭一が訪れた。

「兄貴、ちょうどいい。俺はこれから土門の見舞いに行ってくる。俺を呼んでるそうだ」
「そうか。行ってこい行ってこい。五十年来の親友だ。今生の別れをちゃんとしてこい」

五十年来の親友との今生の別れ。

みふゆの脳裏に、青木の父・重弘しげひろとの死別わかれ、母・礼夏れいかとの死別わかれが蘇った。

身近な人間との永遠の別れ。

50年、心を共にした親友ならば、子供の頃から様々な経験を分かち合った仲に違いない。
楽しいことだけでなく、溢れんばかりの苦しみも悲しみも━━━━

貴之の気持ちを考えるとみふゆは切なかった。


貴之は車に乗り込む前にみふゆの前に立った。
「みふゆ、俺は夜には帰ってくるが、遅くなるかもしれん。待ってないでちゃんと寝ろよ?明日は青木の家に行くんだ。元気な顔でお前の両親を迎えにいくんだからな」
待ってようと思っていたのに先手を打たれて、みふゆは「・・はい」と言うしかなかった。
「大丈夫ですわ。しばらくは私が泊まって就寝ペースが乱れないようにしますから」
「おう、頼むぜ胡蝶。京司朗、俺がいない間はお前が家長かちょうだからな」
「はい。心してかかります」
京司朗が一礼をした。

貴之の乗るセンチュリーの後部席ドアが開けられた。貴之は乗るとすぐに窓を下げ、兄・一心に向かって、
 「兄貴、みふゆに余計な話すんなよ」
と釘を刺した。
「そうさな。小学六年の時、お前が土門の敵討ちだといってうちの犬のクソを集めて高校生連中にぶちまけたこととかか?」
みふゆは目を白黒させた。胡蝶が「それは存じませんでしたわ」と笑っている。京司朗は苦笑いをこぼしている。

貴之は走り出した車の窓から「兄貴!!てめー!覚えてろよ!!」と叫んでいる。

みふゆは声を出して笑った。

「ハハハハハ!そうだそうだ!声を出して笑え笑え!」
一心が貴之と同じ仕草でみふゆの頭をぐしゃぐしゃと撫で、胡蝶に叱られた。

貴之と一心の兄弟の楽しい一面を見て、みふゆは紗重さえを思い出した。
母親が倒れなければ、自分と紗重もこんなふうに仲の良い姉妹だったかもしれない。






「だいたい矢口!なんでおめーがいるんだ!」
貴之が助手席の背もたれの後ろをドカッと蹴飛ばした。
矢口が「ヒィッ!スンマセン!スンマセン!」と悲鳴をあげた。
さっきまで一心の悪態をついていた貴之が、助手席に座っている矢口に八つ当たりを始めたのだ。
「俺はみふゆを守れと言ったはずだ!」
「お、お、おれもそのつもりだったッスぅ!!」
「ならなんで俺の命令を守らねえ!!」
「一心和尚に命じられたッス!みふゆお嬢さんのそばには自分達がいるから会長を守れって!」
「あのクソッタレ兄貴がか?」 
「はいぃぃっ!守り札と身代わり童子も預かりました!ど、ど、どうぞ!!」
矢口がビクビクしながら後ろにいる貴之に手渡した。
貴之は守り札と身代わり童子を懐に仕舞い、わずかの間無言になった。
「矢口、風見順の気配は感じるか?」
と矢口に訊いた。
「い、いえ、いまんとこはないッス」

ぽつりぽつりと雨が降り出したのは、貴之の車が屋敷からずいぶん離れてからだった。





さすがに少し疲れたみふゆはリビングのベッドで休んでいた。窓の外の揺れるコスモスを眺めていた。雨がぱらついて、窓に水玉模様を描いている。
「大丈夫か?」
ふいに声がした。京司朗だ。
「だ、だ、大丈夫・・デス・・」
みふゆ、緊張する。
周囲には誰もいない。
みふゆは今がチャンスかもしれないと意を決して話を切り出した。
「あの、わたし、・・け、結婚の返事がまだできなくて・・・」
「急がなくていいんだ。急いで結論を出す話でもないし」
「でも・・」
「でも・・?」
「あの・・・」
「そうだな、俺ほどいい男は他にはいないから、君はきっとYESと言うだろうな」
「━━━━ナニソレ?!」
京司朗がニヤリと男の顔で笑った。
みふゆは心臓をつかまれた気がして布団に潜った。
「じゃあ、またあとで」
布団を挟んで京司朗の声がした。
みふゆはドキドキと高鳴る鼓動に『落ち着け落ち着け』と呪文をかけた。

『落ち着け』と繰り返しながら、明日、青木の家に行くことを考えた。

やっと・・、やっと戻れるんだ。

明日、家に戻ったら荷物を全て運び出してしまおう。
お仏壇、お母さんの骨、お母さんと紗重さえちゃんの自転車。
自分のもの。
だから明日が最後。
掃除は荷物を運び出したらお父さんに頼んで、清掃会社にきれいにしてもらおう。
自分できれいにしたかったけど、できそうにない。

そうだ、りんちゃんと七十先輩に、退院したってメッセージいれないと。心配をかけてしまった。
ついでに社長にもメッセージ送ろう。退院の報告と、退職の意向も伝えよう。
新しい人を早く雇ったほうがいい。

明日で一区切りをつけるんだ。

二十三年という生きてきた時間に。

そして、これからは惣領のお父さんにたくさんたくさん親孝行をするんだ。仮に結婚したとしても。


明日、明日、

明日━━━━━





その夜、貴之が帰ってくることはなく、



みふゆの望んだ明日は来なかった。














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