【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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170. 過ぎてゆく時間は思い出になる -2-

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「おい、てめぇ・・!いま俺の娘になんて言いやがった・・!!」

憤怒の形相で、貴之は男のシャツの襟元を締めあげ徐々に高く持ち上げている。
仲間の男が貴之の激しい怒りに気圧され動けない。
貴之につかまった男がもがいている。足が空中に浮きそうだ。
「う、ぐ・・、がぁ・・あぁ!だ・・、だ、ず、だず・・け・・!」
苦しさに切れ切れの声で助けを求め、仲間の男が「け、警備!警備員!来てくれ!」と叫んだ。

店内警備員が駆け寄ってくる。
貴之はつかまえていた男を警備員に「捕まえとけ」と突き飛ばした。突き飛ばされたYシャツの男は、大きく咳き込み、警備員の制服を掴んでがなりたてた。
「こ、こいつ、こいつだ!こいつを捕まえてくれ!」
警備員はYシャツの男を拘束した。
「何するんだよ!なんで僕を捕まえるんだ!僕にこんな真似をしていいと思ってるのか!放せ!」
「僕達はここの医者だぞ!クビにされたいのか!!」
二人は状況の訳がわからずわめき散らした。とにかく自分達が優位に立っていると示したいのだ。だが、本郷二条総合病院の警備員は全員、惣領貴之の部下なのだ。

「ほお?クビにできるのか?お前らに?」
「で、できるさ!お前も警察に訴えてやるからな!」
「警察か、はははは、面白えヤツだな」
貴之は二人をせせら笑うと、警備員に向かって、「放してやれ」と、指図した。
警備員はYシャツの男を放し、貴之に頭を下げた。
「くそ!たかが警備員のくせに!」
「たかが警備員だ?てめぇ何を勘違いしてやがる。この病院はなぁ、医者も警備員も清掃人も、たとえどんな仕事でも立場は同等ってことを理解しなきゃ働けねえんだよ。お前らがここの医者なら入職する時分に誓約書にサインをしたはずだがなぁ?」

「首から下げてるストラップは研修医専用だ。まだ医者と呼べるしろもんじゃねえ。お前らどこの所属だ?見たことねえツラだな」
二人は首からネックストラップをかけていた。服の下に入れ込んでいるため首元部分しか見えないが、色は青で白い太めのストライプが斜めに入っている。医師は模様の無い、赤か黒の単色のストラップと決まっている。
大塚がネックストラップの先に着いてるIDカードを見ようと手を伸ばすと、「誰だよあんた!」とIDカードを見せまいと抵抗した。
「俺を知らねーのか?本当にこの病院の研修医か?」

「大塚先生、おれ、そいつらが三枝先生と話してるの見たよ!」

「三枝?神経内科の三枝か?」
男の子が大きく頷いた。
大塚はジロリと二人を睨んだ。
「お、大塚って、まさか理事のひとりの・・大塚クリニックの・・・」
「なんだ、俺の名前は知ってんのか?ならついでに教えといてやる。こいつはこの病院の経営者で最高責任者の惣領貴之だ。この病院はこいつのモンなんだよ」
大塚が貴之を親指でさして呆れた口調で言った。
「・・え?え?・・あ、あの・・、いや、僕達はその・・」
「す、す、すみません!僕達悪気があったわけじゃないんです!!」
「今さら言い訳するんじゃねえ!みっともねぇぞ!」
「貴之、あとは俺に任せろ。処分はこっちでする。警備、こいつらが逃げないように一緒に来てくれ」

大塚と警備員がのうなだれた二人の研修医を連れていった。

「みふゆ、大丈夫か?」
貴之がしゃがんで、俯いているみふゆの顔をのぞいた。
「うん・・・」
みふゆがうつむいたまま小さな声で返事をした。

「おねーさん、元気だしなよ。世の中にはさ、あんなバカなヤツもいるけど、大抵は理解力のある普通の人が多いんだから。車椅子でもどんどん外に出てもいいんだよ」
男の子がみふゆに近づいて慰めた。
「ぼーず、なかなか悟ったことを言うじゃねえか。小せぇくせにずいぶん利口だな」
「自分が利口にならなきゃ生きづらいって気がついてるだけだよ。バカは東大出てもバカなんだって母さんも言ってたし」
「ははは、そりゃいい。名言だ。ぼーず、うちの娘をかばってくれてありがとうな」
貴之が男の子の頭にポンと手を置いた。
みふゆも顔をあげて「ありがとう」と言った。
「うん。じゃあ、そろそろ病室戻らないと怒られるから」
男の子が手を振りながら去って行った。

「ぬりえが欲しいんだろ?買って病室に戻るぞ」
貴之が言うと、みふゆは「うん」と笑顔をつくった。


みふゆは花の塗り絵を二冊と、水彩色鉛筆を買ってもらい病室に戻った。
丸いティーテーブルで買ってもらった塗り絵に着彩を始め、10分ほどでうとうととし、ベッドに入り眠りに着いた。

貴之と胡蝶は付き添い用の部屋に移動した。
胡蝶が監視モニターのスイッチを入れる。
眠っているみふゆが映った。
「いい玉露が手に入りましたの。おいれしますわ」
「ああ」
胡蝶が棚から玉露と茶器のセットを取りだした。
「水彩色鉛筆を買ったのに、水筆は買いませんでしたの?」
「無かったんだよ。欲しがったんだがな」
「楓に頼みましょうか?来るときに買ってくるように」
「そうだな。そうしてくれ。ところでよ、小学生くらいで左脚のないぼーずの名前知らねぇか?」
「左脚のない男の子ですか?」
「ああ。みふゆをかばってくれたんだが名前を聞き忘れた」
「田之倉れん君ですわね。子供で左脚がないなら」
「れん?ハスの花の『れん』か?」
「ええ、お母様のご実家が隣県でハスの栽培をしてらしたそうですわ。ただ10年前の水害で栽培からは手を引いたと聞きました」
「隣県か。隣県もかなりの被害があったからな。知ってりゃ力になったんだが」
れん君、お気に召したようですわね?」
「ああ、あの年で大人に臆せず女をかばうなんてのはたいしたもんだ。見どころがある」
「相変わらず人材育成がお好きですこと」
「人は宝だ。なにものにも変えられねえ宝だからな」
貴之は目の前に置かれた玉露を味わった。
「・・うまいな。うちにも分けてくれねぇか?」
「あとで届けさせますわ。そうそう、たくみがまたおはぎ作りを始めましたわよ」
「そうか、奴も落ち着いてきたんだな・・」
おはぎは弥生が好きだった。
『兄さんの作るおはぎが一番好きよ!』
巧はきっとあの頃の味を再現して、一番出来のいいおはぎを弥生の墓に持って行くだろう。
貴之は在りし日の弥生と巧を思い出し、安堵の息をもらすと、一呼吸置いて目を伏せた。
「・・胡蝶。明日、京司朗を連れてくる」
向かいあわせの胡蝶が、
明後日あさってと聞いておりましたが・・?」
と、躊躇いがちに言った。

「早めることにした」

貴之はソファの背にもたれ足を組んだ。
顔色が冴えない。
日程を早めたのには理由があった。

塗り絵を買った帰りのエレベーターのなか。

みふゆが死んだ母親の墓の場所を質問したのがきっかけだった。










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