【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

文字の大きさ
126 / 278

126. 償いと死への憧れ

しおりを挟む
.



「入院させたほうがいいか?」
貴之は電話の向こうの胡蝶に、医師としての判断を求めた。
《検査は必要です。ただ・・気になることがあるので、入院については会長がこちらに戻ってきてから話したいですわね》
「そうか。わかった。もうしばらくみふゆを頼む」
《おまかせください》


「会長、じきにマンションに着きます。直接車で11階に入りますか?」

「ああ、そうしてくれ」



『高熱が原因の一時的な症状かもしれませんが、ここ二、三日の記憶が失われています』
と、胡蝶は言った。

京司朗を夢で視たことも忘れてしまったのか。

いっそ、忘れたままのほうがいいのかもしれない。
恐ろしい光景など忘れてしまったほうが・・。

『よくこの程度ですんだな』
と、感心していたのは京司朗を治療した大塚だ。

そうだ。あとほんの少し京司朗の行動が遅かったら助からなかった。


京司朗が死に直面したのはこれで二度目だ。
一度目は高校生の時だった。絡まれて、しなくてもいい喧嘩をして刺されたのだ。心臓の近くだった。出血多量で、大量の血液を必要とした。貴之は、供血できるギリギリの量の血液を京司朗に分け与えた。

京司朗の根底にあるのは自殺願望だ。
裏社会に身を投じたのも誰かに殺されたいと思っているからだ。いつ死んでもいいと、命に投げやりだ。

京司朗は自分を粗末に扱うことで、両親への償いを果たそうとしている。

自分のせいで心中するまでに追い込まれた両親への罪の意識は消えることなく、閉じない小さな傷口からは絶えず血が流れ出ている。


そして、強烈な女性不信。

小学四年生だった神崎京司朗の幼い恋心と信頼を利用し騙した女がいる。

神崎家の会社の情報を盗みとった女は、神崎夫妻の死を確認し、京司朗の心をバラバラに壊してから情報を手土産にライバル会社の社長と結婚した。結婚後に事業の拠点を海外に移し成功をおさめたが、大学を卒業した京司朗の手によって葬られた。

復讐することなく生きる方法も京司朗にはあった。
どちらを選ぶかは京司朗しだいだった。

そうして生きてきた京司朗の、ここ数日のみふゆに対する態度には、新たな変化が見てとれる。







━━━━天井が白い。やっぱり白い。

ついでにわたしの頭の中も白い。

どうやらわたしは記憶障害を起こしているらしい。
ここ二~三日の記憶がない。

40度の熱、ハンパないな。

記憶に障害が出るとは━━━━


みふゆはまぶたをぎゅっと閉じてはを開いてを繰り返している。


「どうしたの?目をパチパチさせて」
「・・眠ろうと思ったんです。まぶたを運動させて疲れたら眠れると思って。・・眠って起きたら思い出せるかと・・・」
「無理に思い出すことないのよ。自然に思いだせるのを待つの」
「・・・若頭、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。だから安心していいのよ」
「・・眠いです・・・」
「眠っていいわよ。カーテンをしめましょうか?」
「はい・・・」
胡蝶との会話で安心したのか、みふゆはまぶたを閉じた。みふゆが眠ったのを確認し、胡蝶は付き添いを楓と交代した。

リビングでは貴之が待っていた。
貴之の横にはみふゆの大きなバッグがふたつある。
胡蝶がソファに座ると、テーブルにはコーヒーが出された。

「ありがとう。松田が仕入れたコーヒーね。うちのはもう飲んでしまったから嬉しいわ」
胡蝶が微笑んだ。
「で?気になることってのはなんだ?」
貴之が単刀直入に聞いた。
「・・同じことを何度も繰り返して言うのよ」
「同じこと?」
「若頭は大丈夫かって」
「━━━━━」
「違う話をしていても、突然『若頭は大丈夫ですか?』って言い出すの。話してる間じゅう繰り返すのよ。あの子は京司朗のケガを知らないはずでしょう?」
「・・みふゆは知っている。みふゆは京司朗が襲われるのを夢の中で視ていたんだ」
「・・・そう。そういう能力ちからを持ってる子だったわね。入院はさせます。ただ、病室に一人きりにはさせたくないから私と楓で付き添いますわ」



『ちょっとしたことで飛び降りてしまうわよ』

胡蝶が京司朗に言ったのだ。バラ選びの日、松田家の庭で。
みふゆを一人にするな、と。

開けっぱなしになっている藤の間の扉。
みふゆが開けたままにしてほしいと胡蝶に言ったのだ。

『人の気配が好きなんです』

一人で暮らしてきた娘だ。

『人の気配を感じると、一人じゃない気がして』

これまでもたびたび発熱していたという。

『熱が出ても、ひとりで寝ていたから。このまま死んでも気づいてはもらえないだろうなって考えるんですけど、死ぬ直前まで人の気配だけでも感じられたら幸せなんじゃないかって』

誰もいない家の、室内の扉は全て開けっぱなしだったのを貴之も覚えている。


京司朗も、みふゆも、死への憧れを根底に抱いている。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...