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126. 償いと死への憧れ
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「入院させたほうがいいか?」
貴之は電話の向こうの胡蝶に、医師としての判断を求めた。
《検査は必要です。ただ・・気になることがあるので、入院については会長がこちらに戻ってきてから話したいですわね》
「そうか。わかった。もうしばらくみふゆを頼む」
《おまかせください》
「会長、じきにマンションに着きます。直接車で11階に入りますか?」
「ああ、そうしてくれ」
『高熱が原因の一時的な症状かもしれませんが、ここ二、三日の記憶が失われています』
と、胡蝶は言った。
京司朗を夢で視たことも忘れてしまったのか。
いっそ、忘れたままのほうがいいのかもしれない。
恐ろしい光景など忘れてしまったほうが・・。
『よくこの程度ですんだな』
と、感心していたのは京司朗を治療した大塚だ。
そうだ。あとほんの少し京司朗の行動が遅かったら助からなかった。
京司朗が死に直面したのはこれで二度目だ。
一度目は高校生の時だった。絡まれて、しなくてもいい喧嘩をして刺されたのだ。心臓の近くだった。出血多量で、大量の血液を必要とした。貴之は、供血できるギリギリの量の血液を京司朗に分け与えた。
京司朗の根底にあるのは自殺願望だ。
裏社会に身を投じたのも誰かに殺されたいと思っているからだ。いつ死んでもいいと、命に投げやりだ。
京司朗は自分を粗末に扱うことで、両親への償いを果たそうとしている。
自分のせいで心中するまでに追い込まれた両親への罪の意識は消えることなく、閉じない小さな傷口からは絶えず血が流れ出ている。
そして、強烈な女性不信。
小学四年生だった神崎京司朗の幼い恋心と信頼を利用し騙した女がいる。
神崎家の会社の情報を盗みとった女は、神崎夫妻の死を確認し、京司朗の心をバラバラに壊してから情報を手土産にライバル会社の社長と結婚した。結婚後に事業の拠点を海外に移し成功をおさめたが、大学を卒業した京司朗の手によって葬られた。
復讐することなく生きる方法も京司朗にはあった。
どちらを選ぶかは京司朗しだいだった。
そうして生きてきた京司朗の、ここ数日のみふゆに対する態度には、新たな変化が見てとれる。
━━━━天井が白い。やっぱり白い。
ついでにわたしの頭の中も白い。
どうやらわたしは記憶障害を起こしているらしい。
ここ二~三日の記憶がない。
40度の熱、ハンパないな。
記憶に障害が出るとは━━━━
みふゆはまぶたをぎゅっと閉じてはを開いてを繰り返している。
「どうしたの?目をパチパチさせて」
「・・眠ろうと思ったんです。まぶたを運動させて疲れたら眠れると思って。・・眠って起きたら思い出せるかと・・・」
「無理に思い出すことないのよ。自然に思いだせるのを待つの」
「・・・若頭、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。だから安心していいのよ」
「・・眠いです・・・」
「眠っていいわよ。カーテンをしめましょうか?」
「はい・・・」
胡蝶との会話で安心したのか、みふゆはまぶたを閉じた。みふゆが眠ったのを確認し、胡蝶は付き添いを楓と交代した。
リビングでは貴之が待っていた。
貴之の横にはみふゆの大きなバッグがふたつある。
胡蝶がソファに座ると、テーブルにはコーヒーが出された。
「ありがとう。松田が仕入れたコーヒーね。うちのはもう飲んでしまったから嬉しいわ」
胡蝶が微笑んだ。
「で?気になることってのはなんだ?」
貴之が単刀直入に聞いた。
「・・同じことを何度も繰り返して言うのよ」
「同じこと?」
「若頭は大丈夫かって」
「━━━━━」
「違う話をしていても、突然『若頭は大丈夫ですか?』って言い出すの。話してる間じゅう繰り返すのよ。あの子は京司朗のケガを知らないはずでしょう?」
「・・みふゆは知っている。みふゆは京司朗が襲われるのを夢の中で視ていたんだ」
「・・・そう。そういう能力を持ってる子だったわね。入院はさせます。ただ、病室に一人きりにはさせたくないから私と楓で付き添いますわ」
『ちょっとしたことで飛び降りてしまうわよ』
胡蝶が京司朗に言ったのだ。バラ選びの日、松田家の庭で。
みふゆを一人にするな、と。
開けっぱなしになっている藤の間の扉。
みふゆが開けたままにしてほしいと胡蝶に言ったのだ。
『人の気配が好きなんです』
一人で暮らしてきた娘だ。
『人の気配を感じると、一人じゃない気がして』
これまでもたびたび発熱していたという。
『熱が出ても、ひとりで寝ていたから。このまま死んでも気づいてはもらえないだろうなって考えるんですけど、死ぬ直前まで人の気配だけでも感じられたら幸せなんじゃないかって』
誰もいない家の、室内の扉は全て開けっぱなしだったのを貴之も覚えている。
京司朗も、みふゆも、死への憧れを根底に抱いている。
「入院させたほうがいいか?」
貴之は電話の向こうの胡蝶に、医師としての判断を求めた。
《検査は必要です。ただ・・気になることがあるので、入院については会長がこちらに戻ってきてから話したいですわね》
「そうか。わかった。もうしばらくみふゆを頼む」
《おまかせください》
「会長、じきにマンションに着きます。直接車で11階に入りますか?」
「ああ、そうしてくれ」
『高熱が原因の一時的な症状かもしれませんが、ここ二、三日の記憶が失われています』
と、胡蝶は言った。
京司朗を夢で視たことも忘れてしまったのか。
いっそ、忘れたままのほうがいいのかもしれない。
恐ろしい光景など忘れてしまったほうが・・。
『よくこの程度ですんだな』
と、感心していたのは京司朗を治療した大塚だ。
そうだ。あとほんの少し京司朗の行動が遅かったら助からなかった。
京司朗が死に直面したのはこれで二度目だ。
一度目は高校生の時だった。絡まれて、しなくてもいい喧嘩をして刺されたのだ。心臓の近くだった。出血多量で、大量の血液を必要とした。貴之は、供血できるギリギリの量の血液を京司朗に分け与えた。
京司朗の根底にあるのは自殺願望だ。
裏社会に身を投じたのも誰かに殺されたいと思っているからだ。いつ死んでもいいと、命に投げやりだ。
京司朗は自分を粗末に扱うことで、両親への償いを果たそうとしている。
自分のせいで心中するまでに追い込まれた両親への罪の意識は消えることなく、閉じない小さな傷口からは絶えず血が流れ出ている。
そして、強烈な女性不信。
小学四年生だった神崎京司朗の幼い恋心と信頼を利用し騙した女がいる。
神崎家の会社の情報を盗みとった女は、神崎夫妻の死を確認し、京司朗の心をバラバラに壊してから情報を手土産にライバル会社の社長と結婚した。結婚後に事業の拠点を海外に移し成功をおさめたが、大学を卒業した京司朗の手によって葬られた。
復讐することなく生きる方法も京司朗にはあった。
どちらを選ぶかは京司朗しだいだった。
そうして生きてきた京司朗の、ここ数日のみふゆに対する態度には、新たな変化が見てとれる。
━━━━天井が白い。やっぱり白い。
ついでにわたしの頭の中も白い。
どうやらわたしは記憶障害を起こしているらしい。
ここ二~三日の記憶がない。
40度の熱、ハンパないな。
記憶に障害が出るとは━━━━
みふゆはまぶたをぎゅっと閉じてはを開いてを繰り返している。
「どうしたの?目をパチパチさせて」
「・・眠ろうと思ったんです。まぶたを運動させて疲れたら眠れると思って。・・眠って起きたら思い出せるかと・・・」
「無理に思い出すことないのよ。自然に思いだせるのを待つの」
「・・・若頭、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。だから安心していいのよ」
「・・眠いです・・・」
「眠っていいわよ。カーテンをしめましょうか?」
「はい・・・」
胡蝶との会話で安心したのか、みふゆはまぶたを閉じた。みふゆが眠ったのを確認し、胡蝶は付き添いを楓と交代した。
リビングでは貴之が待っていた。
貴之の横にはみふゆの大きなバッグがふたつある。
胡蝶がソファに座ると、テーブルにはコーヒーが出された。
「ありがとう。松田が仕入れたコーヒーね。うちのはもう飲んでしまったから嬉しいわ」
胡蝶が微笑んだ。
「で?気になることってのはなんだ?」
貴之が単刀直入に聞いた。
「・・同じことを何度も繰り返して言うのよ」
「同じこと?」
「若頭は大丈夫かって」
「━━━━━」
「違う話をしていても、突然『若頭は大丈夫ですか?』って言い出すの。話してる間じゅう繰り返すのよ。あの子は京司朗のケガを知らないはずでしょう?」
「・・みふゆは知っている。みふゆは京司朗が襲われるのを夢の中で視ていたんだ」
「・・・そう。そういう能力を持ってる子だったわね。入院はさせます。ただ、病室に一人きりにはさせたくないから私と楓で付き添いますわ」
『ちょっとしたことで飛び降りてしまうわよ』
胡蝶が京司朗に言ったのだ。バラ選びの日、松田家の庭で。
みふゆを一人にするな、と。
開けっぱなしになっている藤の間の扉。
みふゆが開けたままにしてほしいと胡蝶に言ったのだ。
『人の気配が好きなんです』
一人で暮らしてきた娘だ。
『人の気配を感じると、一人じゃない気がして』
これまでもたびたび発熱していたという。
『熱が出ても、ひとりで寝ていたから。このまま死んでも気づいてはもらえないだろうなって考えるんですけど、死ぬ直前まで人の気配だけでも感じられたら幸せなんじゃないかって』
誰もいない家の、室内の扉は全て開けっぱなしだったのを貴之も覚えている。
京司朗も、みふゆも、死への憧れを根底に抱いている。
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