【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

文字の大きさ
116 / 278

116. すり替え

しおりを挟む
.


ずいぶん深く眠ってた気がする。
ベッドの端っこで、みふゆは時計が6:30を表示してるのを目にした。

━━━━また遅くなった・・。起きないと・・

昨日避難所を手伝いに行き、一階から五階までの間を階段で上り下りしたみふゆは体がキシキシと痛んだ。
筋肉痛。特に足。太腿。
運動不足は否めない。
サボり気味だったスポーツジムも真面目に通おうとベッドのなかで決意も新たに、えいっ!と、起き上がった。

昨日揃えてもらった大量の服からジャージを選んで着替えた。

寝室のドアを静かに開ける。
京司朗も貴之ももう起きてるはずだ。昨夜も京司朗は書斎で、貴之はリビングのカウチソファで眠った。
みふゆは自分ひとりがベッドを使うのは申し訳ないと思い、交代でベッドを使おうと提案したが、すぐに却下されてしまったのだ。

寝室を出るとカタンコトンと音が聞こえた。
京司朗が朝食の準備をしているのかもと、先にキッチンへ向かった。手伝おう。
コーヒーのいい匂いがした。
かすかに・・鼻歌が聞こえる。
━━━━?鼻歌??若頭が??
みふゆは壁から目を含む顔の約半分を出してそっとのぞいた。

目と目があった。

のぞき見失敗。早朝から敗北である。

「おー、起きたか。朝飯そろそろできるぞー」

「組長先生!?」

貴之が朝食をつくっていた。
着物姿にたすき掛け。黒の前掛けを腰からつけていた。


パンは京司朗の作ってくれた、焼きたてのクルミがたっぷり入っているパンだった。
クルミのパンはみふゆの好きなパンの種類の一つだ。

「若頭は・・」
「仕事だ。さっき出ていった」

━━━━いつも忙しいのに・・。朝食のパン作りをまたさせてしまった。

「パンは京司朗だが、あとつくったのは俺だ俺。すげぇだろ?」
自画自賛の、得意気に自分を指差す貴之。みふゆは笑顔で、「はい」と答えた。
「ちょっと早いが、食うぞ」
貴之がカップにコーヒーを注いだ。
みふゆはコーヒーをトレーに乗せテーブルに運んだ。

昨日と同じ白いテーブルクロスに白の洋食器。
窓から差す太陽の光も昨日と同じだ。

けれど京司朗がいない。

みふゆは京司朗の席をみつめた。

「量が多かったら残していいぞ。俺が食べてやる」
貴之が言った。
「大丈夫です!今日も動きまわるのでしっかり食べます!」
「よーし!その意気だ」
貴之がみふゆの頭を撫でた。

塩と黒胡椒のかかっている二個の目玉焼き。添えてあるのはサッと焼いたベーコンに、アスパラ・ニンジンのソテー。
サラダはサニーレタスにアボカド、トマト、サーモン、エビのサラダ。クリームチーズのドレッシングと、レモンドレッシングが器に用意されている。
パン用にバターもある。
デザートにはブルーベリーのたくさん入ったヨーグルト。

目玉焼きは見るからに半熟の美味しそうな気配がする。
「いただきます!目玉焼き、久しぶりです」
「目玉焼きは自分じゃ焼かねえのか?」
「焼くんですけど下手なんです。いつも凄く固くなってしまって、思い通りにいかなくて」
目玉焼きにフォークの先で切れ目を入れると、黄身がやわらかに割れた。
「どうだ?俺は黄身がトロッと流れ出すんじゃない、このくらいの半熟加減が好きなんだ。俺と同じにしちまったが」
「美味しいです!すごくいいです!わたしもこの半熟具合を目指すんですがいつも通り越して固くなるんです」
「タイミングが掴めないか」
「はい。でも組長先生も料理をするなんて知りませんでした」
「俺は調理師免許も持ってるからな」
「いったいいくつ免許持ってるんですか?」
「そうだな、覚えてねえな、はははは」

貴之との二人きりの朝食は、考えてみたら初めてだ。
貴之は懸命にみふゆに話しかけて面白い話題を提供してくれた。
二人だけだったが、楽しい朝食だった。

「あと片付けはわたしがします」
みふゆが食器を持ってキッチンに向かうと、貴之はコーヒーを飲みながら「ああ、頼むぜ」と答えた。

後片付けが終わるとソファに移った貴之が
「プラザまでは桐島と俺が送る」
と言った。
「━━はい」
少しだけみふゆの返事に間があり、「お願いします」と言い添えた。

そうだ。昨日、駅前プラザまで送ると言っていた京司朗はいないのだ。
残念に思う気持ち、寂しさがよぎった。

「桐島が迎えにくるまでコーヒーつきあってくれ」
と貴之が言った。
みふゆはすぐに笑顔で「はい」と答えた。京司朗への気持ちには蓋をした。

新聞を読み終えた貴之に、みふゆは
「お屋敷でもお料理つくったりするんですか?」と聞いた。
「屋敷にゃ料理人がいる。料理は料理人の仕事だ。奴等の仕事をとる真似はしねぇさ。京司朗は俺やガキどもにせがまれて作ったりするがな」
「あ!ピザとか?」
「ははは。そうだな。ピザやスパゲッティ、パスタ類は京司朗が一番だ。俺もまさかここまで腕をあげるとは教え始めた頃は思わなかった」
「組長先生が教えたんですか?」
「ああ。仙道家に引きとられる前、一ヶ月くらいか、京司朗は俺と暮らしていた。両親が死んだばかりであいつは一言も誰とも口をきかなかった。学校にも行かなかった。だからメシの作り方を教えた。人間の基礎は食うことだからな。生命の基礎だ」
「生命の・・基礎」
「最初は強制的に命令で動かした。聞かなかったがな。だから初めのうちはよくぶん殴ったもんよ。そのうち、体が料理を作る動きに慣れてきた。習慣化できたんだな。作れるようになると、今度は自分から進んで作るようになった。仙道家に引きとられるのが正式に決まった時にも、週三回は俺のところに来て夕飯を作るように約束をさせた。奴はきっちり約束を守った」
遠い過去を懐かしむ貴之の表情は、みふゆに向ける優しい顔と同じだ。
どんなに京司朗を大切に思っているのかがわかる。

以前、事情があって仙道家の養子になったと言っていた。年齢的に考えると貴之が刑務所を出所したあとの話になる。刑務所にいたのが問題になったんだろうか。
「・・」
「仙道家に預けたのは俺の元にいるより奴の人生に選択の幅が拡がるからだ」
「選択の幅?」
「俺が奴を後取りとして育てたのは間違いねえが、もしも奴が他の生き方を選んだときに生きやすいようにしたかったのさ」

「・・・・」
━━━━なんて深くて広い愛情・・

「みふゆ、俺はお前にもそうしてやりたい」

「え、わたし・・?ですか・・?」

「俺はお前がしたいことなら、望むものならなんでもさせてやりたい。今まで出来なかったこと、これからしたいこともたくさん出てくるだろう。どんなことでも全て叶えてやりたい。だからお前の心の中をちゃんと見せてくれ」

みふゆの欲しかったものはいつだって家族だった。帰っていい場所だった。迎えてくれる家族だった。
一番欲しいものを貴之は与えてくれた。
みふゆを一番愛してくれているのは貴之だ。
だからみふゆにとっても一番は貴之でなくてはならない。

「・・あの・・・、」
「なんだ?」
「・・・元気でいてください・・」
「元気?」
「く、組長先生が・・元気でいてくれたらそれで・・・いいです」
「・・そうか、そうだな。安心しろ。お前を・・・勝手においていったりはしねぇからよ」
みふゆは頷いた。何度も何度も頷いた。

「京司朗とはうまくやっていけそうか?」

ふいをつかれた質問にみふゆはドキリとした。

「お前はもう法的にも俺の娘になった。あとは京司朗だけだ。この災害が落ち着いたら正式にあいつも養子に迎える」

━━━━若頭がホントにお兄さんになる・・

「・・・カッコいいお兄さんができるの嬉しいです。妹としてうまくやっていけると思っています」
━━━━兄として接していけばいい。最初からそれしかなかったはずだ。

「そうか、安心したぜ」
貴之はみふゆの側に座りなおした。そして、
「俺はいつだってお前のことを一番に大事にしている。それを忘れるなよ」
「はい」
━━━━わたしを一番に思ってくれるひとがここにいる。だから・・・

こうして、みふゆは京司朗に対して沸き上がる想いの全てを、妹としての兄への愛情にすり替えていった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...